【星のように】

午後十時。外は木枯らしが吹きあれ、そのたびに高須家はガタガタと扉や窓が揺れる。
季節は冬。断熱材という大層な物はこの高須家、いや、このアパートには付属していない。そのため、家の中だというのに寒く凍える。その中で竜児は少しでも暖をとろうと急須にお湯を注ぎ、青と桃色の同じ柄の湯飲みに茶を注ぐ。
「おおう…寒い…ったく、なんでこんなに寒いんだよ…」
「そりゃこのボロ屋だもの、寒いはずよ。どっかに穴でも開いてたっておかしくない。」
唯一、暖をとれる茶の間のコタツにぬくぬくと蜜柑を食べながら、しれっと嫌味を言う大河。そんな態度にも竜児はめげず、体を震わせながらコタツに生還する。
「お前な…確かにこの家は古いがそこまでひどくねぇよ。まぁ…全否定は出来ないけどよ。」
「そんな事はどうだっていいのよ。問題はコレ!竜児はどこに行きたいの?」
自分から言いだしたはずなのに、あっさりと流す。大河はコタツの上に広げられた数々のパンフレットをバンバンと叩く、コタツを壊す勢いだ。
「力入れて叩くな。壊れるだろ。それに近所迷惑だ。」
「うっさい。いいから早く案を出しなさいよ。」
大河に促され、竜児はまじまじとパンフレットを覗き込む。箱根、鬼怒川、熱海、黒川、登別…その語尾には全て温泉が付く。
「やっぱ近場の方がいいだろ、黒川温泉は熊本だし、登別なんか北海道だ。行くだけで疲れちまうよ。」
「あんたね…そんな年寄り臭いこと言ってどうすんのよ…?私たちまだ高校生よ?未成年なんだから体力なんか有り余ってるでしょうが。」
「それはそうだけどよ…どうやって行くんだよ…飛行機代だってかなりかかるだろ。それに宿泊代だってそうだ、途中で飯も食うし…俺ん家にそんな大金はないぞ。」
もっともであった、今の高須家の経済状況だ。いくら竜児が節約マスターだとはいえ、そんな大金が払えるはずもない。その点には大河も納得している表情で頷く。

「確かにね…その為にあんたは卒業したら就職するんだもんね、私もだけど。」

竜児も大河もこの冬を越せば社会人として世に出ていく。今は高校最後の年で後は卒業を待つだけだった。どちらも就職先は決まっていて、卒業後は一緒に暮らす事にもなっている。
高校二年でありながら結婚の約束を交わしているのだから当然だ。
正直、当初は双方の親も反対していたが二人の決意を真に受け止め結婚を認めてくれている。

そして今、高校生活最後の思い出作りの為に卒業旅行をする計画を立てているのだ。提案者は大河だった。実は、実乃梨や亜美、北村たちも誘ったが皆が皆、都合がつかず、結局二人で行くこととなった。
新婚旅行か〜いいな〜と漏らす春田に大河の鉄拳が炸裂したのも数日前の事だった。

「―――そりゃあ…お前と結婚するんだから。当然だろ?泰子にもそろそろゆっくりしてもらいたいしな…何より結婚資金貯めないと。」
「っな!?」
不意に出た言葉に大河は思わず咳き込む。
「げほっ…げほっ!」
「な、なんだよっ?」
「い、いきなり話が飛躍しすぎなのよあんたはっ!今、そんな話してないじゃないのっ!」
「別に、当たり前の事を言っただ…ぐっ!」
パン!と丸めたパンフレットを目にも見えない早さで顔面にクリーンヒットさせる。息は荒く、顔は赤い。
「だからっ!今はその話いいってのっ!いいから早く行きたいとこ言えっ!このバカっ!」
「なにも殴ることねぇだろうが!ってぇ…あーもう!じゃあこれはっ!?」
ダン!とさっき自分で言ったことも忘れ、強くコタツを叩き、パンフレットを大河の前に寄せる。自分で何を選んだかもわからなかった。
そのパンフレットを自分の顔を隠すように見る大河。

「お、小田原温泉…近いわね、それに安いし…ん?」
「どうした?」
尋ねるが返答がない。それにパンフレットが小刻みに震えている。「大河…?」
「いいわね…ここ…ここにしましょうか。竜児、いいチョイスよ。うん。ここにしよう。」
「は?そんなあっさりと決めていいのかよ。さっきはあんなに遠出したがってたのに。お前の案だってまだ聞いてない…」
「いいの!もうここに決めたのっ!いい?竜児、私が予約しとくから、あんたは小田原の近くの情報を収集しとく事!わかった!?」
「あ、ああ…わかった…」

じゃ頼んだわよっ!とグッドサインをビシッと決めた大河は、自分の家に戻っていった。

「な、なんだったんだよ…」




あの日から数日後、旅行当日の日。竜児は大河の為に弁当を作っている最中にふと昨日のことを思い出し一人にやけていた。
「あの時の大河の顔…」
出発前夜、大河に一本の電話がきた。実乃梨からだった。
電話の内容はわからなかったが、みるみる顔が赤く染めあがるのを見て、大体見当がつく。
どうせ色々惚気話をされたんだろう。電話が切れた後、内容を問いただしても、「なんでもないっ!」の一点張りだった。「明日は早いからもう帰る!」と逃げるように帰っていった時の顔を思い出していた。
不思議と鼻歌も飛び出した。

「竜ちゃ〜ん?随分ご機嫌ね〜」
泰子が眠い目を擦りながらトコトコ歩いてきた。帰ってきたばかりなのに。

「あ、悪い。起こしちまったか、お前のも作ってるけど今食うか?一応昼飯用なんだけど。」
「うん〜食べる〜お腹すいちゃって。」
「じゃあ座って待ってろ。」
ほーい。とコタツに潜入。子供のように遊んでいる、数秒後には苦しくなって出てくるはずだ。
「ぷはぁ〜そういえば竜ちゃんさぁ〜今日卒業旅行だったよねぇ〜?」
「そうだよ、悪いな。飯は適当に頼むよ。」
「大丈夫だよ〜今日は実家にお世話になるからさ〜」
「え、聞いてねぇぞ?」
「あれ〜言ってなかったっけ?ごめんごめん。だから心配しないで楽しんできてね〜?」
「ああ、ありがとよ。インコちゃんの事も頼むな。」
今出来たばかりの朝食になった飯を美味そうに食べる泰子。その間に大河も準備を終えてやってきた。
「あ、やっちゃん。おはよう。」
「あ〜大河ちゃん、おはよ〜今日は楽しんできてね?うーんと竜ちゃんに甘えていいんだからね。」
「うっ…や、やっちゃんまで…あ、甘えたりなんかしないよ、こ、子供じゃないんだから。」
プイっと泰子から視線を反らす。しかし向いた方向に竜児が見え、慌てて逆を向いたもんだから、首を痛めた。

「い、いたっ…ゴキッて鳴った…」
「お前、行く前から怪我してどうするよ…」
「うるさい、もう大丈夫っ!それよりあんた準備してんのっ?」
「誰に言ってやがる…もう昨日の内に終わらせてるんだよ、後はお前と俺の弁当待ちだ。」
「えっ?弁当…?」
「な、なんだよ、いらなかったか?」
「ち、違う!いるっ!」
「そっか、じゃあ座ってろよ。もうすぐ出来るから。肉ばっかにしてあるからな。」
「あ、ありがと。」
それから弁当を作り終えるまでの間、大河は色々泰子と話しをして時間を潰した。
泰子に見送られ、一路小田原温泉を目指す。
駅までの道程、大河はどことなく緊張しているのか、どぎまぎして落ち着かない。
別に初めて同じ部屋に泊まるわけでもないのに、緊張する意味がわからなかった。
竜児はそんな大河を落ち着かせようと様々な方法を試すが。対して効果はなく、「うるさい!」「緊張なんかしてない!」と言うばかりだった。そんな調子で大丈夫なのかと竜児は思う。
駅に着いたが発車までまだ時間があり駅のホームで座っていた。さっきよりは落ち着いた大河は笑いながら話す。
「竜児、駅弁買ってもいい?」
「はぁ?弁当あるのにか。」
「やっぱり電車旅といえば、駅弁でしょう?」
「うーん、それもそうか…じゃあ買いにいくか。そのかわり一つだけだぞ。俺の弁当も食わなきゃ腐っちまう。」
「大丈夫、全部食べるから。じゃ、行こっ。」
「お、おい!引っ張るなって!まだ時間あるから慌てなくても大丈夫だって!」
「いいの!ほら行くわよっ!」
手を取られ引きずられるように歩く。もうこうなったら大河は止められない。食い物に関しては普段より数倍力が増すのだから、竜児にそれを止めることなど不可能に近い。普段でも止めることなど出来ないが。
結局竜児は牛肉弁当。(引っ張ると温かくなるやつ)大河は特大の幕の内弁当を買った。総額3550円。予想外の大出費だった。
発車のベルが鳴り。新婚旅行(春田談)が幕を開けた。




ガタンゴトンとゆったりと進む風景をまじまじと見つめ、一人竜児は呟いた。
「いいなぁ…旅は…落ち着く。」一方、大河は買ったばかりの幕の内弁当を風景など気にする様子もなく黙々と食べている。
「お前なぁ…もうちょっと味わって食えよ、それいくらしたと思ってんだよ。」
「うるさいわね、私が買ったんだから関係ないでしょ?それよりあんた早く食べないと冷めるわよそれ。」
「はぁ…わかってるよ、今食べるから。」
パカっと蓋を外すと良い匂いが車内に広がる。湯気が立ちこめ、いかにも美味しそうだ。 
「おおおうう…これは美味そうだ…味わって頂くぞ…」
「えっ、なにそれ!凄い美味しそうっ!竜児一口ちょうだい?」
「ん?欲しいか?」
目をキラキラ輝かせながらうん!うん!と頷く。全く子供だ。押しに弱い竜児に拒否権などない。
「じゃあやるよ、ほれ。」
「やったぁ!いっただっきま〜す!」
自分の割りばしで一般の一口の三倍はあるだろう牛肉をガッと掴み、一気に放り込んだ。肉がなくなり飯のスペースが半分ほど見えている。そして一瞬沈黙。
「ぬぅあぁあぁあぁぁっっ!」
「お、おいしい〜」
「お、お、お、お前ぇぇっ!な、なんて事をぉぉ!」
「竜児!これ凄く美味しいよっ!早く食べないとっ!」
「そ、その肉を半分以上食うなぁっ!!」
「そんなに怒んないでよ〜ほらっこれあげるからさ?ね?」
大河の割りばしの先に刺さっている二つのミートボール。当然こんなものでは対価としては受け付けられない。
「お前って奴はぁ…くそぅ…じゃあ食わせろ!」
「え?」
「く、わ、せ、ろっ!あーんだ、あーん!早くしろっ!」
「いいよ?はい、あーん。」
パクリとミートボールにかぶりつく。
「美味しい?」
「美味いっ!よしっ許すっ!」
周りから白い目で見られているかもしれないが、もはやそんな事はどうでもよくなっていた。
今は大河とこの旅を楽しむ事がなにより大事だと思うからだ。
幕の内弁当を平らげた大河は続いて竜児特製弁当の回収に移っていた。竜児も自分のおかずと一緒に先程残った牛肉弁当の米を必死に食べ続ける。流石に腹もいっぱいになってきた。
「竜児…実は私もね、お弁当作ってきたんだ。」
「え?お前が!?」
ゴソゴソとボストンバックから弁当箱を取出し竜児に手渡す。
「あ、開けていいか?」
「いいよ?多分びっくりすると思うから。」
「びっくり箱じゃねぇだろうな?」
「バカ、そんなわけないでしょ。ほら、早く開けてみて。」
開けてみると、そこには白い山がズラリと並べられていた。山の腹部には海苔が貼られている。
「これは…おにぎり。だな?」
「うん。おにぎり。」
「多いよっ!何個あるんだよっ!?」
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…………「15個っ!?」
「中身はね梅と、昆布と、明太子。今日の朝作ったの。」
確かに、一個一個はすこぶる小さい。大河の手の平サイズのおにぎりが15個。
「ははーん。だから朝、弁当作ってるって言ったら驚いたのか。」「うん。まあ、多分作ってくれてるって思ったけど…まさかあんな豪華だとは思わなくて。」
「そっか…じゃあいただきます。」
左端の一つを取りかじりつく。
「どう…?美味しい…?」
「ん…これは…明太子だな。うん…美味い!」
「ホント?よかったっ!」
パン!と両手を合わせ喜ぶ大河。ものすごい笑顔だ。そんな大河を見て竜児は自然と笑みが溢れた。「いや、美味いぞ!マジで。まったく…早く言えよな、腹減った状態で食ってたらもっと美味いのに。」
「だって、あんな豪華なお弁当の前にこんなの出せないもの。」
「あほか、んなもん関係ねぇよ。もう一個食おう。ほらお前も食えよ。」
「うん。あ、美味しい。」
「ありがとよ、大河。」
「こっちこそ。」
腹がいっぱいなはずなのにスルスル食が進む。大河の手作り弁当だ多少もったないと思うが一気に平らげた。そんな状況に二人して笑う。話しも進み時間だけが過ぎていった。
         つづく。

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