風爽やかな初夏の校舎裏、ベンチで仲良くお食事中の影が二つ。
 やがて長身の影が手際よく弁当箱をしまうと、小柄な影がぺそっと肩にもたれ、そのまま彫像のように動かなくなる。
 それから、しばし。


          # # #


「どうかしたの?」
 図書室からの帰り道。校舎裏の角に下級生が溜まっているのを見つけ、香椎奈々子は何気なく声をかけた。
 するとあっという間に囲まれて、「物置きから備品を取りたいんですが……」「お邪魔するのが怖くて」「もとい悪くて」「恐れ多くて」などと口々に言い募られる。
 どうも要領を得ないので、指差された方向を覗きこむと、そこには。

「──あららー。」

 ヤンキー高須こと高須竜児と、手乗りタイガー逢坂大河が、まるでペイネの絵のように寄り添う後ろ姿があった。
 普段あからさまにベタベタしない分、こういう所で補っているらしい。
 公序良俗を乱さないのは結構だが、ああまで幸せそうにされてはかえって目の毒だ。
 一言からかってやろうと、香椎は本を抱え直してベンチに歩み寄り──
「……!」
 とっさに声を飲んで、そうっと前に回りこむ。

 ちょいちょい、と手招きをすると、下級生たちは恐る恐るこちらに近づいてきた。
「……寝てる……。」
 誰かが思わずそう呟き、慌てて口元を覆う。
 片手の指を絡めて握りあったまま、二人はぐっすりと眠りこんでいた。
 竜児はまるで宝物を手にした少年のような表情で。大河もめったに見られない柔らかな表情で──ただしいかにも昼食後らしく、竜児の学ランに涎のしみをくっつけて。
 そこには、かつて“大橋高校の魔界コンビ”などと称された面影は微塵もない。

 香椎が「今のうちにどうぞ」とジェスチャーをすると、下級生たちは我に返ったように数メートル先の物置きへ、物音を殺して入ってゆく。
 彼らが製図用の大道具を担いで立ち去るまでの間、香椎はシャッター音で驚かさぬよう、少し距離をとってから二人の姿を携帯カメラにおさめた。
 すぐさま悪友たちに『爆睡カップル@校舎裏』なるタイトルで一斉送信。
 昼休みは残り10分ほど。他の誰かがやってきたなら、予鈴まで鑑賞したのち一緒にからかい倒すつもりだ。
 それまでもう少しだけ、二人に穏やかな微睡みを。



 斜向かいのベンチに腰を下ろすと、香椎は持っていた短歌集を静かに開いた。
 ぺらぺらとめくるうちに、とある歌を目にして笑みがこぼれる。
「……『プレンソーダの泡のごとき唾液もつひとの傍に昼限りなし』……かぁ。」
 刹那の恋を詠んだ歌だが、目の前のこの二人には──願わくば、“昼”のような明るさと暖かさが、永遠に続きますように。
 そうしていつかは自分にも、こんなふうに手を取り合える誰かが現れますように。

 ──ずどどどどどど!
 校舎の外階段を猛スピードでこちらへ駆け降りてくる足音は、勢いからして実乃梨だろう。
 さすがは実乃梨ちゃん、とうっかり噴き出せば、竜児が煩そうに肩を震わせる。
 急いで冷やかしの言葉を考えながら、香椎はその目蓋が上がるのをわくわくと待ち構えた。




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system