「綺麗な満月だなぁ」
「ん。そうね。中々いけるわ……モグモグ」
「見てみろよ。月明かりってこんなに明るくて柔らかいものだったんだな」
「うんうん。柔らかくって、頬っぺたが落っこちそうよ……ハムッ」
「風も涼しくて気持ちがいい。なんていうか、体がクリアになるような……あ、何かもののあはれに目覚めそうだ」
「そうにぇー。あんこがあればもっといとをかし、ね。をかし……お菓子……ハグッ……マグマグ」
「……大河よ……」
「パク……ゴクッ……何。生意気な目をこっちに向けるな」
「少しは月見を楽しめ!」
「うるふぁ〜い」
竜児と大河はお月見をしていた。学校帰りに米粉を入手して急いで団子を作り、近所の公園で毟ったススキと一緒に大河の家のリビングにお供えをして。
ベランダに出る窓を全開にし、そこから臨む夜空に浮かぶ月は正に絶景。
それなのにこの虎っ娘は。さっきから月見団子を頬張りっぱなしではないか。
月明かりの下でギラギラと大河を睨む瞳の持ち主は、それがおまえの最後の晩餐だ、満月みたいに丸めて捨ててやるぜ、などと思っているわけではない。
せっかく手間をかけたのだから、もう少し一緒に一晩限りの観賞会を楽しみたいと思っているだけなのだ。
「べっつにいいじゃない。最初はお月見楽しみだったけど、よく考えたら月なんて毎日出てるんだから、美味しいものをさっさと頂くまでよ」
などと罰当たりなことを言う。
「こら。十五夜の祭りは豊作に感謝する日なんだぞ。米粉でできた団子食いまくってちゃ意味ねーじゃんか。……程々にしとけ」
「ふぁーい」
普段の竜児なら十分にお月見を楽しむまで大河に団子は与えなかっただろう。しかし今の竜児はちょっと違う。
何と大河は自ら団子作りを手伝い、不格好ながらもいくつか見れるものを作り上げた。普段の横暴さとのギャップのせいか竜児は感動し、ちょっとばかり摘み食いが過ぎても許してやりたくなるくらいに嬉しかったのだ。
一生懸命手伝ってくれたんだ。竜児は、今回は多目に見てやろうと思う。
しかしそうは言っても食意地の張った虎が相手ではロマンに欠ける。竜児は、自分の想い人の笑顔を思い浮かべ、
「……櫛枝も見てるのかな」
と一言。
竜児の呟きを聞き、団子に伸びた大河の手が止まる。
「……さぁね」
そのまましばらく黙って月を見上げた後、竜児の左半身に背を預ける。
「……おい」
自分でも何故こんなことをしているのか分からなかった。竜児には実乃梨がいるのに。
そうだ――
月がこんなに綺麗だから変な気分になるのだ。こんなに月が美し過ぎるから、竜児の側にいたいなんて思うのだ。
「……竜児」
「おう」
「……ばか犬」
「……なんでだよ」
今だけ……今だけはお月様に許してもらおう。
満月に抱かれているような穏やかな気分に浸り、大河は目を閉じる。
寄りかかった背もたれもが同じことを感じているなんてことは夢にも思わず。
秋の一夜はゆっくりと更けていく。
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