「あーつーいぃぃぃ……」
「おう……わかってる……」

連日過去最高気温を更新する列島の夏。
今日も今日とて高須家の居間には暑さにやられた二人が仲良く並んで寝転がっている。
大河はふわふわ控えめのワンピース。
竜児はTシャツにハーフパンツ。
そして両者とも片手には団扇を装備し、熱気と湿気にささやかな反抗をしている。

「なんか涼しくなるもんないのー?」
「あればとっくに使ってる」
「……りゅーじの、だーけーんー!」
「無いもんは仕方ないだろ」
「このままじゃ二人して溶けちゃ……う?」

はっとした表情で竜児を見つめる大河。
その眼は何やら妙に輝きを帯びていて。
絶対ロクでもないことを考えていると分かっているのに
「……なんだよ?」
と、竜児が思わず聞いてしまう程に光を放っていた。
答えを促されると大河は妙にモジモジと視線を泳がせる。
ぐるぐると高須家の居間を泳ぎ回ってから竜児へと向き直る。

「……溶けちゃえば、竜児と一つになれるよね」
「なっ!?」

突拍子も無く乙女チックなことを言い出す大河にたじろぐ竜児。
これまでだって大河に幾度となく予想外なことを言われてきたが、今回は予想の斜め上をマッハ3でぶっ飛んでいた。

「竜児は……イヤ?」
「な、にが?」
「私と一つになるの」

暑さのせいだろうか。
竜児には大河が何を言っているのか理解できなかった。
ついでにこれも暑さのせいだろう。
大河がすごーく、妙に、色っぽく見えるのだ。
夕暮れの迫る薄暗い室内で、汗ばんだ大河が覆いかぶさるように迫ってきている。
その大きな瞳をうるるとさせて。
別に自分達は恋人同士。
ついでに泰子はまだしばらく帰ってこない。
世間的に問題は無い。
なのに、何かイヤな汗が背中をつたう。
大河の背後に何かを感じるのだ。

こう、なんというか、腹黒い。

「ねぇ、りゅうじぃ?」
「……大河」
「ん?」
「……川嶋っぽいな、それ」
「……」
「……」

はちみつに果糖液糖を混ぜて煮詰めたくらい甘さ全開でいろいろ振りまいていた大河が完全に沈黙した。
竜児の体に密着しつつ、俯いたままピクリとも動かない。
その体温だけを二人で共有し、余計に汗が流れる。

「ちっ」

永遠にも思える数分の間をおいて出てきたのは舌打ち。
大河は竜児の胸にアゴをおいてグダグダと喋り始めた。

「バレたか。やっぱりばかちーはばかちーだ」
「……やっぱり川嶋の入れ知恵か」
「あんたをその気にさせる方法は無いか?って皆で話し合ったのよ」
「なんてくだらない事を……」
「くだらないとは何よ。ヘタレ犬がEDにならないように頑張ってるのに」
「なぁ、俺ってそんなにヘタレか?」
「この状況で何もしないのが証拠じゃない?」
「あのなぁ……」

不満げな大河の額に貼りつく前髪をよけてやり、団扇で仰いでやる。
生温い風だが気持よさそうに眼を閉じる大河。
その雰囲気はネコ科のそれに似ている。

「そのまま俺の胸に耳を当ててみろよ」
「はぁ?」
「いいからやってみろって」

首をひねってそのまま竜児の胸へと着陸する大河の耳。
そこに届くのは竜児の心拍音。
何も運動してないのにも関わらず、その鼓動は妙に早い。

「竜児、すっごいドキドキしてる?」
「おう」
「ついでに、すっっっごく我慢してる?」
「おう。とりあえず高校出るまではず〜っと我慢だ」

竜児の鼓動と、竜児の体温と、竜児の起こすそよ風に包まれて。
大河は幸福感が込み上げてくるのを感じた。
まだ先は長いけど、いつか必ず一つになれる。
そう思うと自然と頬が緩んだ。

「……”待て”の出来る犬にはご褒美をあげなきゃね」
「おう?」

竜児の頭を両手でしっかりとホールドした大河はそのまま口づけ。
応えるように竜児の腕が優しく、しっかりと大河の身体を抱きしめる。
今はとりあえずここまで。
しかし、互いに求め合う気持ちは一緒だということを伝え合う。
言葉は無くとも、それは確かに相手へと伝わる。
結局、空腹で大河の腹が鳴るまで二人は重なったままであった。


ちなみに、帰ってきた泰子がこっそり途中から覗いてたのは秘密である。



おわり


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