6

 唇が唇を、ついばみあうようなキス。
「竜児……」
「大河……って、おうっ?」
「うう〜っ!」
 大河はいきなりえぐえぐと泣き出したのだからたまらない。なんだなんだ? またやっちまったか俺? ここ、キスするところじゃなかったのか? 認めたくない若さゆえの過ちなのか? 坊やだからなのか? 竜児はあわてふためいてティッシュを出して、
「こわかったんだもんっ、私だってっ!」
「おうっ?!」
 大河はそんな竜児の首に抱きついてきたものだから、これでは涙も拭けやしない。大河の首筋からたち上る香にも似た匂いに、ずっとそこに鼻をうずめていたい欲望にかられながらも、竜児はなんとか大河にかけるべき言葉を探りあてる。
「そ、そうか、ごめんな……おまえもこわかったんだな」
「ちがうのっ!」
 わあもうわけがわからない。
「私があんな……すごくなって。竜児が引いちゃったんじゃないか、って……」
 こわかったの……と、大河の声の最後は消え入りそう。
 なるほどと、ようやく納得できた竜児はつい、苦笑して、
「ばーか」
 言ってやる。竜児の首筋に涙と鼻水を塗りたくっている大河の小さな頭を、正面に引き据えて。汗で張りついた前髪をわざわざよけてやってから、額で額をコツンとしてやる。
 涙で濡れた頬をぷくっとふくらませて、なにやら不服そうに上目遣いに睨んでくる大河の、
「ばかじゃないもん……あっ」
 左目の涙の跡にキスをする。
 右目の涙の跡にキスをする。
 そうして竜児は、ちょっと迷ってから、いちおう言ってみる。
「……なあ、鼻水もキスで拭いていいか?」
「やめてよ変態っ!」
「俺は変態で結構だよ。おまえにしか、しねえし」
 とはいえ当人の意思は尊重して、大河に鼻水だけはティッシュにちーんさせる。ちーんさせながら竜児は語りかける。
「……そりゃ俺だって驚いたさ。死んじまうんじゃないか、なんて一瞬思ったし。でも、べつに身体は大丈夫なんだろ?」
「うん、平気……」
「それで……大河は、その……気持ち、よかったんだろ?」
「う、うん……す、」
 すごく……と、大河はまた消え入りそうな声で。なんで不服そうなんだおまえは。
「愛しくてたまらなくなったよ、俺は」
 はっとして、大河は顔を上げる。
「ひょっとして竜児って、派手にイク娘が好み?」
「は、派手にって、おまえね……」
 派手に、イク。まったく予想だにしない言葉の組み合わせ。だけど、まあ、なるほど、大河のアレを、言い得て妙というか、たんに妙というか……あれ俺なんかちょっと感動的な告白をしたはずなのに、大河はなんか俺の隠された恥ずかしい性的嗜好について訊いてきているような……?



「答えて! 竜児は、派手にイク娘が好みなの?」
「おう、そ、そうだな……まあ、ど、どちらかと言えば?」
「煮え切らない男ねあいかわらず……ま、いいわ。引こうが引かれまいが、つきあってもらうから。パンツ脱ごうっと」
 竜児の予想をはるかに越える急展開。これが手乗りタイガー、逢坂大河だ……てかちょっとまておい!
「おう、パ、パンツ?!」
「そこに反応するんだ。まあやらしい男」
 なにぼーっとしてんのよ、しっ、しっ……と、大河は片手をひらひら、本当に犬でも追い払うように竜児を下がらせて。ふたたびふとんを首まですっぽり。
「おう……」
「なによ。まさか目の前で脱ぐと思ったの? ほんとどうしようもないわねこのエロ犬は……」
 などと罵声も快調な大河は、うんしょうんしょとふとんの中でもぞもぞし始めた。
 やがで何かの仕掛けのように、竜児からは遠いほうのふとんの端が持ち上がって、そこから一応は丸められたパジャマが、ぽんと畳の上に転がり出る。これはぜひともたたみ直さねばと竜児の双眸が死兆星のごとく妖しく光る。たぶんその中には、大河の、パパパパンツがががが、とか思っているようで、実際にはやはりその中には大河のパパパパンツがががが……。
「じーっと見るんじゃないよこの目からエロビーム放射メイドっ! それに触ったら殺すからね」
「おうっ!?」
 叱られた。
「ねぇ竜児、そこ」
 と、大河はふとんから右手だけ出して竜児の方を指さす。
「おう、なんだ?」
 俺の背後でも指さしているのかと、首だけまわして振り返ろうとして、
「勃起してる」
「おう、なんだ勃起か。俺の後ろに今のところ勃起は無いよう……いやんっ!?」
 竜児は股間を隠して女体化した。
 大河が指さしていたのは竜児の股間、正確に言えば寝巻きがわりの膝丈短パンをひたすらに盛り上げ続けている、つまりなんというか手乗りドラゴンの方だった。
「見ないでっ」
 いまいち女体化が解けきれてない竜児に、大河は眇めた目つきでニヤニヤと、
「なーにを今さら。さっきからずっと見えてたんだよ、スケベな子だね……」
 隠さなくてもいいじゃないか、クックック……なんて、対抗するかのように声音まで低くしてエロオヤジ化。そういえば、大河を抱き起こしたあたりから、竜児はすっかり股間を隠すのを忘れていたのだった。それにしても、俺が女であいつが男で。ボクたち一体どうなっちゃうんだろう……なんて、竜児は大河との将来に新たな不安を見出しかねない勢いだったのだけれど。
 そんなふうに将来はおろか性別も見失いかけた竜児を、もう一度ちゃんと男に戻してくれるのは、それでもやっぱり大河なのだった。
「やだやだ竜児たら、そんなに勃起させて……私のこと、犯したくてたまらないのね?」
 犯すとか、そんな趣味はないはずの竜児なのに、その言葉に反応して股間はびんっと漲ってしまう。ずっと見ていたくなる恥ずかしそうな大河の可愛い顔が、ずっと聞いていたいその可愛い声がいけないのだ、と竜児は思う。そして、
「来て、竜児……犯して」
 そう、大河に、まっすぐに両手をさしのべられて、まっすぐに求めてこられては、竜児に抗えようはずもないではないか。
 こーいこい、ほれ、苦しゅうない、近う寄れ一休……と、ふとんをめくってぽんぽんと誘う大河は、どうやら今度は足利義満になっていたのだけれど。竜児は思わずにはいられない――
 おまえは追い出される虎の方じゃねえのかと。





  7

 頬こそ赤らめている違いはあれど、大河のこの表情を竜児は知っている。ねぇ竜児、私いいもの見つけた!――これはそういう報告をする時の大河の顔。
 で、だ、
「こ、これくらい細ければ大丈夫かも!」
 ふとんの中、竜児の股間を手探りしていた大河が言った一言がこれ。
 細い細い細い細い細い細い……。
 ひっ、と、声にならない息を喉から漏らした竜児の脳裏に渦巻くのはそんなエコー。えもいわれぬショックのあまり古来まれという悲死も間近の竜児は、しかし、意識をブラックアウトさせるぎりぎり手前のところで気がついた。
 俺のが握られている感触が、無い。
「大河おまえ……何を握ってるんだ?」
「何って、やだ。竜児ったらどこまで超々々弩級ドドドドエロ戦艦なの。さすがの私もついていけるか心配だわ……うん、でも、私、ずっとついていくって決めたんだったね……竜児ったら、ほんとにえっちで、ひどいんだから……い、い、いいい言うぞオルァ! 覚悟して聞くがいいっ。わ、私がぁただいま握りましたるわあっ、りりゅりゅ竜児の、ち、ち、ちちち、ちん、ちん、んんん……んんんっ? んちっ?」
 インコちゃんになった大河がいいかげん可哀相だから言ってやる。
「お前の握っているのは高須棒だ」
「あらやだ。竜児の言葉責めってそういうマニアックな方向?」
「言葉責めじゃねえ。事実だ」
 そう言ってから竜児も、ふとんの奥に手を突っ込み、下だけはいてる自分の寝巻きのポケットに。
「えっ、竜児のって外せるの?!」
「外せるかボケ。いいかげんその手を離せ」
 ボケって言ったボケって言ったよフォ、フィアンセに今ボケってこいつ……などと、婚約後も快調な自分の罵倒は棚に上げ、イチゴミルク色の頬をぷくっとをふくらませ薔薇の蕾の唇もつんと突き出し、大河はぶつぶつと不平を漏らしている。
 そんな大河の目の前に、竜児はほれ、とふとんからそれを取り出し、
「高須棒」
 つきつける。誓って淫語などではなく、高須家特製掃除用具の方である。
 大河は大きな瞳も寄り目に、次いでジト……っと眇めて竜児を睨む。
「……なんでこんなもん持ってんのよ」
「おう、まだあるぞ?」
 てか暑ぃな、やっぱ……と竜児はひとりごちして、ふとんから出て身を起こす。ふとんに入っていたのはわずかな間だったのに、大河に裸に剥かれた上半身は汗でべっとり、下の短パンもトランクスごと湿ってなんだか気持ち悪い。それはともかくと竜児はポケットの中身を取り出す。
「これはさっきおまえにちーんさせたティッシュだろ? で、これは絆創膏。部屋でもどこでも傷を作るおまえの特殊能力用のキズパワーパッドだ。で、これがおまえの胃腸薬。三剤併合、夏の海からこのかた欠かせたことはねえ。頭痛薬も当然ある。おまえのアレルギーにはもちろんひっかからないから安心しろ。チーカマ。突然かつ謎のおまえの不機嫌の主原因ハラヘリ能力対策。真空パックで常温携帯も安心、3日たったら取り替えるつもりだが、たいがいその前におまえの胃袋に納まっている。まだあるな、これは……おうっ? どうした大河、なぜ急にしがみつく?」
「ぜんぶ出せ馬鹿」
 ポケットから竜児があれこれ出すさまを、みるみる顔を真っ赤に染め上げながらいまいましそうに睨んでいた大河は、唐突にふとんを跳ねのけて竜児の胸板に顔をうずめるように抱きつく。



 大河の背中を流れるように隠す淡色の髪はふんわりと途中で左右に割れて、反って細くくびれたミルク色の腰の向こうには、ちいさいくせに女らしくぷるんと丸くて白い尻まで見えて。竜児の目は吸いついて離せなくなる。なぜか湧き出た強い罪悪感を梃子にして、竜児はなんとか視線を大河の尻からもぎ離し、ごまかしの声も上ずらせて。
「お、俺は汗かいちまったから、かっ、髪が濡れるぞ?」
「ほんと、竜児ったら汗でべたべた。気持ち悪い」
 ほんと、気持ち悪い……と、大事なことなので二回言いましたとでもいうのか、そのくせ大河は竜児の胸板にぺとぺとと頬擦りなんぞしてくる。竜児の見下ろす目にもわかるほどうっとり目蓋を伏せた、その時。
 不意に大河の瞳はかっと見開かれ、獲物を見つけた猛禽の眼になる。なぜまたそこで虎の本性が、とこちらは襲われる草食動物の気持ちになって、嫌な予感を抱いた竜児の見下ろす視線と、見上げる大河のらんらんと輝く瞳がばったり。大河はいらやしく、にやあり、と、
「獲物発見伝っ!」
「おうっ!? まさかそこは駄目ん……っ」
 親友直伝のアホ台詞とともに竜児の乳首をパクリ。ちゅーちゅー吸って、んべろんべろと小さな舌で大河は竜児の乳首を男のプライドごと乱暴に舐めたてる。そしてちゅぽんと音も高らかに口を離した大河は、
「やだやだしょっぱい」
 とまずは味の感想で軽くジャブ。続けざまに、遺憾にも勃起した竜児の乳首を眺めてストレートに一言、
「ほら、やっぱり黒レーズン……」
 そして仕上げはアッパー、見上げて、ニヤリと。
 ほんとうの悪魔がそこにいた。竜児が真珠とか言った仕返しなのだった。どっちが言葉責めが趣味なんだ……呆然と竜児は思う。何? 大河に舐められた俺の感想? ノーコメント。しいて言うなら、くやしい、でも感じちゃ……いねえよ! い、いないんだからねっ!
「ちくしょう……もう可愛いとか言ってやらねえ」
「えーっ!? これでおあいこなんだからいいじゃない」
「もう言わねえ」
「……じゃあいいもん、べつに……竜児ってほんと意地が悪い」
 意地が悪いなのはどっちだよ……と竜児は思わずにはいられないけれど。ぷくっと頬をふくらませて拗ねてみせる大河はやっぱりどうにも可愛い。言ってはやらないが。しかし、そうか。
 竜児に可愛いと言われて、やっぱり大河は嬉しかったのだ。大河の天邪鬼につきあって長い竜児には、そんな反応の裏もいいかげんお見通しで。なによりやっぱり、そのこと自体が竜児には嬉しくてならない。
「……やっぱり駄目。言って」
 そしてこれだ。今や大河はただ天邪鬼一辺倒ではなくて、素直におねだりさえしてくるのだ。これがまたなんとも凶悪に……凶悪だ。
「やめないで。やめちゃ嫌。言って、竜児、言って」
「……可愛いよ、おまえは」
「うん……っ」
 不意に大河は何かに耐えるように目蓋を閉じて、ふるふるっと、二たび三たび、震える。その震えもやがておさまり、そして。
 大河は潤みも新たにした星散る瞳で竜児を見上げる。えへへ、と泣きそうな顔で照れ笑いする。
「おかしいでしょ……? おかしいの、私の身体。竜児に可愛いって言われると、こうなるみたい……身体が勝手に反応しちゃうの。おへその下のあたりが、ずきん、って、なるの。ずきんって、甘くて、切なくて……切ないのに、何度も欲しくって……何度も欲しくなるの。えっちな身体……やんなっちゃう」
 変態さんだよね、これじゃあ、はは……なんて笑って、なのに大河は涙をぽろりとこぼす。
「竜児がいなくなったら、どうなっちゃうんだろ。竜児に可愛がられなくなったら、私、きっと……」



「いなくならねえし、可愛がるのもやめねえ」
 馬鹿なことを言って泣いている大河の頭を抱きしめてやる。つむじまで愛しい娘の髪に鼻をうずめて竜児は、馬鹿なことを言ったのは俺じゃないかと悔やむ。やっぱり意地悪だったのは俺の方だと反省する。言ってはいけない残酷な冗談というものがあるのだと、また大河に教えられる。けれど竜児も、自虐をしゃぶって大河を見失うような馬鹿を重ねたりは、もうしないのだ。
「俺こそ、おまえの中毒になっちまいそうだよ、大河。可愛いくせにえっちとか、反則もんだぞ?」
 大河は顔を上げたけれど、そこに律儀なふるふるが来て、竜児にその時の表情を晒してしまったことにも気づかない様子で、
「……ほんとう? 中毒に、なってくれる?」
 哀願してくる。
「おう、てかもう、中毒、かもな」
「……ほんとう?」
 声を低くした大河はなんだか瞳まで眇めて、疑り深い。
「おう、本当だって。婚約者の言うこと、信じられないのか?」
 竜児はキメたつもりだったのだが。
「じゃあ証拠見せて」
「おう? 証拠?」
「これが証拠なんでしょ? 見せて」
 大河は竜児の胸板から身を起こし、下を指差して、これ、と。
「お、う、そ、れ」
 つまり、竜児の股間で布を盛り上げているそれが、これ。
「さっきからもう気になって仕方がないのよ。私がふるふるってしたら、竜児のここ、ぐっ、って、ふくらむの? 持ち上がるの? よくわかんないけどそんな」
 大河よりも顔を真っ赤にした竜児を、まっすぐ見つめて指摘する。
「みみみ見てたのか? て、てか、そうだよ、証拠つかんでんならもういいんじゃ」
「つかんでない。私まだ触ってもいないし」
「いやつかむってそうじゃなくてだから」
「見せて」
 まっすぐなご依頼に絶句した竜児は、
「見せて。婚約者の言うこと、聞けないの?」
 逆に大河にキメられてしまう。





  8

 おまえに股間を見せる前に、言っておきたい事がある。かなり微妙な話もするが、俺の本音を聴いて
「……えいりあん?」
 ない。未来の夫婦の危機を避けるための、大事な大事な竜児の股間白宣言も、大河は「まだるっこしいっ」の一言で片付け、竜児の短パンをオルァと下げて、びょんとバネのように鎌首をもたげたそいつとご対面。大河は異星人と第三種接近遭遇するシガニー・ウィーバーになっていた。
「エイリアンじゃねえ」
 剥く時は剥く女、大河の行動にあっけにとられた竜児も、かろうじて事実だけは指摘する。実際のところ、エイリアンは男性器の形をモデルにデザインされたとかで、大河の見立てはわりと正鵠を射ていたのだが、そのことを、今はまだ、竜児も大河も知らない。だけどいつかは、きっと見つけられる。そういうふうになっている、映画の歴史は。
 大河は、おびえるでもなく、嫌がるでもなく、顔色こそ赤く変えたままだけれど、むしろ新しいペットと思わずご対面した子どものような目つきで竜児のナニを眺めている。というか近すぎて、ちょっと寄り目になっている。
 ともあれ無事に相棒を紹介できた、というか剥き出された竜児にしてみれば、ひと安心ではあった。
「まあ、エイリアン、でも。まあいいや、うん。ショックとか、引かれたり、馬鹿にされるなんてよりは、ずっとま……」
「無理」
「し……え? むり?」
「無理無理無理無理無理無理無理っ! 絶対絶対ずぅえええ――――――――っっっ、たいにっ、無理っ! この馬鹿変態洋ピンドスケベ淫獣教室っ! こんなっ! こんなこんなこんなモンであんたっ! ああああんた私を殺す気かあぁああぁ――――――――っっっ!」
 叫ぶ大河は両目もぎゅっとつぶって、淡色の髪もわっさわっさ、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌っ、と首をぶんぶん振りたくる。存分に振りたくった後、大河はぴたりと止まって俯いて固まるのだからまた怖い。
 あああだから俺の股間白宣言を聴いておけ、と。いや聴いてもこれはどうにもならねえのか、と。竜児はまたも目の前が真っ暗。心の世界の車窓から、ひたすら広がる無限の闇を眺める旅人になりかける。今日はナニヲコイビトニメッチャキョヒラレからお送りいたします……なんて落ち着いた声のナレーションまで聞こえてくる。
「……なんて、言うと思った?」
 そんな意地悪大河の声まで聞こえてくる……あれこれリアル? と心のロケ地から現実へと帰ってきた竜児に。
 憎らしいほどの間をおいて顔を上げた大河は、ニヤリと。
 つまりはからかわれたのだった。意地悪な太陽の光で心の闇が追い払われるのが、竜児にはなんだかいまいましい。ああだけど、それなのに、
「おっきい、ね?」
 なんて照れながら言って、ふにゃんとした微笑みにかわる大河の上目遣いに、そんないまいましささえ吹き払われる竜児はいまや恋の奴隷だった。
「おう、そ、そうかな?」
「うん、おっきい……他の男のは知らない、けど……あいつの、しか」
 そう、大河は、最後にさも余計なものという感じで付け足した。
「あいつう!?」
 聞き捨てならないとはまさにこのことよと、竜児の凶眼がくわっと見開かれる。焼く、そのあいつをナニごとソレして焼き尽くし、ついでにこんな世界もアレして焼き尽くし、ただひとり三光の化身である我こそが殺し、焼き、奪い尽くすことを許されているのだと、大河を小脇にかかえて西の果ての至高の山頂から宣言するのだコレ! などと、紫光を猛り放つその双眸はここに来てついにドンピシャで竜児の思いを語りつくす。



「やだ竜児、あれよ、その、バ……お父さん。子どものころ、お風呂で」
「おう、そうか俺ちょっとお前の親父を殺してくる」
「もう、りゅーじっ、たら!」
 もちろんそれは冗談で。冗談の冗談みたいなもので。
 本当に許すことはまだ出来ないとしても、それを冗談にすることはもう許せていて。
 そんなちょっぴり危うい賭けも二人でなら乗り越えられたのだから、今も二人はクスクスと笑いあえるのだった。
 そして竜児は自分のものに視線を落として、話を戻す。
「……そうだなあ、俺も、他のやつのは、この状態のは。比べあったことなんかねえし」
「そうだよね……あったら、いかがなものか、だもんね」
 比べあったらどういかがなのかはさておき。つまり大河の言うおっきいは、他の男のと比べた相対評価ではなくて。きっと、むしろ、大河の……。
「おっきいね……うん、竜児の」
 しげしげとそれを眺める大河の不思議と穏やかな視線が、愛情あるものであって欲しいと竜児は思う。とはいえ小柄で華奢な大河、頭も身体も小さな大河は、たぶんきっとそこも小さいはずで、だからやっぱり厳しいのではないか……などとも思い至って、竜児は複雑な気分になる。中断ということも、考えに入れるべきではないのか。
「裂けちゃうかも、私」
「おう、それは……やっぱり、今日は」
「あ、すごい。ちょっと小さくなったみたい。ふうん、デリケートなんだ……ウチの駄犬とは大違い」
「うるせえよ……って、え、ちょ、ちょっと待て。おまえ、口をすぼめて、なにする気だあひゃっ」
 大河は薔薇の唇を蕾のようにすぼめて、ふーっ、ふーっ、と竜児のそれに息を吹きかけてくるのだからたまらない。竜児も変な声を出してしまう。
「ちょっ、おまえっ、はおっ、ひっ、火を起こすんじゃ、ねえんっ、んっ、だからっ」
 しかし結局、やっぱりそれはある意味、火起こし、ではあった。
「あ、おっきくなったよ? ほら、竜児、ぐっ、ぐっ、って」
 なんて大河も嬉々として報告する。そして目蓋を伏せて、
「へえ、おっきくなると嬉しいんだ、私。不思議なものよね」
 独り言めいたことを言う。
「嬉しい、のか?」
「うん、嬉しい……竜児は、ふーっ、ってされると、気持ちいい?」
「おう? うん、まあ、たぶん……」
「ぐっぐっ、って、おっきくなると気持ちいい?」
「あーそれはだな……まあ、気持ちいいというか、切ないというか……」
「そっか、切なかったりもするんだ。なんかわかる、気がする。うん、まあ、でもわかったかも。竜児が気持ちいいから私も嬉しいんだね、きっと」
「大河……」
「やめないよ、私」
 大河はまぶしいほどにまっすぐに見つめてくる。
「だから竜児もやめるなんて言わないで。最後までして。ね、竜児……私にこれ、ちゃんとハメて。最後まで……して」
 ちいさな耳まで真っ赤にして、薔薇の唇をふるわせながら言いきる。大河の言葉に竜児は脳天まで痺れてしまう。
「……あっ、また、ぐぐってなった。やらしいったらないわ」
「やらしいって、おまえね……おまえのせいだぞ」
「私、裂けてもいい。竜児だったら」
 その言葉の怖さがそのまま愛になってあふれかえる。竜児はまた胸がいっぱいになって、その名を吐かずにはいられない。
「た、大河……」
「でもやっぱり裂けるのは嫌よね」
「た、大河……どっちなんだ?」
「竜児だって、嫌でしょ?」
「おう! そりゃもちろん」
 おまえが傷つくなんて嫌に決まってる。それが心だろうと身体だろうと。それは竜児のほんとうだった。
「だから拡げてね?」



「おう! ……って、拡げ、る?」
「うん、拡げるの、竜児が」
「拡がる……のか?」
「らしいよ? じゃなきゃ……まあ、いいや。拡げて?」
「ひ、拡げるったって、何で……へぶっ!ぷおっ!」
 何か使えそうなものはないかと部屋の中を見回す竜児の頬に、大河は往復ビンタを見舞っていた。竜児は思わず涙目して頬を押さえる。
「なぜ二回……」
「馬鹿っ……指で拡げてよ、竜児の」
「おう、指って、この指でか?」
「その指に決まってるでしょ……あっ、ちょっと、や……っ!」
 目の前に差し出された竜児の指を見て、大河の身体が不意に跳ねる。薄い胸を両腕で抱えるようにして、困ったように眉根をひそめて瞳も眇め、ぶるっ、ぶるっ、と震える。
「りゅ、りゅうじの、すけべっ。こんな、私見て、興奮して、る、でしょ。ぐぐっ、って、おっきく、して……はあっ、やばい、目閉じよ……」
 いま襲ってきたら許さないからね……なんて言って、大河は目をつぶって、痙攣がおさまるのを待つ。口も閉じて、ふっ、ふっ、と鼻だけで喘ぎを漏らす。
 おまえ可愛いすぎるぞ……と、大河の様子を見ていた竜児はつい、そう呟きかけてあわてて自分の口を手でおさえる。ここに可愛いとか言うのは、追い打ちもいいところではないか。
 やがて震えもおさまったところで、大河が発した第一声は、
「というわけですよ」
 なぜか慇懃無礼に丁寧だった。
「おう……な、何がだ?」
「まあ、やられっぱなしなわけですよ」
「うん……うん?……うん」
「きっと私、竜児に拡げられてるうちに、もう駄目になると思うのね……そこでうなずくな」
 駄目になると思う、のあたりでつい竜児の股間がうなずくように反応してしまったのを、大河が叱る。叱るどころか、
「おう、すまん・んんんんんんんん――――っっっ!?」
 大河はいきなりそれを握っていた。
「ねえこれ触ってもいい?」
「しっかり握ってから言うなっ……おう……っ」
 返事をした竜児はもう必死だった。というのも、
「痛い?」
「い、いや、痛く、ない……その逆、だ」
 大河の右手に握られた竜児のそこからすさまじい快感が生じて、尾骨から脳天へとそれがひっきりなしに走りぬけるのだ。どうしてこんなに自分の手とは違うのかと竜児は驚きながらも、まともに目を開けているのも辛い。歯を食いしばらなければキモい喘ぎ声が出そうだった。
「その逆……じゃあ、気持ちいいんだ」
 大河が竜児の顔を覗き込む、ほほえむように瞳を細めたその表情は、いたずらを楽しんでいるようでもあり、そしてなにより、まだあまり見たことがないような優しさにも満ちていて。それがいっそう、たまらない恥ずかしさを催させて、つい竜児は目をそむけてしまう。
「竜児……可愛い」
「馬鹿っ、可愛くなんか、ねえっ! クソっ、仕返しなんか、しやがって……っ」
「仕返しなんかじゃないもん! ……ねぇ竜児、気持ちいい?」
 そう言って大河は、握ってゆるめてを繰り返してくる。
「うわっ、そんな……気持ちいい、ってか、すごいんだよ……大河、おまえの手、なんなんだ……クソっ」
 こらえきれず、竜児はとうとう目をぎゅっとつぶってしまう。
「私の手? 手は私、わりと普通だと思うんだけど……ちっちゃいけど……ねぇ、竜児?」
「な、なんだ、よ……っ」
「竜児の腰、くいくいしてる」



「嘘っ!?」
 叫んで、竜児は目を開けて、愚かなことに自分の腰を見下ろして確認しようとする。当然、意識された腰は止まっていて、初めから動いてなかったかのようにしか見えない。
「やめちゃ駄目っ」
「動かして、たのか? 俺、腰」
 つい訊ねてみたものの、大河は真剣な面差し。とても辱めとも嘘とも思えない。しかし無意識に腰を使っていたなんて、そのこと自体が恥ずかしすぎた。竜児は血ものぼせて顔を熱くする。
「意識してなかったんだね」
「ああ、たぶん、勝手に……」
「ん。私も、そうだったもん。……馬鹿だな、私」
 言わなきゃよかった……と、声も消沈させて大河は悔いていた。しょんぼりと。
「気持ちいいと、腰が勝手にそうなるんでしょ? 竜児が気持ちいいの、私、とめちゃった……」
「そんな顔するな」
 恥ずかしさなんて、吹き飛んでいた。沈んだ大河をどうにかしたくて、ミルク色の頬を撫でてやる。親指で眉根を撫でて、悔いのひそみを消してやる。笑っておくれと微笑んで、頬に添えた手で導いてキスをする。大河が瞳を閉じる。
 もう一度キスをする。薔薇の蕾の唇を唇でついばむ。蕾はほぐれて、薄い小さな花びらのようになる。愛しくてまたついばむ。大河は瞳を閉じたまま、長い睫毛を美しく震わせている。
 そうしてそっと唇を離して、竜児は大河が瞳を開けるのを待つ。
 上手く出来ただろうか、と竜児は思う。キスなんて上手くなくたって、かまわなかった。ただ大河の笑顔が欲しいと、そう思う。大河は頬も桜色に、ゆっくりと瞳を開けて。
 竜児を見つけて、そして大河は微笑んでくれた。
 報われる。俺はおまえの喜びのために上手であればいい、と竜児は思う。大河の上手にさえ、俺はなれればいい。
 そして微笑んだ大河は、こうも言ってくれるのだ。
「竜児のキス、大好き……」
「おう……嬉しいよ、大河」
「ね、もういちど……」
 ねだる大河が瞳を閉じて備える前に、竜児はその唇にキスをする。大河が瞳を閉じるのを見て、今度は竜児も目蓋を閉じる。可愛いよ、と唇をついばむ。
 唇を逢わせたまま、大河の唇にそっと舌先をあてる。ふっ、と大河は可愛く鼻から興奮の息をもらす。唇の花弁がわずかに開いて、大河のちいさな舌が竜児の舌を迎えてくれる。高鳴る心臓が竜児の舌を震わせる。
 胸の真珠にしたように、大河の舌先をくるりと舐めてやる。大河の舌は逃げない。その手が竜児の性器をきつく握ってきて、快感が爆ぜて竜児の尾骨が震えてしまう。大河の可愛い舌を唇で吸いたてて、自分の舌にのせるようにして口の中に招き入れる。ちいさな舌を一生懸命に伸ばして大河が喘ぐ。
 大河の髪にくしけずるように指を入れて、細くて熱いうなじを抱き寄せる。大河の甘い舌を吸う。口の天井と舌で包むようにしてやる。境い目が溶けて消えた唇と唇の間で、大河の舌の裏側を舐め上げる。おまえの性器もこうして吸うんだよ、と竜児は思う。おまえの性器もこうして舐めるんだよ、と竜児は思う。応えるかのように大河は腰を跳ねさせる。
 竜児はそっと腰を使いだす。大河の手をおのれの性器で犯す。おまえの性器もこうして犯すんだよ、と竜児は思う。意識が快感を支配する。竜児は舌先を硬くして、大河のちいさな口に突き入れる。硬くした自分の舌を大河にしゃぶらせる。舌を伸ばして何度も突き入れる。おまえの性器もこうして犯すんだよ、と竜児は思う。



「ふっ! ふっ!」
 ほら、きっと大河にも伝わっている。可愛い鼻息も荒くして、可愛く腰を何度も跳ねさせて。
「くうん……っ」
 虎なのに、子犬のように鳴く。とうとう口を離すように開けて、大河はわずかな隙間で喘ぐ。竜児はまだ大河のうなじを抱いて離さない。唇が触れるか触れないかのところで、竜児は大河の伸ばした舌を下から舐めあげる。大河は舌を嬲られるまま喘いで声を出す。
「はっ、はっ、えう……ら、らめ。らめぇ……っ」
 竜児は目を開けて、そしてようやく大河のうなじを解放してやる。離れ際に大河の舌先を舌先で舐める。わずかに開いた大河の薔薇の唇から、桜色の舌がのぞいたまま、震えて取り残される。
 大河は瞳を開けると、少し驚いたように目を見開いて竜児を見つめる。その瞳のはたからは甘い涙をぽろぽろとこぼして。大河は喘ぐことも、跳ねる腰もまだ止めることができない。
「ふうっ、ふうっ、りゅ、りゅうじ、ひどい……えっち……っ」
 きっ、と睨もうとするけれど、喘ぎに口を結ぶこともできない。
「そんなやさしい顔、したって、だめ、なんだから……私の、こうして舐めるぞ、って……私の、こうして犯すぞ、って……はあっ……竜児の、へんたいっ、えっちっ、スケベ犬……っ!」
 責めて、竜児を見つめるのにも疲れたのか、とうとう大河は震えながら俯いてしまう。
 そんな大河の様子を見て、さすがに竜児も反省しないではいられない。愛しさのあまりしたことだけれど、ちょっとやりすぎだったかと。その時。
「キラン……」
 俯いたまま、大河がつぶやく。嫌い? いや、きらん? きらん、てなんだと竜児は思う。なんだか嫌な予感がする。はたして大河は、
「真・獲物発見伝」
「わあちょっと待てそこはあほおぉおおぉぉん…………っっっ!」
 すっと獣の動きで身を伏せると、握った持ち手も変えて竜児のナニの先っぽに――
 ちゅううううううっ……っっっ!――強烈過ぎるキスをくれた。てかなんか吸われた……先に俺の性器が吸われたんだよ、と竜児は涙目で思う。
「ねぇ竜児っ、ここの先っぽなんか透明な蜜みたいの出てるの! キスしていい?」
「だから吸いきった後に訊くんじゃねえ!」





  9

「大河、おまえ……つるつる……?」
「ちゃんと生えてるわボケがっ!」
「おう……っ……っ……っ……」
 ごつっ、と。
 竜児は至近距離からの大河の頭突きを食らった。瞬間、飛んだ意識は屋根を突き抜け、星またたく宇宙へと――



 それは銀河系のどこか、というかここ。かなり、かなり近い時の物語。
 竜児は左腕を、大河の頭の後ろにしいてやっていた。人の世に言う腕枕、添い寝状態である。大河はそれだけでめちゃめちゃはしゃいで、本能なのか、ぐりぐりとうなじを竜児の腕に擦りつけてマーキング。うっでま〜くら、うっでま〜くら♪ などと、即席の腕枕ソングまで歌いだす始末。
 はてさて、ふむ。この元気な動物をどうしたものかと思った竜児は、キスをして大河のアホ歌を止めたのだった。ついでにちっこい耳の匂いも嗅いで、キスしてやった。
 するとなんだか、大河のどこにもかしこにもキスしたくなった。竜児が触ってないところなどひとつも無いように、したくなった。大河の額にかかる髪にキスして、髪をかきわけて額にキスした。胸を隠す手をとって、雪色の指のひとつひとつを撫でた。引き寄せて、ひとつづつキスした。舐めて、しゃぶってやると、大河がまた腰を跳ねさせた。その顔を盗み見たら、どうしよどうしよ、と竜児にすがる時の表情をしていた。
 すべてが愛しかった。
 大河の首筋、耳の後ろのあたりに顔をうずめて思いっきり匂いを楽しんだ。キスして、宿り木のように細い鎖骨にキスした。胸の先の真珠だけでなく、大河はすべてが宝石なのだった。りゅうじ、りゅうじ……と、自分の名前を呼んでくれる宝物だった。
 月の光を吸って自ら光るもののように燐光を放つ、大河の美しくなめらかな腹筋を撫で下ろしながら、俺の手がこんなものを触って良いのかと、竜児は思った。だが口にはしなかった。たぶん、きっと、良いのだ。なぜなら大河が許しているから。大河がそれを望んでいるから。ほかの何よりも、自分よりも大切なものを、ひとはたぶん真実と呼ぶのだ。だから大河が竜児の真実だった。大河がすべてだった。
 ああ、それなのに。
 大河が竜児の手をとって、「竜児、いいよ……私の、触って」……そう言って竜児の手を、ひときわふくらんで丘となっている大河の股間に導いた、その時に。なぜか竜児は言ってしまったのだ。
 つるつる? と。そう記録にはある。
 そして竜児は大河の頭突きを食らって、今に至る――



「もう一度その言葉を言ってみな……抜くぞ」
 なにを抜くの!? と、宇宙帰りの竜児は痛む額をさすって怯えながらも、現にそうだと言いたくてたまらない。やっぱり大河を越える真実だってあるのだ。
「いや、だっておまえ……実際つ……」
「『つ』ぅうう〜〜? つ何だオルァ! 言ってみろいっ!」
「つ……いやなんていうか、すべすべで」
「同じじゃあああ――――いっっっ! もういい、やっぱ抜く」
「抜かないで!?」
「ちっ……惚れた弱みにつけこみやがってこの婚約者づれが……ほら、ちゃんと見てよ! 生えてるでしょ!?……ちゃんと見るな――――っっっ!」
「どっちなんだよ!?」
「……もう、ほらっ! 手、貸して!」
 大河はまだ額をさすっていた竜児の手をひっつかみ、ここじゃいっとばかりに自分の恥丘へと押し付けて、そして左右にこするように導く。
 ……さわっ
「おうっ!?」
「ね!」
 さっきまでの不機嫌はどこへやら、大河は笑顔を弾けさせる。



「おう確かに今なんか、さわっ、と。こりゃ少し手を浮かせた方が……」
 そうして竜児は手のひらを、大河の恥丘からほんのわずかだけ浮かせて、左右に。
 さわ…… 
 さわ……
「大河……すまんっ……俺が間違っていたっ……!」
「クックック……わかればいいのよ……!」
 さわ……
  さわ……
「思い込みで……目だけでなく、手の感覚まで曇らせたっ! 俺は……やはり負け犬っ……!」
「そう、あんたは犬……犬の竜児は今日で死ぬの……だけどそれは蘇りのための死っ……!」
 さわ……
  さわ……
「死んで、蘇る……違うっ……俺はおまえに出逢うまでこそが犬っ……死んだも同然っ……!」
「竜児……嬉しいけど……なんかこのしゃべり方息苦しい……っ」
「おうそうだな、やめるか」
「うんっ」
 手を動かせばさわさわと、たしかにちゃんと大河の毛は生えていた。見れば、丘に宿ったちいさな焔のよう。髪と同じ淡い色で、短いけれどちゃんと髪よりもちょっとだけ太く……太く?
 竜児は不意に大河の前髪をかきあげる。大河の額は髪の生え際にも淡色の可愛い産毛がふわふわとたくさん。そう、
猫っ毛の大河はかなりの産毛ちゃんなのだった。竜児はその産毛をなでなで。うむ、と頷く。
「なによ」
 産毛デコ越しに睨みつける大河も無視して、竜児はふたたび大河の恥丘をさわさわ。うむ、と納得する。
「だからなんなのよっ!」
「おう大河、気にするな。俺はこれすっごく好きだぞ? 気に入った」
 などと言っては、またさわさわ。
 大河ははっと目を見開いて、朱を頬に散らして。次の瞬間、瞳を眇めてそっぽを向く。好きとか言えばおとなしくなると思って……などと、薔薇の唇も蕾にして突き出しぶつぶつ言う。そうかと思えば、すごく好きだ、って……と呟いては、にへらっと笑う。なんだかんだ言って結局、大河はちょっとおとなしくなる。
 そんな大河に、竜児の双眸は狂乱の閃光をまき散らす。この娘こそ実は隠された魔術の奇跡、錬金術の奥義たる石の石、世界の命運を握る息づく鍵よ。そして今やこの娘の身も心もわが淫蕩の手管に堕ちたが、さていかに用いて神々の城を落としてくれようか……などと考える魔人になったわけではない。たんに愛しく眺めて、決意を固めようとしていただけだ。
「大河、触るぞ。脚、開いて」
「えっ!? あっ、ちょ、まっ……ど、どうぞ……っ」
 大河はぴったり閉じていた内腿の力を緩めて膝を立てるや、わりとパカっと大開放。
 チューリップが咲いた、パチンコ的な方の。頭の方から見るとそんなふうにしか見えない。大河の白いももまでもが華奢な美しさはさておき、なんだかとっても出そうな新台爆誕。
「いや、そんなに広げなくてもいいんじゃないか……?」
「えっ、あっ、違うの?!」
 チューリップが閉じた。フィーバーは終わった……じゃねえ。
「おう、閉じてどうする……少しで、いいんじゃないか? 俺の手さえ入れば」
「りゅうじの手を入れるの〜〜〜〜っっっ!?」
 今度は真っ赤になって大河がフィーバーしていた。
「バカっ、手が入る隙間を開けろってことだよ!」
「なーんだ……こんな感じ?」
 拍子抜けしたように大河は言って、ふとももをそろっと広げる。おまえは俺にいったい何を期待しているんだ……。
「おう、そんなもんかな……」
 アホなやりとりをしていても、実は竜児の心臓はのどから出そうなほど、高鳴り続けていた。ついにその時が……大河の秘部に触れる時が来たのだ。とはいえよくわからない初心者の竜児は、とりあえずそっと茂みに置いた中指を、そろそろと大河の身体の中心線に沿って、丘のむこうへと降ろしていく。



 その指の腹が、ぷにゅっとした何かを。
「ひゃっ」
 大河の声に思わず竜児は指を止めて顔を向ける。薔薇の唇を小波に結んでド緊張、耳まで真っ赤にした大河が竜児を見上げていた。
「……な、なんでもないっす! つつつ続きをどうぞす!」
「……おう」
 竜児は微笑んで、大河に軽くキスしてやる。応えるように笑顔になった大河の潤んだ瞳を見ながら、意識を指先に集中させる。ここからでは大河の性器は見えない。ぷにゅ、ぷにゅ、と、その感触だけを頼りに慎重に指を進める。
 大河の耳たぶか。いや、まぶたか。それとも唇……唇か。指先に集中するために目を眇め、いつしか視線を宙へとそらし、竜児は触れたことのある大河の部分と、そこの感触を脳内で比べていた。どこに似ている? 俺は、どこを触るようにしてここを触ればいい?
「竜児……かっこいい……」
「おう?」
 大河の声に呼ばれて、ふたたび視線だけ向けると、大河は瞳を熱っぽくしてうっとり、陶然として竜児の顔を見上げていた。
 こんなふうに大河にかっこいいなんて言われたのは初めてのような気がする。それがよりにもよってこんな時とは。けれど指先にかつてなく神経を集中させている今の竜児には、恥らったり嘆いたりする余裕さえ無かった。ふたたび探索を開始した、その時竜児の指の腹に。
 ぷにゅの裏に、何かが、こりん、と。
「あっ!」
 それは凄い信号で、竜児の神経を一気に奪い去る。それは大河が感じた声。甘く、竜児を中毒にする声。竜児は今度こそまじまじと大河の顔を見てしまう。
 淡色の眉根をひそめて、長い睫毛を震わせて、少し驚いたように見開かれた星揺れる瞳は竜児をとらえて、もう新しい涙を用意して潤みを増している。桃色を散らした頬、神の細工になる鼻の下には、散ることのない薔薇の唇も震えて儚く。それを見た竜児は、ただひたすらにその唇からその声が聴きたくなってたまらなくなる。
 竜児は指先で、その裏にある、こりん、としたものを……大河のクリトリスを、こりん、こりん、と優しくくじる。
「あっ! あっ! あっ!」
 大河の肢体は震えて、とうとう腰が跳ねる。唐突な動きに追いつかず、竜児の指は一気に大河の性器を端まで撫で下ろしてしまう。
「はあっ!」
 それは濡れている。それは熱い。大河の口の中のようだと竜児は思う。一度に竜児の指が濡れそぼったのがわかる。指がそれに触ることを欲しているのを強く感じる。大河の性器は全体でも竜児の中指一本にも満たないちいささだった。
「大河……」
 愛しい名を、なぜ呟いたのかすらわからない。竜児はぬめりを帯びた中指を硬くして、もう一度大河のクリトリスをくじりだす。手のひらを茂る恥丘に重ね、跳ねる腰を男の力で押さえつける。
「りゅうじっ……りゅうじぃ……っ」
 喘ぐ大河が名前を呼ぶ。切なくて甘い響き。
「……おまえはぜんぶ甘いんだな、大河」
「そこだめ、りゅうじっ、そこばっかり、だめっ……そこ……そこっ!」
 身をよじる大河を、竜児は枕にしていた腕で抱きしめるようにして押さえつける。鞘の中の豆のように大河のクリトリスが逃げるのを、指先を硬くして追いかける。逃がさねえ、と思う。
「おまえはぜんぶ、お砂糖みたいだ、大河……」
「と、とけちゃうっ! とけちゃうよ……っ!」
 大河は額にまで大粒の汗をかいて、産毛まで濡らして、哀願する。
「そこ、そんなに……そこ、そんなにっ! あーっ! し、したら、だめ……私、だめに、なる、う……っ!」
 立てた膝も震わせて、大河が足の指先をシーツに突き立てる。伸ばした竜児の右腕に、ぎゅっと痛いほどにしがみついてくる。汗で濡れた額を汗で濡れた竜児の胸板にこすりつけるようにして、顔をうずめる。



「イキそうか? 大河」
 大河はびくんと震えて、コクコクコクと何度もうなずく。
「イっちゃえ、大河。イっちゃえ……イけ」
 囁かれた竜児の甘くひどい命令に、驚いたように大河は顔をあげる。切なそうに、恨めしそうに竜児を睨んで、けれど大河は命じられたままに、
「りゅう、じ、ひど……っ! あ……い……く……っ!!」
 きつい絶頂を迎えてしまう。股間がひときわ強く跳ね、竜児の手を突き上げる。竜児の、男の力でも押さえきれない。
 ぬめる竜児の中指がその時、事故のようにして大河の性器の中にすべりこんだ。
 危ない! 驚いて指を引き抜こうとした竜児を、転びかけた大河を助ける時のような直感が襲う。竜児は思わず、挿入した指と手のひらで大河の恥丘を包むように掴んでいた。跳ねる腰の動きとズレないようにしっかりとあわせる。
「はぁあっ!」
 驚きか、喘ぎか、大河がひときわ高く吐息する。煌く瞳を見開いて、震える薔薇の唇で竜児に言い募る。
「りゅ、りゅう、じ……わ、私、イって……イってる、よ……っ?」
「お、おう……わかってる」
 身体を痙攣が襲う度に、竜児の指を熱く、きつく、大河は締めつけてくる。
「い、イってるのに……っ りゅうじ……指……ゆびっ 挿して……つかん、で……っ」
「な、なんだ? どっちだ? 挿していた方がいいのか? 抜いた方がいいのか?」
「そ、こ……つかんじゃ……あうっ! す、すごい……っ! す、すご……っ!」
 腕の中の大河の肢体を走る力の強さに竜児は驚く。腹筋を浮き出るほどに硬く締めて、押さえる竜児の手を恥丘で何度も突き上げては、あう! あう! と大河は甘く叫ぶ。竜児の腕にしがみついて、ガクガクと震えて顔を押し付ける。
「りゅ、りゅ、じ……」
「な、なんだ、大河? ど、どうして欲しい? 俺に、どうして?」
「りゅう、じ……あの、ね……あの……ま、また、イク……イクの……き、来ちゃう……っ!」
「イくのか? く、来るのか? どどど、どっちだ?! てか、抜いた方がいいんだな? 抜くぞ?!」
「い、いま抜いちゃ、だめっっっ!!」
 遅かった。予測不能に跳ねる大河の腰の動きを避けて、余計なところに指を突き立てて傷つけないように、竜児は一気に大河の股間から手を離した。ぬるんと一息に抜ける指が大河の最後を刺激してしまう。
「い……くっ!!」
 押さえるものを無くした大河の腰が空を突き上げ。その瞬間。
 大河のあそこから、何かが、ぷしゃっ、と。
「おう!?」
「……っ! ……っ!」
 おしっこなのかなんなのか、大河は腰を突き上げるたび、二度、三度と、透明な液体を噴き出させて――
 竜児は知ってしまった。
 大河は、ただ「派手に」イく娘なだけではなくて、何度もイく娘で、しかもイきすぎてちょっとおもらしまでしてしまう娘なのだ。



 これはやばい、と竜児は思った。誰にもこのことは……特に、他の男には知られてはいけない、と。
 やたらと小さいけれど、大河はこんなに綺麗で、可愛くて。その上さらに、
「はうっ! はうっ!」
 大河はこんな可愛い声で鳴いて、こんなにえっちなカラダなのだった。そのことだけでも知れば、男ならだれでも大河を欲しがるに違いない。奪いたくなるに違いない。竜児が見つけた女は、竜児を見つけてくれた女は、そんなとんでもない宝玉のような女なのだ。
 竜児は大河を抱きしめる。目が眩んだ者のように瞳をきつく閉じる。
 しかもこの宝玉はその中に、外に漏れ出る輝きよりも輝くものを――宝の宝、秘密の秘密を、この世の誰よりも竜児だけが知っているものを、竜児がこの世の誰よりもそれをわかりたいと願うものを、つまりは大河の心を、宿しているのだ。
 決して離すまい、と竜児は誓う。
 誰にも渡さねえ、と心に叫ぶ。
「りゅ、りゅう、じ……っ」
 大河が俺を呼んでいる。竜児が目を開けると、そこには。
 大河は産毛も濡らした顔を上げて、自ら光るもののような煌きを宿した瞳を、痙攣にさらわれまいと抗うように必死に竜児に向けていた。なんて愛しい女。
 竜児は今まさに知った真実を、抱いた決意を伝えたくて。どこから話したものかと迷って。
 竜児はつい、とりあえず最初から話してしまう。
「大河……おまえはエロすぎる……」
「……! ひどっ!」






  10

 大河の言ったとおりだった。
「ほら、次は、みっつだ。大河……」
 竜児は大河の瞳の前に自分の右手かざす。中指に人差し指と薬指を寄り添わせる。
 二本の指をきつく締めつけて、何度もイったばかりの大河の身体は、その揃えられた竜児の指を見ただけで反応してしまう。腰がおねだりをするように跳ねる。大河の言ったとおりだった。竜児に性器を拡げられて、その間に何度もイって、
「あっ、そんなっ、そんなっ」
 大河は駄目になっていた。
「竜児っ……も、もう大丈夫、だからっ……きっと……竜児の、おちんちん、入れてっ……さ、さんぼん、なんて……っ」
「……っ! ……だめだよ、大河。これが終わったら、ハメてあげるからね」
 大河の言葉に反応した股間の激しい疼きに耐えながら、荒くなった呼吸を整えて、竜児は努めてあやすように言った。喘ぐために閉じることを忘れた、大河の薄い花びらのような口もとから白い顎へと、しどけなく垂れた朝露のような涎を、竜児は舐めとってやりたくてたまらなくなる。
 今や大河に比べて自分にどれほどの理性が残っているのかも、竜児には正直疑わしい。ただ大河を傷つけないこと、それが今や竜児の理性のすべてだった。大河の痛みは、もう随分と前から竜児の痛みになっていた。育てたその感覚だけが最後の理性だった。
 挿入する指をひとつずつ増やし、大河に締めつけさせながら、少しずつ奥へと進めていく。指の付け根まで入れて、大河に絶頂させて、その太さに馴染ませる。上手くやれているのだろうか。痛みも、怖れていた出血も、これまでのところはないようだった。
 竜児は自分の三本の指を口に含んで唾液をからませる。そしてそれを、確認をとるように大河のちいさな口に含ませる。観念したように瞳を閉じて、頬を上気させて大河は竜児の指に甘やかな舌をからめる。そのちいさな舌を少しつまんで、愛撫してやる。
 喘いで大河は、またもう少し駄目になる。
 竜児は横になった大河の傍らに跪いていた。ここからはすべてが見渡せる。淡色の髪雲に浮かぶ大河の顔や華奢な肩も、薄くうすく仕立てたプリンのようなちいさな乳房も、くびれてしなやかな腰も、雫の形をしたヘソを持つなめらかな腹筋も、はっきりと肌を突き上げている腰骨も、そして。
 淡く茂った恥丘の下で、濡れて艶めきひっそりと息づく大河の秘唇も。
 小柄な大河にあわせて、それもまたちいさいのだった。それは竜児の小指ほどしかない。まだミルク色のぽってりとした肉に挟まれているそれを、竜児は左手で少し拡げる。
 ひっ、と、大河がのどを鳴らす。
 それは大河の舌の色に似た桜色。丘の茂みが割れてそこから続く大河のクリトリスを隠した鞘から、肉厚の花びらのようなちいさな陰唇が二手に分かれ、息づくおしっこの穴と、そして、竜児の指に何度も犯されてわずかに開いた、白い蜜をたたえた大河の肉の穴を、囲んで消えるように結ばれている。
 見れば、すぐにハメたくてたまらなくなる。
 髪の付け根がチリチリとするのを竜児は感じる。目をつぶって頭を振り、それを振り払う。
 大河の恥丘が跳ねないように竜児は左手で押さえる。揃えた指を白蜜の泉にあてがう。覚えた方向にゆっくりと突き入れる。狭くて熱く、きつい穴。
「はあ……っ!」
 揃えた指を束ねるように、大河はさらにきつく締めつけてくる。
「息を吐いて、大河。力を抜いて……」
 締めつけがわずかにゆるむタイミングを狙って、竜児はさらに指を奥へ沈めていく。
「あっ! あっ!」
 大河が驚いたような、甘やかな声をあげる。竜児の腹の芯がそれに応えて甘く疼く。もう俺も駄目なのだと、竜児は思う。すっかり中毒だ、俺は。



 ふたつ目の関節まで揃えた指を大河にうずめてから、竜児は恥丘を押さえた左手をはずして、右の手のひらにスイッチする。指の付け根を曲げて、挿し入れた指と手のひらで恥丘を掴むようにしてはさむ。
「あーっ!」
 もう知っている。大河はこれが好きなのだ。
 ここから先、三本の指の付け根までは急に太くなる。それはほとんど竜児の男根の太さに近い。だからここからは、ゆっくりと馴染ませなければならない。大河の股間を掴んで固めたので、もう見なくても進めることができる。
 竜児は上体を倒して大河に寄り添うようにする。髪を踏まないように左ひじをつき、大河の頭を左腕でかき抱く。親を見つけた迷子のように驚いた顔をして、大河は竜児を見上げてくる。
「ほら、入ったよ……指、みっつ。痛くないか? 大河」
「そんな……っ。痛くない……痛くないの……っ!」
「そうか、よかった」
 竜児は微笑む。気持ちいいか、などと、辱めるような訊き方をする必要はもう無かった。
 竜児は指先を鉤のようにして、大河のクリトリスの裏の奥のあたりを、ぐっ、ぐっ、と押してやる。
「大河はこうされるのが好きなんだもんな」
「あうっ! あうっ! な、なんでわかるの……っ!」
「おまえが教えてくれたんじゃないか」
「教えてないもん……っ! あーっ! そこっ、すごいの……っ!」
「ほら、そうやって、教えてくれたんじゃないか」
 わかって、大河はくやしそうに口を結んで、竜児を睨みつける。
 おう、望むところだ、と、竜児も大河を見つめ返す。
「ぜんぶ覚えてやるからな、おまえが可愛い声、出すところ。おまえの気持ちいいところ、見つけて、ぜんぶ覚えてやる。すぐに、誰よりも、おまえを上手に可愛がれるようになる。この世で一番、誰よりもだ。俺はおまえを上手に可愛がれるようになりたいんだ、大河。おまえの上手にさえ、俺はなれればいい。おまえの上手に、俺はなりたいんだよ」
 揺らめく視界の中、竜児を睨みつける瞳から、大河は急に涙をポロポロとこぼし出した。
 ポロポロ……ボロボロ……どぼどぼ……どぼぼぼぼぼぼぼぼ……!
「た、大河……?」
「うぐぐ……おのれ……私を泣かせて……ひっく……そんなに、ひっく、楽しいのか……?」
「いや、まて、俺はそんな、泣かせるつもりで言ったんじゃ」
「どぅわ……っ!」
「どぅ、どぅわ?」
「うぐ……どぅ、どぁ、どぁ、どあっ! だ! だ! だ!」
 大河は 発声練習を 始めた!
「よし、だ、だな? だ、だ! わかるぞ大河! だの次はなんだ?」
「だ! よっしゃあ!」
「おう!」
「黙れっ!」
「おう……っ」
 発声練習しているうちに大河、大復活であった。ぜんぜん、駄目になんかなってない。
「ふーっ……いい、竜児、あんたはね」
 いつしか泣き止んでいた大河は、息を整え、涙で睫毛もぐしゃぐしゃの瞳で竜児をあらためて睨みつける。
「もう、一番なの」
「……え?」
「え、じゃないっ。竜児はもう一番なの! そうに決まってるの!」
「一番って……おまえを可愛がるのの、か?」
「そうよ……ほかに何があるっていうのよっ!」
 叫んで、大河は竜児の首根っこをつかまえて抱きついてくる。



「だって私、変な子だもん! 変なことばっかりするし、変なことばっかり起きるし。今だって、なにしてんだろ、って……」
 その今、っていうのは……と竜児は一応、確かめずにいられない。今と言ってもいろいろあるのだ、竜児の右手の行き先、とか、そもそもこの、いわゆる「えっちの練習」全体、とか。その今、っていうのは……
「……発声練習、のことか?」
 大河はコクコクとうなずく。
「……竜児、だけだもん。最初から、変なことする私、受け止めてくれたの、竜児だけだもん。ずっと受け止め続けてくれたの、竜児だけだもん」
「大河……」
 まあ、たしかに最初におまえの木刀を真剣白刃取りして受け止めたけどな……なんて、竜児はつい思ってしまったけれど、もちろんそんなことは言いはしない。
 変なこと、という言葉に、大河はたくさんの意味を――たぶん、竜児に見せてくれた大河のすべてを込めて使っていた。だから、受け止める、という言葉もまた、そういう意味で――竜児が大河にしてあげられたすべてという意味で、使っているのだろう。それがわかるから、竜児は黙って大河の続く言葉を待つ。
「別に私のこと、好きじゃないのに。たいした得もないのに。それなのに竜児は私のこと、最初からぜんぶ受け止めてくれた……ずっと……そんなの、そんなの、って……」
 好きになるに決まってるじゃない……大河の最後の言葉は消え入りそうな声。竜児の首筋に額をくっつけたまま、大河はきっと、表情を隠そうとしている。
「大河……」
「竜児、って、ひどいよね」
 ここに来てなんと真逆の評価であった。
「ひ、ひどい?」
「うん、ひどい。竜児はひどいの。ひどい顔してる……」
 ここに来て顔か――――!? さっきなんか褒めてくれてたのに、と竜児は愕然。罵られるのはやっぱりこの目か? 目を狙うのか?!
 しかし大河が責めてきたことは、竜児の思いもよらないことだった。
「ひどい顔して、ひどい女たらし。天然ジゴロ、大橋高校のドンファン、歌舞伎町のホストも真っ青。他に……本命、いるのに、傍にいるってだけで、私を誘惑しまくって。しかもその気もないの。私のために恥かいて、私のために怪我して、嘘ついて、笑ってくれて、闘ってくれて、逃げてくれて……美味しいチャーハンつくってくれて、優しく慰めてくれて、いつも一緒にいてくれて……私、もう、きっと、その時、落ちてた……」
「大河……」
「私、もう落ちてるのに……竜児ったら、ずっと傍にいる、なんて、将来のことまで……追い撃ちかけるんだもん。虎と竜は並び立つものだ、なんて、わけわかんないこと……運命みたいなこと、かっこいいこと、言っちゃって。……名前、呼んでくれたの。大河、って……だから、嫌いだった名前まで、好きになっちゃう……」
 大河は竜児の首筋に、猫みたいに頭をこすりつける。
「でも、それなのに。竜児が好きなひとは私じゃないの」
 私じゃなかったの……苦しげに声をくぐもらせる。大河の肩が震えだす。呻いて、呻いて、竜児の胸元に落ちる大河の涙は、蝋のように熱かった。
 竜児は慌てる。心にも甘い告白だと感じて聴いていた俺はなんて馬鹿なんだと思う。馬鹿で、犬で、ひどくて、ひどい。大河の罵るとおりだった。反省に似た自虐の淵が竜児をさらおうとする。竜児をさらおうとするのは、もう一人の竜児。ではそいつは何から俺を奪い去ろうとしている? 見失う前にその名を叫べ!
「大河」
 そうだ、大河からだ。古い蛇のようなもう一人の俺は、いつもこんな時に大河から俺を奪おうとする。大河のことを思わせるようなふりをして自分のことを思わせる。大河を大事にさせるふりをして自分を大事にさせる。そうしてそんな時こそ俺が――ほかでもない俺が大河を傷つける。



 なんてこったと、竜児は気づいた。俺は世界から大河を守るなどと、猛り立つ血も心地よく誓った。それが敵のすべてだと思っていた。時に俺自身が、大河と俺の敵になる、そんなことがあることを忘れていた。もう一人の俺、俺しか愛さない俺こそが、大河とともにありたい俺の最小にして最大の敵なのだ。まただ。見失うな、愛する者の名を叫べ!
「大河……」
 何か言えることがあるはずだ。泣いて苦しんでいる大河にかける言葉が。
 だけど、何を言ったらいい? 俺が他のひとにも恋をしていたのは事実で、大河が苦しんだのは過去で、それはやっぱり変わらないのだ。だから今でも大河は苦しんでいる。それに何が言える? まだ何も、ひとつも、かけるべき言葉が見つかっていないじゃないか。
 黙れ、蛇!
「大河っ!」
 竜児は大河の顔を上げさせる。桃色の頬に幾筋もの涙の跡、しかしそのわりには
「なに?」
 大河は声もしっかり、大きな瞳もぱっちり、きょとんとした顔で竜児を見上げている。
 あれえ? と竜児は思う。大河の表情はまったく想像と違っていた。なんかもっと、こう、苦しいの、切ないの、みたいな……のかと、備えていたのに。それで竜児は、愛してる! なんて、せめてそれだけでも伝えよう、なんて思っていたのに。
 予想がはずれて、竜児の受け答えもぐっと間抜けになる。
「いや、なに、って、おまえ」
「あ。さっきの話? さっきの話はおしまい」
「え?」
「だってちょー長くなるんだもん。一晩あっても足りないわよ。やめやめ。あー泣いた泣いた。気持ちよかった。たまにはがっつり泣くのもいいよね、竜児!」
「お、おう」
 竜児は苦笑していた。大河の明るい笑顔に、さっきまでのことはもうどうでもよくなっていた。大河は、たしかに変な女だった。たいていこんな風に、予想もしない奇妙なやり方で、大河は竜児を救ってくれるのだ。だからいっそう、愛しくなるのだけれど。
「それにね、さっきの竜児の極道ジゴロ話。なんだかんだでハッピーエンドなんだ」
 そう言って、大河は薔薇の唇をむにゅむにゅと波に結んで、上目遣いにはにかんで見せる。
 えへへ、聞きたい? 聞きたいでしょ? 聞きたいよね!……なんて、いつもどおり勝手に決めつけて、大河はエヘンと咳払い、あらたまった口調で、
「最後はこうなの……『ひどい女たらしの竜児は、結局、私を選んだのです。竜児は大河のものになりましたとさ』」
 めでたしめでたし、なんて言う。
「おう!」
「竜児は私のものだもーんっ」
 だからいいんだもーん……なんて、瞳も閉じて澄ました顔で大河は歌うように言う。
「おう、俺はおまえのもんだぞ、大河」
 ぼんっ、という音が聞こえたような気がする。大河の顔が真っ赤になった。なにやら小鼻もふくらませてふがふがと大興奮。
「……とととところがこの物語には続編があるのです!」
「おうっ?」
「竜児はただのひどい女たらしなだけでなく、なんとひどいスケベでもあったのです」
「スケベって、おまえね……」
「竜児は大河を手込めにしようと、虎視眈々と狙っていたのでした。まあやらしい」
「虎視眈々って……てか虎はおまえじゃねえか」
「竜児はひどい童貞でもあったのです」
「無視すんな! てかおまえがひどいっ」
「竜児は童貞なのに……えっちがとても上手で、大河は可愛がられて……いっぱいイきました……」
「……」
 大河は伏せた目蓋も薄紅色に、竜児は合いの手も入れられない。
「しかも竜児は、おっきなおちんちんを大河にハメようと、大河の、を、指で拡げようとするのです……」
 竜児の指を、大河がきゅっと締めつけてくる。
「なぜなら大河は竜児のものだからなのです……」
「……ああ、おまえは俺のものだ、大河」
 瞳を閉じて、大河はぶるぶるっと震える。竜児の手の中で股間を跳ねさせる。竜児の指を、痛いほど締めつける。
 はあっ、と一息大きく吐いて。大河は長い睫毛も美しく、うっすらと目を伏せる。
「……大河はすっかり手込めにされてしまいました。竜児とつながりたくてたまらなくなるように、仕込まれてしまったのです……あやうし、大河。今に至る。……ねぇ、竜児」
 つづけて……と、懇願する大河は、もう竜児に顔も向けられない。



「……おう」
 竜児は微笑んで、届く大河の額にキスをしてやる。そして、右手の指を……
 指、を?
「……どうしたの? 竜児。いいよ、続けて……?」
「ああ、いや、なんていうか。もう、ぜんぶ入ってるみたいだ」
「ぜ、ぜんぶ?」
「そう、ぜんぶ。三本とも、指の付け根まで」
「え……うそ、三本とも、って」
 大河の頭の上から、こんな感じの、と、竜児は左手の指を三本、揃えて見せる。大河は寄り目で確認。
「うそ、そんなの……」
 想像しちゃった様子の大河はまたもぶるぶるっと。竜児の指をぎゅうぎゅう締め付けて。反射なのか内もももぴっちり閉じてしまって、竜児の手を股間でぎゅうっと。
 待て大河、何をしたい? そんなふうにしたら、ますます。
「あうっ! ふ、深い……っ!」
 そりゃそうだ。そりゃそうなる。
 なんだかよくわからないが竜児も観念した。ゆっくり馴染ませながらここまで指を深く沈めるつもりだったが、いつのまにかそうなっていたということで、つまりはショートカット。挿入した指で大河の好きな裏のところを押してやる。
「あーっ! そ、それするの……っ?」
「するよ、大河。イってぎゅって締めろ。太さに馴染ませるんだ」
「そ、そんな、もう、いいじゃない……っ? ね、りゅうじ……っ、も、もう拡がった、よ? 私の、もう、拡がったの……っ! そこっ! そこっ!」
「駄目だよ、俺のはもうちょっと太いんだから」
「えーっ! も、もっと太いの……っ!? そ、そんなの……指で、こ、こんなに……こんなにっ! すごいっ! すごい……のにっ! 私……っ!」
 竜児は左手で大河の手をとって、自分の股間に導いてやる。大河は竜児の滾ったものを握り締める。大河の手はやっぱり特別で、握られたところにきつい快感が爆ぜて、竜児は呻き、吐息せずにはおれない。
「ふ、太い、竜児の、太い……おっきい……心臓みたいに、どくどくして……っ」
「そう、だよ、大河……イったら、これ、ハメてやるから……」
 応えて大河の股間が跳ねて、竜児の手を突き上げる。竜児の指をきつく締めつけて、
「あーっ!」
 それは大河にも快感をもたらすようで、ひときわ甘い声をあげる。竜児は大河の穴を指でくじりながら、大河の淡色の髪に鼻をうずめて、ちいさな耳元で命令するように囁く。
「さあ、大河、イくんだ。イっちゃえ、イけ」
「ひっ、ひど……っ! そ、そんな……あっ! あーっ! おかし、い……わ、私、イっちゃう、の……りゅうじ、にっ……命令されて、イく娘に、なっちゃ……うっ!」
 足を上げて空を掻き、腰弓をぐっとそらして浮かせ、大河はぎゅっと瞳をつぶって、
「っく! っく!」
 絶頂する。
 足指の先をシーツに突き立てるように下ろし、一息に腹筋をしめて丸まるようにして股間を突き上げる。淡色の髪が揺れて、甘やかな大河の匂いも色濃く立ち上る。汗が玉となって散る。恥丘を突き上げるたびに二度、三度、おしっこを噴出して、竜児の手の中を熱く濡らす。
 大河の膣は搾るように断続的に竜児の指を締めつけ続ける。それは挿入された男性器から精液を搾り取るための反射。いやらしい、動物の穴だった。指を搾られながら竜児は期待を禁じることができない。大河のこの熱くてきつい穴に、イくと締まるいやらしい穴に、この後、俺はこれをハメることができるのだ。期待に股間は驚くほど漲り、大河の手の中で跳ねようとするのを止められはしない。竜児のそこもまた、動物のものなのだった。
「り、りゅう、じ……っ」
 痙攣に抗って、大河が竜児を呼ぶ。揺れる瞳、震える唇で呼びかけてくる。
「お、おねが、い……が……ある、の……っ」
「なんだ、大河」
 竜児は優しい声を出す。なんだって叶えてやる、と思う。おまえの、大河の願いなら。
 だけどその、大河の願い、とは――
「おね、がい、りゅ、りゅうじ……っ。は、はじめて、は……なに、も……つけ、ないで……して……っ!」


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