「ちょっと北村を手伝ってくる」
そういって旅立ったあなたを想い、そっと見上げた夜空の欠片。
数多に輝く星々は、太古の昔より変わりなく、そこにありて地上を照らす。
永遠に恋い焦がれし大地の上に、自らの想いをそっと込めて、まばゆいばかりの光矢を放つ。
幾千年幾万年――――


『星の降る夜に』


―――・・・竜児も同じ空見上げてるのかな?

川原の土手に座りながら、大河はつらつらとそんなことを思った。
頭上には、降り注ぐほどの満天の星が優しい光で、控えめに月のない夜を彩っている。
高須竜児。
彼の人がいなくなってから、早三月。
その間大河は、夜空が見えるときは必ずこうして出かけて、何時間か星空を眺めていた。
今日は風が強く、浮かぶ雲は軒並み遠い彼方へと追いやられて、日頃無い程に星がよく見える。
最初の頃は、夏の残滓が色濃く残っていた夜気も、今では確実に冬の吐息が肌を撫でていく、凍てつく木枯らしへと姿を変えていた。ぶるりと一震え、肩に掛けたカーディガンを直しながら、大河は無言で夜空を眺め続けた。
漆黒にちりばめられた無数の宝石は、人間一人一人の運命と密接しているのだとどこかで聞いた。

―――・・・それで、流れちゃったら死んじゃったって事なんだよね・・・確か・・・。

そこではたと気付く。
うろ覚えの知識ながら、嫌なことを思い出した、と。
大河はプルプルと頭を振って、そのいらない知識を追い出した。

―――・・・死ぬわけないもん・・・。

きゅっと唇を引き結び膝を抱えると、大河はまた夜空を見上げた。




今回の仕事。
大河はあとで泰子に聞いたのだが、なんでもアメリカに渡った竜児の親友、北村祐作が、自らのロケット開発チームへ竜児を招聘したのだそうだ。
なにやら計算がどうとかいっていたらしく、竜児の処理能力をみこんでのヘルプらしい。
その手伝いに向かってから三月、一度の音信すらない。
聞こえてくるのは、ロケット打ち上げ失敗がどうとか、やり直しがどうとか・・・いらない情報ばかりで。

―――大丈夫、大丈夫・・・。

いつの間にか大河は目を瞑り、ぎゅうっと肩を抱き締めていた。

―――便りがないのは元気な証拠・・・前に聞いたこと、あるもん・・・。

その言葉を、自分に言い聞かせるように、何度も繰り返す。
ともすれば押し潰されそうな不安に負けないように。
そんな風にして夜を越えてきた。
この一月余り、ずっと、ずっと・・・。
「・・・だいじょうぶ・・だもん・・・」
抱えた膝がカタカタと震えている。
「あ・・れ?」
ふと気付くと、頬を熱い雫が流れ落ちていた。
それに気付いた途端、ぽろぽろぽろぽろと大粒の涙が溢れてとまらなくなった。
「・・ふぅっ・・うっ」
・・・本当は怖い。
この二月、ずっと嫌なことばかり考えて、眠れぬ夜をどれほど過ごしてきただろう?
そしてそれは、決して慣れることなどなく、解決してくれるという時間も、経てば経つほどに、我が身を苛む不安を、増長させるべくの栄養剤に過ぎなかった。
それでもここまで我慢できたのは、彼が残していった言葉を信じればこそだった。
「早ければ10日。最長でも一月で片つけてくる。その間寂しいかもしんねーけど、浮気なんかすんなよな、大河?」
そういって意地悪気に笑った顔を思い出し、また涙が溢れた。
嘘つきっ!一月って言ったくせにっ!
そんな風に怒っていられたのは、一月を七日も過ぎた辺りまでだった。
十日を過ぎ、半月を迎え、二月を数えた頃には、すでに不安のみが全身を支配していた。
怪我でもしたのかな?
動けないのかな?
もしかしたら・・・?
それでも日中は、他の仲間たちの手前、あらんかぎりの空元気で過ごしてきた。
だがその反面、夜一人になると、昼間の反動からか、あまりにも涙脆くなった自分が顔を出すようになってもいた。
不安で寂しくて悲しくて。
泣いて泣いて泣いて。
祈って願って名を呼んで。
でも彼の人は現れず、刻ばかりが徒ら(いたず・ら)に、終の想いを募らせるばかりで。
「・・・ぶじ・・・だよね?・・・また・・あえる・・よね?」
ポロポロと零れる大粒の涙が、抱えた膝頭を少しづつ濡らしていく。
逢いたい・・逢いたい・・逢いたい・・・。
「あいっ・・・たい、よぅ・・・りゅうじっ!」
「俺も逢いたかったぜ大河」
え?
いきなり聞こえてきた声に、驚いて大河は振り返った。




聞きたかった声。
聞こえるはずのない声。
しかし。
聞き間違えるはずのないその声に、勢い込んで振り返った。
「・・・あ・・・」
「ん?・・・なんだよ?折角恋人同士の再会だってのに、なんのリアクションもなしか?」
苦笑を浮かべつつ、土手を降りてくる人物に、大河の目は釘付けになったまま微動だにしない。
まるでその姿を網膜にしっかりと焼き付けようとするかのように、見開かれた目はその姿を映しつづけた。
そんな大河の傍に、その男は降り立つと、満面の笑みを浮かべ大河をおもむろに抱きしめた。
「・・・先に家のほうにいったんだ。そしたら泰子が、お前がここに居るって教えてくれて・・・。悪い。ずいぶんと待たせちまった・・・ごめんな」
先ほどまでの軽口と違う慈しむような声に、徐々に大河の意識が停滞から動き出す。
いろいろな言葉が喉まで出かかる。
どれから言っていいのか混乱した。
だって、手の中のぬくもりが本物だったから。
おかえりなさい・・・うそつき・・・ぶじでよかった・・・なにしてたのよ・・・あいたかった・・・しんぱいかけさせて・・・りゅうじだ・・・れんらくくらい・・・りゅうじだ・・・りゅうじだ・・・りゅうじだ。
『竜児が・・・本物が・・・いま・・・ここに・・・いる・・・』
その瞬間、大河の頭の中は真っ白になった。
たったひとつの感情を残して。
「・・・ふえっ!」
「え?」
「・・・うっ・・うっうわああああああ――――――――――――――っ!!」
「え?えっ!?」
突然の泣き声に竜児がギョッとする。
しかし、大河にとってはそんなことはお構いなしだった。
「うわっ!うわっ、うわあああああああ――――――――――――っ!!」
「ち、ちょっ・・!?」
ただただ嬉しくて。
会えたことが嬉しくて。
「うわあああああああっ!!うあっ!うあっ!!うわあああああああ――――――んっ!!」
「・・・大河・・・」
今まで我慢してたこと。
溜め込んでいたもの。
それらすべてが解放されて。
「うあああんっ!うあああんっ!うあっ!うあっ!!うっわあああああんっ!!」
「・・・ごめんな」
抱き締めて、受けとめてくれる人。
優しく頭を撫でてくれる人。
その人がいるから、思う存分泣き続けられて。
「うあああんっ!うああんっ!うっ・・・わあああああああああっっ!!」
「・・・ただいま」
「ひっ・・ぐっ・・ば、ばがぁ・・!ああああん!」
「うん」
「うっぐっ・・・ばっ、がぁ・・あああん!うああああんっ!」
「うん」
何度も何度もバカッて言って、何度も何度も頷いて。
そして最後に言う言葉は決まっている。

『おかえりなさい』


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