「ただいまー大河」
「あ、お帰り竜児。じゃ買い物に……なんだ済ましてきたんだ?」
エコバッグを提げた竜児が帰宅して、買ってきた食材を冷蔵庫に整理すると、卓袱台の前に
座る。そして鞄から取り出した綴じたプリントを何部かぱさっと置く。
「なにこれ?」
「代案だそうだ。春田の脚本が嫌ならこの中から決めろって」
「へえ〜、なんで竜児に決めろって言うんだろ?」
「俺じゃねえ。お前だ。うちのクラスは有名人のお前をいかに乗せるか、なんだとさ」
「……乗せたくてあんな脚本なんだ?どんっっっっだけ舐めてんだぁっ?あいつらっ」
「舐めてるわけじゃねえよ。みんな危険なお前との距離感を測りかねているんだ」
ふざけりゃ乗ってくれるんじゃねーの?ってまずは考えても不思議はねえよ。みんな有名人
のお前を人気者にもしたいんだろうな。好意に乗っかってイベントを楽しめ。
「そ、そういうふうに言われれば別にやぶさかではないわね?」
で?どんな脚本があんの?
おう、まずこれか。2−C貴腐人ソロリティ作、だそうだ。
『リン・かけ』企画書
配役
高嶺竜児 …高須竜児
高嶺 菊 …逢坂大河
剣崎 順 …北村祐作
香取石松 …逢坂大河(二役)
志那虎一城 …櫛枝実乃梨
河合武士 …川嶋亜美
影道 殉 …狩野すみれ(特別出演)
ほう『父の志を継いだ姉、菊にボクシングのトレーニングを受けた竜児は永遠のライバル剣
崎と出会い、いろいろ戦って世界チャンピオンを目指す』んだそうだ。
ふーん。私があんたのお姉ちゃん役なのか。あ、この二役の石松ってのはなにさ?
え〜『元々のケンカ好きが高じてボクシングを始めた“ケンカチャンピオン”の異名をもつ
日本Jr.いちばんのチ……』
は?なんだって?『……いちばんのチビでムードメーカー、切り込み隊長』
「なんじゃこりゃあっ!」
「待て待て、姉ちゃんの菊は最後には剣崎と結婚するらしいぞ?剣崎役は北村だぜ?」
「え?そ、そうなの?」
おう。『出会った当初は反目し合っていた剣崎とは、いつしか互いに憎からず思う仲となっ
ていった』んだそうだ。『竜児に自分の支えが必要なくなったと悟った菊は、最後のフィニッ
シュブローを竜児に授けて姿を消し、竜児と剣崎の世界タイトルマッチが行われている頃ウェ
ディングドレスをまとって教会で二人を待つ』だとさ。
「すげえな、ベタだけどもろヒロインじゃねえか」
「う?う?うぇへへへへぇ〜♪」
「剣崎には『チャンピオンベルトより一人の女が大事』って台詞もあるぞ?大丈夫か?」
「ひ、ひゃぁぁぁぁぁ、みず、水ちょうだい」
ごぶごぶごぶごぶ……!
お、つづきすげえ!『菊を巡って、世界タイトル戦の会場に向かう剣崎に路上での勝負を挑
み、最後はそれぞれのフィニッシュブローをぶつけ合い、石松は惜敗する』なんてのもある。
お前取り合われるヒロインなのか。いい役だよなあ……。
「……ちょっと待ちなさいよ。石松?私の二役のほうじゃない。どうすんの?」
「どうすんのかな?あ、注釈がついてる」
……剣崎と石松の決闘シーンは役者の心理的な乗りを考慮して、石松役を高須竜児とする。
んだってさ。ははっ、俺が北村とお前を取り合うのがクライマックスらしいぞ。
おいっ、どうした?
なに真っ赤になって卒倒してるんだ?
おいっ、大河っ、しっかりしろ!くまさん柄のパンツ見えてるっ!倒れるなら隠せっ!
なにっ?なんだって?
“そんなの出来ない”!?
なに言ってんだおいっ。おいっ。
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