ばん!といきなり大きな音を立てて扉が開く。

「おう、大河か?どうした!」

居間から声をかけるが返事はなく、荒々しくしめられた扉の音に続いてドスドスと足音が近づいてくる。

「竜児、いったいどういう事なの?」

日曜日の午後、アイロンがけをしていた高須竜児の向かいに、小学生サイズの少女が鼻息荒く座る。ほっそりした体を包んでいたコードは畳の上に放り出されており、体を包むのは紺のセーター。唇をひくひくとふるわせて睨み付ける彼女の名前は逢坂大河。竜児の婚約者である。

「どういう事って何だよ」

アイロンをかける手を止めて、竜児が顔を上げる。まなじりはつり上がり、眼窩にはめ込まれた目の中央ではぎゅっと縮まった黒目が大河に射るような視線を送りつけている。このアマ、誰にため口きいてやがる。と、思っているのではない。
何か機嫌悪そうだなとおびえているのだ。

問われた大河は、この世のすべてが呪わしいといった不機嫌きわまりない低音で

「これよ」

と手にしていた紙を突き出す。そこにはスクール水着姿で目隠しと縄を施された少女のあられもない姿がフルカラーで印刷されていた。コンピュータのプリントアウトらしい。
http://natalie.mu/comic/gallery/show/news_id/44636/image_id/66267

「な、お前。こんなもの見てるのかよ」

思わず言葉を呑む竜児に大河は顔を火を噴く程赤くして声を荒げ、

「違う、ここ読みなさいよ!」

と、タイトルを指で示す。エロティックな画像の上には一言

『「ナナとカオル」アニメ版キャストに水原薫、間島淳司』

と。

「俺じゃねえだろうっ!」

一瞬でその意味するところを読み取り全力でその不条理な怒りに抗議する竜児だが、そんな言葉は通用しない。

「違うって、あんたの中の人じゃない」

目をひんむいて下から睨み付ける大河は、唇を醜くゆがめ、ゆらゆらと変なオーラをまとい、全盛期の手乗りタイガーが健全であることを竜児に思い知らせる。

「知るかっ、そんなこと。俺のせいじゃねぇ」

思わず後ろに逃げた竜児だが、とっさにアイロンの電気を切った上で、大河がやけどしないように部屋の隅に押しやったのはさすがである。

「あんたって、私って女がいながら他の女に手をだしてるわけ?それも、なに?し、し、縛るって、何よ、どういう事?」
「だからそれは俺じゃねぇ!中の人がおなじだけだ。落ち着け大河、それ縛ったのはカオルって奴だろう?てか、何でお前が涙目なんだよ!」
「うるさい!」


 ◇ ◇ ◇ ◇


激闘五分、高須竜児は這々の体で地獄の底から生還した。頭にはたんこぶ5つ、右の頬はつねられて赤く腫れ、ジーパンの下にはローキックによる青あざが3カ所あるが、とりあえず大河は膝の上でおとなしくなっており、なにより竜児は生きている。

「馬鹿な奴だなぁ、おれが他の女なんかに目をくれるわけねぇだろう」
「だって」

すん、と鼻をすすって大河がうつむく。その体をほんの少しだけ強く抱きしめてやる。

「何がそんなに心配なんだよ」
「だって。私あんなに胸ないし」

またその話か、と口にすれば殺されること請け合いだが、そんなドジは踏まない。

「そんなことで他の女になびくかよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」

どうやらようやく話を聞く気になったらしい大河に微笑んでやる。大河のほうはまだ涙混じりの声で。

「胸が大きくて可愛い子がいても浮気しない?」
「するかよ!」
「ばかちーでも?」
「しない」
「みのりんでも?」
「しないしない」
「木原麻耶でも?香椎奈々子でも?」
「しねぇよ」
「……そう。わかった。じゃぁ、信じる」

小さく呟くと、竜児の胸に顔を寄せてきた。子供のような奴、と思うものの、愛しくて愛しくて仕方がない。大事にしなきゃな、とその傷つきやすい婚約者を抱きしめてやる。

ぼろい借家の薄暗い居間。ひんやりした部屋の中で二人だけの時間をかみしめる。遠くで子供達が遊ぶ声がする。表を車が通る。思い出したように、鳥かごの中のインコが声を上げる。

『おおおっ、なんだこのムチムチ水着。「ナナとカオル」6巻は月末か。買っておかねぇと』

惚れ惚れするような竜児の声色だった。

(お・し・ま・い)




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