クリスマス・イブ


「もしもし…大河か?そっちの21:51分着に間に合うかどうかってところだな…。」

今現在電話をしている男は高須竜児、外見こそはシマを広げに出張してきたヤクザにしか見えないが中身は只のサラリーマン。
商談のために先輩社員と共にとある大都市に出張してきたのだ…。

「すみません、おまたせして…。」
「ああ、別にいいよ…。どうせ嫁さん待たせてんだろ?しかし会社もこの日に限って出張を入れてくれるとはね…。」
「そうですね…。」

東京を出た時も街はクリスマスムードだったが、出張先の都会でも変わらず街は騒々しかった。

「次の待ち合わせまで時間があるからどこか手近なところでお茶にするか?高須?」
「そうですね、いつまでも街中をぶらついていても寒いだけですし…。」

とりあえず先輩の提案に乗っかり喫茶店へ入って行く2人であった。


「とりあえずコーヒーとシロノワールで。」
「シナモンティーでお願いします。」
「はい、かしこまりました。」

2人は冬将軍から逃げるように暖房の効いた店内へ入り、少しばかり落ち着く事ができた。


―45分後―

2人は地下鉄を乗り継いで待ち合わせ時刻までに取引先の会社に向かった。

…が、どうも相手方の担当者も出張だったらしく戻りの空の便が欠航、鉄道で帰ってくるため
会議の時刻が2時間ほどずれ込む事になってしまったのだ…。

「うちの担当者が遅れてしまい申し訳ありません。」

と取引先の社員がひたすら謝っていた。

「まぁまぁ、仕方ないさ。そういうもんは付きものだって。一寸先は闇、経済も真っ暗闇だよ。」

「いやいや、謝られても…。結局自然が相手じゃどうしようもないですし…。」

と竜児も本音を漏らす。

「ところで高須、お前書類は持ってるか?俺に渡してくれ。」
「ええ、これですね。」
「ありがとう。後トイレ行かなくていいのか?」

と先輩は親指と小指を立て耳に当てジェスチャーする。それを理解した竜児は

「トイレはどこに在るか教えてくれませんか?」と聞き
「会議室を出てまっすぐ行きエレベーターホールに出ます。そこを左に曲がっていただいいて突き当たったところがトイレです。」
「わかりました、ありがとうございます。」

と頭を下げトイレへ向かった。


「申し訳ないが担当者に連絡付くかい?もし付くようであれば『うちの担当者1人帰っても支障がないか?』と聞いて見てくれますか?」
「あ、かしこまりました。」

しばらくすると連絡が取れたらしく、取引先の社員が

「担当者いわく『人を待たせるのは気を遣うから、1人返してくれた方がありがたい。むしろ1人返せ!』だそうです…。なんか色々とこの会社が不安ですが、先輩命令なんで…。」
「そうですか。お手数をおかけして申し訳ない。」



一方トイレに行った竜児はというと…。

「もしもし、大河?」
「あ、竜児?」
「非常に言いにくいんだが、下手すればそっちに着くのは終電か翌朝になるかもしれない。向こうの担当者も主張先から戻りの空の便が欠航して遅れてるんだ。それの影響で俺たちの会議が2時間ずれ込むって…。」
「ええぇぇ!でも仕方ないよね…、出張だもんね…。いっそのこと竜児の所の会社に木刀持って襲撃しようかしら…。『クリスマスに何出張入れてんじゃ〜い。』って。」
「その気持ちは同感だがやめとけ、大河。第一お前の事だから乗り込んだところでまたぶっ倒れるぞ…。」
「何よ…、うるさいわね…。そういえば竜児には迷惑かけたわね、乗り込んで襲撃した揚句、倒れてご飯作ってもらったけ…。」
「はは…、懐かしいな。まあその話はゆっくりな…、今日中に帰れるか解らないけど…。じゃあ、悪いが先輩を会議室に待たせてるから電話切るぞ…。」
「うん、とりあえず大橋駅で待ってるから…、間に合わなかったら私の携帯に電話してね…。」
「おう、わかった。」

こうして竜児は用を足すことなく、会議室へと戻った。



「お、戻ったか、高須。」
「すみません、用が長引いちゃって…。」
「あ、そうそう。それとお前に言う事があった。とりあえず東京に帰れ。」
「へ?いやいや、いきなりですか…?」
「詳しく言うと向こうの担当者も『人を待たせるのは気を遣うから、1人帰ってくれた方がありがたい』だそうだ…。どうせ嫁さん待たせてんだろ?」
「でも先輩は奥さんとお子さんどうするんです?」
「いや〜、俺はクリスマス位鬼女房から逃げたいし、普段尻に敷かれてるから出張がてらゆっくりするさ。それに食べざかりの子供と土産約束しちまったからなぁ、明日ゆっくり土産でも選ぶ予定だ。それに土産買わなかったら、なんだかんだで女房に迷惑かけてる分がな…。」
「じゃあ、すみませんがお先に失礼します。」
「おう、まあ嫁さんとの話クリスマス明けたらまた話してくれ。」
「わかりました。」

そう苦笑しつつ竜児は取引先の会社を後にし、再び都会の喧騒へと戻っていた。
とりあえず考えてても仕方ないので再び地下鉄に乗り、ターミナル駅に向かった。
あいつをひとりにしておきたくない…、今までもあいつを知らず知らずのうちに独りにしてしまった事が何回あっただろうか…。という事を地下鉄の車内で考えながら…。

「次は名古屋、名古屋 新幹線、あおなみ線、JR線、近鉄線、名鉄線、地下鉄桜通線はお乗り換えです。」

「やべぇ、降りなきゃ。」
どうやら居眠りをして気づいたら、次が降車駅だった。

-30分後-

「さて土産も買ったし、帰るだけか…。」

こうして竜児は新幹線に乗り込んで一息ついた。発車してからすぐにチャイムが鳴り案内放送が始まった。
そういやこの曲CMでやってたな…と思いつつ頭の中に妙案が浮かんだ。それは普段いっつも大河に虜にされてる分、今日ばかりは逆に虜にしてやろう。と思ったのだ…。
早速協力してくれそうな高校時代の親友に電話を掛けてみる。

「もしもし、北村か〜?久しぶりだな…。」
「エロ可愛いか〜?」

うん、きっと間違いだ。と自分の脳内で嫌な記憶を抑え込みつつ決めた。
がその直後だった。携帯が鳴り「北村 祐作」とサブディスプレイに表示されている。



「も〜しもし?高須か、久しぶりだな?」
「お前という奴は…、第一まだ裸サンタやってんのかよ?」
「そうだが…、会社のクリスマス会の練習でな…。」
「まあいいや、それよりお前に頼みたい事があるんだが…。」
「お、何?熊のぬいぐるみを大橋高校から使って無ければ東京駅に持ってきてほしい?」
「おう、ちょっと驚かしたい奴が居てな…。」
「また逢坂のことだろ?」
「お…、おう。当たりだよ。」
「ならお安い御用だ、確か高須は名古屋出張だったよな…?そっちが着く時刻を教えてくれないか?」
「おう。今から1時間40分後だな…。」

こうして車内で凶悪な目を釣り上げ高須竜児はニヤニヤしていた、
「あの小虎をどう調理しようか?」と…。
多分ここに私服警官か鉄道警察が居たら職質者だろう。

―約100分後― 銀の鈴前

「お〜い、高須久々だな。」
「北村も相変わらずだな…。ってなんか見覚えのある方が…。」
「久しぶりだなぁ、高須。」
「大橋高校の兄貴…、てかなんで北村?一緒に居るんだよ?」
「兄貴とは失礼じゃん、狩野すみれだろ…。」
「あ、高須。そういえば俺達婚約したから。」
「ってえええ?こ、婚約?だって狩野先輩思いっきり振ったじゃないですか…。」
「あ、高須それは禁句だ、と言っても遅かったか…。」
「あれ、北村は?ってなんでこんな大勢の前で脱ぎ始める。やめぇい!!」
「ええい、離せ。高須ぅ、畜生…。」
「一体どうしてんですか?北村は?」
「ああ、どうも俺が告白を断ったのがトラウマらしくてな…、とりあえず北村を抑えとけ…。解除方法はあるから。」
「え、どうやって?」

といった瞬間、狩野すみれは北村祐作の唇をしっかりと自分の唇で塞いでいた。
と同時に北村がおとなしくなった…。

「あれ、高須?俺はいったい…?」
「ああ、狩野先輩いわくいつもの発狂だそうだ…、しかし2人とも人目を気にしないとは…。」
「いや、外国じゃ普通だぞ、高須。そんなことも知らんのか?」
「いやいや狩野先輩、ここはあくまで日本ですよ…。」
「それと、高須。お前が言ってたブツはこれだろ?」
「そうです、ありがとうございます。」
「おら、何をしているさっさと行ってこい。それとお前の嫁に伝えとけ、『借りは返したぞ。』ってな。思えばあいつのおかげで本当の気持ちに正直になれたからな。」
「わかりました。じゃあ北村、お前も幸せにな…。」
「「「メリー・クリスマス」」」

と3人同時にいい、その場を別れた。
大橋駅へと向かうために、大橋の1つ手前の駅を通る電車に乗りこみ東京駅を後にした。





-大河SIDE-


一方…、高須竜児のフィアンセである逢坂大河は丁度料理を終えたところだった。

「竜児、帰って来るかな?『終電ギリギリか下手をすれば翌朝』って言ってたからとりあえず作ったけど…。」

そうして時計に目をやると時刻はもう23時30分になっていた。仕度をして大橋駅に向かえば着くのは午前零時ごろだろうか…。

「とりあえず、行こう。」

仕度を済ませ、高校時代からフィアンセが使っているマフラーを巻いて大橋駅へと向かった。


―竜児SIDE−

「大橋、大橋」
駅のホームに付いた竜児は時計にその凶悪な瞳を向けると針は23:44分を指していた。

「やっぱり計画通り大河は来てないか…。終電ギリギリって言った後連絡してないからな…。」

とつぶやきつつホームの自販機裏に隠れ、東京駅で北村達から受け取った熊のきぐるみに着替え始めたのだった。


-大河・竜児サイド

午前零時5分前、大河は丁度大橋駅の入場券を購入しホームに上がってきたところだった…。

「終電まで23:56分と0:10分の後2本か…。」

その直後「間もなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。」と無機質な放送が聞こえた。
と同時に少しだけ期待が胸の中で膨らむ。電車がブレーキを掛けて停まり、扉が開き人が結構降りてくる。
やはり東京都心と副都心まで30分で行ける事を考えるとかなり人気な土地なのだろう…。
「そのなかに竜児は居るかな?」と思い、階段近くで張り込むも竜児らしき人影は見当たらなかった。



「あ〜あ、後は0:10分着の電車か…。」

とつぶやき、また駅に静寂が訪れる。
そして10分後、再び放送が流れ終電が来る事を告げる、これに乗っていなっかたら諦めるしかないのだ。
そして大橋駅の最後を締める客が一斉に降りて階段へと向かってきた。しかし竜児らしき人影はどこにも見当たらなかった…。

「ああ、やっぱり竜児は間に合わなかったんだ…。」

とつぶやくとすぐに人ごみを歩いてるカップルたちが何かを話している…。


「なんであの人熊の着ぐるみなんか着てたんだろ?」
「さあな?案外あの人にも彼女がいるんじゃないか?」

え?駅のホームに熊の着ぐるみ?と思ったがまだ乗客は残ってるので目をそちらから離すことが出来なかった…。
そして最後の乗客が階段に差し掛かったと同時に大河はホームを見渡した…。

するとなにやら自販機の裏から茶色い太い腕が手羽先の箱を持って上下に動いている。
大河は涙をぬぐい「バカ…」とつぶやいて…、そのクマの元へと走り出した…。

「この駄犬がぁぁああああああ!」
「ゴッフゥウ…。やめろ大河。」
「バカ竜児…。なんで終電より前に帰ってきてたのに電話入れてくれないのよ!それにそのクマと手羽先…。」
「ああ、これか?クリスマスプレゼントだよ、大河への…。」
「私は…、私はそんなのがクリスマスプレゼントじゃ嫌だ。」
「じゃあなんだったらいいんだよ…?」
「それはね竜児だよ!『帰ってくるあなたが最高のプレゼント』って台詞どこかで聞いたこと無い?」
「そうだな…、只今大河。」
「おかえり、竜児…。」

-fin-




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