「そんで、竜児。アイデアは浮かんだの?」
「つーか俺に振るなよ。お前が引き受けたんだろうが」
「何言ってるのかしら。あんたは私の犬なんだから私に仕えるのが当然でしょ。ほら、考えなさい」
「まったくよう。自分で考えつかないならやるなんて言うなよ」

小さな借家の狭いリビング。畳の上に置いたちゃぶ台をはさんで、竜児と大河がいつものようにいがみ合う。この小さな家ではおなじみの光景である。本人達は決して認めないだろうが、既にホームドラマとして成り立つほどのコメディっぷり。

第何話かすらわからないほど繰り返されているコメディだが、今夜の話はちょっと毛色が違っている。なんと文化祭の出し物のシナリオを大河が引き受けてきたのだ。その場にいた竜児は当然止めたが、竜児ごときの意見を聞く手乗りタイガー様ではない。
わ・た・し・が・や・る・の!と大声でクラス全員の前で竜児に噛みついて、で、帰ってきたら全部竜児に丸投げである。

「ったくよう。何が嬉しくてこんなもの引き受けるんだよ」
「嬉しくないわよ。仕方ないでしょ。夢に見たんだから」
「夢?…また予知夢かよ」
「まあね、独身が勝手なことしてプロレスにしたって所もあってたし、ロン毛虫が勝手なシナリオ作ってきたのもあたってた」
「お、おう」
「これは北村君に私の悪印象を与えないために必要な回避措置なの。ついでに毛虫のシナリオ見たら、恐ろしいことにそれも夢の通りだったわよ」
「どんな話だったんだ?」
「私が悪の魔王で、あんたが手先」
「手先って何だよ!」
「知らないわよ。とにかく、あんたの手先役も回避してやったんだから感謝しなさい。ほら、考えて」
「ったくよう」

ほら、考えてと言われてさっと話が出るほど竜児には文才はない。国語の成績がいつも飛び抜けていい能登あたりには、あるいは造作もないかも知れないが、竜児の国語の成績は他の教科と横並び。
そもそも成績はいいのだから国語も悪くないが、ちょっとテストに出ないあたりに実は落とし穴がある。創作だ。

竜児の創作能力がかなり残念なものであるのは、4月のラブレター騒ぎで光が当てられた詩集を読めばある程度想像が付く。

なのに、考えよ!と手乗りタイガーは仰せである。そこで、なるべく自分の智恵を絞らずに済む方向に誘導などしてみようと竜児は考える


「仕方ねぇなぁ。別に金取るんじゃないからみんながよく知ってる題材でいいんじゃないか?」
「たとえば?」
「童話なんかどうだ?劇にはぴったりだろ」
「童話?はっ、『童話なんかどうだ?』?だじゃれのつもり?」
「別にだじゃれじゃねぇよ。話しが単純だから演じやすいし、脚本に少々まずいところがあっても、見る奴は筋を知ってるから大丈夫だろ」
「ふん。確かにそうね。竜児にしては上出来だわ。で、どんなのにするの?」
「まぁ、みんなが知ってれば何でもいいだろう。『マッチ売りの少女』とか」
「暗っ。却下。他は?」
「『かちかち山』。楽しそうだろう」
「駄目。次」
「じゃぁ『花咲かじいさん』」
「あんた……それ全部誰かが死ぬ話じゃない。少し『死』から離れなさい」
「なんだよそれ!」

ぶーたれても駄目である。

「ほら、早く次」
「じゃぁ、『赤ずきん』。誰も死なねぇぞ」
「狼が死ぬわ。まぁ、いいか。竜児、次からは不吉な話は無しよ」
「はいはい」
「それで、話が決まったから後は脚本なんか無いも同然よね。で、配役は?あんた狼やる?」
「死にたくねぇよ」
「でも、目つきとかぴったり。ぷぷぷ」
「俺はやりたくねぇ」
「まぁ、つまらないクラスの出し物の練習で私に出す夕食の質が落ちるのも考え物よね。いいわ。竜児は勘弁してあげる。狼はロン毛虫にしましょう。私をネタにした変な脚本を作った罰よ」
「春田か。あまり迫力ねぇな」
「はぁ?あんた『赤ずきん』で迫力って何言ってるの?現代版にしてやくざ対幼稚園児でもやる気?」

ちょっとの失言で酷い言われようだが、この程度なら竜児はため息一つで流せるようになった。


「すみませんね。で、次はおばあちゃんか」
「これは鉄板ね。狼に食われるおばあさんは、ばかちーにしてあげるわ。ぷぷぷ。犬味のおばあさんだって」
「しらねぇぞ後でもめても」
「いいのよ。次、赤ずきんちゃんは?」
「ヒロインか。お前やるか?」
「はっ、私は自分で脚本書いて自分がヒロインやるほど堕ちてないわ。誰かさんじゃあるまいし。具体的にはばかちー」
「おい」
「あんた誰がいい?うちのクラスであと、見栄えがいいのは木原摩耶とか香椎奈々子あたりね。ちっ、うざい3人衆じゃない」
「お前……なぁ、可愛い方がいいんだろ?」
「そりゃそうよ。なにせ『赤ずきん』だもん」
「じゃ、じゃあよう。櫛…枝…とか、どうだ?」
「あんた何顔赤くしてるよ。鼻息まで荒いし。きもっ。まぁ、いいわ。みのりんを持ってきたのはなかなかのセンスね。あとは猟師か。誰でもいいわ。明日じゃんけんさせましょう」
「じゃぁこれで決まりだな。演目は『赤ずきん』。ヒロインは櫛枝。おばあさんは川嶋、狼は春田。猟師は誰か。終わりだ」
「まだよ」

せいせいした顔で笑った竜児を大河が制する。

「なんだよ」
「まったく原作通りじゃつまらないわ。少しいじりましょう」
「はぁ?いいじゃねぇか。どうするんだよ」
「そうね。あまりひねりすぎるのもどうかと思うから、そうだわ。赤ずきんちゃんは山羊って設定がいいわ」
「まぁ、童話ならありかもな」
「それから赤ずきんの友達もいるわね。これはみのりんの親友と言うことで私がやるわ」
「なんだよそれ。結局でたがりじゃねぇのか」
「あら違うわ。私は自分でシナリオを書いてヒロインをやるような図々しい女じゃないの。誰かさんじゃあるまいし。具体的にはばかちー」
「はいはい」

そういうわけで、山羊:櫛枝実乃梨。狼:春田浩次となるちょっと変わった童話のシナリオが完成した。二人とも知らぬ事であるが、その後突然現れる大河の父親による攪乱によって、山羊:逢坂大河、狼:春田浩次なる珍妙な取り合わせが実現することになる。
食う者と食われる者が逆のようでもある。

さて、山羊と狼の間に友情は芽生えるか

(違・う・だ・ろ)



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