-----------------------------------------------------------------------

「りゅーじー! 朝ごはん!」
バン! という豪快な音とともに、勢い良く開け放たれた借家の玄関。
声の主は、近隣や大家への配慮など屁とも思わぬ、ご存じ、手乗りタイガーこと逢坂大河。

「ちょっと竜児! いるのっ?」
当然あると思っていた朝餉の支度がまだできていない様子に、大河は不機嫌度が一気にアップする。
「ちょっと、竜児ってば! 返事ぐらいしなさいよ!」
泰子が前夜から泊まりがけで不在なことも拍車を掛けて、声を荒げながら、サンダルを蹴飛ばすように脱ぎ散らかすと、ずかずかとあがりこんで、8畳間の引き戸を大きく開け放った。

* * *

「はぁ…? なにこいつ…」
居間のテレビの前には、右手に高須棒、左手に雑巾を持ったまま、大の字になって息絶えている、いや、スースーと寝息を立てている竜児の姿があった。

「ったく、この偏執変態掃除夫は… どうせ昨日、私が家に帰った後、夜中から掃除を始めたんでしょうよ…」
1学期の期末試験が終わった昨日、大河の買い物に付き合っている間も、かのう屋で食材を買っている時も、3人で晩ご飯を食べている時も、竜児は新たに生えたカビのことをぶつぶつぶつぶつぶつぶつとつぶやいていた。
掃除を始めたのはいいが、試験明けの疲れた体では、最後まで終わりきらずに途中で事切れてしまったのだろう。

ふと、大河がちゃぶ台の上を見ると、昨日買い物に行った店の小さな紙袋が置いてあり、僅かに開いた口から、いつも見慣れた、綿花のマークが入ったタグが顔をのぞかせている。

「あれ? 竜児もなんか買ってたっけ?」
つい手を出して、袋の中のものを出して広げてみると、びろーんとだらしなく現れたのは、オーガニックコットン製のメンズのトランクス。

「……」
目をぱちくりさせて、大河はそのトランクスを見つめていたが、いつも身につけている素材の優しい肌触りに、思わず頬ずりしそうになって、顔を近づけていき…

「ぅゲボぉ…」
数秒後、大河のつま先が竜児の脇腹に食い込み、竜児の口から悲鳴とも断末魔ともつかない声が発せられていた。

「た…、大河…・おま…いき…な…り、ナニすんだよっ!」
ゲホゲホと息を詰まらせながら、手をついて竜児が起き上がる。

「もうちょっとでこの薄汚れた布切れに頬ずりするところだったじゃない! どおしてくれんのよ?」
「どうしてって、知るかよそんなの! それにまだそれは誰も履いてねぇ、下ろしてたてのパンツのどこが薄汚れてんだよ?」
「あんたが履く予定、って時点で薄汚れているに決まってんでしょ?」
「お前なぁ…」
「ねぇ、竜児、いつの間にこんなの買ってたの? ドケチ主夫としてはずいぶんと張り込んだんじゃない?」
「主夫じゃねぇよ! いや、その… いつも大河の服を畳んでる時に、肌触りがいいなぁ、いつか着てみたいな、と思ってたら、昨日さ…」
「あぁ、それでアタシが試着室から何度呼んでもすぐ来なかったわけね。あきれた駄犬だわ… でも、私の服に触っていてって…?」

―ジトっ―
大河の大きな瞳が急に半開きになり、アゴがクイッと持ち上がる。

「あんたまさか、このパ、パンツを私だと思って、その不潔なナニを覆ってしまおうと思ってるワケ? 回答次第では許さないわよ?」
「ちょっと待て大河、そんなはずねぇだろ、いやパンツを引っ張るな、まだ何もいってねぇのに、伸びる、や、破れる… そのパンツ、一体いくらしたと思ってるんだ! いつもの奴の何枚分も… いや、勘弁してくれ大河、てか、やめろ、や、やめてくれぇぇえぇえーーーーーっ」




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system