高須竜児は悩んでいた。
義務教育である中学までとは違って、高校は自身の将来の進路まで考えて自分で決めなければならない、言わば人生の入り口のようなもの。
立地と成績的には妥当で教師や泰子が勧める大橋高校にするか。
少し遠くてレベルは落ちるが卒業後の就職が有利そうな大橋工業高校にするか。
「……おう?」
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか道を間違えていたらしい。
気づけばそこは薄暗い路地の三叉路の前。
「ぼうや、悩みがあるようだねえ」
そして、いまやどこでも見かけないであろう、フードを目深にかぶった占い師然とした老婆。
但し、その手元にあるのは水晶玉やカードではなく二枚の紙。
「どうだい、ちょいとこの婆の話でも聞いてみないかね?」
見ればそれは大橋中学の進路希望調査票。右には『大橋工業高校』、左には『大橋高校』と記入されていて。
「人生の選択ってのは道を選ぶようなもんさ。ここで右に行くか左に行くかってみたいにね」
老婆の言葉につられて分かれ道の奥に視線を向ければ、薄暗くてよくは見えないが、先にそれぞれ一人ずつ人が立っているようで。
「右を選べば、多くは望めなくとも穏やかな日々」
右の路地の先には、ショートカットで大人しそうな雰囲気の、こちらに微笑みかけてくる少女。
「左を選べば、誤解と波乱に満ちた日々」
左の路地の先には、ずっと小柄でふわふわとした長い髪の、こちらを睨みつけている少女。
「さて、お前さんはどちらを選ぶね?」
そして、竜児が選んだのは、
暗い部屋、見慣れた天井。
「おう……夢か」
右隣には、すやすやと穏やかな寝息をたてる愛しい妻の姿。
竜児はそっと手をのばし、その柔らかな髪を優しく撫でる。
「ん……竜児?」
「おう、起こしちまったか、すまねえ」
「……何?」
「何でもねえ。こっちを選んでよかったなって、それだけだ」
「ふぇ?」
「いいから、もうちょっと寝とけ」
「んー……そうする……」
「おう、おやすみ大河」
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