15

 つながってから、これがもう何度目だろうか。
「りゅ、竜児……っ! またっ! またっ!」
 竜児の方を向こうと必死で細く白い首をのけぞらせ、大きな瞳を困ったように眇めて星を縮めて、大河が絶頂する。
 また、という大河の言葉が、とても可愛いと竜児は感じる。
 またイクの、という意味の、竜児に報告してくれるその言葉が愛しい。
 座るように上体を起こした竜児の眼下で、ミルクのように白く、驚くほどに滑らかな大河の裸体が、絶頂の痙攣に何度も貫かれる。
 跳ねる大河のちいさく丸い尻には、竜児の股間が縫いつけられている。
 絶頂によって、大河の尻は何度も跳ねる。大河の穴は何度もきつく締め付けてくる。
 精液搾取の反射。
 驚くほどの刺激が、竜児の勃起にもたらされる。
 だが喘いでも、竜児はそれでは射精しない。
 射精していないのだ。
 まだ、竜児は一度も。


 * * *


 つながってからの、最初の大河の絶頂。
 月の影を照り返しながら。
 喘ぎ、震え、跳ねて、匂いと汗を空に散らす。
 竜児の腕の下。
 滑らかな腹筋を硬く引き締め、ちいさな乳を揺らして丸くなり。次にはのけぞり、背中と腰を橋のようにして美しい弧を描く。
 見開かれた瞳は宝石のように光を吸い込み、星ぼしのきらめきに変えて散らす。
 瞳は目の前にいる竜児に向けられても、揺れて見ることもおぼつかない。
 薔薇色の唇を大きく開くことさえできず、桜色に艶めく舌をひかえさせて子犬のように喘ぐ。
 絶頂するまでは、きつく竜児の腕をつかんでいた指も、おののいて硬くなり、添えられているだけ。
 大河の身体をただ痙攣だけが支配していた。
 絶頂に何度も貫かれる大河のちいさな裸身。
 ちいさくても、それはたんなる美を越えた崇高なもののように竜児を畏怖させる。
 白く濡れた、稲妻のようであった。
 熱く滑らかな、怒涛のようであった。
 竜児の腕にすっぽりと収まるほどの、ちいさな自然が見せる驚くべき仕草。
 稲妻であり、怒涛であり、そして。
 可愛くて。可愛くて。可愛くて。
 なんと、なんと、なんと可愛いのだろう。
 竜児は涙を流す。
 愛しい大河を苛む激しい快感を想ってしまう。
 大河の快感が竜児の身体に流れ込んでくる。
 それは狂おしいほどに甘く優しいものとなって、竜児の胸をいっぱいにする。
 竜児は涙すら流す。
 おうおうと呻いて、嗚咽する。
 大河に夢中になる。
 大河の尻は竜児を深く求めて何度も跳ねる。大河の穴は竜児を何度もきつく締めつける。
 精液搾取の反射。
 これほどとは。
 股間を波のように襲う刺激に、震える顎をだらしなく落として、喘ぎながら竜児は思う。
 大河の精液搾取の反射を、竜児は最初に指で経験したのだった。
 大河の穴を拡げるその指を、絶頂に何度も締めつけられながら、俺はこのいやらしい穴に挿入するのだと、その時の竜児は期待に勃起が漲るのを禁じえなかった。
 今やその、精液搾取の反射に襲われた大河の中に、竜児は勃起そのものを深く深く根もとまで埋めているのだ。
 大河が上げる甘い声を燃料として激しく漲っていく勃起が、大河を喘がせる絶頂の反射によって何度も何度もきつく締め上げられる。
 これほどとは――
 絶頂する前に伝えたいことがあるのだと、哀願する大河の可愛らしさによって、竜児が心を取り戻していなければ。もしそうでなく、竜児もまた高まっていたとしたら。
 耐えきれず、確実に射精したに違いなかった。
 それを耐えたのも、また竜児の欲だった。
 まだ果てたくないのだ。
 竜児は大河とのつながりに魅了されていた。
 もっと長く、それを感じていたいのだった。
 大河を感じさせ、何度でも絶頂させて。
 可愛い、可愛いと、何度でも涙を流したくてたまらない。
 長い睫毛にふちどられた目蓋をきつく閉じて、甘い涙を滲ませながら、いまだ絶頂の余韻に震える大河に、竜児は決意して語りかける。
「大河」
「りゅ、竜児……」
 瞳を開いて竜児を見つけて、大河は嬉しいと、ひとつ、安心したように微笑んでみせてから、
「ご、ごめんなさい……」
 なんとびっくり、泣きそうな顔をして謝ってきた。
「おう!? な、なんで謝るんだ?」
「だ、だって、私ひとりで、イっちゃったんだもん……」
 竜児、まだでしょ……? なんて、眉根までひそめて、大河は本当にすまなそうに言う。
 竜児はつい、優しい笑いを鼻から漏らしてしまう。
「なんだよ。気にすんな。おまえがすぐイっちゃう、えっちな子だってのは折り込み済みだ」
「えぇっ……ひど……」
 謝っていたというのに、すぐに大河は唇を蕾に尖がらせる。
 そんな大河の拗ねた顔が、またたまらなく愛しくて。
 竜児は声を甘く低く落として、狙う。
「大河はすぐイっちゃう子だもんな? いっぱいイっちゃう、えっちな子だもんな……?」
 好きだよと言い落とす、同じ声音で言う。
「はっ……はう……っ」
 狙われてしまった通りにへその下をずきずきと疼かせて、大河は甘く吐息してしまう。
「ほら、すぐにそんなふうに感じて。えっちな子だな、大河は……」
 ようは、不意にいじめたくなったのだった。
 竜児は大河をいじめて可愛がりたくなったのだ。
 ふだんの大河が相手なら、それはまさしく虎をも恐れぬ所業であったが。
「あっ、あうぅっ……ひ、ひどい……りゅ、竜児がいけないんだもん。わ、私、えっちな子じゃなかったもん……あっ!」
 大河は涙目になって抗議するけれど、まさにいやらしく竜児の勃起を甘く締めつけて。跳ね返る快感に甘い声すら上げてしまう。
「ほら、すぐそうやって、俺のから精液搾り取ろうとする」
「そ、そんな……っ! っ! か、勝手になるの! あっ! あっ!」
「そんなえっちな声出して、俺の、おっきくしようとしやがって」
「し、してないもん! 声だって、か、勝手に出るの! うぅ、りゅ、竜児の意地悪っ!」
 言い募って、震えながら涙目。竜児の子虎は唇もへの字にして睨んでくる。
 愛しくてたまらなくなって、竜児の方が根負けしてしまう。
 意地悪は終わりだった。
「おまえ、えっちで、可愛くて。俺はたまらないんだよ、大河」
 竜児は顔を寄せ、結んだ桃薔薇の唇を唇でついばむ。
 つんと蕾にしていた大河の唇は、それだけですぐにほころんでしまう。
「りゅ、竜児……」
「おまえの感じるのを、見たくてたまらないんだ」
 言って、もう一度キス。
「おまえのイクところを、見たくてたまらないんだよ」
 その言葉を言われるとあまりにきつく疼いて、大河は震えて、瞳を眇めるようにして喘いでしまう。
 それでもすぐに、伝えたいと、
「りゅ、竜児……わ、私も、ね? 私も、竜児の感じるの、見たいの……」
 疼きに耐えて一生懸命、切れぎれに大河は言うのだ。
「わ、私も、竜児のイクところ、見たい……」
 これは思いもよらぬ逆襲で。
 竜児は不意にときめいて、のぼせた血が耳や目蓋まで熱くするのを感じてしまう。湧いた生唾を飲み下す。
 竜児とは違って、大河はちいさく、華奢で、美しく、可憐で、可愛くて。だから。
 どうしても、つい忘れてしまうのだった。
 竜児が大河の身体を求めているように、大河もまた、竜児の身体を求めてくれていることを。
 しかし、大河におのれの絶頂を晒すとは、想うだけでもなんと恥ずかしいのか。
 大河に口で愛されてもなお、射精を拒んだおのれの気持ちは、きっとこれだったのだと竜児は気づく。
 俺はやはり、美しくもなんともないというのに。
 もし竜児がそう言えば、大河は違うと言うだろう。怒ってくれさえ、するだろう。けれど。
 今や大河こそがおのれを越えた真実と、わかっていてもなお、俺は――
「竜児……?」
 大河に、呼ばれて。
 大河に竜児と呼ばれるようになってから、俺は自分の名前が本当に好きになったのだと、不意に竜児は思い出す。
 竜児。この、きっと父の臭いをまとわせられた名前。
 求めるにも憎むにも遠くて。他人のようにぼんやりとしか思うことの出来ない、血の父。
 うすうすと気づいて、竜児はおのれの名前に対してもぼんやりとした愛着を持つばかりだった。
 悪くはない。だけど……悪くはない、とでもいうように。
 大河が変えたのだった。
 竜児、竜児、竜児、と。
 なんか他にもひでえ呼ばれ方もされまくったけれど、とにかく、大河が。
 竜児、竜児、竜児、と。
 ちいさな身体に見合わぬ、少し大人びた低い成分をもった、けれどとても可愛い、あの声で。
「大河……もう一度、俺の名前を呼んでくれ」
「えっ? りゅ、竜児……?」
 そう、この、声で。
 まんざらではなくなった。やがてはっきりと好きになっていた。俺の名前。
 俺は、竜児。
 高須竜児。
 そういえば、大河もそんなようなことを言っていた――
「大河、俺はおまえの名前が好きだよ」
「えっ? あっ、なに? 私の……あ、ありがと」
 あまりに唐突で、さすがにきょとんと目を丸くして、でも大河は嬉しそう。そして、
「あっ! わ、私も……竜児の名前、好きだよ……大好き」
 上目遣いに頬も染めて、またも大河はすぐにお返ししたがるのだった。
 ここにもなにか魔法の力があるのだと、竜児は思う。
 愛するものに照り返されて、おのれへの愛にも目覚めるとでもいうような、魔法の力が。
 おのれの名前がそうであるならば、また――
「大河、俺のイクところ、見せてやるからな」
「っ! りゅ、竜児……っ」
「大河、俺はおまえの中で射精して……射精したい。射精する。そして、俺はおまえにイクところを見せる」
「は、はい……っ!」
 大河はまた、柄にもない素直な返事をして。嬉しくて。たまらなくて。ずきずきと。震えて。吐息する。
 竜児は、大河の震えて喘ぐ薔薇色の唇を、薄い唇でまたひとつ、ついばんで、
「動くよ、大河」
 宣言する。
 うん、と、大河はうなずく。
 またもやいつのまにか、ふたりで到達していた深い結合で、大河が痛まないことは確認していた。
 竜児は、ゆっくりとおのれの意志によって慣れない腰を使い始める。
「はあっ!」
 深いところから引き抜かれて、大河がひときわ甘く吐息する。それだけで竜児は漲ってしまう。けれど。
 腰を使うというのも、またどうにもよくわからないのだった。
 大河の穴はきつすぎるほどで、ともすれば竜児の勃起を押し出しかねないと感じる。
 激しく腰を使うなどというのは、まだ竜児自身にとっても無理だと思われた。
 だから慣れるまで。とりあえず、慎重に。
 先に指で探った時と同じように、大河が悦ぶやり方を見つけ出そうとする。
 指で押すと大河が悦んだ場所を刺激するために、探りながら浅い注挿を繰り返す。
「あっ! あっ! りゅ、りゅうじ、そ、それ、好き! 好きっ! い、いい、いいの……っ!」
 快感に襲われて甘く応えるだけでなく、恥ずかしさを越えてとうとう素直に報告してきた大河のあまりの可愛らしさに驚きながら、竜児は漲りを増した勃起を使う。
 何度も浅く注挿しながら、竜児はときどき、おのれが我慢できなくなって、大河の中に深く勃起を押し込んでしまう。根もとまで、ぴっちりと埋める。思わずため息するほど、大河の穴は良かった。
 大河は深くされるのも好きなのだった。
「あぁっ!」
 悦んで、勃起をぎゅうぎゅうと可愛らしく締めつけて、大河は登ってきた竜児の背中にしがみついてくる。たまらなかった。
「可愛いよ、大河」
「りゅ、りゅうじ……っ」
 瞳の星もとろけさせ、頬も桃色に染めて、大河は竜児を見つめ返してくる。
 愛しさをこめて、薔薇の唇をついばんでやる。
 そして、竜児はふたたび勃起の先端が浅くなるまで、腰を引く。そして浅い注挿を何度も重ねてやる。
 慣れるまでと、とりあえずは、その繰り返し。
 幾度めかの深い挿入の時だった。
 見つめ合っている、時だった。
「あ、あのね、竜児……ま、まだ、イかないの……?」
 そんなふうに、大河は竜児に訊いてくる。すぐに、大河は薔薇の唇を小波にきゅっと結ぶ。
 なにかに耐えるように。
 だから、竜児にはすぐにわかった。
「大河、おまえ……」
 それだけで、大河にも伝わった。コクンとうなずいて、
「ご、ごめんなさい、竜児……わ、私、だ、だめ……ま、またイクの、また…………い、イって、いい?」
 大河はなんと、許可を求めてきたのだった。
 竜児は心底びっくりした。あんまりに大河は可愛すぎた。
 こいつはどこまで俺のものになりたいという。
 驚きに目を見開いたまま絶句した竜児を、許可しないとでもとったのか、何かこらえるようにして、少し不安げな瞳の色で大河は見上げてくる。
「おう……いいよ、イっちゃえ」
「わ、わぁい……んじゃ、ちょっと、お先に……っ!」
 そんな、おバカなことを言って。
 ありがと、嬉しいな、と、大河はお礼をするように目を細めてから絶頂の痙攣に身をまかせる。
 竜児が深く刺さるように恥丘を突き上げ、竜児を何度もきつく締めつけてくる、精液搾取の反射。
 もう絶頂しているのに、さらに刺激される身体。
 大河にはそれを拒めない。
「はうっ! はうっ!」
 少しずつ、おしっこを吹く。竜児の股間をも熱く濡らす。
 大河にはそれを拒めない。
 股間の刺激よりも強烈に、五感から脳へと流れ込むその様のすべてが可愛くて、可愛くて、竜児を痺れさせる。
 背筋がゾクゾクとする。
 駄目なのだった。がまんができそうにない。
 もっと見たくて、たまらないのだ。
 大河がどうなってしまうのか、もっと見たい。
 もっと、知りたい。
 竜児は大河の絶頂とともに止めていた腰を使って、精液搾取の反射に襲われている大河の穴に注挿を始める。
「んあっ!」
 大河はすぐに反応する。
 反射で締まってきつく狭くなったところを狙うようにして、勃起をぬるっとこじ入れる。
「あっ! う、そっ! そん、なっ! りゅ、りゅ、じ……っ!」
 痙攣すら越えて、大河は瞳を大きく見開き、驚きの声もひときわ甘く、
「わ、私っ! イってるの! い、イってる、のに、そんなっ! やっ! やぁん! ひ、ひど……っ!」
 ひどい、ひどい、と切れぎれに竜児に言い募る。
 すごかった。
 大河の反応も、大河の穴の感触も、すごい。
 竜児は眉もしかめて歯を食いしばって苦しいほどの快感に耐える。
 耐える隙間を見つけて、訊ねる。
「痛いか? 大河……」
「いた、痛く、ないの、おーっ! き、きつい、の! りゅう、じ、お、ちんちん、きつ、い……っ!」
 大河に性器を呼ばれて、竜児は驚くほど漲らせてしまう。
「やん! やん! も、もう……っ! ぐ、ぐって、したら、やあっ! お、おかしく、なる……っ!」
 それなのに、大河の身体は恥丘を何度も突き上げて、竜児を深く欲しがってくるのだ。
 俺の女はなんて可愛い動物なのだろうと、竜児の頬を涙がつたった、その時。
 勃起の裏側にあたる、何かがあることに竜児ははっきりと気づく。
 少し腰の位置を変えて、探るように突き入れる。
 勃起の先端の裏あたりで、その、大河の中にしては不思議と硬い何かをつつく。
「あっ!?」
 はっきりと驚いた成分のある声を大河が上げる。
 その硬いものは、なにかまるで、大河の中に備わったビー球のよう。
「大河……これ、なんだ?」
 勃起でつつくようにして、訊ねる。
「あう! あう!」
「なあ、これ……ここも、気持ちいいのか?」
「う、うん! そこ、おっ! お、奥! わ、わかんない、けど、き、きっと、たぶん」
 し、子宮かも……と、大河は、どこか恥ずかしそうに言う。
「こ、これが……!」
 言って、竜児は絶句してしまう。
 神秘の多い夜ではあった。けれど。
 これは神秘の神秘。
 こんなところにあるものなのか。
 こうして、それに触れることがあるものなのか。
 触れてよいものなのか。
 畏怖の念が湧き起こる。ほとんど感動すら、竜児はしていた。
 われ知らず、けれどすべてを知って、竜児は言っていた。
「大河、大河……きっとこれに射精してやるからな、大河。結婚して、おまえを養えるようになって、そうしたら……俺は、きっと、これに射精するからな、大河……」
 つまり、それは。
 それが意味するところは。
 大河は嬉しかった。
 そんなことまでも嬉しいのだった。
 このひとだからそうなのだった。
 竜児だから。
 ただ竜児だけに、大河は。
 嬉しくて、とろけそう。
 だから、ただただ微笑んで、
「うんっ、うんっ……してね? してね、竜児……っ」
 と、だけ言う。
 大河は微笑めば、竜児もまた微笑むのだった。
 なぜそうなのか大河は知っているのだろうか。
 大河の微笑みは、それ自体が竜児の喜びだから、竜児は微笑むのだ。
 そして、大河の肯定の返事はそれ以上の喜びとなってあふれかえり、竜児の胸をいっぱいにする。
 けれど今は、これだけと、
「じゃあ、いくよ、大河」
「う、うん……っ」
 言って、大河の可愛い応えを得て、竜児はふたたび腰を使い出す。
 今までに得たコツと勘にすがって、徐々に注挿の速度を上げる。
「あっ! あっ! あっ! あっ!」
 必死で甘く応える大河の声が、速度を上げた注挿と同期する。
 それもまた可愛いのだった。
 竜児は高まっていく。
 竜児はやがて激しく腰をふりたくる。
 大河の身体を信じて、遠慮なく貫きまくる。
 大河の胸の上で、ちいさな乳が薄いプリンのように揺れる。
「っ! っ! ! ! ……!」
 喘ぎ声すら追いつかず、大河は目蓋をきつく結んで、ただただ唇からちいさな桜色の舌を出したまま震えるばかり。
 なにもかも可愛い。
 竜児は高まる。
 おのれも息を詰め、歯を食いしばって汗を散らす。
「し、死んじゃう! 死んじゃう!」 
 かつて知らないほど高められてしまった大河が叫ぶ。
「イって! りゅうじっ! イって!」
 必死で懇願してくる。
 果てることで応えようと、竜児は目すらつぶって、獣のように尻をふりたくった。
 ひたすらに、ひたすらに、ふりたくった。
 けれど。
 竜児は不意に、その動きを止めてしまう。
 驚いたように双眸をかっと見開き、大河の向こうの畳を見やる。だが畳など見ていないのだ。
 息を詰めていた分、ただただ激しく喘ぐ。
 射精はしていない。
 先に竜児の体力の限界が来たのだった。疲れ果てた。いささか情けなかった。
 一方、大河はといえば、動きを止められるのも駄目なのだった。
「あ……っ! りゅ、じ、ご、ごめ、なさい、ま、またっ!」
 切れぎれに詫びて、絶頂してしまう。
 白く激しく美しい、大河の絶頂を眺めて。感じて。
 喘ぎながら竜児は涙を流す。
 涙しながら、竜児は気づいたのだった。
 おのれが大河の絶頂にも、精液搾取の反射にも、射精しなかったのは、耐えていたせいではなかったらしいということに。
 初めて体験するつながりによって、大河の身体によって、知らぬところまでおそろしいほどに高められているのは感じていても、なお、竜児は。
 どうやら俺は、たんに射精できないのかもしれない――


  * * *


 つながってから、これがもう何度目かはわからない。
 けれどそれは、何度見ても素晴らしかった。
 大河の絶頂を眼下にしながら、汗まみれに喘ぎながら竜児はやはり涙を流す。
 初めて遠慮なく激しく腰を使った後も、竜児は体力の回復を待って、注挿を再開した。
 二度、三度と、狂おしく腰を振りたくり、挑戦した。そして。
 挑戦して、敗北するたびに、確信は深まっていく。
 俺は射精できない。
 大河にだけは気づかれまいと、楽しむ素振りすら見せて、竜児は休憩をはさんで体力の回復を待つ。
 それまでに大河からは何度も、射精するよう懇願された。哀願された。
 これが竜児の責めであると、遊びであると意地悪であると、大河には思われた方がいい。
 そう大河には思っていて欲しい。
 勃起が萎えないことだけが、唯一の救いだった。
 大河に気取られまいと、快感に苛まれてとろけきった大河の瞳に微笑みを見せて、ふたたびゆるやかな注挿を開始しながら。
 竜児はまったく困惑していた。
 なぜだかがわからない。
 驚くほどに高まっているはずなのに、どうしても射精のトリガーが身体の内部で引かれる気配がない。
 下腹部のどこか、勃起の付け根、睾丸の奥あたりに感じるはずの、やはりスイッチを連想させる、あの感覚だけがまったく遠い。
 どうすればいいのかがわからない。
 想像の中で大河を犯し、射精したことなら幾度もあった。なのに。
 想像をはるかに越えて素晴らしい、大河との心と肉のつながりをこの現実に得ているというのに、なぜおのれは射精できない。
 こんなことがあるものだとは思いもよらなかった。
 他の男も、こんな困難に見舞われることがあるのだろうか。
 なにか技術があるのだろうか。
 まったくわからない。教えられても、知らされてもいない。
 やはり、おのれで解決法を見つけるしかないのだ。
 しかも、これこそ、今度こそ、自分ひとりで見つけるほかはない。
 今夜、竜児が学んだ多くのことは、すべて大河とふたりで見出して来たのだった。
 大河を可愛がる方法、大河とつながる方法。
 未熟な竜児に、大河はこの上もなく大切なはずの自分の身体のすべてを捧げてくれた。ゆだねてくれた。
 そうして、すべてをふたりで探り当てて来たのだ。
 だが、これこそ、今度こそ、竜児はひとりで見出さねばならない。なぜなら。
 竜児が射精できないと知れば、きっと大河はむしろ自分に問題があると、大河の身体に問題があると、考えるはずだからだ。
 竜児をひどく罵りもするくせに、もっとも大事なぎりぎりのところで大河はいつも優しい。
 竜児を傷つけるくらいなら自分が傷ついた方がましだと、常に迷わず選ぶような女なのだ。
 しかしその想いは、逆に竜児のものでもあった。
 竜児は自分が優しいなどとは思わない。だが、大河が傷つくくらいなら、おのれが傷ついた方が全然ましなのだった。
 愛しているから、だと思う。
 愛しているから、隠さねばならない。
 けれど、また。
 大河も竜児を愛しているのだ。
 そして大河は竜児よりも何倍も鋭い。
 遅かった。
「竜児、どうしたの……?」
 愛してくれる者から、隠しきれるものなどないのだった。
「大河……」
 大河の眼差しがこわくて、竜児は一瞬、目を泳がしかける。
「竜児っ」
 優しく叱咤されて、竜児は観念して大河の瞳を見て、おのれの目の奥を晒した。
 大河の宝石のような瞳が吸い込む光とともに、俺の心も吸われていくなどと、竜児はつい思ってしまう。
 本当に、そうなのかもしれなかった。
 大河はもう答えを得たのかもしれなかった。けれど。
「どうしたの? 竜児。教えて、私に」
 声音こそ穏やかに、しかし大河はあくまで竜児の口から聞かせて欲しいと、挑んでくる。
 震えていても、喘いでいても、猛獣の瞳。
 場違いにも、竜児はちょっと痺れてしまった。これが俺の女なのだ。
 そして今は、ふたりですべてを生きていく同志。
「おう。どうも射精できないらしい」
 応えて、素直に告白する。大河は震えない。
 竜児が素直に言ったことに対して、大河は微笑んでくれたようだった。まるでご褒美のようだった。
「そう……で、竜児は、どうしたいの?」
 どうしたいの、と来た。
 なるほどと竜児は思う。
 射精をしない、と決める手もあるのだった。
 ふたりは確かにつながることに成功したのだ。
 だから射精をせず、このまま終わるという手もある。けれど。
 竜児には欲もあった。愛もあった。
「さっき言った通りだ。俺は射精したい。おまえに、それを見せたい」
「……うん、わかった。私も竜児に射精して欲しい。私で、気持ちよくなって欲しい」
 惚れぼれとする猛虎の瞳はそのままに、大河は頬を薔薇色に染めあげた。
「さて……どうすればいいんだろね……?」
 そう言って、大河は瞳を眇めて竜児からも視線をそらし、唇も結んで思案顔になる。
 つまりは、ふたりで見つけようね、ということなのだった、大河は。
 今度こそはひとりで、などと悩んでいた竜児は、また危うくヘマをやらかしかけていたらしい。
 大河が呼ばわるとおり、俺はまったく馬鹿な奴だと、竜児は思う。
 ふたりで生きていくとはどういうことなのか、いまいちよくわかっていない。
 ふたりで生きていくとはこういうことだと、大河の方がよっぽどわかっているようだった。
 おまえがいなければ駄目だと、竜児は思う。
 おまえが愛を教えてくれるのだと、竜児は思う。
「愛しているよ、大河」
「へっ? なに? なによ……っ! あ、愛しているわよ、私だって。……あ、言えた」
 あれほど妙に、言うのに苦労していた言葉を、さらっと言ってしまって大河は気づいた。そしてコロコロと表情を変える。
 やった言えたわーい、と瞳を細めて唇をほころばせ。そうかと思えばすぐに、えーでもこんなん……? と、瞳も眇めて唇もつんと尖がらせる。そしてまた微笑んで……と表情のセットを繰り返す。つまりはまったくいつもの大河であった。
 さすがの鈍で鳴らした竜児も気づく。
「おまえひょっとして、さっき言いたかったことって、愛してるってことか?」
 でもそんな指摘自体がまさに鈍感であるのには気づかない。これまたいつもの竜児なのだった。
「うわあ、あんた。モロに言わないでよ。なんかさらに台無し感が……まあ、そうよ。言いたかったの、それを、あんたに。あーあ、だけどなんかもっとこう、激しくロマンティックな感じで言いたかったな……」
 などと言って、結局、大河は薔薇の唇を蕾と尖らせたところで表情を落ち着かせてしまう。
 べつにおねだりと勘違いしたわけではないけれど、竜児はその大河の唇を、唇でひとつ、ついばんで言った。
「じゃあ、俺がおまえの中でイッた時に、聞かせてくれよ。もう一度」
 そんなことを言われたら、想わずにはいられなくて。大河はまたへその下を熱く疼かせて、つい竜児のものをきゅっと締め付けてしまう。跳ね返ってきた快感に、震えながら切なげに耐えて、
「い、言いたいけど……自信ない」
 恥ずかしいのか、照れたように微笑んで大河は言う。
「きっと私、そんなの……だ、駄目だもん……」
 竜児に射精されたら、私もイクに決まってるもん……と。
 竜児は少し驚いたように眉を上げて、それからまた優しげに(大河にはわかる)目を細めて、もう一度、大河の唇をついばんでくれた。
 優しい竜児、大好きな竜児。
 気持ちよくなって欲しい。でも、どうすれば。
 考えるだけではよくわからないから、大河は訊いてみるしかない。
「竜児は、射精したことあるんだよね?」
「おう……そりゃあ、あるよ。もちろん」
「ん……じゃあ、その方法は使えないの……?」
 すると竜児は、急にどぎまぎして、頬なんか気持ち悪い(でも大河は可愛いと思う)ピンク色にしてみせる。
「方法って、手でこする、とかか? あ、いや、そうじゃねえよな……」
 ほうほう手でこするとは。
 思わず大河は興味津々、詳しく訊きたくなる。
「そうじゃない、ってことは……ほ、他の方法とかも、あるの?」
 すると竜児はいよいよ耳まで真っ赤にして、薄い唇を尖らせて。本当のことを言ってくれる時の顔をして、ぶつぶつと呟く。
「方法ってか……お、おまえなんだよ」
「へ?……わ、私?」
「おう……ほんとにわかんねえのか? わ、わかんねえか……ああくそ、だからな」
 とうとう竜児は目をつぶり、急に痒くなったみたいに頭なんか掻きだして。
 やがて、うしっ、と決意のうなずき。目を開いて大河を見つけて、それでもやっぱり唇を突き出して。なんで不平でも漏らすように言うのだか。
「お、おまえを想って、するんだよ……」
「え? ……えーっ!?」
 竜児の言葉が腑に落ちて、大河は驚いて、絶句してしまう。
 驚いたけれど、やっぱりずきずきしてしまうのだった。なんだかすごく、嬉しいみたい。
「そんな驚くことじゃねえだろ……。とっ、当然じゃねえか……と、当然、なんだよ」
 当然というわりには何度もどもって、竜児は今度は正真正銘、不服そうに言う。
 大河はなんだか胸もどきどき。
「とっ、当然なんだ……わ、私で、したの……一回、だけ……?」
 ふう、と竜児がついたため息は、観念のため息のようだった。
「何度もしたよ。数もわかんねえくらい。おまえを想って、何度もした……射精した」
「はっ、はうっ。はう……っ!」
 ずきずきがきつくなって、大河は思わず喘いでしまう。竜児はすぐにおちんちんを大きくして、私のあそこは勝手に竜児のを何度も締めつけて、困ってしまう。思わず言ってしまう。
「りゅ、竜児の、えっち……っ」
「……ほんとな。俺も驚いた。おまえにはえっちなんだよ、俺」
 そんなことを言われても、やっぱり嬉しいのだった。
 そう、でも。だけど、すると。
「じゃ、じゃあ、なんで射精できないんだろ……?」
 つながってるのに……と大河は独り言してしまう。
 私を想って何度も射精したというのに、その私とつながってさえいるのに、竜児は射精できないというのだった。
 じゃあ、すると。やっぱり。そんなのやだけど。
「わ、私の身体がいけないのかな……?」
 そんなことしちゃだめなのに、我慢できなくて。つい大河はすがるように上目遣いで竜児の顔を見てしまう。
「いや、それはない」
 一切、躊躇も間もなく、竜児は断言する。
「おまえの身体は最高だよ……まあ、おまえが最高なんだが、とりあえず……おまえの身体は最高だと思う。こんなにえっちで可愛い女、ほかにいるわけねえ。おまえで射精できなかったら人類が滅ぶ」
 いきなり人類の命運とか担っちゃたりして、でも竜児は本気なのだった。大真面目で淀みなく言ってのける。
 そんなの嬉しいに決まってるけど、バカだとも思ったり。
「ほ、褒めすぎ。他の娘なんか、知らないくせに……」
「まあな、確かに他の女は知らねえ。おまえが初めてで……最後の女だ、俺には」
 こんなの駄目。まっすぐ、ほだされてしまう。
 名前を呼ぶのがせいいっぱい。
「竜児……」
 けれど負けじと、大河も一生懸命に言う。
「わ、私も……私もなの。竜児が初めてなの……竜児にしか、あげないの……」
 竜児は嬉しそうに、優しい目(私にはそう見えるの!)をして、微笑んでくれた。
「そうか……じゃあ」
 そこで竜児は言葉を区切って顔を寄せ、またひとつ、薄くて熱い唇で大河の唇をついばんで、
「いっぱいえっちなことしような、大河」
 吐息の届く近さで語りかける。
 大河は驚いて、嬉しくて、声も甘くとろけてしまう。
「りゅ、竜児……っ」
 ずきずきっ! と、大河のへその下が甘く激しく疼く。あまりの刺激に閉じた目蓋の長い睫毛も震わせて大河は耐える。
「これからずっと、たくさんえっちなこと、しような、大河。……ずっと、ずっと、いっぱい可愛がってやるからな、大河……」
 そんなの、嬉しくて。駄目。
「あう……っ、りゅ、りゅうじ……っ」
 あまりにずきずきして、大河はとうとう甘い喘ぎを漏らす。指先までも甘く痺れる。
 目蓋を開けば、潤んだ瞳に星を揺らして竜児を見つめて、大河は応える。
「う、うんっ、うんっ。う、嬉しい……っ。い、いっぱい、可愛がってね? わ、私、可愛くするから、がんばるから……だから、ずっとずっと、可愛がってね? 竜児……っ」
「がんばんなよ。遅いんだよ。おまえもう、とっくに可愛いんだよ。この世で一番可愛いんだよ、ダントツだよ、おまえは……俺に、とっては」
「竜児……」
「離さねえぞ」
 こわくて優しい眼差しで大河の瞳を捉えて、声音も低く優しくして、竜児はそう言った。
 その短い誓いの一言が、瞬間、誰も――竜児さえも大河すらも思わぬ重さと鋭さを得て、心も身体も貫いて大河の魂に届く。



 かつて愛があったようだった。
 なぜならば離されて、そこが癒えぬ傷となったからだ。
 いつまでも思い出したように血を吹き流す、ふたがれることのない傷があるから。
 先に心の傷があるのだった。そしてそれより先には遡ることができない。
 遡っても、かつて一度も愛などなかったとしか思えない。
 ただ傷が――不思議と血を止めぬ傷が心にあるから。
 私はどうも、もがれては癒えない何かをもぎ取られたらしいと。
 離されてはいけない何かから離されてしまったらしいと。
 大河はときどき他人事のように、血を流す心の傷を眺めてきた。
 へえ、まだ出るものなのねと。
 もう私は痛くないのに。
 不思議、と。
 もがれたもの、離れたものは何なのか。
 愛かと思えば、鼻で笑ってしまうのだ。
 そんなものなわけはない。
 なぜならそんなものは心のどこにも見当たらないからだ。
 ただ傷しか、見当たらないじゃない。



 それは言葉に過ぎない。
 けれどそれは大河が愛する者の言葉だった。
 自分よりも、大切に思えるひとの言葉だった。
 想い人から好かれない私は切なく悲しく哀れだと、恋が否応無く鍛え上げたおのれ自身への愛を越えて。にもかかわらずそのおのれよりも大切だと、心の底から初めて想えた、ただひとりのひとの言葉だった。
 ただ見ているだけで、生きてさえいけると思えたほどの、ひとの言葉だった。
 だから、だというのか。
 魂に届いた言葉はひるがえって、大河の心の傷を焼いた。そして求めていたものが何かを大河に知らせた。
 身体へとひるがえったそれは、大河の唇をわななかせ、瞳から涙となって出た。
 この涙を見ても竜児は驚かない。
 ただひたすらに優しく、愛しさを込めた眼差しで大河を見つめてくれるだけ。
 竜児は幾多もの大河の涙たちから、きっとこの特別な涙を見分けることが出来ない。それでも。
 知らずに、大河すら知らなかった求めているものをくれるひと。
 愛している、私の奇跡。
 竜児。
「竜児……嬉しい」
 ようやく微笑んで、大河が言った言葉は、ただそれだけ。
 離さないで、とも言わないで。なぜなら。
 離さないで、なんて言っても、意味はないから。
 離さないで、と言っても、離れるものは離れることを、大河は知っているから。
 だから。
「私も、離さないよ、竜児……」
 今は、それだけと、誓って。
 いつか、教えてあげると思って。
 こみあげる愛しさにまかせて。
 大河はおのれから薔薇色の唇を竜児の唇に逢わせた。
 衝撃で取り戻してしまった心。その心から身体を取り戻したくて、唇を唇でついばんだ。
 魔法よもう一度解けてと、竜児の舌に舌を絡めた。
 竜児の言葉に貫かれたように、竜児の身体に貫かれたくて。
 竜児の舌を必死で貪った。けれど。
 なかなか魔法は解けなくて。
 どうして、と。
 大河が焦りを感じ始めた時、竜児が舌を絡めるのを止める。
 駄目、駄目、と。
 大河は竜児の舌を追いかけるけれど、竜児の舌は退くばかり。
 やめてはいや。やめてはいやなの。
 けれど、とうとう竜児は唇を離す。
 大河は悲しくて涙を流す。
「やめちゃいやぁ、竜児……っ」
 懇願する。
 どうしたのだろう。嫌がられたのかと不安になる。
 けれど。
 竜児はちゃんと、愛しそうに大河を見つめてくれていて、
「やめねえよ。舌、出せ、大河」
 そう、命令してくれるのだ。
 だから大河は思わず、
「はい……」
 と返事をして。
 濡れた唇から桜色の舌を出す。
「もっと、口開けて。もっと舌、伸ばせ」
 ずきん、と、来た。
 とうとう、魔法を解除する甘い疼きの呼び声が身体に響いたのだった。
 嬉しくて、大河は別の涙を流す。
 はい、と、
「はひ……」
 口を開けたまま恥ずかしい返事をして、大河は自然と目蓋を閉じて、一生懸命、舌を伸ばす。竜児に捧げる。
「いい子だ」
 なんて、竜児は言って。
 唇と唇が触れるほど近づいて、宙に竜児へと捧げられた大河の舌の裏を、竜児の舌が舐め上げる。
 ずきずきっ!
「はっ! はっ!」
 甘い疼きがきつくて、大河はとうとう喘いでしまう。
 やっぱり竜児は助けに来てくれたのだった。
 魔法を、解きに来てくれたのだ。
 まるでおとぎ話の王子さまのよう。
 なんて素敵なの! 嬉しい! と、そう、素直に思って。
 大河は舌を竜児に嬲られるがままにゆだねる。
 へその下は毒のように甘くずきずきと疼き。
 大河が声をあげるたびに、挿し込まれた竜児が太くきつく漲っていくのが分かる。
 竜児のえっち。
「あっ! あっ! お、おっきい、の……りゅうじ、の、おっきく、なって……っ!」
「おまえが可愛い声なんか出すからだよ」
 だって、竜児なんだもん。
 竜児、大好き。
「あうっ! あうっ! 好きっ! 好きっ!」
 快感に貫かれて、大河は夢中になって竜児にしがみつく。
 それがさらに竜児を激しく勃起させる。漲りを取り戻したそれを、大河の熱く濡れたきつい穴に深く深く挿し込む。ぴっちりと、根もとまで。
 たまらなくなって、竜児も喘いでしまう。
「ああ……大河……っ」
「あっ! 奥っ、深いの! お、おっきい……っ!」
「最高の穴だ、おまえの穴、最高の穴だ……くそっ、この穴に射精してえ……!」
 射精のあの感覚を必死でとりもどしたいと、竜児は大河の奥までぴっちり挿入した勃起を、意志の力で息づくように何度も漲らせる。
 大河は竜児のいやらしい言葉に身も心も貫かれてしまった。初めてそれとわかる感覚、漲らされて脈打つようにきつくなる快感に苛まれながら、大河は必死で応えた。
「してっ! してっ! 私のに、射精して! 竜児のなの! 私の、竜児の穴なの! 竜児のためだけの穴なの! なにされてもいいの! なにされても! 私の穴、使って! 射精してっ!」
 涙をちぎって叫ぶ、驚くほどいやらしい言葉に、大河の愛があふれる。伝わる。
「た、大河……」
 竜児は涙を流す。
 その愛しい涙を見つけて、大河は一瞬、微笑んだ。
「優しい、私の竜児……遠慮しちゃ、だめ……! 私はあんたのものなの! あんたのものにして! なにしてもいいの、竜児! 私、なにされてもいい! お、おも、おもちゃみたいにして! 私を、おもちゃみたいに使って! 私の身体、私の穴、使って! 私の穴、竜児のおもちゃにして! わ、私、なりたいの、竜児なら、私、竜児の、おもちゃになりたい……っ。だって、あ、愛してるの……っ!」
 喘ぐように一気に告白して、大河は驚いたように瞳を大きく見開いた。見開かれても星を揺らして、涙もとめどなく。
 竜児もまた、眦が裂けるほどに目を見開いて、あふれる涙をこぼす。
 涙して、ただ抱きしめた。
 いったいそうするよりほか、これほどの愛におのれの何で応えられるという。
「大河……」
 大河もまた、せいいっぱい腕をまわして、竜児をきつく抱きしめ返す。
「竜児……さ、お願い、ね? おちんちん、挿して……」
「お……おう」
 うながされて、竜児は応えて腰を使い始める。勃起を引き抜いて、また深く挿し込む。
「あぁっ! りゅ、竜児、好き。愛してるの……」
 引き抜く、挿し込む。
「あっ! 好き、愛してるの……っ」
「好きだよ、愛してるよ、大河……」
 徐々に注挿の速度を上げていく。疲労は完全に消えているようだった。
「あっ! あっ! あっ! りゅ、りゅうじっ! しゅ、しゅき、あいしてるのっ!」
 快感に突き上げられ、大河は舌の根まで甘く震えさせる。
 可愛くてたまらなかった。大河の声は何度でも竜児を漲らせた。
「あーっ! りゅ、竜児……っ! あ、あのね? あの、イけって、ゆって? 命令して、欲しいの……」
 これは初めてのお願いのはずだった。竜児は少し驚いて、訊ねかえす。
「た、大河。イキたいのか?」
 大河はコクンとうなずいて、
「うん。イキたいの……イけって、め、命令して? 竜児……そしてね、私がイったら、その穴、使って……」
 竜児は息を呑んだ。
「っ! た、大河……」
「だめ、腰、止めちゃ……挿して? 挿して? あっ! あっ! そ、そう……っ!」
 うながした注挿に甘やかに応えてから、いっそ大河は微笑んで言うのだ。
「め、命令、してね? 竜児……私、いっぱいイクから。いっぱい、可愛い声、出すから。だからね? イってる時の、私の穴、使って? イってる時の穴で、おちんちんしごいて? イってる時の、私の穴、竜児のおもちゃに、して……」
 こいつをどうすればいいのか。
 たまらなかった。
「うん、うん……わかったよ、大河。するよ。イってるおまえの穴、使うよ……」
「うん……挿して! 挿して!」
 竜児は大河の悦ぶやり方で腰を使う。責めを詰める。
 大河は入り口を何度も擦られるのが好きだった。
「あっ! やっ! やっ! 竜児の、好きに動くの! 私じゃ、なくて……っ」
 大河は奥まで深くゆっくりハメられるのも好きだった。
「あーっ! りゅ、りゅうじ……っ!」
 大河は素早く引き抜かれるのも好きだった。
「あーっ! め、命令っ! 早くっ!」
「だめだよ、大河。我慢するんだ……」
 大河は子宮をつつかれるのも好きだった。
「やぁんっ! やぁんっ! ひ、ひど……っ! だ、だめだってば……っ! め、命令、してっ!」
「だめだ。まだイクな、大河」
 ぜんぶ、してやる。
「うぐ、うぐ、うーっ! んっ、んっ、んぐ! ひ、ひどっ! ひどいの! も、もう、許して! め、命令してっ! りゅ、りゅうじっ! ひ、ひど……許して、許してっ……あーっ!」
 耐えきれず舌を出して声をあげる以外、ちいさな歯を食いしばって耐え続けている大河の頬を、竜児は手のひらで優しく撫でて、
「可愛いよ大河。俺のおもちゃ。愛している。イけ」
 命令した。
 絶頂をこらえて辛そうに眇められていた大河の瞳が、わあっと花が咲くように見開かれて星を散らした。こらえて硬くしていた薔薇の唇もふわりと開いて、その一瞬の自由に、大河は、
「愛してるの。使って」
 驚くほどはっきりと、そうとだけ言って。
 絶頂した。
 痙攣して、匂いと涙と汗を散らして、大河は白く美しい動物になる。
 淡色の髪雲を従えた、熱く滑らかな動物になる。
 その動物のいやらしい穴に、竜児は漲り切った勃起を突き入れた。
 熱くきつく濡れて狭い穴に、竜児は何度も突き入れた。
「おーっ! おーっ!」
 大河が可愛い獣の声を上げる。
 精液搾取の反射に白い尻を跳ね上げる。何度も竜児をきつく締める。
 切れぎれに放尿して、竜児の股間を熱く濡らす。
 すべて捧げてくれているのだ、この女は。
 途方もない。
 おのれに何が返せるというのか。
 絶頂する大河を貫きながら、絶頂を越えて貫かれる大河の快感が竜児に流れ込んでくる。
 今夜何度もそうしてきたように、またも竜児は涙する。
 涙すら流す。
 そして、気づいた。


 俺は大河の涙を流しているのだと。


 泣きながら、突き入れて。
 竜児はとうとう気づいたのだった。
 大河がすべてを捧げてくれたから、竜児は大河の涙すら流すのだと。
 俺の身体を流れる甘い疼き。身体の奥の知らない臓器に流れ込み散る、毒のように甘い流れ。
 知らぬはずだった。そんな臓器など、俺には無い。
 それがあるのはきっと大河だ。
 大河から、来ているのだ。
 大河がすべてを捧げてくれるから。
 泣きながら、突き入れて。
 いまや今宵の初めてのキスの謎すら解けたのだと思う。
 唇におのれのすべてを込めて。
 大河は最初から竜児にぜんぶを捧げてくれていたのだ。
 だから竜児は大河の涙を流す。
 大河を苛む快感に想いを寄せて、大河を貫く快感をこの身に受け止めて。
 だから竜児は大河の涙すら流す。
 それこそが愛だと思っていた。
 これほどに愛しているのに、なぜ射精できないと思っていた。
 泣きながら、突き入れて。
 竜児にはわかった。愛はそれだけではないと。
 おそらくふたつの愛があるのだ。その両方がないと完成しないような、ふたつの愛が。
 大河が捧げ、俺が受け止める。これは愛だ。ただし奪う愛だ。
 いけないわけではない。それも無くてはならない愛だ。
 けれど、わかった。
 俺はわかっていなかったことが。
 ヒントはいくらでも、そこらじゅうにあったのだ。
 大河のように俺は美しくない。
 大河のように俺は可愛くもない。
 かといって格好良くもない。だから。
 俺は俺の身体が恥ずかしい。
 なにを考えていたというのか。
 身体にまつわる恥も哀れもなにもかもを投げうって、大河は竜児に自分のすべてを捧げてくれていたというのに。
 与えてくれていたというのに。そうだ。
 大河の愛は与える愛だ。
 それが、奪う愛と対になる、もうひとつの愛なのだ。
 泣きながら、突き入れて。
 竜児はついに決意する。
 逆にする。逆にしなければならない。
 おのれのすべてを大河に捧げる。与える。
 おのれのすべてを大河に受け止めてもらう。
 射精ができるかどうかなぞ、知ったことではなかった。とにかく。
 俺のすべてを大河に捧げなければ、愛は完成していない。
 俺のすべてを大河に奪わせなければ、愛は完成しない――
 泣きながら、突き入れて。
「大河!」
「りゅ、りゅう、じ……」
 途切れぬ絶頂に震える大河に呼びかける。
「俺はおまえのものだ、大河!」
 あふれる涙を吼えて散らす。
「俺はおまえに俺のすべてを捧げたい! 俺のすべてを奪ってくれ! 俺の涙を流して欲しいんだ、おまえに! 大河!」
 唐突な上になにがなにやら滅茶苦茶だが、竜児は思ったとおりの思いのたけをぶちまけた。けれど。
 唐突なのに、滅茶苦茶なのに。
 大河は痙攣に抗って、微笑んですらみせて。
「うん、わかった……」
 一片の謎もないかのように応えてくれたのだった。
 わけがわからないが、こいつは最高。
 俺の女は最高の女。
 思って、竜児は、優しさもここまでと、
「じゃあ、いくよ。大河」
 穏やかな声でひとつ、言って。
 大河の返事も待たずに。
 腰を激しく使い出す。
 動物になった大河を追って、おのれも動物になるために。
 獣に、なるために。



 竜児に激しく貫かれて。
 大河は狂おしい快感の中、必死に目蓋を開いて竜児を見つめていた。
 私の甘い声を燃料にして、私を貫く愛しい獣。
 渦巻き貫く毒のように甘い快感も、愛しくて大河が微笑むことを止めることは出来ない。
 喘いで、汗を散らして。私の竜児ったらひどい顔。
 月の影に下から蒼く照りかえされて、竜児の顔はスペースお化け屋敷ライド全開。
 汗が目に入ってぎゅっと閉じ、かっと見開いては私を見つめる竜児の目なんて、血走って、もう。
 殺すぞ――――――っっ!
 犯すぞ――――――っっ!
 奪うぞ――――――っっ! てなもん。
 奪ってくれとか言ってたくせに、奪う気まんまんの鬼畜犯罪者にしか見えない。
 私じゃなかったらきっと気絶モノ。心臓の弱い方はお控え下さい。
 竜児ったら汗だくで、必死で腰をふりたくり、息を詰めたり喘いだりで口も歪んでひんまがり、インコちゃんみたいなイマイチ色の舌も踊らせて、次には歯も食いしばって、まるで間近に警察が迫ってとにかく大忙しの、全力疾走の凶悪逃亡犯。
 もう笑っちゃいそう。だって竜児ったら、まるで。
 全力疾走、の。
 大河は笑わなかった。
 泣いた。
 竜児に向けた大きな瞳は光を揺らす泉になった。
 気づいたのだ。気づいて、とめどなく涙があふれる。
 大河はこの竜児を知っていた。
 私を目指して、死に物狂い。
 ひどい顔して、全力疾走。
「竜児……っ」
 文化祭のミスターコンテスト、福男レース。
 父に裏切られて、だけどミスコンテストで優勝して。
 たったひとりになった私のために。
 たったひとりになった私を目指して。
 私の傍に俺がいてやるんだ、って。
 竜児はレースに参加したのだ。参加して、そして。
 走ってくれた。
 ひどい顔して、死に物狂いで、全力疾走。
 ゴールにいる、私を目指して。
 私の、ために。
 二度と無いと、思っていた。
 あんな素晴らしいこと。
 こんな素敵なひと。
「来て……っ!」
 立ち上がらなきゃ。
 立ち上がれないけど、立ち上がらなきゃ。
 立ち上がって、今度こそ竜児を迎えるの。
 今度こそ、遠慮して座りなおしたりなんかしない。
 今度こそ、私は立ち続ける。
 私のために走ってくる、竜児のために。
 竜児が走ってくる。私のために。
 素直に叫ぶの。何度でも。
「来てっ! 来てっ!」
 そして立って迎えるの。
 ゴールに飛び込んだ竜児の胸に飛び込むの。
 涙を隠さず、甘えるの。
 大好きって、今度こそ言うの。
 今度こそ。絶対。
 そうしないと。絶対。
 こんな素晴らしいこと。
 こんな素敵なひと。
 竜児の熱く濡れた胸に、手をあてた。
 竜児の激しく振りたくられる腰に、両脚を絡めて締めつけた。
 両手を必死に伸ばして、竜児の首にしがみついた。
「来てっ! 竜児っ、来てっ!」
 私を深く貫いて、その時。
 竜児の動きが、ぴたりと止まった。
 止められるのも、駄目なのだった。
 瞬時に大河は高まって、甘い声ひとつ上げずに絶頂しそうになる。
 寸前の反射で締めつけて、跳ね返ってきた快感のあまりのキツさに息も止まって、大河は気づいた。
 驚くほど先の方まで、竜児の勃起がかつてないほど太く凄まじく漲っていることに。
「りゅ、りゅう、じ……っ」
 竜児は歯を食いしばって、静かに喘いでいた。
 すべての殺戮に勝利して、周囲を埋め尽くす亡骸をひと眺めする、勝ち誇った獣の中の獣のような目をして、薄暗い部屋のぐるりを見渡して。
 そんな目のまま、大河の瞳に目を落とす。
 そんな目のまま、優しい光を宿してみせる。
 月光の中、凄まじく、美しく、
「来たよ、大河。来た」
 とだけ、言う。
 ふたたび勝利した獣となって、来てくれた竜児。
 大河は痺れてしまう。
 なんて凄まじいのだろう。
 なんて美しいのだろう。
 これがこのひとの絶頂なのだ。
 私の竜児の、絶頂なのだ。
「じき射精する。おまえの舌をくれ、大河。俺に射精されてイっている、おまえの舌を吸いたい」
 こんなものまで、奪われるのだ。
 そんなところまで、奪ってくれるのだ。
 最高の男。
 嬉しくて、とろけて。
 来てくれた竜児を迎えるために、すべてを奪ってもらうために。大河はそっと桜色の舌を竜児に捧げた。
 大河の絶頂が来る。



 絶頂する大河の舌を吸いながら。
 絶頂する大河の穴めがけて最期と尻をふりたくる。
 すでにスイッチは入っていた。
 竜児は瞬時に高まっていく。
 俺の涙を、おまえに注ぎ込むのだ。
 俺の血を、おまえに注ぎ込むのだ。
 獣のように腰をぶつけて、なおかつ愛しいと思うおのれを、どうすればよいのか。
 俺は、魂は、どこにあるという。
 どきどきと鳴る心臓も足りはしない。
 俺の心臓を手に取り出して、大河の心臓にのめり込ませても。
 くっつけ、こすりあわせても足りはすまい。
 なにも及ばない。捧げ足りない。
 だから俺はせめてと、涙を、血を注ぎ込むとでも。
 大河。
 大河。
 妹のように思った女だった。
 娘のように思った女だった。
 そして今は、やはりどんな言葉も及ばない。
 酔った大人の女の声だろうか、窓の外、誰かが遠くで大きな笑い声でわめいている。
 苦しくてたまらない。
 苦しくてたまらないと、大河も瞳をきつく閉じる。
 苦しくてたまらないと、大河も声をあげる。
 大河の目蓋の上に結ばれた雫は、俺の汗か、おまえの汗か。
 美しいおまえ。
 俺の女。


 いま、俺の涙が、大河の中に。
 俺の血がおまえの中にあふれる、と竜児は思った。


(この章終わり、16章につづく)


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