【これまでのあらすじ】親元で一年を過ごし進学した逢坂大河は大橋の町に帰ってきた。高須
家から徒歩3分のワンルームマンションで独り暮らし。ぶじ嫁入りのその日まで!などと大げ
さな話は置いといて瑣末事を綴ったバカポーコメディ(要するにアニメ版アフターです)


 先に靴を履いて玄関を出た。出たら外階段の踊り場で手すりにもたれて待つ。
 ちょっとの時間歩くだけなのに、きちんとした性格の彼は家じゅうの灯りを消してから出て
くる。チャリチャリっと鍵をかける音。
 私はそれを待ってから手に持った鞄を肩にかけ両手を空ける。
 じゃ、行こうかと彼が先に階段を下りていく。一段、二段下りたタイミングで竜児、と声を
かけて止まってもらった。

 ん?と半身になってこちらを向き直ってくれたら、目で告げてみる。ほとんど毎晩のことだ
から私が甘えたいのなんか彼はもう分かっているだろう。
 待ち切れずに両手で頬をつかんでゆっくり引き寄せて。ちょっと見つめてから口づける。
 背伸び、なし。
 見かけの身長145cmになった彼と目線を合わせて、一日一度、私が自然に主導権を得て
るかのようなシチュエーション。
 ややあって、彼の腕に優しく包み込まれた辺りが潮時。
 私に、はもちろんだけど彼にも火が点いてしまうようなえろちゅーまでしない。切なくて独
りで眠れなくなっちゃうのは困る。お休みの週末までがまん、がまん。

 階段を下り切ったところで、彼がふり返って手をすっと取ってくれる、ようなフェイントで
私の前髪をはねあげる。
 熱を測るようなしぐさ。そして、でこにちゅっと可愛いキス。
 やったなあ?と。頬を緩めて目で怒ってみせたら、私の額に大きな手をあてたまま、彼も嬉
しそうに頬を緩ませる。そうしてもう一回。ちゅ、される。
 えーと。これで私1回、竜児2回。
 公園前の角までの間に今度はほっぺたに3回目。コンビニ寄ってくだろ?と言うついでを装
って自然にやりました?はいはいわろす。並んで歩きながら人が通らないのを見すまして、コ
ンビニに着く前に4回目。でこちゅー好きなの?

 春、4月。
 進学して、別々に通ってる私たち。朝は高校時代と同じく、いっしょに過ごしてから出かけ
るけど帰りの時間はなかなか合わない。4年制の竜児は今の時期、まだ割と早めに帰宅できて、
3年制の私は早くも講義と実習でびっしり。遅めの帰宅になりがち。
 でもいっしょに夕ご飯したいって私のわがままを聞きいれて待っててくれてる。二日に1日
は竜児といっしょにいるのに独りご飯で出勤していくやっちゃん、ごめんね。
 だから、前のように深夜まではゴロゴロしなくなった。お互いにやるべきことがあるんだか
ら時間をうまく使ってメリハリってものを持たないとって思ったの。打ち合わせたわけではな
いけれど。
 そんなわけで、前よりも早い時間に私は高須家を辞して帰宅する。竜児が防犯と称して送っ
てくれる。夜中になってから独り出歩かないよう心配して、コンビニに寄れと世話を焼いてく
れる。という小さなデートをこのところ毎晩してる。
 そうしてお互いに火が点かない程度のスキンシップを開発したってわけ。とくに竜児が。

 今晩の夜食とかおやつを買ってコンビニから出てきて、外で待っていてくれた竜児に目くば
せして。そうすると肩に手を置かれる。これはフェイントだから、反対側にちょっと顔を向け
て待ってると、逆手で前髪を分けられて、またもでこちゅ。5回目。
 ほっぺたとばかり思ってたから意表をつかれた。

「こら♪予想外」
「お、おう。悪い悪い」


 住宅街の辻で、車も通らないのに並んで律儀な信号待ちをする。これはもちろん歩きながら
よりも立ち止まっていた方が狙いを定めやすいから。ちゅっ、と今度はほっぺたに。10分間
で6回目。今日の定時爆撃は多いわ。ふにゃあ。……おっと。

 ゆっくり歩いても、寄り道しても、高須家から徒歩3分の私の部屋まではすぐに帰り着いて
しまう。こんなふうになるのが分かっていたら、も少し離れた場所に借りれば良かった。
 3階に上がって玄関前まで来て、ごそごそ鍵を出していると、また大きな手が私の額にあて
られて前髪をはねあげる。私は手を止めて、目を閉じてやや上を向いてみる。フェイントも想
定のうち。さあどこにでもコロニー落として。
 微妙な間があって、ちゅ……。瞼に。あ、意外なとこ。7回目。

 これで今日のデートはお終い。背伸びをして、屈んでくれる顔をしっかりつかまえて、左右
の頬に、私から2回目、3回目を返していく。どくん、という脈動を抑えながら、今夜も負け
越しかなと思う。
 くすぐったそうな竜児の頬に添える私の手が鈍く光ってる。いずれ稼げるようになったら改
めてちゃんとするけど、とりあえず今はこれで精一杯な。と今日贈られたチタンのエンゲージ
リング。ささやかな、嬉しい誕生日プレゼント。
 わたし、逢坂大河は今日、あなたよりひと月はやく19歳になりました。明日からしばらく
はお姉ちゃんづらを拝ませてやるわ、竜児。


 近所迷惑にならないよう、扉を開けたままひそめ声で話をする。明日何時?とかみそ汁の実
はなにがいい?とか他愛ないことをゆっくりと。片手の指だけをつないで弄りながら。
 上がってく?お茶のんでく?って言いたいけど、言えない。今度は竜児が帰りたくなくなっ
ちゃうし、毎日色ボケしてるわけにもいかないんだから、慣れないとって思う。
 けど、まだ慣れない。さみしい。竜児の傍らにいない時間をうまく使えてない。なんであん
た本当に私の弟に生まれてこなかったのよ、とさえ思いたくなる。

「じゃ、私あした提出の課題あるから……」
「おう……」

 そろそろ、という振りで意を決する。返事をしながらつないだ指に目を落としてる竜児の手
にも私から贈った金属の光。なにか考えてるふうでいきなり持ち上げると、ちゅ。
 手、ててててて、手に?は、8回目っ。こっ。こっ。こっ恥ずかしいじゃないのよっ!

「りゅ、竜児……反則」
「あ、そ?そうだったか?……すまねえ」
「もう遅い。どきどきしてきた。課題手につかないかも。どうしてくれんのよ?」

 責任とって嫁にしなさいよ。お、おう、もらう。……ばか、ネタ方向に持っていくように振
ったのに何なのよその顔。集魚灯か。漁火か。
 あんたは漁船、私はイカ。
 イカは漁船と並び立つことなんてない。ふらふら浮いていって一方的に潮水吹きながら捕え
られて切り口にぴしっとエッジの立ったしっとりつやつやイカソーメンに捌かれて美味しく食
べられちゃうのよ。コリコリっとね。
 ……ちょっ。喩えが下品だった。うっかりクチに出してたら手刀くらうとこだったわ。
 ともかく、とっとと灯り消して港へ帰れ!私たちの日常のために。

「じゃ、また明日ね。りゅーぅじ♪」
「お?……おう……明日な。じゃあな」

 こっちだってね、あんたが好きな顔くらいもう知ってるの。何を想って笑いかければあんた
のスイッチが入るかくらい。がまんしてやってたのに、こうなったらMADしかない。相互確
証破壊ってやつ。勝者、なし。


 立ち尽くしたままの彼にニコニコ微笑みかけて扉を閉めた。がちゃっと鍵をかけた。掛けた
のを確認できて彼はようやく立ち去る。
 タイミングを測って、階段を下りかける前に再び扉を開けて竜児!と呼ぶ。驚いたように振
り返った彼に向ってちゅっと投げキッスを直撃。にひぃと笑ってやって、リアクションを見ず
にさっと退却。ざまみろ。これでたぶん眠れまい。
 イカソーメンを肴にひとり晩酌でもするがいいわ。あ、また下品。


 シャワー浴びて煩悩を振り払い、髪を乾かしながら課題を済ませたら、時刻は天辺を回った
辺りになっていた。
 そろそろ寝ようかな。あ、そうだ今日の記録を付けないと。
 メモ帳を広げて今日の日付を記入。私……3回、竜児は……8回。内訳はー?でこ4ほっぺ
2瞼1手1かあ。手は初めてだなーでもまあ今日は特別だからしたのかな。
 RtoTって刻印されたリングの放つ鈍い光を眺めてむふっと笑う。
 瞼は目を閉じてないとしないし、まあ普通はほっぺたにするよね。それにしてもこの回数の
差はすごいわ。私からするのの3倍も竜児からされてる。

 心の平衡を保って学生らしい日常を送るために、普段は過剰にいちゃつくのを抑えようって
考えはどうやら一致していた。
 過剰、というのがどの辺りを指すのかまではすり合わせていないけど、ぶっちゃけ一線は明
らか。したくなっちゃうような接触は平日NG。たぶん男の方がスタートダッシュ早いだろう
なと目分量で、自分のデッドラインよりかなり前に設定してみた。

 そうしたら竜児は、質より物量に転じたのだ。
 身長差30センチ以上ってのは大きい。普通に並んで立っているときには、首ったまにかじ
りついて爪先立ったうえで、なお協力を得ないと私からはキスできない。どうしたって座って
いるときや寝転んでいるときに集中してしまう。
 そしてそんな機会は、いまの暮らしではずいぶん減ってしまった。
 でも、ちょっと屈むだけですむ竜児は、傍らに立っている間じゅう狙ってる。高空から舞い
降りてちゅっと奪って逃げる。傍目にも内緒話をささやいてるくらいにしか見えないから、本
当に街中でも朝昼夜問わず、やる。
 その素早さときたらまるでトンビかミサゴ。捕食される小魚のわたし。
 つまり、どうやら竜児はキス魔らしい。

 む……と抗議の視線を送ったときに、でも彼は“してやったり”みたいな顔をしていたため
しはないんだよね。いつもいつも愛情たっぷり嬉しそうに優しく微笑んでいて、そのたびに私
の牙も爪もぽろっと落ちてしまう。
 かといってこっちも切なくてたまんなくなる程のことでもない。あんまり多くて効果が累積
してくれば心穏やかでいらんなくなるけど、そんなときはさっきのように警告を発するだけで
こと足りる。今日も……ざわざわしてるけどたぶん眠れないことはない。

 ……そうよ。悪かったわね。嬉しいわよあの発明。数分おきにちゅっちゅちゅっちゅ奇襲さ
れて小さな幸せを毎日貯め込んでるのよ。なんら不満はないわよ。やめろなんて言うつもりは
これっぽっちもないわよ。むしろもっと増えてもいい。
 …と言いたいとこだけど、実は不満はある。

 やり返したいんだよね。
 数で勝ち越したい、なんてことまでは思わない。けど、同じくらいし返してやりたい。同じ
だけ私の受け取ってる小さな幸せを竜児にも感じてもらいたい、というのが目下の贅沢な悩み。
 はあ……でも私の身長では強襲はできても奇襲は無理よね。
 寝よ、とベッドにもぐりこんだ。


「おっ……はよー♪」

 駈け込んで、居間から出てきた彼の胸に頭突き。そんでもっておはようのキス。
 せっかく屈んでくれた機会を逃しちゃMOTTAINAI。しっとりねっとり出来ないぶん、
素早く波状攻撃。ちゅっちゅっちゅっちゅっ、ちゅっ。このくらい。3回に1回はきっついハ
グされるときもあるけど、今朝はなし。
 後ろに編み下ろしたおさげを触りながら竜児が訊く。

「おう、お早う大河。今日は実習か」
「うん。ちょっと早めに帰れるから買い物すましとくわ」
「そうか。じゃ昼過ぎに献立決まったらメールよこせよ。買うもの折り返すからさ」
「わかった」 

 朝は今日の予定を伝えあって、動きをだいたい決めておく。
 その後は朝ご飯のしたくをする彼の横に立ってわりとマジメに見学。学校で習うのとずいぶ
ん違って自己流なんだろうけど、それだけに理屈がこうなってる、っていうのがよく分かって
参考になる。教え方はあんまりうまくないから私の方で優秀な生徒にならなきゃいけない。
 ところどころ代わってやらせてもらって、前よりしたくに時間がかかるようになった。それ
に根気よく付き合ってくれてる。感謝感謝。
 そうしていっしょに朝ご飯。

「あー、早く独りで作れるようになりたいなあ」
「専門家に教わるんだからまあ焦るなよ。俺が手伝えるとこは手伝うしさ」
「講義も生化学とかあるけどね、まあ座学はなんとかなる。私がどうしたって分からないのは
 数学と物理だからね」
「大学になると全然違うな。物理は実質ほとんど数学みたいになってる」
「へえ?じゃ数学は?」
「うーん。哲学や思想みてえだな。面白えよ」

「ね?友だちできた?」
「おう。結構学内でつるむやついるよ……女じゃねえぞ」
「いや……いたって心配なんかしませんよ?」

 ぴらぴらと彼の顔の前で左手を振ってみた。
 これがあれば今日から誘われても楽に断れる。寄り道して夕ご飯くらい食べて行こうよって
悪意のないお誘いを威嚇して追い払うのも大人げないし、まだ親しくもないのにいちいち婚約
者の存在を話すのはけっこうしんどかった。
 今日からはちらっと見せて「いっしょに食べる人が待ってるから、ごめんねー」って実に簡
潔に済ませられる。それでもしつこかったらモルグに送ってやればいい。

 まあ竜児には同じ対応までは求めない。ふつう男性はこういうものはチェーンに通して首か
ら下げたりするって聞いた。ちゃんと着けてるのを見れば意思表示だから、と思える。
 ……ふひひ。

「なんだよニヤつきやがって。ほれ?」
「ご、ごはんつぶ取るんじゃないよ!気が付いてたわよ!わたしのよ、それ」
「へー。じゃあ」

 にゅっとご飯粒が付いた人差し指が目の前に差しだされた。TtoRと刻印された同じリング
が光っているのを間近に見て、こそばゆい思い。口をすぼめてちゅぽっと回収。

 ご飯を済ませてしたく。いっしょに出る。
 大橋駅まで歩いて、ラッシュで混んでるJRで都心のターミナル駅に着くまでが私たちの通
学時間。きょう一日張り切ってやりましょー!という気持ちの前にあまり色ボケが介入する余
地はない。と思うのだけどキス魔に常識は通用しない。都会の雑踏にふっと訪れる空白。
 それを巧く利用したミサゴに4回、捕食された。


 お昼過ぎに今夜なに食べたいメールを送ったら、すぐに折り返しでお買い物メモが来た。帰
りにこれ買って、下ごしらえで出来そうなとこだけやっておけばいい。竜児が帰るまでけっこ
う時間余っちゃうから、高須家で課題やろうか?やっちゃんとダベろうかな?
 などと考えていたらばかちーからメール。ふーん、午後ヒマなのか。ちょうどいいや。ひさ
びさにお茶しよう。……相談、してみようかな?


 夕方。
 大河は待合せ場所に指定された小洒落たカフェに赴いた。大橋駅うらの馴染みがない店だけ
どあいつは居心地のいいとこをよく見つける、と感心する。
 その川嶋亜美はずいぶん先に来て暇をつぶしていたらしく、注がれた水のコップがガラスの
テーブルに五輪マークを作っていた。

「おっそいよータイガー」
「遅くないよ。時間ぴったりじゃん。あんたが早く着きすぎただけでしょ?」

 見れば亜美はフリル系のワンピースにハイヒール。ピアスまで着けている。大河はそんな亜
美を見たことなかったから少なからず驚いた。

「あんたがフェミニン系だなんて……そういう仕事なの?」
「え?あそうか。似合わない?」
「……いや、あんたはなに着ても似合うけどさ。地のツラにはほど遠いもんだから」
「ちっ。女子大生デビューってやつよ。こっちゃぁあんたみたいにどーでもいーカッコしてる
 わけにもいかねーんだからさ」

 どーでもいーと言うのは大河のジーンズ姿のことだろう。通りかかったウェイターにカフェ
オレボウルを注文する。

「仕方ないじゃん。フリフリもっさりで調理実習なんてできないもん」
「それよねえ。なんで栄養士なんか。あんたの志向の真逆じゃん?」
「別に志向ってほど拘りないし。早く資格とって職歴付けとかないと専業主婦も大変よ?」

 文学でご飯食べられるわけじゃあるまいし。などと超現実的な付けたし。
 それにね?栄養士から管理栄養士を目指す人物にもっとも求められる大切な資質、ってもん
をね?私持ってるの。
 へー。なにさ?
 “食べることが大好きであること”よ。

「まあ、そりゃそーか。身の振り方が決まってるあんたは悩まねーでいーよねー☆」
「そんなことない。決まってたって悩む事はいくらでもある」

 あれで竜児はけっこう夢想家だからね。どっかでつまづいて動けなくなることなんかいくら
だって想像できる。そのときお荷物にはなりたくないんだ。そんなときバックアップ出動した
って楽々食わしてやれるくらいは身に着けておきたいだけよ。
 運ばれてきたカフェオレをすすって、はう、と美味しそうなため息。

「花嫁修業ぷらす実利的。かてて加えて無茶っってほどにはハードル高くない」
「まあアストロノーツなんかより現実的ではあるかな」


 こっちはだめだねー。そもそも男と暮らして行こうなんて思えない。やりたいこといっぱい
思いつくけど、全部もやもやした夢みたいなことばっかり。ま、手遅れにならないうちになに
がしか決めないとね。
 だめなんてことない。あんたは貧乏くじを引き続けてもうやだーとか思った辺りで幸せにな
れるやつだよ。うん。きっと。
 ほんと?そう思う?
 思う思う。私これでもカトリックで中等教育まで受けた成金の娘だしさ。イエス様はちゃん
と見てらっしゃるものよ?

「へえ。さすがファム・ファタールの言う事は違うじゃん」
「だまれマグダラのマリア」

 ばかちーあんたね。ちょっと早いかもだけど、五月病ってやつでしょ?環境激変、まだ友だ
ちもいない。それでピアッシングなんかしちゃったんだ?まあ、綺麗でいいんだろうけどさ。

「タイガーもやったら?童顔じゃないんだし、似合うと思うけどね」
「あんたねえ『身体髪膚これを父母に受く』って知らないの?」
「なにそれ?」
「『孝経』よ。孔子の教えよ。『敢えて毀傷(きしょう)せざるは孝の始め也 』よ」
「親孝行の話?ばっかくさー。今時じゃねーじゃん」

 ふふん。ばかちーのばかはこういうとこで知れるね。この後『身を立て道を行い、名を後世
に挙げ、以て父母を顕すは孝の終わり也』と続くのよ。
 そーれがー?
 要するに、自分の肉体を傷つけるような強大なエネルギーをそれぞれの社会で何者かになろ
うと向けることに若いやつはいつまでも迷ってないで専念しろ。ってことよ。
 ついでに言えばここで言う父母ってのは単にパパママのことじゃなくてね。自分をこの世に
生み出した、連綿と続いた系譜に思いを至らせてみろバカってことなのよ。

 へーえ?兄貴襲撃したあんたに言われることとは到底思えないけどね。まあ、だからこそか。
それなりに現実味のある話かなー。亜美ちゃんわかんねーけどぉ。
 だってさあんた。やっちゃんが家出しないで普通に常識的に堕胎していたら。私もあんたも
竜児に逢う事なんか逆立ちしたってできなかったのよ?
 連綿と続く系譜ってのは、そういうことよ?
 ……あー。そうか。あんたの気持ちが分かったわ。そりゃピアスなんかできないよね。

「重いわー♪」
「重いでしょー♪」

 じゃあさ、その髪切ったりしないのも?
 あー、これはね。自分ではもうそんなにこだわりないんだけどさ。

「りゅうじが好きみたいだから」
「はあ?なんだてめー」
「いっしょにおふろ入ったあとはぁはぁしながら乾かしてくれるしさ。ハグするといっつも撫
 でるしさ。あー好きなんだろうなってね」

 だからいよいよこの長さでいらんないってなるまで、切らないよ。にひ♪

 亜美の透き通ったプルシアンブルーの瞳がぷるぷる震えて所謂チワワの目になる。感動して
いるわけではない。重くて深イイ話しの直後に無警告でノロケ直撃を浴び怒っているのだ。
 大河は可笑しそうに冷めかけたカフェオレを呷って涼しい顔。

「あれ?怒った?目元にシワ入るよ」
「もう……なんか。まあいいや。亜美ちゃん妬けもしねーよ」


 なんかあんたの髪にはぁはぁする高須くんってすっごく想像できるね。平気な顔を懸命に作
って目の周りだけ真っ赤にしてさ。ばっかじゃねーの。
 そうそう!よく想像つくねばかちー。なんであんなに平気なツラすんだろうね?

 さあ?ツンデレってやつじゃねーの?
 え?ツンツンしてたことなんかないよ?デレばっかし。
 あっそう……。
 でもさー、そんなアレがさー。

 え?と驚いて、ああこれが今日の本論かと。身をよじりながら桜色に染まっていく大河を見
て亜美は理解した。

 もともと妬けるようなノロケ話でも聞いて自分を再確認しようと思って誘ったのだ。言われ
るとおりひと足はやい五月病に罹っていたのだろう。だからノロケおっけー、むしろご馳走し
て下さいというようなところへ相談ごとが舞い込むなんて。
 誰にも援けを求めない虎女が自分を信頼して彼氏との微妙な話をしてくれる。その立場にい
ると思えるのは特別な気分。さあ、なんでも相談しろ!弄って遊んでやる!ヒマだし!

「りゅうじがさー『キス魔』なのよー」
「は?なんだって?なんか問題あんの?あんたらの間で?」
「ていうかさ、彼氏いない歴=年齢のあんたなんかにこんな微妙な相談して意味あるのかな?」
「喧嘩売ってんのかよ。耳年増なめんな」
「じゃあ無駄かも知れないけどペーパードライバーに包み隠さず話すけどさ……」
「だーから喧嘩売ってんだろてめー!いいから話せ!」

 話を聞いたら亜美はキレた。当たり前だった。

「ばっ、ばっっっかじゃねーの!どこに悩みがあんだよっ!」

 いくらでもちゅっちゅされりゃいーじゃねーかよっ。
 違う違うばかちー。それはなんの不満もない。むしろ増えてもらいたいぐらい。要するにさ、
その……。私が寂しがるのに気を使ってくれてるように思えるの。そんなことない、あんたが
気を使う事なんか全然ないんだって、言わずに態度で返したいんだよ。

 なんだろうなあ。超リアリストでありながらこんな細かい事を真剣に悩むのって。
 こいつは真っすぐぶち当たって、真剣に考えて、決めて、不安に怯えながらも決めた事を絶
対に振りかえらないって。毎日やってる……んだろうな。面倒で素敵なちびすけ。
 亜美は素早く考える。要するにこうだ。挨拶レベルのキスでも、親愛のハグでも、結局は性
的な一体感につながってる。高須くんはそれをごく薄くして散布することでこいつの乾きを潤
そうとしてるってこと。それを嬉しいって感じたこいつは同じ効果を返したいってこと。
 じゃあ?

「そうねえー?あ、どんなふうにされるの?ふつうにプチュって?」
「うん。まうすつーまうすは普段しないことになってるけど」

 ごそごそっとメモ帳を取り出す大河。ちゃんとばかちーに教わった通り記録付けてる。と言
うのをひったくって眺める亜美。なんだろね?これ?と。

「わざわざアクションひとつ余計なでこちゅーがダブルスコアで多いのは不思議だね?」

 あんたのでこってなんか特別に可愛いの?と言いながら手を伸ばして大河の前髪をめくる。
 どの辺?髪の生え際?その辺りはエロいって思う男もいるって聞いたことあるけど。あ、こ
の辺だよ、いつも。と大河が指差す。


「あ!あー。ふーん……?」
「なに?なんかわかる?」
「んーまあ。なんとなく。たぶんだけどね。たぶん……高須くんなら間違いない」

 亜美がバッグからごそごそ手鏡を出して、ほいっと大河の前にかざす。
 そーこに何があるー?んー?

「ああ……。ああ分かった……。分かっちゃった」
「高須くんてさ。そっか。いくらでも底なしに優しい男……でもないんだね?」
「うん。ちゃんと人並みに傷つくし。……残るんだ」
「あんたがさ」

 亜美は優しい顔になって言う。あんたがそれ、癒してやんなきゃね。キスがどうとかじゃな
いよそれ。きっと忘れていると思う。でもあのときに抉られたものが、きっと今でも残ってる
んだよ。その傷跡は高須くんの傷なんだよ。

「ありがとばかちー。私にはすっかり済んだ事になってた。話さなくちゃ気付けなかった」
「どうしたら良いのかまでは、あたしには分かんねえや。あとはあんたがやんな」
「うん。ありがと。ありがとうね」

 私、夕食のしたくあるからこれで帰るね。また逢おうね。
 はいよー。じゃあまたねー。いそいそと帰る大河を見送って亜美はちょっとだけ寂しくなっ
たけど、まあいいや、三番目で。と思い直す。
 どうしたって自分はたった一人の他人をあんなに思う事はできない。自分は自分なりに他者
と関わって行かざるを得ないのだ。でもそうした憧れはあり、それは大河を見ていれば満たさ
れる。
 “あんたは貧乏くじを引き続けて幸せになれるやつだよ。”とあのちびは言ってくれた。イ
エス様なんて信じないけど、あいつが言うならきっとそうなのだろう。

「あーあ、振られちゃったあ。……奈々子とあっそぼ」

 取り出した携帯でぽち、ぽちとお伺いメールを打つ。いるかな?


 大河は夕暮れの道を買い物へと急ぐ。細い指でくりくりと額を弄ってみるが、なにも触らな
い。その程度でしかない。
 でも間近で見られる立場の者には、あの事故の前と後で違うのが分かるくらいのうっすらと
した傷跡が視えるだろう。そう。母とか、父とか、いないけど兄弟とか。……竜児とか。
 助けに降りてきてくれて、治療する前の傷をそのまま見てしまった竜児。そのことにはずっ
と平気な顔をしていたから、分からなかった。
 でも、ずっと。ずっと。抉られたままの胸の傷を隠してきたのだろう。自分が迂闊なせいで
愛する者をこんなふうにしてしまったと、責め続けてきたのだろう。表面では忘れ去り、もう
済んだ事になっていて、でも心の奥では、ずっと。
 こんなに経ったのに。ばかな竜児。ヘタレな臆病な竜児。
 優しくてむき出しな、傷を負わされるまま黙ってる……竜児。どうしたら癒してやれるのだ
ろう?どうしたら竜児を守れるだろう?

 身体髪膚これを、なんてばかちーに説教したくせになんにも分かってなかった。私の身体は
彼の身体でもあったんだ。同じ回数キスを返して同じ幸福感を感じさせたい。どんだけボンク
ラなこと考えていたんだろうか。
 スーパーで食材の買い物をしながら、大河は懸命に考え続けた。どうしたら?


「ねえ竜児ぃ。目玉焼きには、ケチャップだよねえ?」
「は?何言ってんだ。醤油一択だろうが。お前だって何度も醤油で食ってるだろ」

 高須家での夕食後。大河は竜児に目玉焼き論争を持ちかけた。
 目玉焼きを何味で食べる?というのはもはや味そのものにとどまらず自己存在確認の問題で
すらある。と、某国民的料理漫画でも言われていた。
 当然ながら竜児にも一家言あった。白いご飯に合うのは、バターでサニーサイドアップにふ
んわり焼いて醤油をちっと回しがけした目玉焼きしかないと。オプションで許されるのはオカ
カか青海苔。マヨすら邪道。ケチャップなんて親の仇。

「ケチャの美味しさも認めてほしいね」
「いや、そこはいくら俺でも譲らねえ。醤油以外で食いたきゃ自分ちで作れ」
「んーそこまで言う?じゃ、さ」
「おう、何だ?」

 妙な喧嘩腰。大河にしては普通に話すだけで、この話は喧嘩になると知っている。目玉焼き
になに付けて食べる?というのは竜児と大河の間でも何回かつまらぬ喧嘩を引き起こしてきた
ようなネタなのだ。

「明日の朝ご飯で、別々に作って交換して食べてみようよ。私ケチャ味で作るからさ」
「おう?作れんのかよ?」
「まあね。初めて私の手料理を食べさせてあげる。期待して」
「なるほど。妙に余計な食材を買ってきたと思ったらそういうことか」

 おう。いいぜ。とちょっと楽しくなってきた竜児は機嫌よく目玉焼き一本勝負を応諾した。
普通に作るから味見て、と言うんじゃないところはやっぱり大河らしい。
 じゃあ準備もあるから今夜は早めにね、と部屋に帰る大河を送って、竜児は10回ほど捕食
する新記録。代わりに投げキッスを2発直撃でくらったから被害も甚大であった。


 部屋に帰った大河は、さっそく明日の準備を始める。
 今日の実習はパン焼きだった。出来上がり自体は可もなく不可もなく、普通に食べられるけ
れどもおいしい!という程ではなかった。
 ただ講師が雑談中に言った「粉からじゃなくホットケーキミックスを使うと簡単」というワ
ードを頼りにしてみる。
 電子レンジをオーブンモードにして予熱。卵・ヨーグルト・溶かしバターを混ぜて、ホット
ケーキミックスをさっくり混ぜる。チーズを細切れにしてまぜ、型に流し込む。
 190度に予熱されたレンジに入れて25分。
 ちぃん!という音とともに焼き上がった。チーズ入りマフィン。ひとつ試食してみると、や
っぱりちょっと甘すぎる?でもコロコロ入っているチーズの欠片が塩気を感じさせて、辛うじ
てお菓子のイメージではないように思う。美味しい。

 型から出して、粗熱が抜けたらそれぞれ二つに割りラップで包んで即冷凍。これで下準備は
できた。明日持って行って、食べてもらうだけ。
 彼に幸福感を持ってもらうのなんて、結局はできることを差し出すだけのことだ。付け焼刃
でいい。一から十まで完璧に出来るようになってからじゃなく、いま最低限かたちになってる
ことを。プロの料理人になろうってんじゃないんだからカッコ悪くていい。

 北村くんにあげるためのクッキーを焼いたときを思い出した。あれはいいとこを見せたいと
いう一心だった。自分のため。でもこれは違う。一日の始まりに必要な栄養と美味しさを竜児
に食べさせたい。ちょっとだけでも気分よく出かけられるように。
 きっと、そういうちょっとしたことを重ねていけば心の傷を癒していける。私がそうして貰
ってそうなったように、きっと竜児も。


 後始末で飛び散った粉やら垂れたバターやらを掃除しながら、心が浮き立つのを感じた。こ
れはつらい作業なんかではない。早く食べさせてどんな顔をするのか見てみたい。ヘタと言わ
れるかもしれないけど、そんなのは次のときに挽回すればいい。それも足りなかったら、また
その次に。
 そう……これは……お姉ちゃんの気分?かも。一年に一回、いまの時期。ひと月の間だけ、
私はりゅーじのお姉ちゃん。くくく……。
 可愛らしい声でキモく笑いながら、大河は眠りについた。


「頼もーっ!」

 ぷっ。なんだよ。道場破りの振りかよ。
 今日もおさげでジーンズか。相変わらずなに着ても可愛いなこいつ。でもおさげを一本で編
んでるから後ろから見るとエビの握りが歩いてるみてえ。くふっ。
 まあとりあえず朝の挨拶を……近づけた顔をぺとっと掌で遮られて、おうっ?

「勝負よ、竜児。決着つくまで馴れ合いはしませーん♪」
「お。結構本気と書いてマジだな?こっちはもうすぐに作れるが」
「うん。私はちょっと下ごしらえ要る。時間もちょっと多めにかかる」
「そうか。じゃコンロ2口だから出来上がり逆算して俺は途中から入るわ」
「にひ。それでいい。トートートーマト、レーレーレータス♪」

 大河は冷蔵庫からトマトとレタスを出してきた。ちゃんとちぎって流水にさらしてるしトマ
トも湯むきした。まあこのくらいは俺が教えたから当然だな。
 ん?持ってきたのは……マフィンか。へえ?手作りかよ。
 ふうん、ケチャ味のたまごマフィンサンドだな。目玉焼き勝負としては少々違うが、まあ細
かいことは言わねえ。失敗も少ないだろうしな。
 半解凍のマフィンに碁盤目に切れ目を入れる。火を通し易くしケチャを絡め易くする工夫。
オーブントースターで焼き始める。同時に小さい方のフライパンにベーコンを入れて弱火でじ
っくりと炙りだす。
 脂が出てベーコンがカリカリになった辺りで取り出し、火を強めて十分熱してから卵を割り
入れた。じゅわーっと音を立てながら美味しい匂いが立ち上る。
 小さなフライパンを回しながら揺すって、焦げ付きを防いでいる大河がフライ返しで3つと
も次々返す。ひとつだけしくじって潰したが、ターンオーバーに焼くなら問題はない。マフィ
ンが温まり終わってる。意外に手順パニクらねえもんだな。

 そろそろこっちもか。大きい方のフライパンにバターを溶かし、全部溶け切る直前に卵を入
れる。こっちもじゅわーっと美味しい匂いが立つ。形の美しい半熟サニーサイドアップにして、
熱々メシの上にそのまま乗せて出してやる。大河にはまだ食わせたことない目玉焼き丼。
 これは醤油に合うぜえ〜。超あうぜえ〜。

 楽しそうに注視している竜児を、大河がちらっと見上げる。にこっと笑う。そのまま踊るよ
うに腰を振って竜児の腿にぶつけてくる。一杯いっぱいのくせに余裕のアピール。
 竜児が身長差を忘れて同じように仕返しすると脇腹に当たって、押されるようによろめいた。
なによ!危ないじゃないのよ!この!と頭突き返し。
 あっはっは悪い悪い。と言いながら竜児は懸命な大河が可愛くてたまらなくなり、腰を屈め
て上気した頬にちゅ、っと。
「あーもーっ!こんな手が離せないときにっ!ちょっと、逃げないでそのままいてよ」
 大河もフライパンを回しながら、横を向いて待っている竜児の頬にちゅっ。

「ふへへ……♪」
「へへ……あ、おい。そろそろ焦げるぞ」
「うぉっとおっ!」

 目玉焼きを取り出し、空いたフライパンでケチャップととんかつソースを温めながら和え、
酒を少々回してじゅわー!洋食屋の匂いだ。酒気を飛ばした中で輪切りのトマトもベーコンも
温め、最後に目玉焼きも入れて絡める。
 実は、その技を竜児は初めて見た。なるほど肉の脂が残る鍋でケチャとソースを混ぜ、酒で
まとめるのなら簡単ドミグラスソースの味になるな。へえ?

 ソースを具材に絡め終わったら、順々にマフィンにはさんで出来上がり。大河特製ベーコン
たまごマフィン。ミルクを添えて、お好みでマスタード。
 同じタイミングに合わせて竜児特製目玉焼き丼も完成。高須家キッチンスタジアム勝負時間
の終了であった。


 試食審査!まあ単に朝ご飯なんだけどね。
 しかしこれは、う、旨い!うますぎる!熱々ご飯の上にバター風味の目玉焼き。これを突き
崩して醤油をちっと回しがけ。目玉の下におかかを敷いてあるのもいい。つくる手間もほとん
ど要らず短い時間でかっこめる。まさに朝ご飯向き。美味しいっ♪

「竜児、お姉ちゃん満足したよ?」
「誰が誰のお姉ちゃんだって?」
「私が。あんたの。ひと月間だけ」
「ふははっ、そうか。じゃあ姉ちゃん、これ旨えよ!」
「ほんと?」
「おうっ♪」

 マフィンもソースもちょっと甘い。けどチーズとカリカリベーコンがいいアクセントになっ
てるし、ケチャソースとミルクがすごく合ってる。なにより見ろよ?

「目玉焼き丼にはない野菜も摂れる。しかも加熱済み温野菜。朝食として完璧に近いぜ」
「やったね。喜んでもらえて作った甲斐があった」
「手作りマフィンと簡易ドミソースもポイント高いな。こんど教えてくれよ」
「なに言ってんの。見ただけで分かるでしょうが、あんたなら」
「いやー。さっき台所で並んでいたらすげえ楽しかったからさ。またやろうぜ」
「うんっ。ちょっと照れるけど、また、ね?」

 ベーコンたまごマフィン、あまったやつ泰子にも食わしてやりてえな?もちろん、そのため
に3個つくったんだから。お?もうこんな時間か。そろそろ出かけるしたくしねえと。

「そうね。でもまだちょっと時間ある。お姉ちゃんに任せておいて」
「何をだよ」
「……ケチャップ付いてる。口の端に」
「お、おう。そうか」
「……」
「……」

 ぺろん、ていう感じ。ちゅっ。贈って、返して、贈って、また返す。
 どきどきしてきちゃったけど構わない。余計なこと考えないでお姉ちゃんにまかせて。

「バター醤油味……だな」
「うん……朝っぱらからその顔はないわ」
「い……いや。その……」

 とまあ、この辺りで時間切れ。朝は忙しい。ばたばたとしたくを済ませて私たちは出かける
のでした。少しずつ、毎日、こんな小さな幸せを重ねて行こ!竜児。

 そうして私たちはうちを出て小走りに駈け出した。


 ここで終われば綺麗だったのだけど、結局この日の通学時間にも都会の雑踏の空白で5回つ
いばまれた。内でこちゅー3回……。その後どんなにお姉ちゃんらしく愛情たっぷりに接して
やっても傾向はまったく変わらず前と同じまま。
 いやむしろ前より馴れ馴れしいかもしれない。めでたいことに。

 そう、要するに竜児は。単に、性向として、本質が『キス魔』だったのだ。あんな顔で。
 昔からなにかと私によく触るやつだったから考えてみればなんの不思議もなかった。

 でこが好きな理由は分かってしまうとたぶん、つまらなくなるから訊かない。こういうのは
あえて追求せず想像にとどめておくのが華だ。今度でこにマスタードでも塗っておいてやろう
かと思う。
 腫れるかも知れないが、MAD。相互確証破壊というやつで。

 ああ、今後飲み会なんかあって、出る事になったりして、つい付き合いで酔うと誰彼かまわ
ずキスし出すキャラとして名を馳せたりしないかな?ダメ竜児。
 そんなことが耳に入ったら、お姉ちゃん里に帰らしていただきますよ、ええ。と言ってやっ
たら面白そう。ぷーーっくくくっ!

 こんどばかちーにも教えてやろーっと♪




――END




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