よく晴れていて、だからこそ冷え込みが厳しい冬の朝。高須竜児はなかなか朝ご飯を食べに
こない逢坂大河の部屋を訪ねてインターフォンを鳴らしたが、反応はなかった。

 実家の都合で遠方に引っ越して一年が経ち、高校卒業後、再びこの大橋市で進学のため独り
暮らしを始めた彼女の部屋は、竜児の家から歩いて3分コンビニ寄って10分わき目もふらず
走ったら信号待ちを除いて1分40秒と、お隣さんではなくなっても相変わらずご近所さんで
あって、かつてとさほど変わらない暮らしを取り戻している。
 一つだけ変わったのは、いずれ華燭の典を迎える仲であることをお互いに深く了解し合って
いる点だが、まあ、外形上はあの頃と大して変わりゃしない馴れ合い生活。

 片付かねえ、しょうがねえ、とか。言い訳しながら冷めてしまったご飯をタッパに詰め直し
て、ほとほと自分は甘くできていると呆れはしても、むしろ朝寝坊で起きない大河を起こして
ぶうぶう文句を付けながら食事をする機会など久しぶりで、楽しみの方が先に立つ竜児は入る
ぞと近所迷惑にならない程度に声を掛けて、ポケットから探り出した合鍵を差し込んで回す。
 婚約者の部屋に静かに上がり込みながら、どのみち叩き起こすというのに寝てる邪魔はすま
いと忍び足の自分に気が付いて少々おかしい。

「なんだ?おい」

 狭い玄関で靴を脱ぐと右手にユニットバス、その先の一角が狭いキッチン。オールフローリ
ングのワンルームタイプが大河の部屋で、その廊下と言える部分に、前に来た時には見た覚え
のないまあるいホットプレートのようなものがでんと置いてある。
 それをちらちら見下ろしながら居室に相当するエリアとの境を仕切っているアコーディオン
カーテンをちゃき……と空けて部屋を覗きこんだ。

 うあ……暑っついな。

 明け方は冷えるからタイマーでエアコンをセットしたのだろう、室内はほとんど初夏のよう
な温度となり空気はカラカラ。入ってすぐのベッドには掛け布団を蹴落として枕から170度
回転した大河が今にも端から落ちそうな仰向けに横たわっている凄惨な現場を目撃する。

 竜児は黙ってピっと。エアコンを切ったらローテーブルに弁当を置いて脇に座り込んだ。傍
らのちっちゃい死体みたいなのは暑いのと頭に血が上るので鮮やかなバラ色の顔色で苦しげな
表情をしている。
 この有様では二度寝三度寝当たり前〜な状況なのだろうが、暑さにムカついて意地になって
寝ているというのが読める。あとちょっと寝乱れたパジャマ姿がエロ可愛いくてじっくり眺め
ているのはもちろん本人に対しては内緒で、へその形がいいんだよとか妙にマニアックな鑑賞
モード。

 しばし眺めたら、外を歩いて冷え切っていた両手で、大河の頬を挟みこんだ。

「ひ……ひぇやらぁぁぁん、あ、冷たくて気持ちいん」

 反射的につかんだ掌と甲とに、すりすりほっぺた擦りつけて冷たさを堪能、やがて大河はぱ
っちりと目を開く。あらおはよ、なんて悪びれずふへへぇ、お愛想笑い。で、それが済んだら
また眠り姫に戻ろうと。
 
 こら寝るなもう日が高いんだから洗濯して掃除していろいろと、第一寝坊してると夜ねむく
なんねえぞ。竜児は矢継ぎ早に説教混じりで起こしにかかる。
 うっさいなあと布団の端をつかんでくるくる巻きモノとなり抵抗する大河。食品のため埃を
立てたくなくあんまり乱暴な手段をとれない竜児はとっとと餌をぶら下げることにした。

「卵焼き、甘いのと明太子入りと二種類、あるぞ?」


 もぞもぞしていたロールケーキ状の布団がぴたっと動きを止め、ちょっと考えた様子ののち
逆に回転して解け、中身がころんとベッド下にまろび落ちた。

「なによ、そういうことは早く言いなさいよ。ふぁ〜〜〜ぁ」
「でかいクチだな。なんか懐かしい。拳入るかも……あ痛ぇっ!」
「私だってね、いろいろ忙しいの。たまには睡眠不足の解消が必要なの!」
「明け方まで起きてたとしてももう足りてる。汗かいたんなら風邪ひくぞ?それとも先にメシにするか?」
「ご飯。着替えたりなんなり埃立てる前に済ますものは済ます!」
「おう、そうしよう。俺も実は腹減って腹減って」
「先に食べとけばいいのに……」
「馬鹿言え。お前の顔見ないで食うメシなんか旨くねえ」

 レンジで順次温めてローテーブルに広げた朝ご飯を済ました午前10時。お茶をすすってほ
っと一呼吸つくと、いい?掃除とか洗濯とかあんたはしなくていいからゴロゴロしてなと言い
置いて大河はシャワーを浴びに行った。

 とは言え、竜児は所在無げにごろごろするのなんて最も苦手としている性分だ。響くシャワ
ーの音を聞きながらついマイふきんでテーブルを磨いたりしているうち目に付く埃が気になり
始め、導かれるままに拭いて行くと大河の机にたどり着き、置いてある新年のダイヤリーが目
に止まった。
 来年から手帳じゃなくB6判に変えるんだなと何気なく手に取り、ぱらりと表紙をめくって
しまってから、あ、いけね。これはプライバシーだとすぐ閉じ……る前に表紙裏に書かれた大
河の丸っこい字を読んでしまう。

 逢坂大河、今年の三大ニュース
 1、年をひとつとった
 2、髪が少し伸びた
 3、部屋が散らかっている

 ぶっ。
 試し書きってやつだろう、まだ年越していないから特に書く事も思い付かなくて。それにし
ても普通は十大ニュースのところ4つめ以降が出てこず飽きたとみえる。部屋が散らかってる
て……現在形か?辺り見回してそのまま書きつけて、あそれで気が逸れたんだな?いろいろと
突っ込みどころが可笑しくて、まるで書き込んでいるその場を目撃したかのように竜児のツボ
に入る。

(いや、いけねえいけねえ。見て……ないと)

 元通りの場所に元通りの形に置いて、そんなことには言及しないと誓う。そうすると余計に、
波状的に、思い出し笑いがこみ上げて来るが。

 ぷーとか息をつきながら湯上がりの大河が部屋に戻って来たときに、そういや髪が伸びてる
な、春先に比べたらと気が付いてもう止められなくなってしまい、くっくくっく笑いをこらえ
ながらブローを手伝い始めた。
 当然ながら、大河には不審がられる。

「なに?アタマなんか付いてる?」
「い、いや済まねえ。さっき掃除しててうっかり新年のダイヤリーめくっちまってさ」

 ほらあれ、と机を指差しあっさり白状してしまう。たとえキレられても殴られても構わない
から、面白い事や楽しい事があったら大河と半分に分けあいたいのだ、竜児は。


「こないだ買ったばっかで何も書いてないよ。あれ?書いたかな」
「おう、悪い」
「書いたわ。つまんない事。なんか新品のまま置いとくの落ち着かなくて」
「すまん、ツボった」
「?どこが?」
「髪伸びたんだな……ぶっくくく。いや悪い。ほんとに悪い。これから気を付ける」
「べつにあんたに見られて困ることなんてないけど」

 ……貸しにしとくわ。
 少しばかりムっとして、大河は竜児を睨み上げる。別にプライバシーを盗み見られたからと
いうわけではなく、笑いのツボがズレているのがちょっと不満なのだ。

「ふん。さぁて、こうしている間に時間を有効に使って、お掃除しちゃお」

 ラグに転がっていたリモコンを手に取ると、ピッ。カーテンの向こうでフィーンと微かなモ
ーター音が聴こえてきた。なんだそれ?と背後で髪を手に小分けして梳いていた竜児が大河の
手元とカーテンの向こうを交互に見比べる。

「ん。昨日買ったの。お掃除ロボット『サンバ』。入る時あんたも見たでしょ?」
「ロボット!あれが!」

 ホットプレートかと思ったなどと言いながら腕を伸ばしてアコーディオンカーテンを半分ほ
ど開けた向こうに、LEDを明滅させながら床を動き回る円盤を目撃。ほお?と切れ長の三白
眼をより一層細めて見つめると、「悪い、あと自分でやってくれ」言い置いて婚約者の御髪の
世話を放棄、廊下に行ってしゃがみ込むとサンバの動きを目で追いながら通過した跡を指でこ
すってみたりする。
 うーん、ほう?ほおお?すっかり興味を奪われもう夢中の竜児に対しては、大河、意外にも
ふふん♪と満足げ。そうだろう、昨夜は自分も同じ興奮を味わったのだからモトは取らないと
いけない。ていうか興味の引かれ具合は自分よりも竜児の方が強力だという確信も持てたから
まさに思い通りで、そりゃ部屋が散らかっている、のあとダイヤリーの試し書きなんぞに戻れ
なかったわけだ。

 お?おおおお、とサンバに追いかけられるような形になって竜児は居間へ戻ってくる。

「満遍なく吸い取ってる。障害物も避けてる。センサーとAI搭載だな?」
「アメリカ製よ」

 かみ合ってはいなくても男と女の会話というのは理解しあえるもの。

「床に置いてあるものを台に上げて、あとはスイッチだけだ?」
「アメリカ製だからね」
「俺ら何?追い立てられて逃げ回るのか?」
「ううん。床にマーカー置いてあるでしょ?あれで掃除する範囲を設定できる」

 廊下と居室の境、壁際に置いてある小さなマーカー。たぶん赤外線かなんかでラインを引い
てあるだろうことは竜児にもすぐ分かった。本体はそれを越えてこちらへ来ることなく、忠実
に廊下の掃除を続けている。壁にガンガンぶつかる事もなく寸前で向きを変え、周縁に備えた
ブラシで角や隅を念入りに掃き出しては本体が吸い上げる。

「ほう〜?」
「部屋の掃除に移る時もボタンひとつ。私はベッドの上に寝っ転がる。というわけ」
「へえええええ?」

 ふたりして掛け布団とともにベッドに這い上がって座りこみ、スイッチを切り替えると部屋
に入って来たサンバの動きを目で追いかける。
「ね?こうしてるうちにお掃除完了っていう」「おう。おおおお?」


 得意げな大河はセルフで髪を乾かし終わり、竜児の肩にぽふんと頭を預ければ以心伝心、そ
っと優しく背を抱かれればここはベッドのうえ。湯上がりのいい香りに健康優良青年たる竜児
には抗うすべはなくちゅっちゅっいちゃいちゃウッシッシ。ウシシは古すぎか私。てへ。

 ……とか小さな胸と頭で描いた日曜の昼下がりなのだったが、寄りかかった身体を支えてく
れる腕がなかなか動いてはくれない。あれ?と思いつつ大河が見上げてみれば……いけない、
あれは何度か見た事がある。

 色恋沙汰よりも、金銭欲よりも、家事全般をいかにエレガントにまとめ上げるかたぶん竜児
にしか分からない美意識に取り憑かれた目。
 静かに優しい表情をしてくれるときは好きだけど、世間一般の尺度での竜児のそれは怖い顔
と言っていい。それに比べたら今の表情の方がキリっとして不敵なツラ構えで、惚れた欲目か
も知れないけどイケメンに見えるはず。かぁっこいいと思わないでもないが、決して手放しで
褒めるべき顔でもない。あれは、変態の目だ。

 変態の視線がお掃除ロボットを注視して、口元を吊りあげてへえとかほうとか感嘆の吐息を
漏らしてる。はぁどおしよ?コマセが効きすぎて餌たる自分に魚が食いついてくれない状態と
いうか、うん。はははぁ!釣り失敗!
 多少でも掃除は手を使って心をこめてやるもんだという反発があるだろうと思っていて、こ
んなに変態的に憧れ一辺倒に陥るとまでは予想していなかった。まだまだ竜児と正確に心を一
つにするにはたくさん峠を越えていく必要があると思い知らされて……まあ、うん。

 面白いね。ぜんぜん退屈なんかしない。
 キスしても、セックスしても、きっと結婚してもこどもができても、どんなに距離が近くな
ってもきっとこう。私とあんた。

 肩を抱く片手を捕まえて両手で弄んだ。別にいちいち咎めだてするほどの事じゃないのは分
かってる。ちゃんと今したい事、してほしい事を態度で伝えればいいだけだから、掌をほどい
て、五本の指をひとつずつ握ってみる。
 少し間があったけどそれはきちんと正確に伝わり、竜児は大河に向き直る。即座に竜児は大
河に押し倒されて、初めて気づかずに凶暴な飢えた虎を焦らし続けていた罪に思い至った。
 睡眠欲、食欲と満たされたら次は……なんて女だよと苦笑しながらも思う。でもそこが可愛
らしくてたまらなかったんだ、最初から。


 ひと心地ついた頃までにサンバのお掃除はベッドの下まで二度三度と入念に済まされ、充電
ポイントにおとなしく帰っていた。

「なあ?」
「んー?」
「拭き掃除はやってくんねえのか?あれ」
「それは後で自分でやんないと」
「ちょっと興奮したけどよく考えたら只の掃除機か。幾らするんだ?」
「七万八千円」
「ななっ!……割に合わねえような気がしてきたな」

 うーん。難しい顔をして大河も考え込む。ボタンひとつでお掃除が全部済むような気でいた
からこそ思い切って購入したのだが、水拭きやら障害物の片付けやらを考え合わせるとそれほ
ど手間を省けるってほどでもない。掛かる時間で言ったら、たぶんフル装備でやる気満々の竜
児にやってもらった方が半分で済むだろうし、第一お互いに楽しい。


「ちょっといいな欲しいと思ったけどなあ」
「ね、いいなと思ったのをショウビジネスのチケット代みたいに換算したら?」
「うーん。それでも俺とお前の分で1万円行かないだろ?」
「そうねえ。割に合わなかったわね」
「音が静かだし壁とか傷つけないメリットが1万円ぶんくらいか?あれなら深夜でも掃除機かけだけできる」
「あ、忘れてたけど最初に買おうと思った動機がそれよ」
「まあここに帰るの平日は深夜だけだからな。他の掃除機じゃあ選択できないわけだし」
「なんとかモトをとる屁理屈がないかしら?」
「屁理屈だって最初から認めるのか?」

 しばらく考え込んで、やがて大河はあんたん家へ持って行こうと言いだした。

「モトをとるために!」
「なんでうちの掃除をロボットにやらせるとモトが取れるんだよ?」
「やっちゃんを喜ばせるの」

 なるほど!と竜児も気が付いた。
 母の泰子ならサンバのお掃除風景を二度三度楽しむのは必至。そのぶんだけチケット代換算
項目で得が積算される。普通の掃除機と同じ収支に達したところで大河の部屋に戻せば、少な
くとも心理的には安く良い買い物をしたことになる、というわけだ。

 大河にしてみたら自室のお掃除環境は今までと同様でもなんら不都合がないことに気が付い
てしまったので、むしろ長時間過ごす高須家で活用できた方がいい。戻ってこなくても構わな
いと告げた。

「2センチまでの段差は越えるらしいから大丈夫でしょ。ふすま開け放してお掃除ショウよ!」
「ウチで使わせてくれるのは楽しそうだな」
「よし、さっそく午後いこ!重いからあんた持って」
「おう!」


 結論から言おう。泰子には超ウケた。

 こたつの上を片付けたら布団を上にまくりあげ、高須家のふすまをもちろん泰子が寝ている
部屋も開けてサンバを放ったら、最初こそなあにー?と瞼をこすって訝しげだったが、布団を
避けて周囲の埃を吸い込んで行く様子を見ながら、お?おおおおお、お?とさすが母子で竜児
とそっくりな感嘆声を漏らしながらもっそりもそもそ起き出した。
 居間、竜児部屋、台所から風呂場前に至るまで延々と四つん這いで後を追いかけながら見物
したくらいで、どう見ても竜児や大河の木戸銭より高価なキャッシュバック☆と言える。

「な、なぁぁぁぁにぃ?あれ☆」
「お掃除ロボット『サンバ』だよ、やっちゃん」

 大河が胸を張って鼻の穴をふんと広げる。両手はもちろん腰。

「ほ、ほへえ〜〜☆」
「アメリカ製。使い方はね……」

 取説を広げながら姉妹のように頭を寄せ合うのを見て、こういうのを大団円と言うのだろう
と竜児も満足。めでたしめでたし。


 だが。これで終わらないのが竜虎なのである。



 一週間ほど経って、突然サンバが壊れた。ボタンを押してもモーター音すらしないから相当
深刻な故障らしく、おそらく初期不良製品に当たったのだろうと思った竜児と大河は、保証期
限内でもあることで気楽にメーカーサービスを呼んだ。

「あー、モーター全部焼き切れてますねえ」
「交換っすか?」
「あはは、いやいや。ご購入直後は正常に動作されたとのことですよね?」
「はあ」
「つまり初期不良ではないです」
「というと?」
「重いもの上に乗せて長時間運転されませんでした?」

 黙って後ろから覗きこんでいた大河がついーーーっと視線を逸らすのを竜児は見逃さない。

「サンバは俗に『猫の乗りもの』などと呼ばれておりまして、まあネコくらいならいいんですが」

 泰子がそーーーっと自室に引っ込んで音もなくふすまを締めるのを竜児は目撃した。

「乗って遊ぶらしいんですね。その。こちら様は小さなお子様はいらっしゃらない?」
「あ、ああいえ……今日はちょっと親戚の家に出かけておりまして。そうですか……」
「取説にもですね、ちゃんとご注意がイラスト付きでございまして、はい」
「な、なるほど。そうすると修理は」
「申し訳ございませんが、免責で有償となってしまいます。はい」

 テコテコテコッっとサービスマン氏。慣れっこなのだろうか?手垢のついた電卓を叩いて部
品代など修理費の見積もりを打って竜児に見せる。
 竜児はそーっと大河の顔色をうかがう。
 大河はカクカクとコマ落としのように不審な挙動で、かろうじてふるふる頭を振る。

「うーん。結構掛かりますね。……じゃあ修理はナシで」
「左様でございますかー。どうも申し訳ございませんが、ではこのたびは出張費だけ申し受けます」
「はい……」

「修理されないということで、技術費はサービスさせていただきます。あと向こう3カ月以内
にやっぱり修理という事になりましたら、その際は出張費の方は頂きませんので、こちら作業
伝票の番号をご提示いただければ。ええ。それから些少ではございますが、同型製品を新たに
ご購入ご検討いただけるようでしたら、こちら5%値引きさせていただくクーポンとなってお
りますので宜しかったらお使い下さい。ええ、こちらが使用できる店舗さまの一覧で。そうで
す店舗さまで割引かれた額からさらに5%です、はい。あと……」

 廃棄する場合のユーザー負担の説明を聞いて、自治体のゴミ収集に出すよりメーカーリサイ
クルの方がMOTTAINAI度が少し減りそうと分かり、やはり目配せしあって持って行っ
てもらう事に。

 という顛末で、昨今珍しくなった実直そうな技術社員はサンバを抱えて帰って行った。

「い、いやあ。まあ。なんていうか……ね?」

 これだけバツの悪そうな大河も珍しい。事情も事情だし、渋面の竜児に睨み下ろされてはさ
すがに恥ずかしいと見える。

「うちの小さなお子様、絶対バレてたなあれ……」
「ち、小っさなこどものやったことだから叱らないであげ……た方がいいと思うの」
「お前は何を言ってるんだ」


 つかお前の資産だから別にお前がいいならいいんだけどよ。と竜児のフキゲン演技もここま
で。真相が読めた先刻から可笑しくてたまらなかったところで、肩が小刻みに震える。だか
ら笑うなっつーの!大河の方は本当に少しばかり不機嫌だ。
 そこにすっとふすまが開いて、りゅうちゃぁーんと珍しくか細い泰子の声。

「ごめぇん大河ちゃん☆やっぱダメだったねえぇ」
「やっぱって……お前もまさかっ!」
「大河ちゃんと遊んでたのー。竜ちゃんのいないとき」
「じゃあ大河の掃除機を半分うちのせいで……す、済まん。ごめんな?」

 事情が分かれば笑い事ではなかった。土下座もやぶさかでない。

「弁償するからねぇ?」
「いいよそんなの。そうだ、やっちゃん、あれ見せてあげて」

 大河と泰子が自分の携帯を開いて竜児に見せた。

「ほお?ほーー。ぶっ!くっくくくく……」

 それは竜児のいないとき。ふたりそれぞれにサンバに乗って遊んでる姿を撮った短い動画だ
った。泰子が体育座りの時はほとんど間欠的にしか動かず、代って軽めの大河がちょこんと正
座したサンバはジリジリとではあっても居間の中を動いていた。重心を真ん中に置かないとい
けないらしく背筋がぴんと伸びていて、その真面目くさった感じと、クルリクルリ回りながら
ほぐれてきて嬉しそうに笑い出してく表情も楽しそうで。

「ね?なんていうか……そう、モト。モト取れたからもういい」
「そうか。ま、こんな顔できたんだからいいのか」
「うん」

 画面は上下に揺れていて見づらいし、音もついてないけれど、撮っている泰子も大笑いして
いるのが分かる。
 それはまるで遊園地の乗り物、そうコーヒーカップのようにも竜児には思えて、急に。

「でもなあ大河、俺すねていいか?」
「あんただけこのお笑い空間にいなかった恨み?」
「おうそうだ。ひとのオフクロとずいっぶん楽しそうじゃねえか」
「いずれ私のお義母さんでもあるんだし、いいじゃん」
「良くねえ」
「まあまあ、二人とも仲良くしよーよ☆」

「別に仲悪くねえ、ちょっとすねてるだけだ。……そうだ」

 揃って泰子にハグされて、例によって大河はちょっと苦しいのだが、緩んだところで竜児が
思い付いたように言い出した。大河の脳天に泰子の額に順繰りに軽く頭突きを入れて、それは
恥ずかしそうに。

「暖かくなったらでいいからどこか遊園地に行こう。……つかお前ら俺を連れてけ」

 ネタだとばかり思って受け答えていたら竜児がマジすねていたでござる。
 大河はくっと吹きかけてしまう。やっぱり……おもしろい。


「いいよ。……と言いたいとこだけどまあ無理ね」
「なんでだよ」
「あんたが連れてくのがスジに決まってるでしょ」
「いつからそんなこと決まったんだよ」
「すっごい昔、宇宙は無だったのね?そこにビッグバンというのがあって……」
「おいおいおいおい話そっから始めんのかよ、50億年かかるだろ」
「……」
「無視すんな」

 ニコニコしながら言い合いを見守っていた泰子が、竜ちゃーん、大河ちゃんの気持ちも分か
ってあげなきゃー、ふたりで行っておいでーとまとめにかかる。お……ん……と口ごもった竜
児もその辺が落とし所なのはよく分かっている。だいたい家族そろって遊園地で遊ぼうなんて
頃はとうに過ぎているわけだし。

「よし、じゃあこうしよう!」

 でもその辺の空気を遮ったのは大河だった。「やっちゃん、連れてって?あんな面白いの竜
児だけ知らないのはやっぱ可哀想」「そうだねえ☆じゃ、三人で行こっかぁ」「うん!で、そ
れとは別の日、竜児は私を別の遊園地に連れてく。これで公平。三方一両得ってやつね」

 どうよ?得意げな大河を見て、それお前が一番得だよなーと思ってはみるが、別に泰子も俺
もなにか損するわけでもないので竜児は突っ込むのをやめた。自分の子供じみた希望も取り入
れられた事だし、まあ、楽しみなのは間違いない。
 そして。


「モト取るどころか、大もうけよ!いい買い物しちゃった!」

 大河もひたすらいい気分なのだった。



〜おしまい〜


※サンバに乗って遊んでる大河を想像するための参考動画



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