●主な登場人物
 「あたし」:竜児の会社の一年後輩。
 「先輩」:お局一歩手前のバリキャリ主任。人情派


『Live At The BBQ』


 ──社員でバーベキューなんて、誰が言い出したんだろう。
 ブツブツ言いつつ、あたしは物資のリストに端からチェックを入れた。 肉よし、野菜よし、燃料よし、お酒──多めで、たいへんよし。
 交流を深める良い機会だからと、家族参加OKのバーベキュー開催を言い渡されたのが、梅雨が明けてすぐのこと。
 準備は毎年若手社員の担当だということで、こうして朝も早よから初夏の日差しに炙られているわけだ。
 向こうでは監督と称してついてきてくれた先輩が、男性社員にテントの設営場所などをレクチャーしている。
 ふと汗を拭おうと顔を上げると、近づいてくる人影が見えた。あれは、あの遠目にも空恐ろしい形相は──。

「高須さーん! こっちこっちー!」

 おーう、といういつもの口癖とともに、一年先輩の高須竜児さん(既婚。涙)がのたのたとこちらへやってくる。
 なぜかやたらと重装備なうえに、誰かの手を引いているからだ。
 一見、山賊がさらってきたお姫様を引きずっているように見えたのはご愛嬌。
 日除け帽子とゆったりしたサマーワンピースを纏い、慎重に歩みを進めているその美しい少女は、初夏の高原に驚くほど似つかわしくて。
 男性連中も思わず作業の手を止めて、ぽかんと二人を眺めている。
 あのひと、もしかして──
「──高須さんの奥さん!?」
「そうみたいね。
 うーわー、結婚式以来だけど、やっぱ生きて動いてるのが奇跡みたいな美少女だわー」
 隣にやってきた先輩が、溜め息とともに眼鏡をずり上げる。
 その“奇跡みたいな美少女(あたしよりひとつ年上)”は、高須さんに紹介されると恥ずかしそうに名乗って会釈し、「た、高須大河です。今日はどうぞよろしくお願い──あわわ」
 ついでに帽子をずり落として慌てて旦那さんに被せて貰っている。
 ──ドジっ子属性もあるとか逆に無敵か。完全無欠美少女かっ。
 思わず激しく目線を交わす先輩とあたし。



 一通り自己紹介を済ませると、高須さんは担いでいた荷物を下ろしてシャツの襟を緩め、腕まくりした。
「今日はこいつがあんまり動けないから、そのぶん俺が頑張りますんで。」
「竜児ってば、病気じゃないんだから大丈夫……」
「いいや駄目だ。今のお前をアツアツの鉄板に近づけるなんざ、世間が許してもこの俺が許さねえ。
 髪の毛の先っぽでも焦がしてみろ、暴動と略奪の末にバルカン半島で火薬が爆発するぞ。」
「……。」
 ……さっぱり意味がわからないけど過保護なのは伝わってくる。
 奥さんも何事か突っ込もうとして、結局下腹部に手をあてて黙ってしまった。
 そう、聞くところによると、妊娠4ヶ月目なんだそうで。
 以前二次会を断った時の、高須さんの嬉しそうな顔が忘れられない。
 嫁さんがコレなもんで、とお馴染みのジェスチャーをすると、かけられるお祝いの声もそこそこに聞き流し、飛ぶように帰宅してしまった。
 残された独身者たちの怨嗟の声が渦巻くまいことか。

 そういうわけで、「担ぐんじゃねえ。焼くんじゃねえ。できれば刃物も持つんじゃねえ。」という旦那さんのお達しのもと、彼女とあたしはちんまり座って大量のサラダを作ることになったのだった。
 社員食堂に頼んで下拵えが済んでいるので、実際やることは少ない。
 みんなが合流するまであと一時間。それまで少しでも親しくなれれば……。


「……あの。た、高須さんって、家ではどんな感じなんですか?」
 あちゃあ。緊張のあまり、訊きたいこととは違う言葉が出てしまう。
 日除け帽子ごと首を傾げると(これがまた恐ろしいくらい絵になっていた)、奥さん──大河さんはレタスを大胆に盛り付けながら肩をすくめた。
「会社でどんな感じだかわからないので……。」
「そ、そうですよねー!」
「ただ、やたら細かくて口うるさくて、──とても、優しいです。」
 アヒル口で小さく付け加えるのが本当に可愛い。この人本当にあたしより年上かぁ?
 とにかくこのペースじゃ埒があかないので、まず年下であることを伝えて敬語をやめてもらう。
 それからしばし、途中何度も高須さんの襲来を受けながらも、全員が合流する頃にはだいぶ親しく話せるようになっていた。
 遠くで談笑している先輩と目が合ったので、適当に今考えたサインを送る。

 ──我、潜入ニ成功セリ。




 さすがは先輩、正しく理解したらしく、力強いサムズアップ。
 やがて部長による乾杯の音頭が取られ、バーベキューは賑々しく始まったのだった。

「大河、食べてるか? 煙たくねえか?」
 もう何度目かわからない高須さんの様子伺い(と食べ物の差し入れ)に、大河さんは笑ってぱたぱたと手を振った。
「そっちこそ平気? 竜児が近づくほうが煙いわよ。」
 あはは燻し竜だ、と笑う大河さんのほっぺをプニッと摘み、見たことの無いような優しい顔で竜児さんも笑う。
「おう、こんなところにソース付いてる。」
「え、やだ。どこどこ」
「じっとしてろ、今拭いてやる。」
 魔法のように取り出したウェットティッシュでお口をふきふき。彼女も「んー。」なんてほっぺを突き出して、可愛いのなんのってもう……
 ……あのう、あたしも居るんですが。
 目元はあんなに恐ろしいのに、こんな柔らかい表情もできるんだなー。
 その笑顔が欲しかったのにな。もうすっかり諦めたはずの恋なのに、ほんの少しだけ胸の奥がチクリとした。
「大丈夫。彼女がずっとついててくれたのよ。」
「そうか、それは助かるなあ。」
 急に話を振られビクッとするあたしに、竜児さんはその優しい笑顔を少しだけ向け、
「俺、もうしばらく焼いてなくちゃいけねえからさ。
 こいつになにかあったらすぐ呼んでくれな。」
「は、はい! お任せください!」
「そんな、私の係にしちゃ公私混同でしょうがっ。
 気にしなくていいからね?」
 つい舞い上がったあたしに気付いているのかいないのか。去りゆく旦那さんの背中を強めにはたくと、大河さんは猫のように目を細め──いや、猫じゃない。これは虎だ。子持ちの雌虎の目だ──。
 背筋に走った震えを気取られないように、あたしはビール缶の残りを一息に飲み干した。
 ──このひと、見た目通りの可愛らしい生き物じゃないみたいです、先輩。
「さて、じゃあ今度は私からも質問していいかしら。」
 早速席を外そうとしたあたしを牽制するように、大河さんがウフフと笑う。
「え、いやー。あの、そのぅ……」
「聞きたいわー。会社の竜児って、どんな感じなのか。」
 それは、その話題は……。詳しく話せば話すほど、いろいろダダ漏れになる気がするんですが!
「ね?」
「……はい……。」

 ──潜入失敗。SOS、SOS。


 必死でサインを送れども、笑顔でサムズアップを返す先輩に絶望しつつ。
 あたしは高須さんに横恋慕した過去の隠匿に、残りの時間すべてを費やすことになってしまったのだった。




     《おしまい》




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