ちいさな喫茶店にて
「カランカラン」と入口の鈴が鳴り1人の青年が入店してきた。
 
「いらっしゃいませ」
「今日は冷えるねマスター、もう暦の上じゃ春だってのに」
「ほんとですね、今夜は雪でも降るんじゃないですか」
「全くだよ、俺の懐も冷える一方だ」
「コーヒーでも飲んで暖まってください、レギュラーでよろしいですか?」
「ああ、それとケーキかなにかある?疲れた時には甘い物を摂りたくなるからな」
「そういえば、お客さん、大分疲れてるみたいですね、そんなに険しい眼をして」
「目つきが悪いのは生まれつきだ、でも他人から見ても疲れているのは判るか・・・」
「何か悩み事があるならここで愚痴をこぼしていったらどうですか」
「はっ?」
「男は見栄張ってナンボの生き物、学校でも家庭でも愚痴はこぼせない、赤の他人だからこそ話せることもあるんですよ」
「・・・別に悩みなんてねーけど、・・・大体読者の目があるからな」
「大丈夫です、うちはお客さんのプライバシーは完璧に守られるんで、読者からは誰か判りません」
「ああ、そうなんだ」
「はい、このSSは全編こんな感じです。誰だか全然わからないので何でも喋れますよ、ちなみにここでは顔見知りと出会っても知らないフリをするのがルールです」
 
そこまで言うとマスターはカウンターの中から一枚のボードを取り出し青年に見せる
 
1 好きなだけ愚痴を言ってください
 
2 1人で来店してください
 
3 知り合いに会っても知らないフリをしてください
 
4 ここで聞いた事は他言しないで下さい
 
「このようなルールになっています。何のしがらみにもとらわれず愚痴を吐ける場所、それがこの店なんですよ」
「愚痴ねえ・・・いつも愚痴ってるからな俺、そんなに溜まっては・・・」
 
「カランカラン」とドアの鈴が鳴り別の客が入店してくる
 
「チャオ〜、マスター」
「いらっしゃいませ、いつものカフェオレでよろしいですか?」
そして青年の隣に座るが新たに入店したモデルのような美しい女と青年は目が合うと互いに黙り込んでしまう
 
「どうしましたお2人とも急に黙り込んじゃって、まさか・・・」
そう言ってマスターは再びボードを掲げ2人の客に見せる
 
1 好きなだけ愚痴を言ってください
 
2 1人で来店してください
 
3 知り合いに会っても知らないフリをしてください
 
4 ここで聞いた事は他言しないで下さい



奇妙な静寂を破り、青年はもう1人の客に話しかける
「あの・・・結構この店には来るんですか?さっきいつものカフェオレって・・・結構愚痴とか溜まってるんですか」
「いやいや、ちょっとね、ほんの2・3回ぐらいかな、ウン」
「50回ぐらい来てますね」
「あ、ちょっとマスター、余計なこと言わないで、お願い」
「え、では今日も愚痴をこぼしに来たんですか?」
「いやいや、今日はただお茶を飲みに・・・」
再び会話に割り込むマスター
「また、クラスの恋愛がらみの揉め事のことですか?」
「マスター!余計なこと言うなって言ってるだろ!やめてエエエエ」
「へっ、へえ〜、クラス内の恋愛での揉め事ですか、大変そうですね、そりゃ愚痴も出ますわ」
引きつった笑みを浮かべる青年
「いやいや、違うのよ!泥沼化が眼に見えてるけど別に悪口とか言ってるわけじゃなくてね・・・」
「そうですね、ネチネチ悪口って言うか、毎回簡潔に「死ね」って言ってるだけですもんね」
「マスター死ね!お前が死ねエエ!」
血相を変えて叫ぶもう一人の客
「いやいや、聞いて下さいよお客さん、このモデルさんのクラスである男子生徒と女子生徒がいつも一緒にいるのに付き合ってないと言い張ってるのがうざくて仕方ないそうなんですよ」
「ゲッ、ゲホ・・・それは本人達の言うとおり付き合ってないんじゃないかな?」
「その割にはモデルさんが男の子にちょっかいだすとすぐにやきもち焼いて手に負えないそうです」
「それの何処が愚痴なんだ?」
「男の子は本命がいるいるのに、いつまでも女の子の父親のように振舞っていて、本命と女の子が親友なのにそんな事続けてたら悲惨な事になるとの忠告を無視してるそうです」
「マスター!例のボード出して、この人にちゃんと読ませて!特に4番目を」
もう1人の客に頼まれ、青年にボードを見せるマスター
 
1 好きなだけ愚痴を言ってください
 
2 1人で来店してください
 
3 知り合いに会っても知らないフリをしてください
 
4 ここで聞いた事は他言しないで下さい
 
「ちょっと!四番目を肝に銘じときなさいよ!」
「おっ、おう・・・、わかったよ」
 
そのとき女性の声が店内に響く
 
「ちょっとマスター!せっかく来たのに何であたしに気づかないのよ!」
 
カウンター席の後ろに立っていたのは小さな体とはアンバランスな美しい顔をした女の子だった。そしてその目は虎のように鋭かった 
「申し訳ありません、カウンター席でよろしいですか?せっかくですからこの二人の愚痴を聞いてあげて下さい」



「そんなことよりマスター、もっと面白い話は無いの?・・・かっ片思いの相手の攻略法とか・・・」
「すいませんねタイガーちゃん、ここで聞ける話は平凡な愚痴ばっかりなんですよ、ところで、さっきの話を聞いてました?」
「別に何も聞いてないわよ!」
そう言って二人の客を睨みつけるタイガーちゃん、手には木刀が握られている
 
「そうですか、ところでタイガーちゃん、今日も三白眼の男の子の話ですか?」 
テンションの高くなったマスターとは対照的にお互い顔を会わすと黙り込んでしまう3人
 
「・・・あれ、どうしました皆さん、血の気が0で顔色が真っ青ですよ、モデルさん口から泡吹いてますけど・・・」
「どうしたの大丈夫?」
とか言いながらモデルさんをボコボコにするタイガーちゃん
「わっ、私、忘れ物したから帰るわ!マスターお代は今度払うわ!」
そういい残し店からダッシュで逃げ去るモデルさん、
「おい、待てエエエ!俺を怒り狂う狂虎の隣に1人残して逃げるつもりかアアア!」
必死に叫ぶ青年
 
「ああ、タイガーちゃんはこの人がお気に入りですか、いいですね中々お似合いですよ、例の男なんてやめて乗換えたらどうですか?」
顔を真っ赤にして黙りこくるタイガーちゃん
「マスター、このタイガーちゃんは良く店に来るの?」
「そうですね、去年の五月あたりからですから、かれこれ半年以上ですね」
「色々悩みがあるんだな…」
「クラスメートで隣に住んでる男子生徒のことが気になって困ってるって愚痴をいつも聞かされてますよ、」
「マスター!嘘言わないでよ!そいつとは別に好きな人がいるって言ったじゃないの!」
「ですが、いつもこの店で話すのはその男子のことばっかりではないですか」
「どんな話なんだ?」
「結構重い内容でしてね、いつも自分を見守ってくれる男子には好きな人がいて、しかも相手は自分の親友、2人が付き合い出したらもうその人の傍に自分が居てはいけないのが辛いとのことです」
ブホッっと思いっきりコーヒーを噴出す青年
 
急に席を立つタイガーちゃん


「マスター!あたしちょっと友達に電話してくるわ」
 
そう言って店から出てゆく
 
そして青年も慌てて
 
「マスター!俺ちょっと急用思い出したから帰るわ!代金はここに置いておくぞ」
「ちょっと待って下さいお客さん」
「なんだよ!」
 
「ひとつ、言っておきたいことがありましてね、私は何十年も人の愚痴を聞いてきました何千何万の愚痴を聞き続けてきました
人の悪口、仕事の不満、気の滅入る話ばかりです。ですがそんな愚痴を何故何十年も聞き続ける事ができたのか
 
愚痴の裏には愛情があるからですよ
 
こんなに一生懸命やってるのに思い通りに行かない、こんなに大好きなのにどうしてこの人は思い通りにならない、さっきのモデルさんもそうだったでしょ
愚痴って言うのは全て思い通りにならない愛情からくるただのぼやき
ただのノロケ話とかわらないんですよ」
 
しばしの沈黙の後
 
「・・・ここまで言えばわかりますよね、お客さん、いや、「三白眼」さん。タイガーちゃんの事、ヨロシクお願いしますね、今日はもう閉店します」
 
店が閉まりドアの前で立ちすくむ三白眼の前にタイガーちゃんが現れる
 
「あれ?もう閉店しちゃったの?」
「あ・・・ああ、急用があるとかで」
「・・・そう、残念ね、コーヒー飲みたかったのに」
「飲みにいくか?」
「・・・えっ?」
「コーヒー飲みたいなら、・・・付き合ってやってもいいって言ってんだよ」
「いいの?」
「え?」
「朝まで愚痴に付き合ってもらうかもしれないわよ」
「・・・フッ、構いやしねーさ」
 
三白眼はタイガーちゃんの手を取って2人で走り始める
 
 
「だって俺はもう、愚痴の本当の意味を知っているから・・・」
 
 
 
 
その時喫茶店の向かいにある狩野商店から買い物袋を持った竜児が出てきて手を繋ぎ走って行く三白眼とタイガーちゃんを見て一言
「誰だアレは?」

終わり



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