大河はただでさえコンパクトなその身体を丸くして床に転がっていた。
時おり掛け時計を見遣り、
「あと3分……」
呟いては表情を緩ませる。
もうすぐ帰ってくるのだ。
大河が最も愛するヤツが。
宣言どおりの時間にキッチリ帰ってくるあたりはさすがの几帳面超人である。

今日も今日とて地獄から送り込まれた使者の様な眼光をばらまきつつ、きっとその手には最近縫い終えた新作の手製エコバッグをぶら下げて。
その中身は今夜の食材で。
何が入っているかはお楽しみだけど、今日は確か卵と豚肉が安かったはずで。
そこから導き出される今夜の献立を何通りか思い浮かべては再び表情が緩む。

ふと息を殺して耳を澄ますと、自転車のタイヤが転がる音に紛れて耳慣れた靴音が聞こえる。
いつも通りの規則正しいリズム。
人間離れした大河の聴覚は確かにそれを聞き分けた。
「竜児だ」
首跳ね起きでスパッと立ち上がると、電源の入っていない液晶テレビに写りこむ己の姿を確認する大河。
少し髪が乱れている事に気づき、急いで指で梳く。
そうしてもう一度液晶画面で確認する。
「よし」
一つ頷いてから板張りの台所を抜けて玄関へ。
カンカンカン、と階段をあがる音がする。
外から聞こえる足音が止まる。
ドアノブが回る。
そしてドアが開かれる。
「ただいま」
予想通りにエコバッグ片手に帰ってきた竜児。
「おかえり、竜児」
そして出迎える大河は愛する人の帰宅に自然と笑顔に。

また今日も、楽しい夕暮れ時が過ぎていく。
おいしいご飯が他愛もない談笑に彩られていっそう美味しくなる。
そして優しい夜がやってくる。
それはとっても甘くて刺激的。


おわり




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