「悲しいね」
とある秋の日の日曜日、高須家にて
「わー!すごい!竜児あれなに?なに魚!?」
「おう、あれは特大サイズの新巻ジャケだ。大家さんが旅行に行ってきたらしくてお土産に貰ったんだ。」
「へぇ、あのばあちゃんなかなか気前いいじゃないの」
「それがな、『あの子にもいっぱい食べさせてやるんだよ』なんて言いながら渡されたんだ。」
「あの子って私?意外な展開ね。」
「実はな、冬にお前がいなくなった時に時々、『あの子最近見ないけどどうしたんだい?』って聞かれてたんだよ。
お前が何か訳ありなのは感じてたんだろうな。外車に乗ったオッサンと出かけてたのも見てたらしいし。
ああ見えて心配してたんだろ、口では今でもあんな調子だがお前が戻って来たときはなかなか嬉しそうにしてたんだぞ。」
「そうなんだ、あの口うるさいばあちゃんがねぇ。」
「それに戻ってきてからのお前は休日限定になったし、前みたいに暴れたりしなくて迷惑かけてないだろ?そういうこともあって、
遅くなったけど『おかえりなさい』のプレゼントなんだと。あの人もちゃんとお前が喜ぶ物わかってるじゃねぇか。」
「うん!シャケは大好物よ!」
「今日の昼飯はあれだな。俺は下ごしらえしておくからその間に大家さんにお礼言って来いよ。」
「なんか照れくさいけど、分かった!ちょっと行ってくる!」
竜児が台所に立つと何やら下から話し声が聞こえてきた。結構盛り上がっているようだ。
「ただいまー!」
「遅かったじゃねえか。話し込んでたのか?」
「うん。今まで迷惑かけた分も謝って、ついでに肩揉んできた。
そしたらねぇ、『いつだったか結婚したら苦労するなんて言ったけど、今のあんたならいいお嫁さんになるよ』なんて言われちゃった!」
「そうだな、俺としては今のままの大河でも十分満足だけど、俺も負けずにいい旦那にならないとな。」
「もう、朝っぱらから何言ってるのよ、照れるじゃない・・・。それより昼は何にするの?」
「色々考えたんだが、ここは素材の味を生かすためにシンプルにおにぎりにしようと思う。シャケのアラ汁もつけてな。」
「やったー!いいわね、おにぎり。それなら私も手伝えるし!上手くなったんだからね。
私の腕前見たらもうドジなんて言えなくなるわよ!」
「おう、頼りにしてるぜ。」
そしてその後2人で握ったのだったが、自信たっぷりの言葉通り大河の成長ぶりは竜児を大いに驚かせることになった。
おかゆでさえ黒焦げにしていたあの大河が、竜児の作るおにぎりと見分けがつかないくらいの出来ばえのものを
次々こしらえていったのである。
だがしかし、このことが皮肉にもこの日の事件の原因になってしまうのであった。
泰子を加えて3人での昼食。
『いただきまーす』
「何が出るかな〜(カプ)・・・・なんだ梅か、残念。」
「こら、残念とか言うな。梅だって美味いじゃないか。お、俺のはシャケだ。」
「そうだよ〜大河ちゃん。どれもおいしそうじゃな〜い♪あ、やっちゃんもシャケだ〜」
「むう・・・・、竜児のを真似して作ったらどっちの作品か見分けつかなくなっちゃったじゃないの。我ながら上出来だわ。
私はシャケばっかり握ってたから判別できれば簡単なのに。今度こそ(カプ)・・・ってツナマヨかぁ。でもこれもおいしいわね。」
「いやー、ほんと家事できるようになったんだな、明日雪降ったりしないだろうな?お、またシャケだ。」
「あんた、それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ。素直に大河様の腕前に感服いたしました、
とか言えないのかしらまったく。ってまた梅・・・・・」
「お前なあ、そんな減らず口叩いてるからシャケが当たらないんだぞ。まあでもほんとにびっくりしたのは確かだ。お、また当たり〜」
「やっちゃんもまたシャケだ〜、これ大河ちゃんも作ったの?すごくおいしいよ〜」
「えへへ〜、本気出せばざっとこんなもんよ(カプ)・・・・・ううう・・・・シャケはいずこ・・・」
大皿に盛ったおにぎりの半分が消えたがそれでも大河は当たらない。
「ちょっと竜児!!なんで私のおにぎりだけシャケが入ってないのよ!!!!」
「知るか!また騒ぐと怒られるぞ。落ち着いて食えよ。」
「うるさい!あんたのそのシャケよこしなさい!!」
「こら、具だけ引っこ抜くな!」
「(モグモグ)うーん、程よく塩が利いて絶妙の味わいね。これはご飯何杯でもいけそうだわ。」
「おう、よかったな。でもお前が外すごとに具の無いおにぎり食わされるのは勘弁してほしいぞ。」
自分では当てられないままどんどん減っていき、
「結局最後の1個か・・・、ついてないやつ。まあ最後くらいは当たるだろ。そんな泣きそうな顔しないで食ってみろよ。」
「(カプリ)・・・・」
「・・・・・その顔はまたハズレか、っておいどうした、肩まで震わせて・・・」
「か・・か・・か・・・」
「おかか?そんなの作ったっけか?」
「空っぽ・・・」
「へ?」
「なななななんで私のおおおおにぎりだけ、シャケどころかななな何も入ってないのよー!!!!」
「プププ、それ俺じゃねえぞ。お前が入れ忘れたんだろうが!やっぱりお前はドジだなぁ。そういや中身入れ忘れるのは得意技だったな。」
「ななななんですってぇぇ!?やっちゃん!!やっちゃん!!今の聞いた?こいつ許せないわ!
あの新巻ジャケみたいに切り開いて吊るしてやるから覚悟しなさい!!」
「ちょ、ちょっと落ち着け大河!普通はいいお嫁さんは旦那に開くだの吊るすだの言わないもんだぞ!」
「それとこれとは話が別よ!」
「わ、悪かった!あんまり面白かったもんでつい言い過ぎた!
シャケならまだアラ汁があるからそれ食べて機嫌直してくれ!」
「おにぎりで食べたかったのに!遺憾だわ!」
「ほら、シャケ本体はまだ半分以上残ってるだろ。お前に全部やるから持って帰って家族にもお前の腕前披露してやれよ。
その時ゆっくり味わえばいいじゃないか。」
「大河ちゃんごめんね〜、やっちゃんもシャケいっぱい食べちゃった。」
「あうぅ・・・・。」
食後機嫌の悪そうな大河はふらっと出て行ってしまった。
食器を片付けてもまだ帰ってこないので手持ち無沙汰になってしまった竜児は仕方なく窓を開けて掃除を始めた。
「まったく、食いもんくらいであんなに怒るなよな。まあアイツらしいといえばらしいけど」
などとブツブツ言っていると、下の階から聞きなれた声が聞こえてくる。
「ねえ、ばあちゃん!竜児ったら酷いのよ!あのシャケ自分ばっかり食べて私には食べさせてくれないの!」
「大河のヤツどこに行ったかと思えば1階かよ。また人聞きの悪いことを言いやがって・・・・。
しかもさっそくばあちゃん呼ばわりか。まあ大家さんと仲良くなったのはいいことだしここは我慢しとくか。」
結局夕方になってやっと大河は帰ってきた。
「ただいまー。」
「おう、ちょうど良かった、晩飯できたところだぞ。」
「知ってるわ。下までいいにおいしてたもの。今日はカレーね?」
「ご名答。さすがの嗅覚だ。夕飯食べて機嫌直してくれよ。お前のための特別メニューにしたんだから。」
「そんな気遣わなくてもいいわよ、もう怒ってないから。大家さんところでゴロゴロしてたら眠くなっちゃって昼寝してきただけよ。」
「まったくお前ってヤツは・・・。」
泰子は店に出たため夕飯は2人である。
食卓には2種類のカレー。竜児の前には普通のカレー。そして大河の前には具の無いカレー。
「・・・・・何よこれ、あんたふざけてるの?いい加減にしないとホントに吊るすわよ?」
ある程度覚悟はしてたことだが、大河の目に久しぶりに見る殺気が宿る。
「オイ竜児!!な、な、な、なんで・・・・私のカレーだけなんにも具が入ってないのよ!!!!
あんたのには山ほど入ってるのに!!!!最近おとなしくしてるからって、私のことナメたらどうなるか思い知らせてやるわ!!」
「オイってなんだよ!落ち着けって!お前のための特製だって言ったろ!」
「この何も入ってないカレーが特製ですってぇ!!もう許せないわ!!大家さんにもとっちめてもらうんだから!!」
「ばあちゃん!!ばあちゃん!!竜児が・・・・・!」
「こら、バカ、やめろ!騒ぐな、落ち着け!騙されたと思って一口食べてみてくれよ!」
「チッ、そこまで言うなら仕方ないわね。ほんとに騙してたら許さないから(パク)・・・・・あれ、何これ・・・・?」
「どうよ?」
「私の好きな甘口・・・でもただ甘いだけじゃなく深いコクと旨みが詰まってて・・・すごく濃厚。
いつものスパイスセットもおいしいけどこれは格が違うわ。どういうこと?」
「それはな、何も入ってないんじゃない。いつものスパイスのカレーにいろんな具を細かく刻んで入れて溶けて無くなるまで煮込んだんだ。
よく見てみろ、具のカケラみたいなのが入ってるだろ?それにな、ルーの色も俺のと違うのに気付かないか?」
「あ、ほんとだ、ちょっと色が濃いわね。謎のカケラも入ってる。」
「おう、分かってくれたか・・・っておいおい。」
「(ガツガツガツガツ・・・)おかわり!」
「こら、そんな慌てて食うんじゃない、服に飛ぶだろ。カレーは逃げやしないよ。」
「いいから黙ってよそいなさい!」
「やれやれ・・・」
2杯目もあっという間に平らげたところで落ち着いたらしく
「ふう、すごくおいしかったわ!ありがとうね、竜児。それから騒いで悪かったわ。」
「おう、機嫌直してくれて俺も嬉しいぞ。」
「でもね竜児、あんた一つだけ分かってないことがあるわ。」
「え?」
「私はね、あんたと同じご飯が食べたいの!なんであんたは普通のカレーなのに私だけ特別製なのよ。
あんたもこっち食べればよかったじゃない。」
「いや、実は煮詰めたら意外と少なくなっちまってな。水増ししたら薄くなるし。
それにお前がたらふく食うだろうと思って俺のは別に作り直したんだ。案の定あっさり全部食っちまいやがって。」
「もう、そんな余計な気は遣わなくていいわよ!・・・・でもまあお礼は言っておくわ。
それにしてもあんたってばほんとに鈍いんだから。今度別メニューにしたら許さないからね!」
「それはすまなかったな、もうしないよ。今日のところはもう食べちまったし許してくれないか?」
「そうね・・・、あんたのと同じのも食べさせてくれたら許してあげるわ。」
「お前まだ食うのかよ!また太るぞまったく。しょうがない、よそってきてやるよ」
「違うわよこの鈍犬!私はね、『食べさせて』って言ったのよ?ここまで言えば分かってもらえるわよね?
ほら、あんたまだ自分の全然食べてないじゃない。ん〜、とりあえずそこの肉からね♪」
具が無いのが物足りなかったのか大河は具ばかり要求し、結局竜児のカレーの具は全て虎の胃袋に消えてしまった。
「俺のカレーだけ・・・・何も入ってねぇ・・・・。俺のは正真正銘具が無いだけのただのカレーじゃねえか・・・。」
「あらやだ、遺憾だわー」
「まったく嬉しそうにしやがって。」
「あら、あんただってブツクサいいつつ顔はニヤけてるわよ?」
夕食後、いつもの大河の帰宅時間
「ほれ、持ちやすいように切り分けてやったぞ。送るついでに途中まで持って行ってやるよ。」
「ふふん、今度こそ私の胃袋におさめてやらないとね。」
「あんまり一気に食いすぎるなよ。塩分濃いんだからな。」
「分かってるわよ、いちいち細かいわね、あんたは。」
2人がいつも分かれる大河の家の近くの交差点
「竜児、今日はほんとに色々悪かったわね。それとありがと。また明日ね。」
「おう、また明日学校でな。」
「あ、そういやあのカレーって何を溶かし込んでたのか詳しく聞いてなかったわね。」
「おう、あれはな・・・、」
材料を思い出そうとした竜児の頭にふと具を奪われたおにぎりやカレーがよぎり、たまにはちょっと反抗してやろうと数秒考え、
「あれはな、ひき肉と、たくあんと、しおからと、ジャムと、にぼしと、大福と、その他いろいろだ。」
「え・・・、何それ、そんな具材であんな味になるんだ。あの甘さは大福とジャムだったのね。
その発想は無かったわ!さすが竜児ね、今度はいっぱい作ってやっちゃんと3人で食べようね!それじゃ!」
大河は言い直す間も与えず去ってしまった。
「おいおい。あんなの信じるか?たくあんやにぼし煮込んだって溶けるわけないだろ・・・。
おにぎりは上手くなってもやっぱりアイツの料理のセンスは問題だな・・・。」
「いい嫁」になってもらうためにいつか料理の基礎から叩き込んでやろうと決意する竜児であった。
END
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