10

「おう大河。どうした?」
「えへへへ。ちょっとお邪魔しまーす」

 見ると袋を提げていて、中身は下の売店で買って来た缶チューハイにカクテル。ははーん、
上は上で女子飲みをするつもりなんだなと竜児は読んだ。

「持ってかなくていいのかよ。寄り道してると温ったまっちゃうだろ?」
「うん。カードキー、さっき間違えたみたいで」
「ああそっか、オートロックだもんな」
「うん、それで北村くんと交換しようと思って、上まで行って降りてきたんだ」
「ん?だって中に櫛枝と川嶋いるんだよな?ノックして開けてもらえばいいじゃねえか」
「あー、ん〜〜、まあ……ね」

 なんかドンドン叩くのって……なんか……ね?ばつ悪そうにもじもじ、くねくねと。そんな
様子の大河は正直言ってかわいい。つい何でもわがまま聞きいれてやりたくなるのだが、それ
とは別に、竜児にはそんなことで回りくどく北村を待とうという発想の方に、またお嬢様っぽ
さを感じて可笑しくなった。

 ――俺んちでふんぞり返っているときにはそんな態度みせないくせにな?

 まあいい。意地悪くつつく趣味はないし、だらしないのとお上品なのとが入り混じっていた
って誰の迷惑になるわけでもない。なんといっても、部屋にはいったときのメランコリーめい
た気分で、竜児は誰彼かまわず優しくしてやりたい気まんまんだ。

「じゃあ、とりあえずそれ冷蔵庫に入れとこうな」
「う、うん。……あの……軽ーく、一杯飲まない?」
「ん?おう。じゃ軽ーく。な」

 買い物袋から、どれがいい?と訊いてライム味のチューハイをひと缶出し、残りを部屋に備
え付けの冷蔵庫に仕舞う。卓袱台の茶器入れからガラスのコップをふたつ取り出して酒を注ぎ
分けた。

「ほい、乾杯」
「うん、乾杯」

 チンと合わせてひとくち呷る。そして大河はコップをもったまま、膝でにじり寄ってきても
たれかかった。

「……北村が帰ってきたらどうすんだ?俺やお前は恥ずかしくないかもしれねえけど……」
「うん。ちょっとだけ。竜児分を補給しないと。ふひひ」
「そうか。……そういや俺も欠乏してたかもな?なに恥ずかしいこと言わせて」
「いいからいいから」

「テレビ点いてて、なんかうちにいるのと変わらないね」
「あー。ちょうど同じような時分だもんな。なんか習慣っていう感じで」
「うん。落ち着く。……ちょっと部屋が広いけど」
「女子部屋の方は12畳だろ?」
「なんでだろう?あっちは別に広すぎない」

 自分が優しい気持ちになっていたからか、竜児にも大河の考えてることがなんとなく伝わっ
てきた。用があったからついでにいちゃいちゃしたい、で、北村のことも心配。


 一杯飲み終えたタイミングで売店の袋を提げた北村が戻って来た。ああやっぱりこっちにい
たのか逢坂、カード間違えたから女子部屋まで往復して遅くなった。……あ、無駄足ふませち
ゃったみたいだね、ごめん。……いやいや何でもない。逢坂もここで飲んでいくか?……あー、
うーん……。
 大河は二人の顔をちらちら見比べて、ううんやっぱり上に戻ると言う。

「こっちはこっちで忙しいの」
「おう。買い物袋忘れてるぞ」
「ありがと。はい北村くん、カード」
「おう。こっちが逢坂のカードだ」
「……ん?そういやオートロックのはずだが。北村、いまここのドアどうやって開けた?」
「ああ高須、スリッパが挟まっててな。閉まってなかったぞ」

 お前かよ……大河はそっぽを向いてぴゅーぴゅー鳴らない口笛。じゃねっ♪と言い置くと逃
げて行った。


 差し向かいでコップ酒……と言っても別に酔いたいわけではなかったから、北村が買ってき
た地酒は多くない。ふたつ注ぎ分けたら小瓶は空になった。なにかつまむものをと竜児がさっ
き同じ売店で仕入れた土産の野沢菜を切り、ちびちびやっていたらポツっと。

「難しいもんだ。高須」

露天風呂でのつづきを話す気になったようだった。

「会長の話じゃない……かといって俺の話だけでもない」
「おう」
「向かう先が厳しい、ということでもなく……」
「うん。野沢菜くえ。結構うまい」
「おう、すまん」

 ぱりっと噛んで、北村は続ける。夢をどうやってかなえるかだ。時間はかかるがグリーンカ
ードを取得して、エアフォースなりマリーンズなり、軍関係の仕事に就いて……。

「そこまで考えているのか……」
「走り出せばいろいろな事もわかってくる。やはり永住権は重要だ。だがな」

 その辺で考えが違うのもわかった。会長は未だ学ぶ身で最短距離を行こうとするなと言う。
夢はアメリカ国民になることじゃないんだからJAXAも視野に入れろって言う。しなやかな
考えで、それはとてもよく分かる……。

「何度も話してな。俺も意地張ってことさらにジムトレーニングに熱中したんだ」
「なるほどな。軍を考えて出来ることから、か。……友人ができなくてってのも?」
「ああ、まあ、嘘だ。一度にいろいろ聞いて焦っていたのかもしれん」

 そうか北村……竜児は親友の語りに耳を傾け、思いを馳せた。なんとなくだが、表向きの理
由を装わねばならない気持ちも分かって、夕食のとき味わったものと同じ酒を含み、香りとと
もに喉をすべり落としてみる。

「会長さんはやっぱり先輩ってことかな?」
「……そうだな。お見通されってやつで、そんな中でピクニックに誘われたんだよ」
「うん……お前の言いたいことが少し見えてきた」
「わかってくれるか」
「おう。俺だって、たぶん似たような気持ちになるときはある」


「ほう?どんなときだ?」
「帰宅が遅くなって、大河が夕めしのしたく済ませてくれていてな?それが美味かったときとか」
「はっははっ!おまえたちらしい。なるほどなあ」

 美味くて、嬉しくて、ありがたくて。でも少しばかり追い立てられるような?……そう、そ
うだ。北村ほど大層な話じゃねえと思うけど、気分は似てるだろ?……いやいや、同じだろう
大きいも小さいもない。

「導く方に立ちたい、って思うのは男ならではの欲求なのかも知れねえって、ときどき思う」
「高須もだったか。うん。話して良かった」
「こればっかりは好きな女には知られたくねえっていうか、な?」
「うんそうだ。うっかり主張したらさいご、馬鹿にするなって思われてしまう」
「ん?おうっ、そうか。……それで叩き出されたんだなお前。ぶははっ!あ、悪りぃ」
「なんのことだー高須。それじゃまるで夫婦喧嘩じゃないかー」

 否定しながらもにやにや顔で、北村は残り少なくなったコップをかかげ、竜児もそこに軽く
合わせて澄んだ音を立てると、ぐいっと飲みほした。

「俺はさ、大河にときどきそんなような主張しては半ギレされてるよ」
「……知られたくないんじゃなかったのか」
「そうなんだけど、思っただけでわりとすぐバレる。あーもうしょうがねえ言っちゃえみたいな」
「ああ、勘が鋭そうだからな、逢坂。小さなケンカをちょくちょくか?」
「おうつまんないことでな。お前もそうしてみたらいい」
「うん。いいこと聞いた。戻ったらやってみよう」

「まず走り込みからか。今までの北村じゃねえ、北村2.0だって見せつけてやれ」
「おう高須。ソフト部に顔出してOB風吹かせまくってやる」


(北村くんが走り込みするんなら応援に行こっかな)
(後輩虐待とかなにやらは捨て置けない企みだねえ?あたしにとってもかわいーい後輩だもん)
(ばかくせーからやめとけっつーの。汗くさいのに巻き込まれるよー?)

「……賊がいる。高須」
「そうだな。つかその言い回しはねえ。江戸川乱歩か?」

 つと立って行った竜児がすーーっと障子を開けると、見知った浴衣姿3つ、息を殺して佇ん
でいる。へへへ……ニヤついた実乃梨に、ひゅーひゅー鳴らない口笛の大河、背後で嫌そうな
亜美と、音も無く上がりかまちに潜んでいた。

「おまえら立ち聞きとは趣味が……ん?オートロックどうやって?」
「あー竜児、スリッパ挟んでおいたから」

 仕込んで行くなよ……。てへっ。こんなこともあろうかと……。

「せっかく集まれたのに別々に飲むのもねってわけで、軽ーくやらない?お、野沢菜あるじゃねえか!」

 飲むもん買ってきたよーと実乃梨が追加の袋を掲げて遠慮もなしに上がり込み、狭い方の部
屋で宴の続き。竜児と北村は男同士の秘密は置いておくも迎え入れた。



 そっちはそっちでもう軽く出来上がってんな?勢いで、そろって覗きにやってきた。そうい
うトリックってわけだ。

「たきゃすきゅん、名推理だ!」
「普通それしかないような気がするが」
「んーー部屋が隣同士のままだったらこの性犯罪は成立してないわけよねー」
「せ、性犯罪って言う?ばかちー、ゆうっ?」
「あたしら男の部屋に夜這いかけてんじゃーん?どっからどう見てもまごうことなき」
「は、はははは鼻血でそう」

「そんな心配は要らねえ。俺は固くて有名な竜ちゃんだから」
「そうそう。固い固い」
「下世話だ逢坂。俺のイメージを壊さんでくれ」
「『綺麗でストレート』合ってるんじゃねえか?」
「女子がそういう下品な事を言ってはいかん」
「たわば先輩、女の子に幻想を持ち過ぎですよー」
「誰がたわば先輩だ、ベンジャミンじゃなかったのか?いや俺はあくまでも鰯水でありたいっ」
「北村くん、レオナルドレオナルド」

「でー?いいかげん真相をおねーちゃんに言いなさいよ祐作ぅー」

 さっきからすでに目の座っていた亜美が北村を睨みつける。

「バレバレなんだからさあ」
「お、お姉ちゃん?……あーみん&北村くんはそーいう関係の幼馴染だったのー?」
「うむ。話は寛永年間に遡る……」
「そんなには遡らねえよ」
「亜美はおれの兄貴が……兄貴っていっても会長じゃなく実兄の方だ。好きだった時期があってな」
「ほおーーっ、ばかちーにそんな初恋が!」
「小学生のころよっ、あんたの倍は愛らしかったんだから亜ー美ちゃーん♪」
「まあその頃だな。甘ったれわがままなおまえが急に姉貴風吹かせ始めたの」
「あたしの黒歴史はどぉーでもいーぃ〜。……のよ?」
「あーみん、かわええのう〜。いやあお酒はひとの口を軽くするね」

「さっき高須にはもう話したんだが」

 ごく自然に目配せ。男の友情は堅い。

「ほんとは痴話げんかじゃなくってな。会長とは先々の進路で揉めて頭冷やせって追い出されたんだ」
「あら、まー。そーなんだぁ」
「ど、どどどどどうすんのさ北村くんっ!?」
「ああ櫛枝。もちろん夏休み終えたら帰る。謝って部屋に入れてもらうよ」

 あ……高須くんと話せてもう済んでたのね?分かりやすい顔に亜美はなって、ふぅん、それ
ならべつにもういいのかー。いいんだけどー。少し残念そう。

「まあそんなわけだ亜美。心配してくれてありがとうな」
「べっつにー。心配なんてしてねーもーん」
「それに高須と逢坂見ていて納得が行った。『二人で迷えばアホも利口もない』その通りだな」

 ああ、昼間の伊那上郷駅でたしかそんなようなこと言った。竜児も、大河も思い出す。ふた
りの間では、よく確認しあってる珍しくもないことだが、北村の役に立ったのならそれは良か
った。


「おう川嶋。悪かったな。出番とっちまって」
「ううんいいんだよー高須くんならー。ゆーさくだって男同士の方が話しやすいしー」

「ばかちー……酔ったふりしてずうずうしいよ」
「だぁってぇ〜肩の高さがちょうどいいんだもん」
「竜児にあんまりくっつくんじゃないっての……」
「んん?じゃーあんたの方にするーぅ」

 んーんたーいがぁ〜♪すりすりすりすり、まさちゅーせっつ。んにゃーっ!?あついあつい
ばかちーあついっ!ほっぺあっつぅいーーっ!

「ほへーっ、あーみん熱烈だのう〜お酒はひとを狂わせる……まるで萌えアニメのようだっ♪」
「いっしょに酒飲んだことないから知らなかったが、亜美って甘え上戸だったのか」
「なーんとなく予想はついてたけどな」
「あーみんの黒歴史が、またいちぺえじ」
「櫛枝はケロっとしてるじゃねえか?もしかして酒つよい?」
「うん。最近判明したところによると、あたし丈夫みたいだよ?」

 腕をグッと曲げて筋肉を浮かせ、腹を押さえるとネコ型ロボットの声真似で、これが「あい
あんればぁ〜」つづいて亜美にハグられて暴れる大河を指差して、実乃梨は「そんでもってぇ、
あれがアイアンストマックだ!」と。

 そんな感じで賑やかに、一部は隠れた人格を垣間見せて夜は更けていった。


 ふっと、竜児は目を開けた。枕元の携帯を見ると午前4時前、まだ夜明けにはほど遠く、豆
球の灯りだけの室内では北村が寝息を立てている。夏の終わりとはいっても山あいで、一日の
うち最も気温が下がる時間帯とあって少々肌寒さを感じ、浴衣の襟をかき合せた。

 ひとしきり仲間と飲んで、寝る前にもうひとっ風呂〜♪と連れだって帰って行く女子たちに
酔っての風呂は軽く浸かるだけにしとけとたしか声を掛けた。宴の後片付けをして、缶や瓶も
ゆすいで分別し、茶を入れたあとまた北村と少し話して早々に寝た。酔いも抜けて、うん、覚
えている。
 そうして本格的に目を覚ましてしまい、窓際に立って外を眺めれば家々の灯りも消えていて
空は暗く、世の中で起きているのは自分だけのような錯覚にとらわれる。

 ――いま寝直すとこんど起きたとき眠そうだな?

 こんなとき自宅なら気に留めておいた場所を掃除したり、調べ物をしたりもできるのだが、
あいにく旅先では……お、そうだ。湯に入ろう。
 たしか24時間入れたはず。頃合いを見て清掃は入っているだろうが、この時間なら済んで
るだろう。夜の雰囲気の方が良さそうだったし、経験しないで帰るのはもったいない。それで
明けてきたらその辺をぐるっと散歩でもして夜明けの山並みを眺めて……。
 できたら大河と……とも一瞬思って打ち消す。さすがにあいつだけ起こすのは難しい。

 竜児は静かに丹前を羽織り、ううんと寝がえりをうっている北村を起こさぬよう足音を忍ば
せてそっと部屋を出た。廊下をたどり、階段を降りて、シャッターが下りている売店の横を通
って大浴場へと向かう。

 明かりは煌々と灯っていたがだれもいない。ただ流れる湯の音だけが響く内湯を素通りして
ガラス戸を押しあける。布団から起き上がったときは肌寒いと感じたが、季節はまだ夏、外気
に触れてみてもそれほどでもなく、涼しいと言えるくらい。


 露天も貸し切りだった。
 想像したとおり、昼間よりこじんまりして見えた。灯篭の間接光に柔らかく照らされて、岩
がそこかしこに影を落とす湯に竜児は足を踏み入れて真ん中まで進み、腰を下ろすと全身を伸
ばした。ぬるめの湯が沁み入るようで、ああ〜〜っ気持ちいい〜っ。
 天を仰ぐと屋根のないところから満天の星が見えた。落ち着いて眺めようとそのまんま這っ
て移動し始めたら、女湯の方から誰か露天に出てきた気配がした。

 えへん。向こうも誰もいないと思いこんでいたらいたら驚くかもしれねえと、マナー意識か
ら軽く咳払いをする。そうしておいて、早起きな人もいるもんだとゆっくり仕切りで目隠しさ
れた部分に這い戻る。

「あれ?……竜児」
「おうっ?」

 仕切り伝いに歩いてきた女湯の客は、大河だった。もちろん裸ではなく湯衣をまとっている。
夕方と同様、竹垣の端からひょいっと顔だけ覗かせていた。

「覗きは高くつくぜ?」
「ちがうちがう。咳払い聞こえたから竜児だって。……年寄りくさ」
「ほっとけ。マナーだろ」

「それはそうか。ね、そんなとこにいないで星見よう?こっちも誰もいないし」
「おう、そうだな」

 ちゃぷ……ちゃぷ……奥の突き当たりまで歩き、互いに少し離れて湯に身体を沈める。表面
がつるつるした岩に預けた背が妙に心地いい。ちょうど良くツボに当たるのかも知れない。

「起きちゃったのか?」
「うん、なんかフッと」
「夕べだって入ったのに風呂好きだったんだな」
「それもあるけど。夜の露天がすっごくいい雰囲気だったから教えたくて」
「そうか。俺とっとと寝ちゃったからな」
「うん。もう一回よく眺めとこうと思ってさ……ねえ?」

 もうちょっと……こっちに来なさいよ、などと。
 遠慮がちには聞こえるが、ふたりきりの安心からか、大河は舞い上がったり拗ねたりを込め
ない声で呼び、竜児もはだかとはいえ湯衣を着ている気安さで、尻を浮かせてはちょっとずつ
カニあるき。混浴部分の中央やや女湯よりで、肩を軽くぶつけて並んで浸かる。

「へへへ……混浴初体験」
「ああ、いいもんだ」
「あ、またひとつ夢かなっちゃった。竜児といっしょに足を伸ばせる広いお風呂に入る」
「あれって『そういうデカい持ち家を!』って遠大な夢だったんじゃねえの」
「そうでもあり、こうでもあり、なのよ。……いま気づいたけど」

 くくっと竜児は忍び笑い。なんだそうか。

「じゃ、これからもたま〜に温泉旅行しよう」
「うん。……そうそう竜児、ほら、星すごい」

 灯篭の明かりに邪魔されぬよう目の下に手をかざせば空にたくさんの星。部屋の窓からなら、
あのぼんやり滲んでいる天の川もくっきり見えるのだろう。大橋ではこんなに見えないし、湯
につかったまま見上げられるのは、竜児にはとても贅沢なことと思えた。
 傍らで見上げる目には何が映っているんだろう?と今でも思う。


「板長さん……かっこよかったね」

「へえ?ああいうタイプが好きなのか」
「ばーか。職業ってこと」
「そうだな。包丁一本って感じで……ああいう人生もあるんだって思ったな」

「料理人って……なんかいい。ね?竜児も目指してみたら?」
「興味はあるけど……いまやってる勉強とはなんか繋がんないぞ?」
「うん、まあ。そうだよね。つまり……割烹着っていうの?あんたが着たらかっこいいなって」
「コスチュームだけでいいんなら着てみてもいいな。機能的だし一着あっても」
「そういうのとも違う。うーん、なんて言うか?なんか……」

 もじもじもじもじしながら、なんかさ……目も合わせずに大河は続ける。

「おいしいもの作ってる真剣なあんたがすき。……すてき……っていうことっ!」

「……頭突きなしで言ってくれよ」
「……軽いじゃない」

「……ありがとな。お前がそんなふうに見てくれて。なんていうか……嬉しい」

 頭突きのまま肩に乗せられた頭に手を置いて。どうしたことだろう?とっくに酔いはさめて
いたはずなのに、急に回ってきてるような気がしてならない。こんなときに照れ隠しも余計と
知りつつ、だから口をついて出てしまう。

「たださ、仮に俺がそういう道に進んだとするだろ?」
「うん?」
「お前は客として来ないとその姿は見られないんじゃねえか?」

「お?あ?ああ、そっか。……そうね。どうしよう」
「それよりさ、ずっとお前専任の料理番として雇っておいた方が……良くねえ?」
「…………………………そ、……そう……ね」

 竜児はにごり湯のなかで漂う小さな掌を探し、出逢い、そうっと握ってしまった。あぶない
あぶない。他に誰もいないと言っても一応は公共の場と分かっていたつもりなのに。

 その手が握り返されたときに、また何度でもわかる。

 もう何百回と繰り返した、この世界にふたりいるという確かな感覚。触れ合わせた肩越しに
見つめられて嘘もつけなくなり、その目に吸い寄せられ、光る唇へと顔を寄せていくと、大河
も僅かに顔を上げて受け入れようとする。

 そして。


――つづくっ!


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