早朝。昨夜の雪景色が残る道を駅へと歩く。
 傍らには皮のスーツケースを重そうに提げる小柄な女。俺が愛し、愛を告げたら受け入れて
くれたただひとりの俺の女。
 こいつと添い遂げるのを誰にも邪魔されないように、肩から下げたダッフルバッグにはたく
さんの荷物が入っていた。ドライヤーも、女物のブラシも、シャンプーやリンスも、こいつが
うちに脱ぎ忘れていった衣類も、ウェットティッシュやたくさんのタオルも。俺の荷物の方が
少ないくらいだ。
 だけど、17歳で高校生の俺にはこの絆を守りきれる力は本当はまだ無い。このままイレギ
ュラーな手段では。でも俺たちにはもうなんの準備をする時間も残されていなかった。このま
まうちにいたら唯々諾々と引き離されてしまうほかになかった。だから、逃げる事に決めた。
「コンビニ寄ってくぞ?必要なもの買っとけよ」
「……う、うん。お菓子くらいかな」
 駅前のコンビニに入り、カゴを取って、俺は真っ先に化粧品や下着を並べている棚に歩み寄
り、メタリックブルーでお菓子のようなパッケージを取り、放り込まずに丁寧に置いた。愛す
る女の顔を真剣に見つめながら。
「ヤケになってるわけじゃねえ。そこは知っておいてくれ」
「……」
「もうお前も気づいているだろうが、これはいくさで言えば敗走だ」
「敗走……?」
「そうだ。だけど、黙って全滅まで受け入れるつもりは俺にはねえ。徹底的に戦って切り開く」
「戦うの?逃げて……自由になるんじゃ……ない、よね。ないわ。うん」
 心細げだった女の目に揺らぐ炎が戻って来た。不安を俺に全部預けて空元気でいた本来の魂
に火が付いていた。そうだ、出逢った時から知っている。お前はそういう女なんだ。
「俺は俺の人生をお前にやる。それは、お前の人生を俺に寄越せってことだ」
「わかってる」
「よし。そのためにこれは要る。俺たちの人生を簡単に棄てないためにだ」
「うん。わかった。……だけど。ううん、いい。行こう」
「なんだ?なに言いかけた?遠慮せず言えよ」
 もう隠しっこは無しだ、と。まるでこれから殴り合いでもするみたいに、お互いを睨みつけ
て喋っていた。心細さと緊張感を、戦う心で埋めていたからだろう。
 だが、この女はふっと。ふっ、と力を抜いて、今まで見たこともないような優しげな顔にな
って俺に告げたんだ。
「……それを使う時には、せめて優しい顔をしてよね。初めてなんだから」
 絶望しながらとか、泣きながらとか、まっぴらだから。ま、あんたはそんなことをしないっ
て信じてる。けど、場合が場合だから釘は刺しとくよ。ふへへ♪

 優しい女だな。緊張感が一気にほぐれて行った。彼女はこれだけを買うのが恥ずかしいのだ
ろう。要りもしない菓子をぽいぽいカゴに放り込んでいる。いつもはその行為を咎める俺も、
今日は特別だった。なんでも買え。あ、でもインスタントカメラを買うのはやめろ。一体何に
使うつもりだ。
 レジで会計を済ませていると、初老の店員が俺たちをじろじろ見る。くそう、好きなだけ見
ろ。エロ惚けのバカップルめが朝っぱらから、とでも思っているんだろう。誤解されるのには
慣れてるし、そもそも今日ばかりは誤解でもねえ。俺はこの女を俺のものにする。

 コンビニを出て、店先で買った飲み物を呑む。まだ早朝で出勤ラッシュまでは時間がある。
こんなときにもこいつはヨーグルトドリンクをちゅうちゅう吸っている。大丈夫、日常を棄て
たわけでも見失ったわけでもねえ。俺たちはきっと大丈夫だ。
 飲み終わった殻や容器をゴミ箱に棄てて、大河、と声をかける。しっかりと見つめて、初め
て俺の意志で、肩に手をまわしてきつく抱きしめた。
「竜児……」
 と、大河も応えて俺を絞め殺そうとする。
 日はすでに登っていた。これから行くところは電車にのってから話そう。勝算などはないが、
できることはすべてやる。こいつのために、俺のために。
「じゃあ、行こうぜ」
「うん」
 俺たちはしっかりと手を握り合って、駅へ歩き出した。


――END




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