証言1
昨日商店街で高須とタイガーが歩いてるのを見たんだけど、二人してこれでもかってくらい密着して手を繋いでたんだ。しかも途中からタイガーの方から腕に絡み付いてきて恋人そのものだったよ。

証言2
昨日の夜にタイガーに電話したんだけど〜なんかタイガーお風呂の途中だったみたいなんだよね〜。少し話し込んでたら〜奥の方から高須君の声が聞こえてきて〜お風呂の途中だよ?なんかそれって超ヤバくない?

証言3
昨日の夜中に高っちゃんにちょっと電話したらさぁ、なんでかタイガーが出たんだよね。しかも「竜児ならもう寝てる。私も寝るから」とか言われて切られてさぁ。高っちゃんの携帯にタイガーが出たってことはもしかして二人って一緒に寝てるってコト?俺なんかまた間違ってる?

「ふむ。高須と逢坂のことが随分と噂になっているようだな」
我らが生徒会長の北村祐作は、あだ名に一役かっている眼鏡のズレを直しながら正面の女子に話しかける。
「ヘイ、そのとおりでやすぜ」
北村の正面に立つ女子は、2年C組で最も破天荒な女として知られる櫛枝実乃梨だった。
「しかし、高須と逢坂だぞ?俺は二人は節度ある付き合いをしていると思うんだが……」
某アニメの眼鏡をかけた司令よろしく、北村は机に肘をついて顔の正面で指を絡め、その表情を隠す。まるで「問題ない」とでも言いたげに。
しかし、正面の女子、実乃梨は引き下がらなかった。
「しかし司令!このままではシンクロ率が上がりすぎて暴走の恐れがあるのでは!?」
「シンクロ率が何なのかはイマイチわからないが、高須に限って暴走はないと思うんだがなぁ」
二人は今朝、連絡網のように回ってきた『高須・逢坂の一線を越えちゃったらしい情報』について話あっていた。証言は先程述べたとおり。
だが、それだけでは、親友とも呼べる高須竜児についてわざわざ極秘の調査をしようとまでは思わない。ところが、今回実乃梨にしては珍しく『真実はいつも一つ!』といって事態の解明に乗り出そうとしているのだ。
「とにかく、まぁ私も何かの間違いだとは思うんだけど、大河の親友としては節度あるお付き合いしてるかが気になるんだ。高須君に限って、とは思うけど念のために、ね?」
ふぅ、と北村は溜息を吐き、生徒会室に残っている1年生の二人組みを思い出す。あいつらも自分がしばらくいないほうが喜ぶかもしれない。
「わかった。ちょっとだけだぞ。悪魔で調べるだけ。本人たちにそのことは知られないようにな?もし万が一そんな付き合いだったとしても……」
「うん、わかってる。私はそれで二人が幸せならそれを応援したいから」
真剣な表情で実乃梨は告げる。そうと決まれば即行動だ。
「よし、じゃあ櫛枝隊員、目標に向かうぞ!!」
「サー!!イエッサー!!」

***

「じつはここから高須の家の居間を覗けるのだ。ふみふむ、幸いカーテンはかかっていないな」
「おおっ!?北村君よく知ってるね?」
二人は犯罪一歩手前(いや、すでに犯罪か?)に手を染め、友人宅を覗くという暴挙にでた。
「んー俺は目があまりよくないでぼんやりとしか見えんのだが、櫛枝、何か見えるか?」
「うん、見えるよ。なんか二人とも隣どおしに座ってテレビ見てるみたい。すっごくぴったりくっついてる」
「おお、そのへんは情報どおりだな」
「うん、あ、高須君が立ちあがって……?なんで大河もついてくんだろ?」
「?逢坂も丁度何かあるんじゃないのか?」
「でもなんか二人手を繋いでるみたいだったよ?」
「ほほぉ、家の中でまで手を繋ぎっぱなしとは……」
「あれ?ここからじゃよく見えないけど高須君、料理始めたみたい。あ、大河が踏み台にのってずっと隣にいる」
「ほう、手伝いか。感心だな」
「うん、……あ、出来たみたい。二人してテーブルに座って……え?」
「どうした櫛枝?」
「大河が、高須君に食べさせてあげてる。ご飯を、あ、また。え?まさか二人はそこまで?」
竜児の頬についたご飯粒を大河が食べた。典型的な恋人の仕草だろう。竜児の頬がどんどん熱くなる。心なしか足、いや股をもぞもぞさせている気もする。
「櫛枝、これ以上は……」
「うん、そうだね」
食事の様子を見て、竜児と大河の関係を何処か悟ったような顔で二人は家路へとつく。それにより、この後に起こる竜児と大河の入浴での出来事を二人が知る事は無い。



「……竜児」
「……おぅ」
来た。来てしまった。今日一日、ずっと考えて考えて考えて、いい案が何も浮かばなかったこの後の日常的活動。人間が裸にならなければならない場所へ赴く時間がきてしまった。
「……何か思いついた?」
「……いや」
まずは軽いジャブ。しかし残念なことに何一つとして名案など浮かばない。そもそも片手が繋がった状態で異性とずっと一緒になっているなど、普通想像できない。出来ないからこそ、対処なんて考えられない。
「………………」
「………………」
二人して黙り込む。竜児のその三白眼もギロリとあさっての方向を見る。今から殺す獲物を探しているのではない。考えあぐねて途方にくれているだけだ。
それに加え、どうしたことだろうか。先程から心臓の鼓動が止まらない。いや止まってたら死んでいるが。
そもそもこの感じは今朝からあった。目を覚ませば大河が自分の胸の中で眠っていて、やっぱりまつげが長くて、顔は整っていて、目を覚ますなり、
「……りゅうじぃ?おはよぉ……」
とろんとした笑みでそう声をかけられたのだ。あの瞬間自分を突き抜けた稲妻のような感覚はなんだったのだろう?こう胸を焦がし、頬が火照り、目を合わすことすら躊躇われるようなこの感情もわからない。
しかもこういう日に限って、普段なら料理の手伝いなど蚊ほどもしないくせに、今日は自分から、
「次、何かやろっか?手伝うよ」
などと、その吐息が耳にかかるほどの至近距離で話しかけ、あまつさえ今日はスプーンで食べられるものにしたというのに、
「私に食べさせてもらうのが嫌だっていうの?」
などと言い出し人の口にご飯を運ぶのだ。しかも、しかもだ!!頬についてしまった米粒をそのまま大河は手に取り、自分の口に入れて微笑んだのだ。
「もう、へたくそね」
と。なかなかどうして、大河もやればできる、などと思慮を深めている場合ではない。
「ねぇ、ちょっと考えがあるんだけど」
だから、この大河の申し出は諸手を挙げて喜ぶべきだったのだが。

「何よ?」
「い、いや本当にいいのか?」
「仕方ないでしょ?こ、ここをププププ、プールだと思いなさいよ!!」
大河の考え。それは水着に着替える事だった。竜児はまだいい。海パンをはけばすむ。しかし、大河は……。
「いや、しかし……」
「やややや、やらしいことは考えないでよね!!しょうがなく一緒に入るんだから!!」
大河はビキニの水着を着ていた。大河がビキニの水着を持っていることにも驚いたが、あまりに似合うのも驚いた。
「……お前ビキニなんて持ってたのか」
「この前、ばかちーが嫌味ったらしく子供用のを送ってよこしてきたのよ。ソッコーで燃やそうと思ってたけど、めんどくさくなってクローゼットの奥に投げておいたのを思い出したの」
「………………」
何も言えない。子供用かよ、とか。川嶋だからなぁ、とか。投げておくなんてMOTTAINAI、とか。
それも、先程胸にあてる部分のホックを後ろで留めてやったからだろう。こう、なんというか、もちもちっとした触感の肌に触れてしまってから、意識が時々飛びそうになる。
「……竜児?」
急に何も話さなくなった竜児を不信に思ったのか、顔を覗き込むようにして大河は声をかける。
「っ!?だ、大丈夫だ。よく似合ってる!!」
あまりのことに、つい先程から思っていたことを口に出してしまう。
「何よアンタ、私には子供用がお似合いだとでも?」
「ち、違ぇよ!!なんか、綺麗だなって……」
「な、……なな何言ってんのよ?」
お互い、顔を紅くして黙り込む。そうして数分が経ち、流石に寒くなってきたのか、ようやくお風呂に入りだした、のだが。
「ちょっと竜児、アンタの手が邪魔でアタシの背中に届かないじゃない」
「んなこと言ったって俺だって自分の背中に届かないんだぞ」
上手く洗えない。それは必然と言えば必然だ。だから、今から言う事もやむをえないことなのだ。
「し、仕方ないから交互に背中を流してやるってのはどうだ?」
「……はぁ?まさか私にアンタの背中を洗えっての?」
蔑むような目で、大河は竜児を見つめる。そんな目で見られると、こう、胸のあたりがズキリと痛む。しかし、手錠で繋がれてからの大河はどうもおかしいらしい。
「……アンタから洗いなさいよ。とと、特別に私の肌に触れることを許してやるわ」
そう言って、その小さくて、白くて、もちもちしてて、華奢で、綺麗で、見るだけで眩しい背中を向ける。
「お、おぅ」
ゆっくりと、竜児はその小さい背中に、壊れ物を扱うように手を伸ばした。



柔らかい。それが第一印象。少し強く押してしまえば壊れてしまうのではないかと疑うほど、その背中は儚かった。
「……竜児、手が止まってる」
「あ、すまん」
大河の一声で竜児は手を動かす。ゴシゴシと。
「……どうだ?」
「ん……たまには誰かに背中を流してもらうのも気持ちいい」
「そ、そうか」
そんな大河の満足そうな顔に気を良くした竜児は、無心になって背中を洗い出す。といってもこの白く滑らかな背中に汚れなどなく、全体を軽くこする程度に洗うことしか出来ない。
「ん、もういいわ竜児。交代」
「あ、ああ」
そう言われては背中を預けるしかない。もう少し触っていたかったなどという自分の中の不純な気持ちを押さえ込んで。
「どう、強さはこれくらい?」
「ん、おぅ」
ゴシゴシ。背中からそう聞こえるのと連動して、大河の熱を持った小さな手が背中に触れる。それだけで、何故か体が火照るように熱くなる。
考えないようにしなければいけない。この気持ちよさで理性を失うと、とんでもないことになりかねない。竜児は少し前傾気味になる。
「?あんたちょっと猫背なんじゃない?」
それを不思議に思った大河は、男の事情という奴を無視して無理矢理に背を伸ばさせようとする。
「あ、いやこれは……」
「猫背なら早めに直したほうがいいよ。年取ると辛いらしいから」
純真無垢な顔をまともに見られない。どうしてこう、手錠をしてからの大河はいろんな意味でピンポイントが上手いのだろう。
そんな、自己嫌悪にも似た自身の中での懺悔も、すぐに終わりを迎える。
「はい、もういいでしょ?」
「お、おぅ」
ふっと大河の手が離れた途端、先程まで暖かかった背中が、どこかひんやりとした錯覚を覚える。
お互いシャワーを浴び、ついでに大河だけバスタブに浸かり、ようやく今日の湯浴みを終わらせる。
今日も、残すところ睡眠だけとなった。これに関しては竜児に少しばかり考えがあったのだが。
「却下」
一言で断られた。
「何でだ?」
「昨日と同じでいい」
それが大河の返答。
竜児は昨夜、敷布団は一枚に、毛布はお互い一枚ずつの二枚用意した。今日は敷布団も全て二枚ずつ用意し、お互い大の字になって寝ることで、重なり合う危険性を避けようと思ったのだが。
まぁ、他の危険性を回避するためでもある、というのが内心の竜児の気持ちであったりもする。
しかし、大河は昨日と同じでいいと言う。どうした事だろう。あの、唯我独尊が自分の意見を曲げないのは今に始まった事ではないが、これは流石に予想外だった。
「だってお前、そしたら……」
「何?アンタまさか……」
竜児の額に嫌な汗が流れる。何となく大河の言おうとしていることを悟り、それを必死に否定する。何故か、コイツにだけはそんな風に思われたくない。
「いや、違っ!!お前だって女の子だからその辺を気にして、別にやましいことなんて……」
そんな竜児の弁解に、大河は些か眉を寄せながら、
「じゃあいいでしょ。私がいいって言ってんだから。アンタがハァハァしなけりゃ無問題なのよ」
そう言われ、再び大河は自らの頭を竜児の胸へと乗せる。
「あ……」
この気持ちよい重さ。理性が飛びそうで飛ばない暖かさ。自分とは違う柔らかな肌が触れる。昨日同様、眠気はすぐにやってくる。
「竜児、寝た?」
声をかけるが、既に頭の下の胸は規則正しい上下を繰り返すのみ。何度かそれを確かめてから、
「どうせ、明日の晩にはやっちゃん帰ってきちゃうんだから……」
言ってからおかしくなる。「帰ってきちゃう」とはどういうことか。早く帰ってきて一刻も早くこの足かせならぬ手かせを外してもらいたいはずなのに。
優しく手錠を撫で、次いで竜児のかさついた手に触れる。そのまま大河の右手は北上し、気付けば竜児の頬を撫でていた。
「どうしちゃったんだろ、私……ね、竜児……」
その手は、そのまま竜児の首を抱くように回される。
「誰かと一緒に寝る、なんて今まで一度もなかった……みのりんとだってない……あったかい……」

手錠をつけて2日目の夜が終わる。

--> Next...




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system