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ただいまーと鉄製の扉を開けて大河が帰宅した。
と言っても、高須家から徒歩10分くらいの距離に親元は別にあり、日が変わらないうちには
そこへ帰るのだけれど、まず大学から帰るとここに寄る。竜児・泰子といっしょに夕ご飯を食
べてくつろいだのち、竜児に送られて帰るのが日々の決まりだ。
大河の母には公認の仲となってはいるが母の再婚相手、つまり義父の手前は実家で夕食を共
にすべきと思ってるらしく、でもさすがに二度目の夕飯を食べるのも無理で、専ら遅くなって
から帰宅する義父の晩酌に付き合っておつまみを出すくらいに落ち着いてると聞いた。
「で、何作ってんだ?」
「ん。ちーちくときゅーちく、が多いかな?」
要するに棒状に切ったチーズ、もしくは胡瓜を竹輪の穴に詰めて切るだけのこと。
手抜きっちゃあ手抜きだけれど、季節も温度も湿度も酒の種類も問わずに時間も掛けずには
いっとひと皿出して、テーブルの角越しに頬杖ついて父娘団らんの時を過ごすためには悪くな
いチョイスと竜児は思っている。
「うん。そういうことならな?オボロ昆布の吸い物を覚えていけ」
「おぼろ?なにそれ?」
「これだ。ダシ昆布のキズモノを鉋でかいたやつ。これを適当に椀にとって、醤油と化学調味料軽く振って」
「おお〜」
「熱湯を注ぐだけ。すすってみ?」
「ふー。わ。意外なほど上品な……」
「だろ?わけぎや三つ葉散らして軽く料亭気分。締めにはいいんじゃねえ?」
「うん、いいかも。お義父さん付き合いで外で呑んできても必ずうちで何か食べる人だからねー」
「買い置きがあるから持ってけよ」
「うん」
高須家での夕餉を終えて、泰子が行ってきまする☆した後の台所での立ち話がひと区切りつく
と、大河はシンク脇に椀を置いてちょっとためらい、竜児の腰に腕を回して抱きついた。
「うん……(はぁと)」
「お……ぅ」
大河の身長は相も変わらず143.6cmでぴたりと止まっていて、竜児より30cmほど低い。どうし
たって腰周りに抱きつく事になる。反射的にミスター・マリックのような手つきをしてしまう
が、そんな大河の気分を受け止めるのも竜児だって初めてではない。
少し膝を緩めて華奢な肩を撫でるように、慈しむように抱き返してつむじに顔を落とすとふ
うわり立ち昇る、雨上がりに錆びた鉄のような匂いを、ああそうか、と当たり前のように受け
入れて納得をし、同時に抑えがたい熱が下から上へと昇り始めたのを感じる。
肩越しに優しく回していた腕を、大河の脇下に差し込んで弓なりに持ち上げると、彼女は抵
抗もせず反りかえってきつく抱かれるままに息を吐き出した。だんだんと力が抜けて腕に重み
を増すなかで、かろうじて竜児は日常を忘れずに、
「お前、着替えは?」
「あ……ないや」
訊いておきながらその口を塞ぐ。
好きな女が腕の中で脱力してるのを放って優先する会話でもなく、濡れて光る唇と舌に吸い
つけば当たり前に昆布ダシの味がして、だけれども次第に深くなる大河の息からは甘い匂いを
感じとる。もう逃がしたくなくて、ではなく、力を失う頸を支えるようにより深く挿しこんだ
手で後頭部を支えながら引き寄せる。
竜児が自分の鳩尾に感じる、小さな大河の胸郭と弾力。硬いものと柔らかいもの。
互いの喉がごくんと音を立てたのをきっかけに閉じていた目を開き間近に見つめ合ったのだ
が、そこで発せられたのは当然、というか、残念ながらロマンティックが止まらない甘甘で気
の利いた台詞なんかではなく……。
「じゃあ先に脱いどけ」
「うん」
腕を緩めて、大河が片足ずつ下着を脱ぎ去って、なぜか、はい、と渡すのは妙なズレがある
ような気もするが、まあ検分してくれという意味だろうか。そのシルクの塊を受け取って大丈
夫、汚れてねえと微かな沁みがついてるのを認めつつも、竜児はだらしなく力の抜けた手乗り
タイガーを引きずるようにして浴室前へと移動した。
したいと一旦意識してしまうともう止められない。
というのは男性心理特有のように思われているが、実は女性の方が一般的にそうした欲求は
強いとも言われている。ことに大河には心の奥底に厳とした孤独感が相も変わらずふんぞり返
っているものだから、許されてしまって以降はそれを押し留める必要がない。
ベタに言ってしまえば淫乱な傾向という事になるのだろうが、そこも含めて大河を愛してい
る竜児には、なんらの問題ではなかった。二人の間だけのプライベートな話に過ぎなくて、と
きどきこうなる大河に退くような事もない。
しわにならぬように着ているものを脱がせてはたたみ、代わって脱がされながら、合間に繰
り返してしっとりとしたキスを交わす。一応外から見えないようなところにだけ、と気を遣い
ながら痛いほど吸いついたりもして、そこそこ手慣れているようであっても惹きあう力に逆ら
う事はできない。それは竜児も、大河も同じようなもので、相手の肌に記す鬱血痕はそれが自
分のものと表現するための刻印だ。
外は初雪でしんしんと冷え込んでいるのだろうに、そんなことも感じないで、浴室前の脱衣
所となっている廊下でお互い裸になると、またきつく抱きあった。
直に触れ合わせる肌の感触がふたりのセーフティロックをすべて解除するかのように、体内
の熱が溶けて流れ出すような気がした。
以前はいちいちこうした恋の営みに際して何か気の効いた言葉を贈らねばならない義務感の
ようなものがあったようだが、そんなものは要らない間柄になったのか、とくに何を話すでも
なかった。ただ変わりゆく息遣いだけで気持ちは通じあい、身体を寄せ合って浴室へと入る。
バランス釜に火を入れて熱いシャワーを出せば、狭い高須家の風呂場はすぐ温まって、そこ
でようやく大河が言葉にした。
「……したいよ」
愛しい男の目を見ることなく、その広い胸にぺったり頬を付けたまま言う。
「ここでか?」
「今すぐ」
「じゃあ、取ってくる。温まっとけ」
「うん」
身体を離されて座らされ、一瞬の喪失感が大河を襲った。
わがままを言ってる。分かってる。竜児はもっと段取りがきちんとしてる方が好みな性格な
んだけど、聞きいれてくれてる。それがどんなに自分を潤わせてくれるのか、大河にはちゃん
と分かっている。
ついさっきまで竜児の肌が触れていたところが火傷でも負ったみたいにじんじん疼くのを感
じながら熱いシャワーを出して浴びる。すぐ戻ってくる竜児がまた触れてくれたら、少しでも
温かいと思ってくれるように、湯温の目盛りを上げてみる。
「熱っ!大丈夫かよ?」
「大丈夫!冷たくて気持ちいい〜」
戻って来た竜児を洗い場に座らせて、火照った身体をぺったり抱きつかせた。身体の奥から
伝わる波動に弾け飛んでしまいそうだった。
「……よし、髪まとめたからな。今日はちょっと焦らしてみるか」
「な、なに言って。あっ」
腰に回した手を後ろからすっとあてがって、中指と薬指でそろそろと探ってみれば、つるん
と呑みこまれてしまう。
「もうすぐ生理か」
「う、うん。明後日明々後日くらいかな」
「準備早えな……って言うほどじゃねえんだよな。中までほぐすにはこの体勢じゃあな?」
体育座りに近い格好で洗い場の椅子に座った竜児を跨いで大河が抱きついている状況。たし
かにこれではお互いに自由なエロアクションを、というわけにはいかなかった。ま、正確に言
えば竜児の方はさっきからいつでもOKなのだがここでの問題は大河の方だ。
「こ、これを……ここに」
そのOKな竜児をむにむに握って、コ難しい顔をして大河は導こうとする。
「生だめだって。分かってんだろ?」
「……うん、そうね。付けてあげる」
互いの陰毛に根元を挟まれて天を仰ぐ竜児を見下ろして、スキンをかぶせて半ばまで巻き下
ろしてから、やりづらくなったのか、大河は竜児の腿から降りてちょこんと洗い場に正座する。
残りをスルスル……っとしそうな雰囲気のまま、しばし眺めてから、ぱくっと。
「おっ、おいっ、そんな風俗みたいな事っ!」
「あひぇ?ほぉひぃぅのひはい?」
「別に嫌いってことはねえけど……」
「あー。うん。じゃやらない。喜ぶかと思っただけよ」
「あ、いや、悪い。よく考えたら喜んでおいた方が得かもしんねえ……な?」
「……どっちなのよ」
「やってください」
じゅるるるーっ♪といっきに巻き下ろしたまんまのリズムでんんむんんむ、と大河は頭を上
下させてみる、のだけどその脳天に軽く竜児のチョップ。
「なに?」
「やってくれて申し訳ねえけど、やっぱいいわ」
「あんまり気持ち良くなかった?……よね。なんか段取りっぽい気はしてたんだ」
「お前もどこで聞いてきたのか知らねえが、その、なんかエロくねえな」
「りゅうじはごむふぇら嫌い、と。あとで忘れないようにメモしとこうっと」
「嫌いとは言ってねえ。保留!保留な?」
軽口を叩きながら、にひひと笑って大河は再び竜児の腿を跨いで座る。ぎゅうっとお互いの
身体を締めつけるように抱き合って、うん、こっちの方がと独り言にも熱がこもってる。そう
してロデオマシーンのように腰を左右に揺すり始める。
「あ、……うん。気持ちいいなこれ」
「でしょ?ちょっと前後にも動いてみたりして♪」
天を仰いだモノを互いの下腹に挟まれてもみもみされると、竜児は思わず大河の尻を掴んで
動きを止めようとした。ちょっと良すぎる。
「なによ……」
「おう……まあ……なんだ」
「どうすんのよ、これ」
またくりくりっと苛められて、これじゃどっちが焦らされてるのか分からない。掴んだ尻を
持ち上げれば以心伝心、心もち腰を上げた大河の隙間にするっと滑り込ませて、方向を探れば
ちゅっと先っちょを咥えこまれる。
狙って捕まえたわけではない証拠に、あれ?といった顔で目を見合わせる。
そうしたらゆっくり大河が腰を下ろしてくる。少し困ったような笑みで、それでいてはにか
んでいるわけでもない、この時にしか見られない表情。
「ゆっくり、ゆっくりね?……最初はきついんだから」
「おう、支えてるから」
潤滑の役を果たす液体に包まれても、中はまだ心もち堅かった。少し進めては戻しつつ、で
も大河がコントロールしているからには痛がらせる心配はいらない。
「ふぅ……」
「大河ーぁ」
収まった。
愛おしくて、愛おしくて。竜児は大河の背を抱きしめる。自分の腕が大河を抱き、自分のモ
ノが大河に抱かれている感触が同時に在った。この不思議な幸福感は何度味わっても慣れる事
がない。自分が男で、大河が女だと否応なく突き付けられて、そうしてそこから逃げたい気持
ちがほんの少しあって。
それでも現金なもので、馴染んできたら動き出す。先へ進みたいと思う方がとても強い。
自分で腰を振るというより、抱きかかえた大河をまるで赤子をあやすようにゆっくりと上下
に揺さぶって行くと、そのたびに大河の喉がくぅーんと高い音で鳴る。これも、この時だけの
もの。もっといろいろやってみたいといつも、いつも竜児は思っているのだけど、大河と繋が
って抱きしめているだけで耐えがたい昂ぶりに襲われる。
それはもう……どうしても。
湯に使って芯まで温まり、互いに洗いっこまで済ませてから上がった。
大河は余韻を味わってるというやつなのだろうか、なんだかグダグダで、ふにゃふにゃで、
なすがままに水滴をタオルで拭われたりしている。これもいつもの事で、美人顔に相応しくな
い子供っぽさだ。かといって眠いわけでもなく、要するに習い性となっている虚勢を張れなく
なってしまってるのだろう。
一般に女というものがそうなのか竜児には分からないが、セックスしたとたんにしおらしく
ナイーブになってしまうというのは正直、興奮ものだと思っている。くーんだかふぅーんだか、
不思議な鼻声を漏らしながらつきまとう大河は普段にもまして可愛い。
この頭のどこに独りで誰にも頼らず生きるという決意が詰まってたのか本当に分からなくな
るほどで、思えばそのプライドが確たるものと知ったからこそ、竜児はこの女と生涯をともに
歩みたいと願ったのだった。それも本質、これも本質で飽きるということがない。
「りゅーーーじぃ〜ぃ〜」
しかし流れでパジャマを着せたら裾を掴んでのこの態度は、いくらなんでもデレ過ぎなので
はないか。だいたい天辺を回る前には親元に帰らねばならないと分かっているくせに、なんの
疑問を呈することなく寝るだけの格好にさせられるまま。たぶんどこかで突っ込みを入れない
と当たり前のように眠りにつくのだろう。
竜児はおかしくてついニヤニヤしてしまう。が、ちゃんと日々の区切りをつけるために為す
べき事がある。
「も一回?」
「うんー」
時計をみれば、そのぐらいの時間はまだ残されていた。1回済ませたことで大河にごちそう
さまと言わせるまで徹底的に満たしてやる勝算もある。ならば……。
(省略されました・・・全てを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください)
〜おしまい〜
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