「おう?」
 不意に顔を上げ、鼻をひくつかせる竜児。微かに漂う甘い香りはどうやらすぐ隣からのもののようで。
「なあ大河、お前……」
「何ー?」
 そっけなく応える大河だが、その瞳は僅かに期待に輝いて。しかし、
「シュークリームでも食べたか?」
 続いた言葉に一瞬で失望に曇る。
「……そうよね、あんたはそういう奴だったわよね……」
「おう、何がだ?」
「何でも無いわよ。
 あのね、香水代わりにちょっとバニラエッセンスをつけてみたの」
「? 何でそんなこと?」
「おしゃれよ、おしゃれ」
「はー、女子の考えることはわからねえなあ……」
「竜児はこういうの、嫌い?」
「そんなことはねえっていうか、むしろ好きだけど……これ、バニラだけの匂いじゃねえよな?」
「え? 別に他には何もつけてないけど」
「いや、バニラとは違う匂いが確かに……」
 くんくんと匂いの元を捜す鼻先は、次第に大河の首元へ。
「ちょっと竜児! 近い、近いってば!」
 ぺろっ。
「ひゃぅっ!」
「……やっぱり甘くはねえな」
「あ、当たり前でしょ! 人間の体が甘い味するわけないじゃない!」
「お、おう、そうだよな。人間に甘い所、なんて……」
 ふと視線を上げれば、そこには小さくて柔らかな唇が。
 そして気づいたのは、竜児を惹きつけてやまないこの香りが、大河自身の――



「そうだばかちー、ありがとね」
「はぁ? 何よ突然」
「ほら、この間教えてくれたじゃない。バニラが昔は、その、び、媚薬として使われてたって」
「ああ、あの与太話……って、まさかホントに試したわけ?」
「……う、うん」
「で、ひょっとして上手くいっちゃった……とか?」
「…………ぇと、それは、その」



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