ある山の中に、一人の少女が住んでいました。その少女はとても小柄で、腰まで届く長くふんわりとした淡栗色の髪が特に目に付きました。
ずっと人里離れて暮らしていた少女は、いつからか、ふもとの村に住む人々と仲良くなりたいと願うようになりました。そこで、その少女―――相坂大河―――は、村人たちと仲良くなれればと、自分の家の前に、

『心のやさしい 鬼の家です どなたでも おいでください
 おいしいお菓子が ございます お茶も沸かして ございます』

と書かれた、立て札を立てたのでした。そう、彼女は、大河は鬼だったのです。
人間と同じ着物を着て、見た目こそ普通の少女に見えましたが、その小さな体の、その細い腕のどこからそんな力が出てくるのかというくらいの怪力の持ち主で、
たとえではなく、本当に素手で虎をやっつけることができた(その証拠に、彼女は着物の上に、虎の毛皮でできた上掛けを身に着けていました)ため、人々からは『虎鬼』とか『手乗りタイガー』と呼ばれていました。
そんな名実ともに恐ろしい大河のことを人間は疑って、何日経っても誰一人として遊びに来ませんでした。
大河は信用してもらえないことを悲しみ、悔しがり、しまいには立て札を引っこ抜いて、その怪力に任せてばらばらに壊してしまいました。
「おいおい、せっかく作ってやったのに、なにもぶっ壊すことねぇだろ、もったいない」
ちょうどそこへ、山の反対側に住む少年―――高須竜児―――が訪ねてきました。彼もまた、鬼の一族でした。
そのつり上がった両目はまるで竜のようにぎらぎらと冷たく輝き、眼光は青白く鋭い光を放っていたので、彼もまた『竜鬼』とか『ヤンキー高須』と呼ばれ、ある意味大河以上に恐れられていました。
さて、竜児が大河の家を訪ねた理由、それは今日の昼食を作ってあげるためでした。いいえ、それどころか夕食も、翌日の朝食も、それに立て札に書かれていたお菓子やお茶も。
そして大河が壊してしまった立て札、果ては大河の着物の寸法直しさえ、全て竜児がこしらえたものでした。
むしろ、大河の身の回りの世話を全て引き受けている、といっても過言ではないくらい、竜児は目つきこそ悪くても、その外見からは想像もつかない、とても家庭的で穏やかな性格の鬼でした。
「うっさいわね。だいたい、あんたが同じ山に住んでるから人間たちが怖がって近寄らないんじゃないの?この顔面凶器鬼」
「おう…ひでぇな。俺ん家はこの山の反対側だぞ?十分遠いだろうが。まあ、作戦を始めてからまだ一ヶ月も経ってないだろ。あせらず、別の手を考えようぜ」
人間たちは、大河に抱くイメージばかりが先行し、彼女のことを信用していないのでした。
―――大河が、本当に心から人間と仲良くしたいと願っていることも。


「お芝居?」
竜児の作ってくれた昼食をお腹いっぱい平らげた大河は、新たな作戦の内容を聞いていました。
「おう。とどのつまり、村人たちがおまえに持ってる悪い印象を変えてやりゃいいのさ」
ちなみに今は食後のお茶を飲みながら、今日も村人に食べてもらえなかった竜児特製のお菓子をぱくぱくとつまんでいます。
まんじゅう、大福、芋ようかん。どれも茶店で出されても十分通用するくらい、本当に美味しそうです。
「そうだな…俺が村に行って悪さをする。あぁ、もちろんフリだけだ。村人に危害は加えたりしねぇよ」
大河は、大福の最後の一口をこくん、と飲み込み、そのぷっくりとした薄紅色の唇に付いたあんこをぺろりと舐め取りながら「うんうん」と頷きます。
「んで、そこにおまえが出てきて俺をやっつける。言っとくがこれも本気でやるんじゃねぇぞ?おまえの馬鹿力は鬼の間でも有名だからな」
「しないわよ失礼ね」
「そうすりゃ、村のみんなも大河が本当はいい鬼だって分かるだろ?そうすりゃ、後は自然に仲良くなれるだろうさ」
竜児の話は確かに的を得ているところがありました。もともと鬼である大河は(自身の武勇伝もありましたが)、それだけで人間から恐がられている部分もあったからです。
竜児の提案は、大河にとって魅力的に感じました。でも、それじゃあ―――
「私はよくても、竜児が悪い鬼だって人間たちに思われちゃうじゃない」
それじゃあ、竜児に申し訳ない。大河の心の中には、少しだけそう思う部分がありました。そのため、どうしても諸手を上げて賛成する気分にはなれませんでした。
「俺はいいのさ。もともと俺はふもとの村人と関わることはねぇし、今はおまえが村人と仲良くなれるようにする方が大事だろ?」
竜児は目つきの悪さだけを除けば、他はとてもよくできた少年です。今もこんな風に、大河に対して協力してくれる。それどころか、毎日毎日、山の反対側にある自分の家から大河の家まで、なにかと身の回りの世話を焼きに来てくれる。
ふと、竜児がこうしてくれるようになったのはいつからだったろうか。なぜ、こうしてくれるようになったのだったろうか―――
大河の脳裏に、ぼんやりと昔のことが思い出されそうになりましたが…
「よし!そうと決まれば、さっそく作戦開始だ。人間のことわざに『思い立ったが吉日』ってのもあるしな」
ふいに発せられた竜児の声に、大河は一瞬頭が真っ白になり、
「ふぇっ!?あ、あぁ、うん。そ、そうね!」
つい、肯定の返事を返してしまうのでした。
―――そして、おぼろげに浮かびかけた記憶は、朝霧に包まれるように、ふたたび大河の記憶の向こう側へと消えていったのでした。


「やあやあ!俺さまの名は竜鬼こと高須竜児だ!部屋の中が汚れている家はないかぁ!?この俺さまがピッカピカにしてやんぞぉ!!」
昼下がりの村の中に、突如として響き渡った声。見れば竜児が、片手に持ったなにやら小さな棒切れを振り回しながら、大声でわめき散らしていました。
ちなみに、その棒切れは『高須棒』と名付けられた竜児お手製の掃除道具でした。鬼に金棒ならぬ高須棒。見た目と名前はともかく、小さな汚れも逃さない便利グッズでした。
「で、出たー!竜鬼だーーーっ!!」
「今まで村に近付いたことなんてなかったのに、なんで急に!?」
「あの目、やっぱり怖ぇ!」
「おっ母ぁ、助けてーーー!!」
村人たちは大混乱。言葉だけ聞けば竜児が親切心から掃除を手伝ってくれるようにも思えますが、そこは目つきの悪さは天下一品の竜児です。
そのぎらりとした眼光を惜しげもなく煌めかせて村中を練り歩いているのですから、もはや言葉など誰の耳にも入っていません。
―――と、そのときです。
「待ちなさーーーーーい!村人を困らせる悪い鬼め!そんなプラチナ…ふろ…ふ、ふら、不埒な輩は、この私が退治してくれるわ!!」
とある民家の屋根の上に、大声を張り上げる小柄な少女の姿がありました。そう、それは…
「うわ!虎鬼だ!」
「手乗りタイガーまで出たぞ!!」
「でも、なんだか様子がおかしいぞ?」
「竜鬼を退治するって?」
「あいつ、俺たちを助けてくれるのか?」
それは、竜児から『頃合を見て出て来い』と言われていた大河でした。竜児は目を細め、屋根の上の大河を見上げます。
しかし「なにぃ?生意気な小娘め、人間の味方をするとは同族とて容赦はせぬぞ。まずはおまえから血祭りにあげてやるわ!」などと考えているのではありません。
「馬鹿と煙は高いところが好き、とはよく言ったもんだが、あんの馬鹿野郎。どうやって降りるつもりだよ…」
―――自信たっぷりに竜児を見下ろす大河にも、さっそく雲行きが怪しくなってきた作戦にも、竜児は一抹の不安を覚えていたのでした。


そんな悪い予感がしているときに限って、それは的中してしまうものです。
突然、びゅお、と突風が吹きすさび、村人も、竜児も、たまらず目を閉じました。そして―――
「う、わ、わわっ!」
小さな悲鳴に竜児が目を開けると、屋根の上にいたために、ひときわ強い風に当てられたのでしょう。ふらりとバランスを崩して落下する大河の姿が映りました。
「―――っ、大河!危ねぇ!!」
竜児は手に持っていた高須棒を投げ出し、おおよそ人間には真似のできない健脚で駆け出すと、落ちてくる大河を両腕をめいっぱい広げ、全身で受け止めました。
「…いっ、たた……。って、竜児!?」
「おう…大河、げほっ、怪我は……ねぇか?」
落下の衝撃を受け止めきれず、竜児はそのまま地面に転がる形となってしまいましたが、腕の中の大河だけは、しっかりと抱きしめられていました。
「私は大丈夫。竜児こそ…ごめんね、大丈夫?」
これくらい屁でもねぇよ、と言いかけた、そのときです。村人たちが、いつの間にか大河を抱えて倒れ込んでいる自分たちを見つめていることに、竜児は気付きました。
やばいな、突風のおかげで村の連中には俺が大河を助けたところは見られてなかったみたいだが、ここからどうする?
竜児は大河に、そっと耳打ちをしました。
「大河、もうこうなりゃ多少強引でもかまわねぇ。このまま俺をやっつけたことにするんだ。ちょうど俺はぶっ倒れてるし、あとは勢いで押し通せ」
それを聞いた大河は、一瞬きょとん、とした顔を見せましたが、今はお芝居の最中であることを思い出すと、はっとして、小さな体をばねのように跳ねさせて竜児から離れると、
「ど、どうだぁ!悪い竜鬼はこの私が退治してやったわー!さあ、もうこれからは村で悪さをしないと誓いなさい!」
不自然に声は裏返っていましたが、大河はなんとか、その場を取り繕うことに成功しました。
「うわー、まいった、まいったー!もう悪さはしないよぉ。虎鬼さん、どうか許しておくれーーー」
おいおい最後まで不安の残るやつだなぁ、と心の中で苦笑いをしつつも、竜児はその場からそそくさと立ち去りました。
「手乗りタイガーが竜鬼をやっつけたぞ」
「あいつ、本当はいい鬼だったんだな」
「虎鬼さん、ありがとう、ありがとう!」
村人たちに囲まれて、戸惑いつつも笑顔を見せている大河を竜児は物陰に隠れてしばらく見つめていましたが、やがて……
「…よかったな、大河。これからは人間と仲良くするんだぜ」
ぽつりとそう呟くと、そっと、その場を後にしました。
―――竜児の言葉は喧騒に紛れ、村人たちの耳にも、大河の耳にも、届くことはありませんでした。


それから、大河の家には村人が遊びに来るようになり、大河もまた村に招かれ、夜遅くまで村人たちと楽しく過ごすようになりました。でも、三日、四日と経つうちに、大河の心に、小さな心配が出てきました。
それは、あの一件以来、とんと姿を見せなくなった竜児のことでした。食事は村人たちが振舞ってくれるので竜児が作りに来ることはなくて当然と思っていました。
しかし、竜児と知り合って以来、こんなに何日も会わないことは初めてだったので、不安に思った大河は、とうとう五日目の夜に、竜児の家を訪ねてみることにしました。
―――しかし、竜児の家の入り口は硬く閉ざされ、その戸口には、一枚の手紙が挟まっていました。

大河へ。
村で暴れたりすんなよ?
せっかく村人と仲良くなれたのに、また怖がられたら元も子もねぇからな。
悪者になってる俺が顔を出すわけにはいかねぇからこっそり様子を伺ってみたが、どうやら最近、飯は村人が食わせてくれてるみたいだな。
これなら安心して行ける。
俺がいなくても、村人たちと仲良くしろよな。
――――――竜児より

………ぽろり、と。
「あれ?」手紙を読み終えた大河の目から、
「私…」涙が、
「なんで…」一粒、
「泣いてるの?」こぼれました。

村人と仲良くなれたのに、毎日楽しく過ごすようになったのに、ぽろぽろ、ぽろぽろ。大河の涙は止まりません。
「………ああ、そうか…私は…わた、し、は………っ」
竜児がいなくなったことが、もう会えなくなったことが、それが……悲しいんだ。
自分がいたら、大河と親しくしていることが村人にバレたら、今までの苦労が全部水の泡になってしまう。だから、竜児は自ら、ここを去ったんだ。大河はそう思いました。
「竜児……りゅうじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
月明かりに照らされながら、大河は声の限りに泣き、叫び、竜児の名を呼びました。
もう会えない、竜児の名を。いつからか、大河の心の全てを満たしてくれていた、竜児の名を。
―――いつからか、誰よりも大切な存在になっていた、竜児の名を。


よう、おまえが虎鬼…逢坂大河、か?…って待て待て、喧嘩を売りに来たわけじゃねぇ。
俺は高須竜児。まあ、見ての通り同族さ。今度山の反対側で暮らそうかと思ってな、一応、先客さまに挨拶をと…おい逢坂、おまえ、なんだかふらついてねぇか?
…おい、逢坂?逢坂!しっかりしろ!………ってこりゃあ…腹の音…か?

………おう、気付いたか?悪いとは思ったが、庭に放置するわけにもいかねぇからな。勝手に入らせてもらった。とりあえず米があったんで、ほれ、チャーハン作っといてやったぞ。どうだ、食えるか?…おいおい、すげぇ食いっぷりだな。
それにしても、かまどがススと埃にまみれてたぞ。水おけはぬめりとカビと生ごみのスリーコンボだ。見た感じ、まともに料理してるとは思えねぇんだが…おまえ、長いことまともに食ってないんじゃねぇのか?…って人の話聞けよ!

おう、逢坂。今日はおまえん家を掃除しに来てやったぞ。なに?『そんなこと頼んでない』だと?あのなぁ、あんな家ん中見せられて黙ってられるほど俺は鬼ができてねぇんだよ。
…えーいうるさいうるさい。とにかく、今日は掃除するぞ!…あ?飯?わかったわかった。今日も作ってやる…だー!わかった、わかったから!なんなら毎日だっていい。だから俺に掃除をさせろ!

なあ、俺たちもう知り合ってからだいぶ経つけど…おまえ、俺のこと最初から『竜児』って呼び捨てにしてたよな。…いや、特に他意はねぇんだが…なんだか、対等じゃない感じがしてな。ずっと俺だけ『逢坂』って、苗字呼びのままだしよ。
おまえは俺を竜児と呼ぶ。だからこれからは俺も…『大河』って呼ぶぞ。

………ふーん、ふもとの村の連中と仲良くなりたい…ねぇ。大河って鬼のくせに人間に興味があるのか?
…いやいや、誰も悪いとは言ってねぇだろ。なんつーか、その…そういう風に考えられるのって、すげぇなって思ってよ。
よし、わかった!俺が協力してやる。村人たちと仲良くなれるように、俺にできることならなんだってやってやるぞ。
そうだな…まずは無難に『お菓子とお茶』でも用意して様子を見てみるか?
…え?『なんでそこまでしてくれるのか』って?なに言ってんだよ今さら。でも…そうだな。人間の中では昔から『虎と並び立つのは竜だけだ』って思われてるらしいんだよ。
俺は竜だ。おまえは虎だ。だから俺は竜になる。竜として、おまえの傍らに居続ける。
おまえが幸せになれるように、俺はなんだって協力してやる。…まあ、それだけだ。

どのくらい泣いていたのか、いつの間にか泣き疲れ、竜児の家の前に座り込んで眠っていた大河は、竜児と始めて会ってから今までのことを、夢に見ていました。
「そっか…私、いつからか、竜児が…竜児のことが…」
―――好きになってたんだ。


「………おう、大河?おまえ、こんな夜更けに俺ん家の前でなにやってんだよ!?」
再び目を閉じようとした大河の耳に、はっきりと聞こえてきた声。誰よりも聞きたかった声。
「………………うそ」
大河は、その両目にはっきりと映る、目つきの悪い少年の姿を見つめると…
「りゅう、じ…りゅうじぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「おうっ!?ちょ、ちょっと待て大河!」
小柄な体からは想像もつかない力で、竜児に見事なタックルをかけ、力いっぱい抱き締め、
「ごめんね、ありがとう。ごめんね、ありがとう…!」
そして、心からの謝罪と、心からの感謝を竜児にするのでした。
「………なるほど、おまえはこの置き手紙を見て、俺が二度と戻って来ないと思っちまったわけか」
たまたまその日、帰りが遅くなるので念のため手紙を残しておいた竜児は、大河からいきさつを聞くと「勘違いさせちまって悪かったな」と、大河の頭にそっと手を置き、
「それと…俺も、大河が好きだ。最初は純粋に放っておけないからって気持ちだった。でもな、それからずっと大河と過ごすうちに、おまえの知らない一面がたくさん見えるようになって…気が付けば、おまえに惚れてたんだ」
竜児の胸に顔を埋め、「うん、うん」と頷く大河のふんわりとした髪を、優しく撫でるのでした。
「大河、もうじき俺は十八になる。そうすりゃ、鬼としても一人前だ。だから…俺が十八になったら………嫁に来いよ」
「うん。ふ、ふつつかな鬼ですが…よろしくお願いします」
―――顔を真っ赤にしながら、でも、はっきりと。大河は、竜児に返事をしたのでした。


『心のみにくい 鬼の家です』

翌日、大河の家には、そんな風に書かれた立て札が立っていました。いつものように大河のところへ来た村人たちは不審に思い、村のみんなにこのことを話し、いつもより多くの人々が、大河の家の前にやってきました。
「今日は、みんなに謝らなくちゃいけないことがあるの」
大河がそう言うと、大河の家の戸ががらりと開き、竜児が出てきました。村人は「ひぃ」と声を漏らしましたが、大河と竜児の真剣な眼差しに、逃げ出すことはしませんでした。
そうして、大河と竜児は、これまでのことを全部、正直に打ち明けました。
もともと、大河と竜児は交友関係があったこと。
大河が村人と仲良くなりたがっていたこと。
竜児はそれに協力したこと。
あの村での一件は、二人のお芝居だったこと。
結果的にみんなを騙すことになってしまって、本当に申し訳ないこと。
「…でもな、大河は本当に、純粋にみんなと仲良くなりたがっていたんだ。それに、あのお芝居の後、俺がいなくなったと思って…こんな俺なんかのために、こいつは涙を流して謝り、お礼を言ってくれたんだ。こいつは、大河は、本当に心のやさしい鬼だ!」
「…ううん、竜児は、こんな私なんかのわがままのために、自分の全てを犠牲にして、悪者になってくれたの。竜児の方こそ、本当に心のやさしい鬼よ!」
「「だから!」」
「大河だけは!」
「竜児だけは!」
「「―――許して欲しい!!」」
………村人たちは、誰一人として、声を出さずに、二人の話を聞いていました。
むしろ、二人の互いを思いやる必死な姿に心打たれ、声を出すことができなかったのです。
そのまま村人は、一人、また一人と、無言で大河の家を去っていき、ようやく、最後の一人が、「…俺たちの方こそ、ごめんな」………そう、口にしました。
村人たちは、村に戻ると、『自分たち人間のやさしさ』とは、いったいなんだろうか。そんな話をしました。それは何日も、何日も続き、やがて、村人全員がこのことについて考えるようになりました。
自分たちと仲良くなりたいがために、毎日お菓子を用意し、あらん限りの振る舞いをしてくれていた大河に。大河を自分たちと結びつけるために、全ての罪をかぶって嫌われ者になろうとした竜児に。
どうすれば、自分たちは報いることができるだろうか。どうすれば、自分たちのやさしさを伝えることができるだろうか。
―――そして、それから幾月かのときが流れ、季節も移り変わろうかというころ―――

村の中に、一軒の家が建てられました。そして、そこに、一組の夫婦が招かれました。
村人たちは全員で二人を歓迎し、まだ祝言を挙げていないことを聞くと、盛大に祝言の宴を開き、二人の幸せを祝いました。
夫婦は、そのまま村の仲間として、いつまでも、いつまでも、村人たちと仲良く、幸せに暮らしました。
その、小柄だけれど力持ちのおかみさんと、目つきは悪いけれどとても家庭的な旦那さんの住む家の庭には、決して書き換えられることのないよう、村人たちがこんな言葉を刻んで贈った庭石が、大切に置かれていたそうです。

『心のやさしい 鬼の家です』




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