「今日すっごくいい天気ねっ!」
「ああ。皆も喜ぶだろうよ」
嬉しそうな大河の言葉に誇らしげに答えてやる。
今日は特別な日。
「・・・むー・・・」
「?どうした大河?」
しかし想い人は仏丁面で。
「・・・私が一番喜んでるのに・・・」
「!ああ、悪い。勿論俺も喜んでるからな」
かいぐりかいぐり。
頭を撫でてやるととたんに相好を崩して。
「なんたって久々にお前と過ごす休日だもんな」
にへ〜。
しまり無い顔で受け答え。
「うん!頑張って取った休みなんだかんね!?私に感謝しなさい!?」
「はい。心の底から感謝しますよ奥さん」
にへー
「・・・どうなのあれ?」
「あーうん。・・・まだまだ新婚家庭だねえ・・・」
「・・・もう少しで8年になるけど?」
「・・・だねえ・・・」
見合わせて思わず吹き出す二人。
実乃梨と亜実。
待たされた居間の中で、目の前で繰り広げられる変わらない二人を見据えながら。


『花見』


「そういや北村」
「ん?」
「お前等子供作らないのか?」
「ブッハァ!!」
吹き出したのは、聞かれた当の本人ではなく。
「なななななにを言い出すんだ高須竜児!?」
兄貴こと狩野すみれ。
「いや俺は全くもってそのつもりなんだが、会長が・・・」
「北村あぁぁぁぁっ!!!」
メコッという音が確かに聞こえたかのような鉄拳が、北村の顔面に突き刺さってい
る。
「ひひひ人前では、すすすスミレと呼べとああああれほど言っておいただろうがっ!
!」
「す・・・すいません、会長・・・」
「まだ言うか!!?」
ボコズカドクボク・・・
「・・・あれ死んでないの?」
「・・・祐作はタフだから、たぶん・・・」
「・・・家じゃ会長って呼んでるんだな・・・・」
「てゆうか、あの女も『北村』って呼んでる時点でどうなのよ?」



「でも子供できるってのはいいわよねー」
「なに、ばかちー子供欲しいの?なんなら一匹やろうか?」
「犬の話じゃねーっつの!・・・冗談はともかく、やっぱり子供って可愛いじゃん」
「・・・ばかちー・・・」
そうなのだ。
この憎まれ口を叩く悪友は、決して愛する人との間に子供を設ける事は出来ないの
だ。
そこに思い至り、大河の顔も神妙に・・・。
「まーでも、実乃梨ちゃんをとられないんだから逆にいっか!正直、子供とはいえあたしと実乃梨ちゃんの仲裂いたらマジ殺しちゃいそうだし♪」
「・・・今心底あんたに子供できない事を祝福したわ・・・」
「ん?」
なる訳もなかった。

「ところで能登と木原は?」
「あーなんか、能登が浮気したとかで麻耶マジ切れでこれないって」
川嶋の答えに少し驚いた竜児。
「・・・・は?」
「こわいねー」
「いや・・・怖いねで片付けて・・・」
「お待たせー」
「へ?」
「え?」
視線の先にはにこやかな木原。
「ごめんねー送れちゃってー」
「あ・・・ああ・・・」
「き・・・気にしないで麻耶・・・」
「「ん?なんか声暗くない?」
『そんなことはないです!』
声を揃えて答えた二人の前。
「・・・」
木原麻耶の右手に引きずられた能登は、辛うじて生きているようだった。




「・・・なんつーか・・・・あ、春田は?」
「あー。なんかゆりちゃんがあれで、これないとか?」
「あ、そうなのか?・・・ゆりちゃん先生も、いい加減高齢出産だしなー・・・」
しみじみと言う竜児。
やはり、あの『事件』は記憶に新しい。
「・・・まさか春田と結婚とはなー・・・」
「まーありえなくはないんじゃね?あいつ、あー見えて結構面倒見いいし」
「まーな・・・でも、驚くだろ普通?」
「まあね。でも収まるべく・・・」
そこで言を切って黙り込む亜美。
当然のように竜児が問い掛ける。
「?どした?」
「・・・あーうん。ね?」
くいっと盃をあけて頷く亜美。
その顔には違和感がありありとある。
「なんだよ?」
「・・・あれが見間違いじゃなけりゃ・・・」
「へ?」
「あたしも感心したんだけどねえ・・・」
「は?」
促されてみつめる視線。
その先に促された『あれ』にあんぐりと口を開く竜児。
「・・・なんでいるんだ春田?」
「さあね」
目の前に談笑する春田をみつめ、二人は無言で盃を煽った。
「・・・殺されるな」
「うん・・・だね」



「高っちゃーん!飲んでるー?」
「俺はお前が飲んでることが驚きだけどな」
呆れ顔で、これ見よがしの嫌味をかます竜児に、
「はえ?」
アホはやはりアホのままで。
疲れたように竜児はため息を吐くと、気を取り直したかの如く春田に話し掛けた。
「ゆりちゃんはどうした?」
「あー嫁さん?お産だっつって叩きだされた」
ひでーよな?
そういってケタケタと笑う目の前のアホ毛に、竜児はやはり根気よく答える。
「いやちげーだろ。おん出されたのは病室・・・」
ブブブブ・・・・ブブブブ・・・・
「・・・携帯なってんぞ?」
「あーまたかー」
「また?」
ヒョイッと取り出した春田の携帯を何気なく覗き込む竜児。
そこでビクリと止まる。
「・・・なあ」
「ん?なあに高っちゃん?」
「いや・・・やばくねーか・・・今の?」
「??なんで?」
「いや・・・」
取り出すなり切った携帯をポケットにしまう春田。
しかし竜児は見てしまった。
着信42件。ゆりちゃん。
その表示を・・・。
「さ!飲もうぜ高っちゃん!!」
「・・・ああ」
クイッと盃を傾けながら、
『お前の末期の酒をな・・・』
「ん?なんか言ったー?」
呟きは聞こえることなく宙に消えた。



「・・・ばかちー。そろそろ降参しなさいよ・・・」
「・・・っはあ?チビ虎こそそろそろ諦めたら?」
桜の下、カタカタと震えながら二人が不敵に笑いあう。
まわりでは俄然盛り上がり、煽るだけ煽る聴衆の群れ。
「な、なんだこれ?」
そこにやってきた竜児が、何事かと目をぱちくりさせる。
人海の中、件の美少女二人はビールの缶を持ってにらみ合っていた。
周りに転がる数は既に20を越えている。
「お、おいなんだこれ!?」
訳も分からず、すぐ隣にいた奴の肩を揺さぶる竜児。
「えっへー・・・」
しかし揺さぶられた方は心底幸せそうな顔で。
「!?櫛枝!!?」
「えっへー・・・」
「な、なんなんだよこれは!?」
締まり無く緩んだ顔をする実乃梨にとりあえず聞く竜児。
答えを期待した訳じゃなかったが、意外にもそれは返ってきて。
「えへへ・・・大河とあーみんがね?」
「あ、ああ・・・」
「・・・どっちが私を好きかって競いあっちゃって」
「・・・・は?」
ポカンとする竜児の目の前、実乃梨はそれはもう花も恥じらう乙女の如く。
「もー可愛いよねー二人ともっ!!」
頬に当てた手ごと、ブンブンと頭を振ってみせたり。
「・・・あー・・・・なんつーか・・・」
頭を抱えた竜児に、
「竜児!」
「高須君!」
かかるは果たしてなんの声やら。
「「バカルディあるだけ持ってきて!!」」
「・・・ねーよ」
とりあえず搾り出した言葉は、なんというか郷愁に満ちていた。



「・・・たくこいつらは・・・」
酔いつぶれた大河を膝に寝かせつつ、竜児は桜の木に背もたれた。
その横ではくすくす笑いを隠さぬまま、実乃梨が同じように腰掛けていた。
無論、膝には同様の想い人を抱えたまま。
「いーやー。しっかし果報者だね私はっ!!」
「あー・・・それに関しちゃ異論はねーよ」
チビリっと手に持った缶を傾けて、小さく竜児が溜め息をついた。
「おんや〜?なにやら含むところがある?」
「うっせー」
ちらりと膝上の大河をみて、もう一度溜め息をつく。
「こいつはほんとにお前が好きなんだなー・・・と、そう思っただけだ」
言葉とは裏腹の仏頂面に、ますます実乃梨の笑みが濃くなる。
「なに?ヤキモチ?」
「おうよ」
及びも隠すことなく答える竜児。
「・・・ったく。お前には一生勝てる気がしねえ」
「にひひ」
「・・・なんだよ?」
「ん?高須君も、素直になったなーって」
「・・・」
いずれ強面と評される顔に朱が差す。
その様子に実乃梨はまた笑みを深める。
「ふふ・・・あの頃こんなだったら、私ら付き合ってたかね?」
「!?お、おまっ・・・そ、それどっからっ!?」
突然の口撃に、ぐりんと竜児の顔が向き直る。
その顔はもはや熟れた林檎よりも赤い。
目の前には悪戯っぽく笑う実乃梨。
「ん?ふふ〜。みーのりんはなんでも知っておるのだよー?」
「っ・・・!・・・はあ。・・・お前・・・楽しんでるだろ?」
脱力したように紡ぎだした言葉に、ますますその笑みは濃くなって。
でも、発する言葉ははぐらかすが如く。
「んー?お花見だからねー?」
「・・・ち。本当にお前には勝てねーよ・・・」
「お褒めに預かり、櫛枝、恐悦至極にございます!!」
ピッ!っと額に手をかざして答えるかつての想い人に、知らず竜児の顔も綻ぶ。
「・・・ま、どうせ一生このままか」
「そうだよ」
ンフッと笑った後、掲げてきたビールの缶に竜児も同じようにあわせる。
カツン。
「いつまでも、な」
「いつまでも、ね」
一瞬の沈黙の後上がった大きな笑い声は、降り続く花びらの中に吸い込まれていった。




「・・・しかしあれだな」
「ん?」
「変わんねーな・・・どいつも」
少し傾いた日の光。
その中、桜の木に背をあずけたまま、ふぃっと竜児が顎をしゃくる。
つられるように、その先に視線を送る実乃梨。
その顔が・・・みるみる笑顔に彩られる。
「・・・そりゃー、ねぇ」
チビリっと手の中のビールを傾けて、それでも顔は笑顔のままで。
「かわんないさ」
笑顔のままみつめる先。
かつて同じ学生時代を過ごしたその面々。
それらを眺め、実乃梨は知らず言葉を零す。
木原の目の前、必死に土下座して謝る能登。
方や、酔っ払った兄貴・スミレに首根っこ抱えられ息も絶え絶えな北村。
一方では、傅く(かしず・く)男共に冷笑を浮かべながら相対する香椎。
その全てが懐かしく、そして目新しい・・・目新しい?
実乃梨の横、同じように眺めながら、ふと竜児の頭に浮かんだ疑惑。
「・・・なぁ?」
「ん?」
なに?っと、缶を口に咥えたまま、実乃梨がコテンと首を傾げる。
「どしたい?」
「あー・・・な?」
「?」
「・・・香椎ってよ・・・」
「?うん?」
「・・・いつからあんなんなってんだ?」
「うに?」
竜児の示す先。
そこには、跪いた男に腰掛け、たおやかに女王然と振舞う香椎奈々子がいた。
「あー、奈々子様?」
「様っ!?」
ガバッと振り返った竜児。
その顔には違和感がありありと浮び上がっていて。
「さ、様って?」
「うん?知ってるっしょ、この事?」
「い、いや皆目・・・」
困ったように目を逸らす竜児。
その目の前。
キュピーンッ!と悪戯げに目を光らせるのは彼の人。
ご丁寧に、そっと気不味げに目を伏せる演技のオプションつき。
「・・・そっか、うん。なんでも奈々子、高校卒業と同時に・・・ね・・・」
「な、なんだ!?」
「・・・高須君にはちょっと・・・言えない・・・かな?」
「!?だ、だからなんだよ!?い、言えよ!」
わたわたと慌てる竜児。
それをみつめながら溢れ出るため息一つ。
「・・・はぁ。遊ばれてるわねぇ竜児・・・」
その声ははたして聞こえたのか否か。
「教えろよ櫛枝!!」
「私からは・・・」
とりあえず、一部変わったところもあったようだ。




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