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「えへへへへ……」
大橋駅を降りて家路につく途中、したたかに酔った大河は上機嫌。
都心のターミナル駅前で待ち合わせ、チェーン居酒屋で初めての2人飲みをした帰りの電車
ではなんとな〜くわざとらし〜く「おっとと」なんてよろけて竜児につかまったりしながらこ
こまで来たが、どうやらそれでも本人的には相当セーブしていたらしい。
「だいじょぶかあ?……つか本当に酔ってんのかあ?」
「それはもお、べっろんべろん♪」
んーーーーと頭を竜児の胸に預けながら寄り添ってるのは実に恋人らしい甘えっぷり、では
あったけど両手でベルトをガシっとつかんでるのはどうしたわけか。
本当に足元が定かではないのかもしれないし、酒癖、というやつが常軌を逸していてこのま
まうおりゃーっとフィッシャーマンズスープレックスかなんかで綺麗にブリッジを決めてやろ
うと企んでるのかもしれない。そんなんで怪我でもしようものなら自分はともかく大河の方が
落ち込むだろうと、竜児は余計な気をつかう。
「ほい、竜児、あっちあっち」
「こっちだよ帰るのは」
「んーーもう、……酔っちゃったから夜風に当たりたい」
「ああ、そっか。もう涼しくなってきたしな。遠回りして帰るか」
「そそ。土手行こう、土手」
「おう」
国道から逸れて、静かな住宅街を抜けて、飼い犬にいきなり吠えつかれてうおう!とふたり
でびっくりして歩き、手を取り合って斜面を登ると夜風が渡る土手のうえ。
大河は「ちょっと寒い」と言いながら腰に回していた片手を竜児が羽織ったパーカーのポケ
ットに突っ込み、反対側の手をどうしよう?こっち冷たくなっちゃうとばかりにぴらぴら振っ
て見せる。
そんなに寒くねえだろ、とか野暮なことは言わない。ぴったりとくっ付いた大河の背中越し
に腕を回して、生成りのワンピースごと抱きよせ、手のひらを捕まえた。
「これなら普通に歩きやすいわ。うん。なんかダンスのエスコートみたいで」
「お前の方がな。足踏まないように気ぃつけないと」
「そこはとっさにあんたがリフトするのよ」
「バレエかそりゃ、さすがに片腕じゃ持ち上がんねえよ」
「だいじょうぶっ!タイミング合わせてぴょいーんとっ!」
「ああ跳ぶな跳ぶなっ。酔いざましなんだろ?かかとちょっと高いんだろ?生まれて初めての145cm越えだろ?」
「うん。そうして生まれて初めてのお持ち帰りをされるのも目前に迫って……どっきどき……くふふ」
「色っぽいなあ。けどどのみち一旦は同じトコに帰るんだから。酔いさましたらちゃんと送ってくぞ」
「けっっ、女心につれないやつ!」
「やっぱり酔ったふりだったか。急に足取りたしかにw」
立ち止まって、「まあお前の気持ちもわかる」と向き直って竜児は腰をかがめ、大河は少し
だけ背伸びをして。トトッと、少しだけ千鳥足になってもちゃんと支え合っているから心配は
要らない。
竜児のきちんと守ってやろうとする気分は、微かな酒とファンデーションの匂いと、触れた
柔らかさに押し退けられていくようで、なるほど、どっきどきだ。
一緒にうちへ帰るだけなのに『お持ち帰り』と呼ぶだけでこんなに特別なことになるのか?
それとも、酔っているせいか?小さな手に肘をぎゅっとつかまれて、なにかのスイッチが入り
かけ……。
やおら響いてきたのは、きゅうぅぅぅ〜というおなじみの音。
「『あら?』ってカオしてんなよ」
こんな時にいつも思い出すのは「脂身のところ、食べてくれる?」という声、いつだったかの、あの表情。
「飲みだからって食いものセーブしなくても良かったのに」
「セーブしてたんじゃないよ。なんかね、不味くはなかったけどもの足りなかったの。なんか食べさせて」
「おう?シメか……ご飯もので軽くて……お、そうだ。茶漬けどう?」
「えーーー?なんか料理らしくないじゃん」
「ぬか床の底にさ、たしかいい具合に酸っぱくなった茄子ときゅうりがあったからさ」
刻んでオカカとスリゴマ乗っけて、一切れ塩コンブも置いて、苦く出した熱っつい茶をかけて。
そこまで聞いて、ぐきゅるるるぅ〜ともう一度。
「あらまたハデに鳴っちゃった。早く帰ろ?いただきますっ」
「気が早え、まあ、酔い覚ましにお茶漬けさらさらはいいよな。俺も食いたくなってきた」
一瞬の恋人らしさもどこへやら。川沿いにぐるっと遠回りする甘甘計画も酔いざめご飯への
飽くなき欲には勝てず、ふたりは土手を途中で降りて、一路高須家へと。
普通に手をつないで、心もち竜児を引っ張りながら大河はこっそり思う。ハタチにもなって、
ちょっと恥ずかしいから面と向かっては言いにくい。
これはこれで、ある意味お持ち帰りなのよ。
〜おしまい〜
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