【これまでのあらすじ】親元で一年を過ごし進学した逢坂大河は大橋の町に帰ってきた。高須
家から徒歩3分のワンルームマンションで独り暮らし。ぶじ嫁入りのその日まで!などと大げ
さな話は置いといて瑣末事を綴った寸止めコメディ(要するにアニメ版アフターです)

 恋人以上夫婦未満。19歳になった逢坂大河と、もうすぐ19歳になる高須竜児。
 やることはとっくに済ませてはいても、いまだ親がかりなふたり。毎日エロエロアマアマに
惚けてるわけにもいかない。のべつまくなしのイチャつき禁止。学生の本分を全うせねばと、
どちらからともなく自律的な制約を課している。
 それは“平日は自重しましょう”というもの。
 そうしてやってきたお休みの日。
 日々のつとめをこなしたら制約を解放しても良いとふたりが暗黙に決めている休日がまたも
やってきて、また別のくだらない話が始まる。


****


「ああもう……とろい!お姉ちゃんにまかせな」
「お、おう」
 朝食後の午前9時。
 高須家の竜児の部屋で、大学生ともなれば要るよな?と購入したノートパソコンをセッティ
ングしているふたりの姿があった。
 そんなものマニュアルを見ながら竜児が独りのときにやればいいことではあったけど、高校
時代からPC持ちの大河はさぞ先輩風を吹かしたいだろうと。
 吹かさせてやったらさぞ喜ぶだろうと、微妙な気配りでわざわざふたりの時に始めたわけだ。
 案の定、大河は机の前に座ってゆるゆるとセッティングしている竜児の周りをウロウロ歩き
回り、後ろからチョークスリーパーをかけたりなどしながらうるさくクチを挟む。それは家人
がなにか買い物をして帰ると必ず検分に寄ってくる、さながら飼い猫のよう。
 ぬこだなこいつ……と竜児が半笑いで楽しんでいたら冒頭の台詞と相成ったわけだ。
 大河ぬこは竜児のひざに横からとすんと座って、机を向いてちゃっちゃか作業を始め……る
のかと思いきや逆方向。竜児の首に手を回すと、ちゅっちゅ別の作業を始めた。
 ああ、要するに構ってほしかったのかと竜児は得心する。今日中にセッティング終わらない
かも知れねえな?とどこかで思いながら愛する茶虎のしなやかな背をきゅうっっと抱きしめて、
無言のままその作業を手伝うことにする。
 無言……。
 無言……。
 長いなおまえら、朝っぱらから。
 無言……。
 ああやっと終わった。
 ぬこのお姉ちゃんは竜児の胸に顔を埋めてのどをゴロゴロ鳴らしている、といったような雰
囲気で甘えまくっていた。
 茶虎猫っぽい長い髪を手で毛づくろいされていると心地よいのか次第次第に仰ぎ見るように
なる。そうすると今度はそのしぐさを見て竜児の方から遊びに来る。
 さっきのキスで濡れて光っている小さな唇。
 薔薇の蕾……に喩えるのがラブコメとしてキレイなのだろうが、頑丈で健康で美しく生まれ
て育ち、色白ゆえに血潮を透かして見せるその唇は、色も形も桜貝の艶を想い起こさせる。
 桜や桃の、花の薄ピンクとは違う、光をを伴って、透けた中に真の紅が走っているからこそ
感じさせるピンク。それには躍動する生命がメタデータとして重ねられていた。
 綺麗、は造られたもの、かつて讃えられたもの、評価が定まりこれからは動かないものを形
容する言葉であろうと竜児は思う。いま、このときを切り取って感じるには、うつくしい、と
いう語こそがふさわしい、と。


 大河……お前のすべては美しい。……ってなに思ってんだ俺は。こんなこと言ったらまた冷
やかな目でクサ過ぎっ、とか言われるぞ?あ、それたまんねえな。
 そうして見惚れていると、半開きの唇がりゅ……じ……と動いて誘いをかける。
 竜児の印象のうえでそれは“いつまでも見てるばかりならぶつよ!強くね!!”というもの
ではあったが、打たれたって構わねえ見たいだけ見るぜ俺は、という覚悟完了をとうに済まし
ていた。そんときは、お前が美し過ぎるから見惚れていたんだ、なにが悪い!と目を睨んで真
顔で言ってやる。
 打たれた。
 強くね。
 痛い。
 痛い。マジで。
 言った。
 言ってしまった。
 お前が美し過ぎて見惚れていた、と。
 伝わった。
 大河はみるみる真っ赤になって、竜児の顔をまともに見ていられなくなって、また胸に顔を
埋めてしまう。
 消え入りそうな声で、ご。
 ごごごごごごご。
 ごめん、と。
 乱暴して、済まないと。
 竜児は、にやり。
 と笑みを浮かべる。
 『とらドラ!』の原作者たる通称ゆゆぽの文体でないのは気にしないでほしい。
 趣味。
 であった。

 たまらぬ竜虎であった。

 ともかくも、お前に見惚れていたから固まっていたと主張する竜児に完敗した格好で、大河
はくるりと向きを変え、思い出したPCのセットアップ作業に取りかかった。
 ご存知であろうが、セットアップというのはやたら“お待ちください。数分かかることがあ
ります”という待ち表示が出るものだし、再起動、を要求される事もしばしば。
 短気な大河がそのことごとくをクリアできたのは、待ち時間に振りかえるたびその口が塞が
れたからである。むちゅっ。……ん。ちゅるっ。……んん。
「きっ……キス魔」
「それがどうした?さっきも言った通りお前のせいだ」
「わ、私のせいだっての?」
「お前が美し過ぎるうえに、キスしてって顔に描いてあんのがいけない」
「ひ、ひゃぁぁぁぁ!な、なに?ななななななななに言ってんのっ!」
「あんなに乱暴で横暴で傲慢で口汚かったくせにっ」
「ん、んみゅ、むーーーっ」
「こんなに素直に可愛くなりやがって。くそー」
「んん……」
「詐欺師」
「ん……む……、はぁはぁはぁはぁ」
「泥棒猫」
「にゅっ?んんんん?んーーー?」
「淫乱め」
「んん!?んーーーーっ?んーーーーっ?」
「貧乳」
「んんーーーーっ、おいこらっ、黙って聞いてりゃ最後がなんかひどいっ?」


「あ、ほらほら、次のウイザードが開いたぞ?」
「お?そうだったそうだった」
「……愛してる」
「ひ、ひゃぁぁぁぁ!いきなりっ!?遺憾すぎるっ。んっ」
「もう貧乳しか愛さない」
「……うそこけおっぱい星人……触んな!こんなとこで」
「嘘なもんか。身長150cm以上の女なんてみんな都市伝説だ」
「もう何言ってるかよく分かんないよ……だから揉むなっつうに!!」
「黙れ、生意気いうのはこのクチだな?」
「ん?んんんんん……んぁ」
「マキバオーかお前は。くそう、可愛いなっ!!なんだお前!?」
「お、大きな声出すなっ!やっちゃん起きるわよ。ってかなんで逆ギレ?ん、んむっ」
「はぁはぁ……だったらその“もっとして”って顔をなんとかしろ」
「……あんたがこんだけあからさまにエッチになるなんて私の方がびっくりだわ」
「ああっ、呆れたような顔もたまんねえなっ!?ほんとになんて女だ」
「んんんんん?んはっ!いちいち理由つけて私のせいにすんなっ。したいって認めろキス魔」
「……したいです」
「じゃあ……してよし。んっ……ん……んんん……」
「他にも、したいのですが」
「なんで丁寧語。……午後にね」
 ほら、ステイ!
 わおーん!
 まあ通常の3倍の時間をかけて、ようやく竜児のPCが使い物になったのだった。

「ぽぇぇぇ〜ん☆」
 日が高くなってきた頃に、夜勤を済ませて明け方に帰宅し寝ていた竜児の母、泰子が起き出
してきた。卓袱台と冷蔵庫と食器棚をあさって、竜児が作り置いていてくれた食事があればへ
っへっっへー♪と半笑いで食べる、なければ半ベソで自分で作る、というのが日課。
 最近はお休みの日となれば、泰子の世話を手抜きして一日中大河を構うようになっていて、
ご飯のおこぼれにあずかれない事が多くちょっとさみしい。これでも一応大人だし人の母でも
あるから納得はしているけれども。
 ずるずると下着姿にジャージを羽織っただけのナリで這い出して来ると、すでに居間には家
人の姿なく、ああこれはさっそく乳繰り合いに行っちゃったーと思ったのだが、卓袱台の上に
は『泰子:食器棚』というぞんざいなメモを見つけた。ちゃんとおかずを三品盛り合わせてラ
ップかけて置いてある。冷ご飯と冷や汁を盛ってきてひとりブランチと洒落こむ。
 テレビを点けようとしたら、竜児の部屋から『んんんんんー!』と聞き覚えのある声。
 もー、りゅーちゃんサカりすぎー♪と、平然とご飯。点けたテレビの音量を極小にしてるあ
たりは優しさか、野次馬根性か。
 先程の聞き覚えのある鼻声が、で、ホームページどこにすんのよ?グーグルでいいの?と言
っているのが聞こえてきて、ああ、と納得。パソコンいじりかあ、と。

「ちょ、ちょっと竜児これこれ?」
「んー?『夫婦の1日の平均会話時間は?』ほぉ?女性誌の記事だな」

・1〜30分未満:31.0%
・30分〜1時間未満:31.5%
・1〜2時間未満:21.5%
・2〜3時間未満:9.0%
・3時間以上:5.0%
・0分:2.0%

「私たち、どのくらいかな?」
「まだ夫婦じゃねえけど……そうだなあ?」


 朝9時、朝食後にセッティングを始めて今は正午前。凡そ3時間か。その間会話と言えば。

「2〜3分、よね?」
「そうだな」
「3時間あたり大目に5分として、睡眠時間を除いた一日18時間をあてはめると?」
「30分、てことになるのか」
「がーん。大変!すでにして会話のない夫婦だわ!」
「いや、それは別に。だからまだ夫婦になってねえし」
「なに落ち着いてるのよ!だからこそ大問題じゃないの?」

 そんなこと、ねえと思うぞ?と竜児はまたも大河の口を塞ぐ。んっ、んっんっ。
 10分経過。
 まあ誤解のないように言っておくと、10分ずっと貪りあっているわけではない。激しく求
めあうのが好みの大河に対して、優しく柔らかく触れ合うのが好みの竜児は相性抜群。当座は
大河のペースに合わせ自陣の奥深く侵攻させておいて、やがて柔らか〜く、文字通り懐柔して
いくように時間をかけてフロントラインを取り戻すのだ。
 そうすると瞬発力しか持たないスプリンターの大河は、打つ手なしになってしまい、後半ひ
たすら蕩かされる一方となり、どこまでも竜児の侵入を許してしまう。
 そうすると、余韻、というものがもたらされて、ついふへふへ崩れ落ちそうな笑顔になり竜
児につかまって甘えてしまい、最終的には虜囚の辱めを受けるほかにない。
 そうなると言葉も出ない。竜児にしてもそんな大河を見て感じるのが大好きだから余計な言
葉をかけて邪魔したりは、しない。
 必然的に、ろくに会話もせず抱き合っている時間ばかりが延々と続く、というわけだ。

 では、その主な会話内容は?
・収入・小遣いなどのお金に関すること 31.0%
・仕事のこと 42.0%
・育児・子供の教育について 57.5%
・マイホーム購入、家のリフォームなどについて 14.0%
・親の介護・同居について 13.0%
・趣味について 40.5%
・その他 23.0%。

「お金に関すること……話題じゃないよね」
「仕事のこと……話するけど、ほんとに時々だな?」
「育児、子供の教育……まだまだだよね?」
「マイホーム購入、家のリフォーム、俺は興味あるけど、まあ、ねえな」
「親の介護・同居……あ、こういうのもそのうち考えないといけないんだ?」
「あとは趣味……お前の趣味、なに?」
「いたって無趣味。あ、よく2ちゃんで夜釣りはするね?」
「……それはいちおうツンデレヒロインとしてはどうなんだ?俺は趣味人だよ」
「なんなのさ」
「インテリアデザインだろ?ガーデニングだろ?料理だろ?」
「じゃあ私もそれ趣味にするわ。教えて?」
「……だからいつの間にそんな素直な女になったんだお前はよ?ああったまんね!」
「むゅっ、んっ、んんん……」

 また10分経過。
 誤解のないように言っておくが、え?もういい?あ、そう。

「はぁはぁ、あとは……『その他』か」
「ねえ竜児、そもそもこの記事でまとめてるような話題が、私たちにはないよね?」
「そうだな。なんでだろ?」
「あ?」
「どうした?」
「この記事『40〜50代既婚男女各100人に緊急調査を行った』だって」
「なんだ。結婚して長い夫婦の話じゃねえか。俺らには関係な……むぐっ、んん……」


 逆襲の10分経過。

「ねえねえねえねえ。りゅーーじぃ」
「おう……わかった。お前の部屋の……掃除をしねえとな」
「そ、そうね。掃除をね。……念入りに……3回くらい……」

 まあよく3時間も竜児のひざに座っていたもの。大河はひょんと飛び降りて、居間へとつな
がるふすまを勢いよく開けて、でもすぐに後ろ手に閉める。

「どうした?」
「ややややっちゃんが……手、振ってる」
「心配すんな。聞いてないふりするに決まってる」
「ふ、……ふりじゃ恥ずかしい。聞かれた?いちゃいちゃ聞かれたっ?」
「念入りに3回掃除とかも聞かれたかな?」
「あ……わ……わわわ」
「いいかげんに慣れろ。お前んちではともかくも、うちではもうお前は俺の嫁だ」
「嫁!!う……うん。堂々と、嫁らしく、ね?」
「そう!嫁らしくな!ん!?んんん……」

 嫁ですが、何か?という顔をしてふたりは居間へ出てくる。ニヤニヤな泰子に無言で眺めら
れて、大河は恥ずかしくてもう、たまらない。
 午後は自分のマンションに移動して、竜児とえっち三昧だ!という思いと、高須家で三人家
族でいる、という思い。どちらも同じように大切に思っているけど、でもそれは両立しないも
のだから。
 それでも大河が愛するひとはちゃんと大河の方を迷いもなく当たり前のように選んでくれる。

「泰子ぉ、俺、午後は大河のうち掃除しに行くから。夕飯までには帰るからよ」
「あいあ〜い☆遅かったら勝手に食べて出るからねえ」
「大河ぁ、昼飯なにがいい?焼きそばパスタお好み焼き、あーあとそば粉のパンケーキも」
「パ、パンケーキがいい」
「やっちゃんさっき食べたからちょっとだけねぇ〜☆」
「おう。じゃ、りんご擦って軽く煮た即席ジャムとバターで食おうぜ」
「うん……ミルクに合いそうだから、付けて」
「おう。紅茶も淹れる」

 パンケーキっつってもな。そば粉のだから結構ワイルドだぞー。歯ごたえがキシッキシッと
して旨いんだぜ。と、竜児が最近覚えたレパートリーを披露しようと張り切っている。

 つまらないことを、泰子はわざわざ大河に言わない。ただ、自らの日常を少しも曲げずに接
して、嬉しそうに微笑んでは眺めるだけのことだ。
 それは、かつても、今も、竜児が毎日少しずつ大河に注いでいた愛情と同じもの。

 いつか伝われば、それでいい。



――END


--> Next...




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system