「おう……」
 ぺらりとページをめくる度に現れる機能的で清潔なキッチンに、竜児は思わず溜息を漏らす。
 と、それを聞き逃さない地獄耳が約一名。
「ちょっと竜児、あんた何こんな所でエロ本見てハァハァしてるのよ。そーゆーのは私が帰ってから自分の部屋でやりなさいよねこの変態ドエロ犬」
「お前なあ、妙な濡れ衣を着せるんじゃねえよ。俺が読んでるのはインテリア雑誌だ」
 言って竜児は開いたページを大河の鼻先に突き付けるが、
「キッチン特集ねぇ……まさかあんたが台所に興奮する異常性欲の持ち主だとは思わなかったわー。
 医者か警察に相談したほうがいいかしら? まさか私が見てない時にうちのキッチンで腰振ったりしてないでしょうね?」
「何でそうなる!?」
「だって、こんなの見て何が楽しいのよ?」
「料理人にとって台所は戦場であると同時に自分の城だ。今ある物を十分に活用するのは当然だが、将来の為に理想を追求して何が悪い」
「……よくわかんない」
「大河だってファッション雑誌見て楽しんでるだろ? それと同じだ」
「だって、おしゃれはぱっと見て可愛いとかわかるじゃない。でも台所とか、こんなのどこがどう違うのよ?」
「例えばだな、このカウンターキッチンは冷蔵庫や収納の配置が動線も考えられた作りになってるだろ。ある程度のカスタマイズも出来るから使い易さとしては完璧だ」
「……はー……」
「料理しながらリビングと話がし易いのもいいよな。やっぱり食ってくれる人とのコミュニケーションってのは大事だし、急なリクエストにも対応できるし。実際に使ってる所を想像してみろ」
「想像っていうか、妄想よね」
「うるせえ、イメージってのは大切なんだよ。自前でこのキッチンを揃えられる頃は当然もう社会人でだな……」


『ふん、ふん♪』
『何よ竜児、ずいぶんご機嫌じゃない』
『おう大河、今日は何の日だかわかるか?』
『今日?……誕生日でもないし、記念日でもないし……』
『答えはだな、ボーナスの支給日だ。というわけで喜べ大河。本日の夕食は奮発して国産和牛のすき焼き・肉多め!』
『やった!牛どーん!』
『おう、どーん!』


「……あれ?」
「ちょっと竜児、どうしたのよ? いきなり固まったりして」
「いや、その……何でもねえ」



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