自動ドアを出るとどちらからともなく伸ばした手をつなぐ。
木漏れ日が漏れる街路樹の下、つないだ手の先に居る存在を改めて竜児は思う。
竜児の視線に気が付いたのか、少しはにかんだ様な笑みを見せ、つないだ手を少し強く握り返してくる大河。
クラスメートでお隣さん・・・それが恋人になって・・・そして今日、大河はまた変った。
竜児の隣を並んで歩くのはもう、逢坂さんの家の娘さんでもなければ、彼女でもない。
まぎれもなく、高須竜児の生涯の伴侶になったのだ。
「・・・今日から高須大河だね・・・竜児」
数分前、おめでとうございますの声に送られてふたりは訪れた市役所を後にしていた。
「ああ、よろしくな」
「なんかくすぐったいかも、この呼び方・・・ふふ、た、か、す・・・たいが」
とうとうここまで来たんだねと大河は満面の笑みを浮かべる。
「なんかもう、嬉しくて・・・」
そのままその場でターンして踊り出しそうな勢いの大河。
「もう、大声で叫びたい気分」
「なんて・・・だ?」
「聞きたい?」
小首をかしげ竜児を見つめる大河。
そんな大河の仕草ひとつ取ってみても竜児はその一瞬を切り取って保存したい衝動に駆られる。
「ああ」
「あのね・・・竜児と結婚できたよ!私、竜児のお嫁さんなんだよ〜!って」
幸せで溶けてしまいそうな表情を浮かべ、大河は竜児を見る。
そんな大河を抱き締めてしまいたい、キスしてしまいたいと竜児の中で沸き起こる思い。
さすがに往来なので、竜児は軽く大河を引き寄せ、身を寄せあう程度に留める。
そんな竜児の腕に大河はしがみつき、えへへとはちみついっぱいの甘い顔を見せた。

そんな大河の様子に耐え切れなくなった竜児は人目を憚ることなく、大河を抱き上げる。
大河をお姫様抱っこしたまま、唖然とする通行人を無視して竜児は走り出した。
世界でいちばん大切な宝物を手中にした心地良い高揚感に身を任せ、竜児は全速疾走。
竜児の腕に包まれて大河はこれまでにない温かな気持ちに浸っていた。


引越し荷物が十分片付いてない部屋に日差しが降り注ぐ。
南向きの低層マンションの3階が大河と竜児の新生活の場所だった。
大河も竜児も大学を卒業した後、それぞれ部屋を借りていた。
同棲するって言う選択肢も無いわけではなかったが、けじめが付かないと籍を入れるまで同居はしないことにしたのだ。
もっとも週末ともなればお互いの部屋を訪ねあっては泊まっていくのだから、半同棲といってもおかしくは無かった。
やがて結婚が視野に入って来た時、改めてふたりで部屋探しをしたのだが、竜児の主張はことごとく、大河の却下にあう。
竜児としては懐具合と通勤の便利さにこだわってチョイスしてるのだが、大河の意に沿う物件はなかなかなかった。
そんな中、見つけたのがここで、大河は見るなり、ひと目で気に入ってしまい、ここにしよと、太陽の光が惜しげもなく差し込むフローリングの床に寝そべったのだった。
その大河に気に入った理由を問えば、こう答えた。
・・・日差し!
・・・洗濯物、よく乾くよ!
そんな理由で?かと言う竜児に大河は申し訳無さそうに言った。
・・・だって、私のマンションのせいで・・・竜児の家・・・ずっと日陰。
かつて竜児が母親と暮らし、大河と出会った2階建ての借家。
大河が住んでいた高級マンションのせいで陽の差さない竜児の家のベランダは洗濯物の渇きが常に悪かった。
・・・ここなら、絶対、大丈夫。
満足そうに陽の光を手のひらに受けた姿勢で大河は力説したのだ。

そんな成り行きで借りることになったマンションだったが、竜児もすぐに気に入った。
まだ、暮らし始めて数日だが意外に使い易いシステムキッチンなどもあって、なかなかの掘り出し物だと思わざるを得ない。
これなら通勤時間が20分増えた程度の負担は目をつぶれると、竜児は大河の選択を誉めた。

洗濯物はまだ、余り無いが、さっそくとばかりに竜児は洗濯機を回す。
「あ、竜児、洗濯するの?」
「おう」
「・・・ん、じゃこれも洗って」
「任せ・・・って、大河!」
慌てた声を上げる竜児。
「いいじゃない、汗かいちゃったし」
あっけらかんと、大河は手にした布の塊を竜児へ向って投げる。

つい、数秒前まで身に付けていた持ち主の体温をしっかり残したまま、竜児の手に納まるレースの縁取りが付いた小さなショーツ。

竜児の前でするすると穿いていた物を脱いで見せた大河。
「ちょっとは恥じらいをだな・・・」
・・・と、お説教じみたことを言い出した竜児だが、あとを続けられなかった。


横を向き顔を赤らめている大河。
「うん・・・ちょっと、やっぱり・・・恥ずかしかった」
ちょっとだけやって見たかったんだといい訳の様に大河は言う。
恥ずかしさも極まったのか、後をお願い・・・と言い残し、隣の部屋に消える。



物干しに洗ったばかりのトランクスを洗濯バサミで止め、さらに靴下を干そうとして竜児は手を止める。
・・・隣はこれだな。


日差しが降り注ぐマンションのベランダ。
物干しに並んで干される洗濯物。
その中で青いトランクスと白い小さなショーツが隣り合って並んで風に揺れていた。




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