『宇宙スペースナンバーワン!』


とある大学のとある構内で。
泣く子も黙る強面堅物理系大学生、高須竜児は、いそいそと帰り支度をしていた。
刃物のように研ぎ澄まされた両眼が宙を睨み、分子構造を破壊して空間ごと転移しようとしている。というわけではなく、今帰れば駅前スーパーのタイムセールに間に合うな、と考えているのだ。
鼻歌混じりに講義室を出ようとした時、不意に横から声がかかった。振り返ると、見覚えのある学生数人が集まって何やら盛り上がっている。

「なあ高須、今度のクラス合コンの場所、どこがいいと思う?」
“のみほーたべほー3000円!!”なるチラシをひらひらさせて、茶髪にピアスの青年が改めて竜児を手招きする──それでわかった、同じクラスの奴らだ。
そもそも大学ではクラス分けにあまり意味はなく、専攻分野が被らない限り話す機会もそうそうない。とはいえ、こちらが一方的に名前を思い出せないのはどうも気まずい。
竜児が手刀を切って不参加を伝えると、人の輪の中から茶髪ピアスと顎髭メガネの二人がずかずかやってきた。

「なに、高須またパスなの?前回も前々回も来なかったじゃん。」
「そういや初回に自己紹介を兼ねたやつだけだよな、高須が来たのって」
ステレオで責められ、竜児は苦笑いして首を振った。
「いや、まあ……正直アルコールは得意じゃねえんだ。」
実を言えばそう弱くもないのだが、母・泰子のかつての仕事(スナックのママ)を見て育ったせいで、あまり頻繁に飲む気にはなれないでいる。
「んなこと言って、ゼミの飲み会じゃ環境学の教授とずいぶん盛り上がってたって話じゃん。」
鋭く突っ込まれて、竜児の両目が危険な角度につり上がる。
この口達者な糞餓鬼どものはらわたをどこから食い破ろうか、と思っているわけではない。言い訳を考えているのだ。
あの時は、昨今の誤用されがちな“エコ”の定義について大いに議論する所があったわけで──そもそも偉い教授と腹を割って話すために参加したのであり、飲酒目当てではない。


「高須って真面目だし、頭良いしさ、一度話してみたいって女の子も何人かいるんだぜ。
オレ、今回必ず誘うって約束しちゃってさあ」
「人生最大のモテ期かもしんないぞ?来いよ。
うまくいけばお持ち帰りー、なんてこともあったりなかったり!?」
「いや、そういうのは……。俺、彼女いるし」
今日もこの後部屋でイチャつく予定なのだ。大河が喜ぶお肉をドーン!とゲットして一刻も早く帰りたい。
そわそわしはじめた竜児に身を寄せ、顎髭メガネが囁く。
「高校から付き合ってんだっけ?
まあそう堅いこと言わず、時には視野を広げるのも必要よん。」
「そうそう!運命はどこに転がってるかわかんないぜ?」と、これは茶髪。

きっと悪気は無かったのだろう、なにせ竜児のこの凶眼だ。怯えず普通に接してくれること自体ありがたい。
だがしかし、何も知らないとはいえ、あの大恋愛の顛末を、ひいては自分を求めてくれた大切な少女のことを軽ーく扱われ。
竜児のささやかな──しかし確固として存在するプライドに、火がついてしまった。
それでつい口が滑ってしまったのだ。

俺の嫁は宇宙一、と。


          ♯ ♯ ♯

うちの大学の飲み会に来てくれ、という竜児の頼みを、(宇宙一の嫁であるところの)大河は最初、鼻息で吹き飛ばした。

いわく、ダルい。ウザい。めんどくさい。
高校〜大学でずいぶん改善したものの、彼女は元々孤高の虎。人見知りするタチなのだ。
そりゃそうだよなあ、と竜児はため息をつく。よく考えたら俺でも嫌だ。
大河の大学の知人に囲まれた自分を想像して、想像だけでウンザリする。質問責め間違いなしだ。
容姿がまったく釣り合ってないことを脇に置いても、どうやって知り合ったのか、いつ好きになったのか、付き合うきっかけは何だったのか。どれひとつまともな答えを返せそうにない。
彼女が深夜に木刀持って殴り込んできたのが恋の始まりでした?酒の席の冗談だと思われて終わりだろう。
それでも──たとえどんなに滑稽に見えようと、竜児たちにとってあの一年間は決して冗談などではなかった。みんなで真剣に泣いて笑って、傷つき傷つけて、ようやく手にした恋なのだ。

「──悪ぃ、無茶言った。今からでも断っておく。」
そう言って携帯に伸ばした手を、大河の華奢な指が捕まえる。
「……あんたはどうするの?」
「俺か?俺は行かなきゃマズいだろうなぁ。」
嫁と行く、と大見得を切った手前、あの二人には揶揄されるかもしれないが、下手に大河の機嫌を損ねるくらいなら安いものだ。顔を出すだけ出してとっとと帰るが吉である。
「元々クラスの催し物だし、二人も減ったら幹事が困るだろ。」
ふぅん、と相槌を打ったあと、大河は眉根を寄せて思案顔。

「ねえ竜児、それっていつ?」
「来週の土曜日だったかな。」
「……女の子も来るのよね。」
「理系だから数は少ないが、まあ来るには来るな。」
「ふぅん……。」
この意味深な沈黙。経験上、そのあとロクなことが起こらない。
「……た、大河?無理しなくていいんだぞ?」
「ちょっと黙って。」
ぴしゃりとそう言いおくと、大河はすっぽり収まっていた竜児の胡座の上から這い出し、鞄に手を突っ込んだ。自分の携帯を取り出して、猛烈な勢いでどこかへ電話をかけ始める。


「──あ、もしもしばかちー?今週末なんだけどさあ、土日、どっちか空いてる?
 ……ええ?……1ヶ月ぶりのオフ?
 あらやだ奇遇ね、私今とってもあんたに会いたい気分なの。」
なんで川嶋?と目を点にする竜児をよそに、大河はなかば無理やり、強引かつ一方的に(亜美がそう怒鳴るのが聞こえた)会う約束を取り付けると、ぽいっと携帯を放り出した。
竜児の顔を振り仰いで、一言。

「──いいわよ。その飲み会とやら、行ってやろうじゃない。」

その口元に浮かぶのは例の、獲物を狙う雌虎の微笑。



          ♯ ♯ ♯

久々に大河と別行動になった週末を、竜児は心ゆくまま掃除をして過ごした。
雑巾3枚と高須棒2本を使い潰し、日々の怠慢に戦慄する。
ちまちまと家計簿をつけながら、やはり人は愛を知ると弱くなるのだろうか(おもにカビに対して)、とか、水道代の釣りはどこに置いたったっけ、などと益体もないことを考えているうち、しだいに瞼が重くなり。

 ピンポーン

「おう……?」
物音に気づいて目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

──高須さあーん♪お届けものでえーす♪

妙に聞き覚えのある甘ったるい声に呼ばれ、強張った体を解しながら玄関に急ぐ。
「今出ますう!……っと、やべっ」
慌てて口元のヨダレをハンカチで(KITANAI! けどティッシュ使うのMOTTAINAI!)拭っていると、

──まだですかあー♪……つーかさみーんだよダボハゼとっとと開けろや。

「おうっ!この手の平返し……川嶋か?」
「はぁい高須くん、久しぶり♪」
果たして、扉の向こうには川嶋亜美が立っていた。
学業の傍らタレント活動にも乗り出した彼女は、今や親の威光を借りずともカリスマになりつつある。近年ますます磨きのかかる美貌はしかし、今日はちょっぴりお疲れムード。
「ひっさしぶりだなあ!見たぞ、新しいCM!」
「マジで!?いやぁ〜ん嬉しい♪高須くんも相変わらず顔面放送事故だネ♪
 それよりさあ、お願いがあるんだけど──」
「いやいや待て、今さらっと酷いこと言ったよな!?それに大河はどうしたんだ?一緒のはずだろ?」
竜児の問いを華麗に無視し、亜美はそのモテカワスマイルにまったくそぐわないセリフを吐いた。

「いいから有り金全部よこせ♪」

「──ああ?」
さすがに何かの空耳かと思い、竜児が聞き返す。同じ言葉が返ってくる。
「有り金全部、よ・こ・せ♪」
……少し考えてから、竜児は尻ポケットにあった三千百七十円(ビニール袋入り)をそっくりそのまま差し出した。
「なにこれ。なんでケツから出てくんの」
「汚ねえこというなよ!?今朝コンビニで水道代払った釣りを、突っ込んでそのまま忘れてたんだよ。
 つーかいきなりどうした、財布でも落としたのか?」


亜美はさも嫌っそおおお〜に竜児の尻と紙幣inビニール袋を見比べていたが、やがて汚物でも触るようにつまむと、空いた手に何かの包みを押し付けてきた。
「それ、タイガーの服との相性完璧だから。」
「なんだって?」
「スタジオ衣装の払い下げだから、お代は今くれた分でいい。
 どっきり地雷原フェイスがこれで少しはマシになるといいんだけど──」
──つーかマジ信じらんない、普通ここまでする?亜美ちゃんホント天使じゃね?むしろ女神じゃね?世間に崇め奉られて当然じゃね!?
例の調子で一方的にまくし立てると、くるりと踵を返す。
「じゃ、あたし帰るわ。またね高須くん♪」
「はあ?おい待てよ川嶋、さっぱり訳がわかんねえよ!
 大丈夫か、マジで財布落としたのか?そもそも大河はどうしたんだよ?ええい、とにかく上がってお茶でも……」
「あんたとタイガーの愛の巣でお茶とかまっぴらだし。すでにちょっとイカ臭せえし。財布はこの通り契約料でパンパンですうー」
今夜はめちゃくちゃ美味しいもの食べて、ちび虎の子守り疲れを癒すんだから。
とどめのようにそんな台詞を投げると、亜美はあっという間に足音高く去っていってしまった。

「……きちんと掃除してるし、そんなエロいことばっかしてるわけじゃねえよ……。」

残されたのは、傷心の竜児と謎の包みがひとつ。


          ♯ ♯ ♯


「──もしもし実乃梨ちゃん?ちび虎の足止めはもういいよ。放り出しちゃって。
 ……うん、……うんうんそう。なんか寝てたみたいでさー、ヨダレの跡とかついてんの。最悪じゃね?あれ、幸せ呆けっていうの?
 ……でしょー!あはは、ホント亜美ちゃんキューピッド、ううん、ヴィーナスだよね!
 それよりさ、食通のプロデューサーから美味しいモツ鍋屋さん教えて貰ったんだ!行こうよー!そうだ、麻耶と奈々子も呼んでさ、2-B女子会やろ!女子会!
 ……あ?タイガー?ダメダメ、今日だけはあいつ抜き!爆発すりゃいいのよ、あんなバカップル!
 でさあ、集合場所は、……」




          ♯ ♯ ♯


 そんなこんなで週が明け、やってきた飲み会当日。
竜児がアルバイトを終えて戻ると、大河の姿はなく、携帯に「美容室から直接行く」とメールが来ていた。 恐ろしく気合いが入っている。
 了解の旨と待ち合わせ場所を返信してやってから、ふと首をひねる。
 ──俺、大河に「宇宙一」の件は話してないよなあ。 なんであんなに張り切ってるんだ?
 竜児の双眸がヌラヌラと怪しく光り出した。 あの女調子に乗りやがって、綺麗になったところを頭から喰ってやる、と思っているわけではない。不安なのだ。
 ただ側にいて息をしているだけで可愛い大河が、本気を出して着飾ったら一体どうなってしまうのだろう? ミスコンの彼女を思い出し、胸の奥がざわめく。
 スカウトマンやナンパ野郎に声をかけまくられ、最悪誘拐されたりして、集合場所まで辿り着けないんじゃないだろうか。
 もちろん、そんなことはあり得ないと頭ではわかっているのだが、竜児の恋心は理性をどんどんおかしなほうへ曲げてゆく。
 ──うっかりどこかの国のセレブに見初められ、国外に連れ出されたら……いやむしろ、その国を征服して女王に収まっちまったりして……

 たいへんだ。(※竜児の頭も)

 慌てて携帯を取り出し、メールを送り直す。
「やっぱり……そっちに……迎えに行くから……、今居る場所……を教えろ、っと」
 返ってきたOKの返事にようやく一安心。
 ──さて、残る問題は俺だが。
 窓ガラスに映る自分に向かってニヤリと微笑む。 ベランダにとまっていた鳩の群れがすごい勢いで飛び去っていくが、全く気にならない。
 今日の俺は最強なのだ。


 あの日亜美がくれた包みには、多少ユーズド感はあるが、いかにも仕立ての良さそうなダークブラウンのPコートが入っていた。 襟に“タイガーには秘密だぞ(はぁと)”と走り書きされたメモがクリップで留めてある。
 何気なくネットでメーカー名を検索して、竜児は椅子から転げ落ちそうになった。 どの商品も亜美に巻き上げられた額の数十倍もの値段がついている。
 こんな高価なもん受け取れねえ、と泡を食って電話すると、「おかけになった国民的美少女は〜、現在女子会中で〜す♪ 空気読め♪」と5秒でぶち切られ、困惑しているところに今度はメールが来た。
 絵文字だらけのキラキラデコメを解読した結果、要点は以下の3つ。



 1、一番いい上着をタダ同然で譲ってもらったので問題ない。どうしても気になるなら結果報告を兼ねて後日何か奢ること。
 2、シャツの裾は死んでもズボンに入れないこと。 入れたらコロス(やらねえよ北村じゃあるまいし、と竜児は思った。 あとどっちみち死ぬのかよ)。
 3、大河には当日まで隠して驚かせること。

 『お互い惚れ直しあったりして死ぬまでラブちゅっちゅしてればいいんじゃね、このバカップルが。ぺっっ!(うんち絵文字)』
 と〆られたメールの追伸に、一緒に居るらしき連中からのメッセージが。
 『あんたたち変わらなすぎマジうける(笑) 木原』『結婚式には呼んでね? 香椎』『Romanticがとまらないぜ! (署名は無いが絶対に実乃梨)』等々。


 亜美がここまでしてくれたのだ、似合う似合わないは問題じゃない。
シャワーを浴びて髭をあたると、友情の詰まったコートをビシッと着込み、竜児は胸を張って家を出た。
 いざ行かん、愛しの大河の元へ。






 おらおらそこのけ、竜が虎を迎えに来たぞ!

 ……という竜児の勢いは、改札口を出た途端にするするとしぼんでしまった。
 大河行きつけのヘアスタジオは所謂“リトル原宿”のド真ん中。 右を見ても左を見ても妙に小洒落た男女ばかり。
 おのぼりさん丸出しで、辺りの風景と携帯のGPS画面を交互に、しかも親の仇のように睨んでいる(ように見える)竜児は完全に浮いている。 例のコートがなければ、カチコミ先を探す鉄砲玉である。
 おまけに目的地についた途端、隣にいた露天商がソワソワしはじめて。
 ──違います。 ショバ代巻き上げにきたわけじゃねえよ……。
 苛立ちがうっかり目に出てしまったらしく、「ひぃ!」と叫んで店をたたみはじめる。
 仕方なく近寄ると、竜児は店頭に並んでいた安っぽいサングラスを適当に選んだ。
「……これください。」


 慣れないサングラスを上げたり下げたりしながら待つことしばし。
「竜児ー! お待たせ!」
「おう大河、思ったより早かっ……た、な……。」
 竜児の顎が、かくん、と落ちた。
 古い映画のワンシーンのように、すべてがスローモーションになり、背景がモノクロになり。 こちらへ駆けてくる少女だけが、くっきりと総天然色で浮かび上がる。

 ──あの非実在的美少女は一体誰だ? なんで俺めがけて走ってくる?

 一瞬そんなふうに呆けてしまって、竜児はプルプルと首を振った。 大河だ、あれは。 間違いなく愛しの手乗りタイガーだ。
 道行く人々を振り返らせながら、雌虎は全くスピードを緩めることなくこちらへ突っ込んできた。 しなやかに跳躍し、「うるぁー!」と吠えて竜児の首にかじりつく。
「つめたっ! 一体いつからここで待ってたのよ? 近くでお茶でも飲んでりゃいいのに」
「来たばっかりだぞ?」
「嘘がヘタね。」
 大河の手が竜児の冷えた耳を優しく撫でる。
 手入れしたばかりの髪の匂いがふわりと鼻をくすぐり、背筋が歓喜に震えた。 大河!大河だ!! この瞬間のためなら、氷点下に何時間突っ立っても構わないとすら思う。
 竜児は半日の大河不足を補うように一度ぎゅうっと抱きしめると、その場にそっと下ろした。



「で、場所はどこだっけ」
「あー、ウチの大学近くの居酒屋で、……。」
「何人くらい来るの?」
「20人前後じゃねえかと、……うん。」
「竜児?」
「おう……。」
 揃って歩き出したはいいが、さっぱり会話が弾まない。
 見とれているのだ。
 ざっくりとしたVネックのデコルテ(襟ぐり)が色っぽい、柔らかなベージュのニットワンピース。
 視線を落とせば、ほっそりした脚を覆う黒ニットのハイソックス。 隙間にちらりと覗く腿の柔らさを、竜児はどうしようもなく思い出してしまう。
 分け目を微妙に変えてある髪は丁寧に梳かれてふんわり揺れ、そのたびに耳元でピアスがチカリと光った。
 派手さはないが、滲み出る女子力ときたら──試着に立ち会った実乃梨いわく「計測不能でスカウターがぶっ壊れるレベル」。
 恋人の熱視線に気付き、大河はその場でくるりと回ってみせた。
「おおいやだ。 鼻の下伸ばしすぎなのよ、このエロ犬ー。」
「おおう……! いや、それ、その、……可愛いな。」
 反論のしようがない。
 いつものふわふわひらひらな服も問答無用で可愛いが、今日のは格別だ。
「へっへーん。 いいでしょ、いかにも女子大生でしょ? めちゃくちゃ悩んだんだから!
 と、言いたいところだけど、悩んだのは私じゃなくてばかちー。 みのりんと一緒に先週さんざん付き合わせちゃったのよね。
 正直、今日の私は頭のてっぺんから足の先まで“プロデュースド・バイ・ばかちー”よ。」
 ──神様仏様川嶋亜美様。
 さすがに何かお礼をしなくちゃ、と呟く大河に頷きながら、竜児は静かに友人を神仏レベルに祭り上げた。

「それより、竜児こそ何よそのサングラス。 ジャケットも見たこと無いやつだし……いつ買ったの?」
 サングラスの経緯を話すと、大河は遠慮なくけらけらと笑い転げた。 上着は友人から貰った、という事にする。 少なくとも嘘は言っていない。 すぐにバレるとは思いつつ、せめて今日が終わるまで黙っておくつもりだ。
「やっぱ、似合わないか?」
 頭を掻き掻きそう言うと、大河は笑うのをやめてぷいと横を向いた。
「……ううん。そのね、」
「おう。」
「……すごおく、格好いいよ。」
「おう……!」
 予想外の返事に足元がフラつく。
そんな竜児の様子に気付かず、大河の手がサングラスに伸びる。
「でも、これは外して? あんたの目が隠れちゃうの、ヤだ。」

 ──ズドン!!!





 胸に抱えたコンプレックスを、粉々に踏み潰す虎の幻がよぎる。 こいつ今何て言った? 俺のこの目つきを? 見えないのが嫌だって?
「り、竜児!?」
 完全によろけた竜児の手を、大河が慌てて掴んだ。 ぎゅっと握り返して呟く。 今すぐ帰りてえ。
 二人っきりの空間で、大河がどんなに愛おしいか言葉を尽くして伝えたい。あわよくば身体でも伝えたい。
「ちょっとあんた、大丈夫なの!?」
 待ってる間に風邪ひいたんじゃ、と泣きそうになる大河を宥め、竜児は何とか正気を取り戻した。
 イチャイチャはひとまずお預けだ。 今は“クラス合コン”という名の魔境にゆかねばならない。


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