冬…嫌いじゃない季節だよな。カビもそんなに簡単に生えないし、確かに洗濯物は乾きにくいし、窓枠は結露で汚れちゃうけどな。だけど…
竜児はひとりごちる。

「俺は竜でお前は虎だ!」
あの誓いから、季節は一回りして彼の恋人である逢坂大河が不在の冬が来る。
去年、彼女と二人ですべてを振り切って逃げ、そして彼女を行かせた。
その決断に間違いはなかっただろう。
二人で逃げた日、ドジな彼女はドジをしなかった、二人で手をつないで逃げても転ぶことはしなかった。
あの手のぬくもりが今はない。
二人をつなぐのはメールや電話。もしくは手紙だけだった。

「ねぇ、竜児。冬が来るね」
大河がうれしそうにささやいたその声がこそばゆかった。まるで、近くにいるような…
春に出会い、夏も秋も冬も一緒だった…あの狭いアパートに二人身を寄せ合ってくっついて過ごした。
だから、いつでも一緒だった。今は心だけ。
「大河、こっちはもう冬が来てるんだよ」
竜児は大河を軽くたしなめるように言う。大河には聞こえない。
「登下校の時とか、朝起きる時とか、だんだん寒くなってきちゃって…ホラ」
と手を見せるように竜児にささやく
「見えねーよ。」見えればいいのに。
「軽くしもやけができちゃったんだ。」「治してよ」
軟膏とか付けたら治る、傷にならないようにするんだぞ。と片手をポケットに入れながら竜児は大河を気遣う。
「うん、ありがと。ねぇ竜児」
大河は愛する人の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
竜児はそれに応える。愛する恋人の呼びかけは無視できない。
「私ね、あのね…」
言葉を選んでいるのか。それとも単純に見つからないのか。大河がこんな風に話す時は大体照れている。
一体何に照れているのか。竜児も少し顔をほころばせ大河の言葉を待つ。
「あのね、私ね。しもやけとかできちゃうけど、冬って好き。」
きっと顔は笑ってるんだろう。
「何でだよ。」
表情が緩む。大河の次の言葉を予想する
「だって、竜児と手をつなげる。」
大河は堂々と他の人が聞くと赤面するようなことを言う。
「冬以外にも手はつなげると思うぞ。」
「違うの!他の季節とは違うの!特別なの…」
大河は強く否定するも弱弱しい。手乗りタイガーも牙をぬかれりゃただの恋する少女なんだな。と竜児は思った。
「そうかい。でも…」
竜児は二の句が継げなかった。冬は…そうだな…と否定とも肯定とも取れない返事をするのがやっとだった。
冬は確かに嫌いじゃない。
だけど、大河はいない。竜に並び立つ虎は今は別の場所にいる。体は別だが心はひとつ。はっきりしていた。
あの時体もひとつになれたら。と竜児は思った。
けれど、あの時一緒にならなくて良かった。と、今ならはっきり出来た。心はひとつだ。何を望むことがあろう。

今は愛しい恋人の手のぬくもりを忘れかけた左手を思い出すために目を閉じた。
「大河、寒くなってきたから風邪ひくなよ、おやすみ。」
大河を気遣う。彼にとっては空気を吸うような感覚。
「うん、ありがとう。それじゃあ、おやすみ。竜児。」
大河はそういうと電話を切った。ツーツーと電子音が響く。
あいかわらず冷たい音だ。竜児は未だ慣れないその音をかみ締めることなく電源ボタンを押した。

「冬が寒くて本当に良かった」
竜児は一人つぶやくように歌う。
「君の冷えた左手を…」
そういうも、あの時つないだ手は右手だ。と思い出しながら歌う。

「大河にも見えるか?」大河は隣にはいない。声だけでも心だけでも届けと思う。
「雪がふってるぞ。あの時と同じ雪が降ってるぞ。」目を閉じる。

「大丈夫だよ。タイガーはあっちに行ったふりして、こっちにいるんだから」親友の川嶋亜美のあの時の台詞がリフレインする。
そうだよな。大河はここにいるんだ。
卒業したらきっと一緒になる。二人で決めたことだ。だから、今は。今は。
「おやすみ、大河」聞こえたら良いと思う。彼の視界はまどろんでいく。
冬が来た。二人が再び会うまであと2ヶ月を切っていた。




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