『朝の風景』

「おかわり」
「はいよ」
大河から茶碗を受け取り、カパッと炊飯ジャーの蓋を開ける。
ペタペタと盛る量は普通の1.5倍。
しかも女の子用の小さな茶碗ではなくれっきとした男用の大きな茶碗。
それに器用に飯を盛り付ける。
山盛りになった飯が綺麗に整えられたのを確認して竜児は差し出す。
「はいよ」
「ん」
短く答えて受け取るな否や、大河はかき込むようにして飯に取りかかる。
「おい、よく噛めよ」
「うるさい」
パクパクと口に運ぶ箸を止めぬまま大河が短く返す。
溜め息を一つ、竜児も自分の食事を再開する。
グズグズしていたら遅刻してしまう。
最後の一口を口に運び租借して飲み込む。
ちらりと目をやった時計は8時きっかり。
片付けをしてもどうにか間に合う時間だ。
安堵と共に自分の食器を片そうと立ち上がりかけた目の前に、
「ん」
「・・・」
差し出されたお椀を見て溜め息をついた。
「・・・なんだ?」
「お味噌汁。おかあり」
ムグムグとまだ口に入ったご飯を噛みながら大河が言ってのけた。
もう一つ溜め息をつくと、竜児は無言でそれを受け取った。
時間がおしてるのになにも言わないのは経験済みだから。
ここで口論になって遅刻したことは記憶に新しい。
何も言わず自分で用意してしまった方が遥かに早い。
そう思いながら、コンロのスイッチを入れて味噌汁を少し温める。
「早くしてよ。遅刻しちゃうじゃない」
背後から聞こえてくる勝手な言い分を綺麗にスルーして味噌汁をよそう。
「ほらよ」
「ん」
それを持つ竜児の手ごと握りズズッと一口。
「あつい」
「冷ませよ」
ことりとちゃぶ台に置くと、竜児は自分の部屋へ。
手早く制服に着替えると、エプロンをつけて再び台所へ戻る。
カチャカチャと自分の食べた食器を洗いながら、ちらりと大河を見やる。
あらかた食事は終わったらしい。
蛇口を締めて、居間に戻る。
大河が持っている味噌汁のお椀以外を手に乗せ再び台所へ。
先ほどと同じようにスポンジでそれらを洗ってると、背後からお椀が差し出された。
「はい」
「さんきゅ」
それを受け取ると洗い物を再開。
粗方洗い終えたものを端から水で流していく。
最後のお椀の泡を流したところで水を止める。
流し台横の水きり台に伏せてふうっと一息。
コレで朝の仕事は粗方片付いた。
エプロンの腹の辺りに手をやって一応周りをチェック。
やり残しはないと一人頷いて、先ほど手をやったところを叩く。
背後から回された両手を。


「大河、終わったぞ」
「んーもう少し」
抱きつかれたまま、すりすりと背中に頬を擦り付けられる感触に竜児の顔が僅かに綻ぶ。
「俺もそうしてたいけど、もう出ないと遅刻するぞ」
竜児の言葉に、えーっと不満の声が背後からあがる。
「あんたがグズグズしてるからでしょグズ犬」
「お前が食べすぎなんだよ」
「美味しいのがいけないのよ」
「不味きゃもっと文句言うだろお前」
「当たり前よ。そんなもの作ったらこの世から抹殺してくれるわ」
剣呑な響きを声に滲ませて大河がガウッと吠える。
まだ、すりすりと竜児の背中に頬を擦りつけながら。
「なら文句言うなよ」
「文句じゃないわ。でも遅れそうなのはあんたの所為」
腰に回された手を握りながら、竜児がおかしそうに笑った。
「わかった。俺の所為でいいからそろそろ用意しろ」
「んー・・・」
まだグズグズと竜児に引っ付いている大河。
竜児の顔がもう一度綻ぶ。
腰に回された手を優しく解きながら振り返る竜児。
「・・・ん」
少し屈みながら差し出す唇。
少し背伸びするように受ける唇。
交わした口づけはほんの数秒。
「・・・まだ歯磨いてない。虫歯うつったらどうしてくれんのよ?」
「うつんねーよ。つか、虫歯ねーし」
「駄犬菌とか」
「それもねーよ。さて遅れるぞ大河。歯磨いてくるなら急げよ」
「わかってるわよ。・・・起きたとき磨いたからいいわ。カバンとってくる」
ててててっと居間に戻る背中を見ながら、竜児はそっと唇に触れる。
居間に置きっぱなしだった荷物に手を伸ばしながら、大河はそっと唇に触れる。
お互いに見えない、お互いだけがわかる至福。
お互いに見せない、お互いだけにわかる幸福。
「さ。行くわよ竜児!」
「おう」

そうしてまたいつもの1日が始まる。
そんな朝の風景。




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