土鍋の蓋を開けて、ボウル一杯に用意した大根おろしをたっぷりと投入する。
 汁の表面を覆い尽くした純白は、さながら一面の雪景色のようで。
「どうだ大河、これが雪見鍋だ」
「へー、私てっきりかき氷でも乗せるんだと思ってたわ」
「んなわけねえだろ。溶けちまうじゃねえか」
「で、コレは取り出すまで掴んだ具が何かわからない闇鍋の一種だったりするわけ?」
「そうじゃねえって。単にたっぷりの大根おろしでさっぱり食おうって鍋だよ。今日は鶏肉だけど、具は魚や豚肉でもいいぞ」
「ふつーにおろしポン酢じゃ駄目なの?」
「冬場は大根が美味いからそれ自体を味わおうとか、大根の消化酵素で肉が柔らかくなったりとかもあるんだよ。あとはまあ、見たてによる風情を楽しむとかだな」
「見たて、見たてねえ……それなら、要は白ければいいわけよね?」
「おい大河、お前なんか妙なこと考えてるんじゃねえだろうな?」
「べっつに〜。大した事じゃないわよ」
「まあ汁の味付けしだいだけど、蕪でも出来ないことはないんじゃねえかな。頼むからメレンゲや生クリーム浮かべるのは勘弁してくれよ」



「まったく……電話かメールでもくれたら俺が帰る途中に買ってくるのに」
 脱いだ服を洗濯籠に放り込みながら、竜児は呟く。
 というのも、帰って来た時に出迎えたのが真っ暗な家と『ちょっとお買い物に行ってきます。先にお風呂をすませておいて』というメモ一枚だったから。
「大体、飯の準備が粗方終わってるみたいなのになんで風呂が先なんだよ。そんなに時間がかかる所まで行ってるのか?」
 竜児が微妙に不機嫌なのは、別にいつもの大河の「おかえり」が聞けなかったからではない。絶対に。
 ……多分。
 …………違うんじゃないかな。
 ………………まあ、ちょっとはそうかもしれない。
 ともかく、少々乱暴に浴室のドアを開けて。
「おうっ!?」
 目に飛び込んできたのは揺れる湯気の向こうで床も壁も覆い尽くす泡・泡・泡。
 そしてその中央、湯船の中で首から下をすっかり泡に隠した……
「えへへ、おかえり竜児」
「おかえりじゃねえ。大河、一体何だよこりゃ!?」
「んーとね、雪見風呂」



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