「お客様、ご注文はお決まりですか?」
 チェーン居酒屋にしては丁寧な接客に、竜児は気分良くメニューを指差した。
 自分の凶悪な面構えのおかげだなどとは考えないようにする。
「えーっと、とりあえずシーザーサラダに鶏唐、サーモンのカルパッチョ──」
「竜児、チャーハン! チャーハンも!」
「──と、五目チャーハンでお願いします。」
「かしこまりました。お飲物はいかがいたしましょう?」
「俺はハイボール。大河お前は?」
 少し考えこんでから、大河はオレンジ色の綺麗なカクテルを指差した。
「じゃあ、これ。」
「おう。
 じゃあ、こいつにはミモザを。」
「あ、あの、お客様……」
「初っぱなから甘くないか?」
「いいの! 早く酔っちゃったらつまんないし。初めての2人っきりの飲み会なんだもん。」
「あのー、お客様……」
「ああ、注文は以上です。」
「いえ、あの、……失礼ですが、免許証かなにかお持ちでしょうか?」
『へ?』
 固まった2人に、店員が申し訳なさそうに壁の張り紙を示す。
“当店では年齢確認を徹底しております。”
「……いや、こいつは俺と同級生で、ちゃんと成人して、」
「そ、そうよ! こう見えて私、しっかりばっちりハタチなのよ!」
 ぐい、と突き出した顔はうっすら化粧がされているものの。今日のためにとわざわざ選んだシンプルな生成りのワンピースが、外見年齢をぐっと引き下げていて。
「お客様、申し訳ありませんが……。」
 ──つまり、言えば言うほどよけい怪しい。

「んもぉ! 酔って忘れ物しちゃマズいから荷物は置いてけって言ったの竜児でしょー!?」
「いいから探せ探せ! この分だと俺はともかくお前は店からおん出されかねないぞ!」
「もーやぁーだー! 免許もないし保険証なんて持ってきてないし!」
「後はなんだ? パスポートか!?」
「なおさら持ってるわけないじゃん!」
「だよなぁ。だいたい俺たちまだ学生なんだから、身分を証明するものなんて学生証くらいしか──……あ?」

『それだ!』

「……お待たせいたしました。ハイボールとミモザです」
「おう」
「どーも。」
 大河にまだ納得のいかない視線を向けながら、店員がグラスを置いて去ってゆく。
「──見た? あの顔!
 ぜーったいまだ疑ってたわよねっ。」
「まあしょうがないんじゃねえかな。
 未成年の飲酒は社会問題だし、ああまで徹底してるんなら逆に安心だ。」
「じゃあ竜児は私と居酒屋に行くたびに、同じ目に遭ってもいいって言うんだ?」
「うっ……。
 そ、そりゃあちっとは煩わしいけどよ。学生証忘れなきゃいい話じゃねえか。」
「……もし忘れてつまみ出されたら?」
「そんときゃ一緒にファミレスにでも入りなおすさ。」
「ほんとに?」
「あったりまえだろ。酒を飲むのが目的なんじゃねえ。“お前と”飲むのが目的なんだ。」
「……えへへ。」
 顔を寄せ合い、おでこをコツンと合わせると、竜児はそのままキスしてしまいそうになるのを必死にこらえた。ここではさすがにまずい。
「おわっと、ぬるくなっちまうな!
 乾杯しようぜ、乾杯!」
「ぶー。」
 明らかにチュウしようとしたタコ口のまま、しぶしぶグラスを掲げる大河。
「それじゃ、初めての2人飲みに」

『乾杯!』

 ミモザを美味しそうに味わう恋人の、ほんのり色付いた頬を見ながら。
 次は個室のある居酒屋にしようと堅く心に決めた竜児であった。



     終



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