ばくばくばく!!
もの凄い勢いで口へとチャーハンが運ばれていく。
腹がすいてるだろうと思い、ありあわせでチャーハンにしてやったのだが、気に入ったようだ。
朝からチャーハンは少々脂っこいかとも思ったが、今のあいつに純和風の朝食を用意しても満足はすまい。
「おかわり」
だってもうチャーハン三杯目だし。
「……お前、どんだけ食うんだ?」
「何よ?食わせてやるって言ったのはアンタよ」
「いや、そうだけどよ」
「まぁまぁ竜ちゃんいいじゃない。大河ちゃんこんなにちっちゃいんだしおっきくなるにはたくさん食べないとね」
「早くよそいなさいよ」
ふん、と偉そうに頬杖をついてこちらを伺う食欲大魔神。
くそぅ、情けは人のためならずを疑いたくなるぜ。
「大河ちゃん、おいしい?」
「……うん、竜児のお母さん」
あれ?
「いやぁん♪やっちゃんでいいよぉ♪」
「うん、やっちゃん」
「うふふ、大河ちゃんいつでもご飯食べに来てね♪」
今、竜児って呼ばれたか?


***


予鈴と同時に教室へと入る。
ふぅ危なかった。
「ちょっと!!入り口の前で止まんないでよ!!」
「おぅ、悪い」
そうだった。
俺の後ろには逢坂がいたんだ。
こいつが随分と食うから今日は遅刻スレスレだった。
間に合って本当に良かった。
HRを前に椅子に座って息を整える。
隣を見ると、逢坂はほとんど息を切らせていない。
あれだけ食ってこれだけ動いてそれかよ。
「おはよう高須、珍しくギリギリだな」
「おぅ北村、おはよう」
「一時間目は体育だ。速めに移動しよう」
「あ、そうだったか。わかった」
この眼鏡をかけた丸い頭の男は北村祐作。
北村祐作は、このクラスの委員長にして生徒会にも所属し、男子ソフトボール部のキャプテンも兼ねているというドラ●もんの『出来杉君』のような完璧さと、
普段からかけている眼鏡のせいか、顔がち●まる子ちゃんの『丸尾君』にそっくりなことから『まるお』と呼び慕われていた。
「おや?逢坂じゃないか。珍しいな、お前等一緒だったのか?」
「おぅ、たまたまな」
「………………」
俺と北村のそんな会話に入ることなく、逢坂は通り過ぎていく。
俺も早く準備をしなければ。


***


「今日は男女混合でバスケットのパス練習するぞー!!」
ムキムキマッスルな体育教師が、黒光りした自らの上腕二頭筋をヒクつかせながら説明する。
男女混合……ウチのクラスは女子が多いから男子があぶれることは無い、はずなのだが。
「まるおー、一緒にやろ♪」「櫛枝、一緒にやんねぇ?」
次々とペアが組まれていく中、俺はぺアがいない。
まぁ俺のこの顔を見ればその理由もなんとなくわかるが。
はぁ、と溜息を吐くのと同時、長い茶色の髪が目に映った。
何人かの男子が周りにいてペアを願いしているようだ。
「……イヤ」
だが、全て一蹴。すごすごと去っていく男子諸君。
なんて哀れ、いや憐れな。
まぁ、逢坂にとっても一見さんお断りってのがあるんだろうけど。
と、ふと逢坂と目が合った。
「………………」
一瞬、時が止まったように静寂が訪れる。
それに気付いたクラスの奴等が、
「手乗りタイガーとヤンキー高須の頂上決戦か?」
などと言い出す。んなわけあるか。
そう思い視線をずらそうとしたところで、逢坂はクイッと首を振った。
……どうやらこちらに来い、ということらしい。
「アンタ、ペアいないのね。まぁその目つきじゃ女子は寄ってこないわね」
「うるせぇ」
分かりきったことを言いやがって。
「まぁいいわ。ほら」
ポン、とバスケットボールを渡された。
なんだコレ、と一般に三白眼と呼ばれてしまう目つきを向ける。
断っておくが俺は別に「何さらすんじゃボケェ!!イてまうぞコラァ!!」とか思っているわけではない。
「パス練よパス練」
ほら、と両手を突き出すようにして離れた位置にいる逢坂はボールが来るのを待っている。
髪を二つにわけてそれぞれ三つ編みにした逢坂は右へ左へ動きながら「パース!!」なんて張り切っている。
「お、おぅ」
ヒュッとボールをくれてやる。
掌を内から外へ押し出すように。
一度地面にバウンドしてからのパス。
逢坂がそれを取ろうと腰を屈めたまさにその時、
「あ……!!」
気付く。
「あ、危ない!!」
誰かが言った言葉は間に合わない。
逢坂の横顔目がけて飛んでいくボール「バン!!」……は?
あいつはサイヤ人か何かなのだろうか。
たいして振り向きもせず、恐らくは感じた気配だけを頼りに片手でボールを打ち払う。
はじかれたボールは弧をを描きながら投げてしまった生徒の元へと戻っていく。
「おお……!!」
歓声があがる。
彼女は今ヒーロー。
そして、ドカッ……ドカッ!?
「あいたっ!?」
俺が投げたボールをキャッチ出来ずにバウンドしたボールが顔面を打ち付け、バタリと倒れ込む。
途端にわき起こる爆笑の嵐。
ヒーローと芸人に同時になるなどそうできることじゃない、お前は凄いよ逢坂……とか思ってる場合じゃねぇ!!
「お、おい大丈夫か逢坂?」
どうやら意識を失って……おぅ!?
は、鼻血が出てやがる。
「ん……あぅ」
あ、目を覚まそうと……ってマズイ。
いくらなんでも女子が顔面鼻血じゃ体裁が悪すぎる!!
「先生、逢坂さんを保健室へ連れていきます!!」
俺は逢坂を抱き上げると一目散に駆けだした。


***


私は今、横になっている。
「……大丈夫か?」
「平気よ」
目の前にいる目つきの悪い男に言葉を返してやる。
実際もう血も出てないし、痛くもない。
「悪かったな」
「そうね、乙女の顔を傷つけたんだから謝るには当然ね」
「……悪かった」
何よコイツ。
なんでそんな普通に謝るワケ?
「全く、昨日もぶつかった瞬間に謝れば殴らずすんだのに」
「……すまん」
イライラする。
アンタここまで言われて何で反論しないわけ!?
「アンタ、何でそんなに簡単に謝れるの?」
「は?」
何よ、その心底不思議そうな目は。
ギラついて、つり上がって、今にも誰かを射殺さんばかりの目つきの瞳にそんな純朴そうな、事実純朴な気持ちを乗せないでよ。
何だか、居心地が悪い。
「アンタ、父親とかとよく喧嘩にならない?」
ふと思いついた事を聞く。
今朝会った母親は、悪いが竜児には似ていない。
ということは父親似なわけだ、コイツは。
それも恐らくはそっち系の。
こんな性格をしていれば普通何度もぶつかりあうものではなかろうか。
それは、その程度の、好奇心だった。
「俺、父親に会ったことがないからわかんねぇ、そういうもんなのか?」
だから、心底後悔した。
普段ならしないような、踏み込んだ質問をしたことに。
「あ、その……ごめん」
「あ、いや、気にしないでくれ。俺は泰子のおかげで十分にやっていけてる」
なのに、コイツはなんでそうやっていられるんだろう。
私なんて親があんなでこんななのに。
だからだろうか。
めったに人には話さない身の上話をしてしまったのは。
「私も似たようなもんよ。アンタよりはマシだろうけど」
親が離婚して、父親に引き取られて、再婚して折り合いが悪くなって。
気付いたら一人でマンション。
いや独りでマンション。
「笑っちゃうでしょ?」
ははっと自嘲的になる。なのに、
「……笑えねぇよ」
コイツはどこまで真面目なのだろう。
「まぁ、アンタに話した所でしょうがないんだけどね」
「俺は……」
「うっさい黙れ、そして腐れ」
「っ!!」
「アンタが気にする話じゃない。アンタは私に気にするなと言った。だからアンタも気にしない。OK?」
「いや、でもよ……」
「何?何か悪いとか思ってるわけ?アンタに同情してもらうほど落ちぶれちゃいないわよ」
「………………」
「まぁどうしても気になるってんならそうね、また私にご飯をご馳走しなさい。本っ当に遺憾だけど今朝は……おいしかったわ」
その日から、私は隣の席の高須竜児の家にご飯を食べにいくようになった。


***


長い回想を終え溜息を吐く。
隣を歩く大橋の虎こと逢坂はあれから毎日毎晩、最近は昼まで賄ってやっている。
あの時は、そんな事でこいつが報われるなら、と思ったが、まさか毎日来るようになるとは想定外だった。
「あ、そうだ竜児」
「おぅ」
「はいこれ」
言われて手渡されたのは……●×□▲!?
「何て顔してんのよ」
「いや、だって……」
俺の手にはかの偉人の人が印刷された紙が乗っていた。
『学問のすゝめ』を著したその人、福沢諭吉が。
なんだこれは?
お巡りさんに届けろとでも言うのか。
俺の手にある一円一万個分、いや十円千個分、いやいや百円百個分のこれを。
「アンタにあげるから」
「はぁ!?」
ナニヲイイダスノデスカアイサカサン。
おぅ!?思わずカタカナになっちまった。
「勘違いしないでよね、やっちゃんに悪いと思って……それは私の分の食費よ」
「おぅ!?なんだそうか……そうか」
思わず二回言っちまった。
しかしなるほど。
こいつはこいつなりに気を使おうというわけだ。
これは助かる。
まぁこれだけあれば一月はいけるだろう。
「それだけあれば十日はいけるでしょう?」
「……何だって?」
俺の聞き間違いか?十日だと?
「あれ?足りない?ちょっと待って今財布から……」
「いや、お前が待て。十日だと!?」
「うん」
「バカモノ!!一月はいけるわ!!」
「ひゃー!!」
逢坂は驚いたように後ずさる。
「い、一万よ?たかだか一万で一ヶ月?」
「おぅ」
「アンタ私に何食べさせるつもり!?黄金伝説でもたてろっての!?」
「お前な……」
「だって一万なんてあっという間よ!?この間買った服なんて三万八千円したんだから!!大体、一日千円で十日って計算でも少し安いかと思ってたのに……」
「三万八千円?一日千円?MOTTAINA〜I!!」
「ひゃー!!」
いや、それはもういいから。
しかしコイツ、いったいどんだけ無駄遣いしてるんだ。
そういや、部屋にこそ入ったことは無いが、コイツの家ってウチの隣のマンションなんだよな。
くそぅブルジョワめ。
「まぁいいわ。足りなくなったら言って」
「おぅ」
「っしゅん!!」
「ん?風邪か?」
「きっと部屋の中が埃っぽいから鼻が」
「ナニ!?」
聞き捨てならない台詞。
頭にかけのぼるのはうふふあははの埃とゴミの世界。
「そ、掃除してぇ……」
ふと漏らした言葉。
「何アンタ、掃除まで好きなの?何処まで主婦なのよ。でも、そうね。今日の放課後、良かったらウチ来てみる?」
俺の、女子の家訪問初体験が始まる。


***


俺の始めての女子のお宅訪問はかつてないほどの衝撃にまみれていた。
最初に気付いたのは匂い。
「なんだこの匂い……!!」
鼻を押さえる。
酢のようなきつく酸っぱい臭い。
まさに『刺・激・臭』だ。
リビングに入って、一面ゴミ屋敷。
これは想像以上だ。
俺はかつて無いほどの強敵を目の前にしている。
そして、ああ、そして!!
シンクが、アイランドキッチンのシンクが!!
「あ、ああああ、ああいあいあいあいあささっさっかか」
「何よ」
「あいさかぁ!!俺に、どうか俺にここんちのキッチンを掃除させてくれぇ!!」
「……そのためにきたんでしょうが」
やれやれ、呆れたように逢坂はリビングの椅子に座る。
「ここで見てる。触られたくないものとかがあったら言うから」
「おぅ……おぅ!!」
俺は腕まくりをした。
ムフフフ、待ってろよキッチンちゃ……おぅ!?水が腐ってやがるじゃねぇか!!このっこのっ!!
「……アンタ、そんなに掃除が好きなんて変わってるわね」
「いや、部屋をここまでに出来るお前ほどじゃ……ん?
俺はボーっと座ったままの逢坂に近づき、「何?きゃっ!?」頭を払う。
「ああ、すまん。ほこり被ってたみたいだったから。せっかく綺麗な髪してるんだ、気をつけろよ」
「……ふん」
逢坂は礼も言わずに手元の週刊誌を読みは始める。
俺は詳しくないが、最近有名な高校生モデルとやらが出てるらしい。
だが、今はそんなことより掃除だ。
恐らくシンク中はぬめりとカビと腐った生ゴミで地獄絵図と化しているはずだ。
ベロリと舌なめずり。
待ってろよ、アイランドキッチン!!


***


竜児って変わってる。
せこせこと人の家を掃除しだして喜んでるし。
差別的な言い方になるけど男なのに料理上手いし。
まぁそれは家庭環境にもよるんだろうけど。
私がこうなのも恐らく家庭環境のせい、ということにしておきたい。
しかし、不思議だ。
何でコイツ他人、それも私なんかとつるんでるんだろう?
まぁ私もなんでこんな目つきの悪い奴となんでつるんでるんだって話だけど。
でも竜児の場合それは誤解だし。
誤解、か。
だからかもしれない。
竜児は上辺だけで私を見ない。
だから、予想以上に心を許してしまうのかもしれない。
と、急に竜児が私の目の前まで来て、
「何?きゃっ!?」
頭を触ったかと思うと笑いながら埃被ってた、なんて言う。
何故かその笑顔にドキッとした。
触られた頭は、今まで誰からも感じたことの無いくらい、暖かかった。


***


「お、おい、いいって」
「うるさいわね、昨日の掃除のお礼……きゃっ!?」
フライパンが爆発する。一体どうやったらそんなことが出来るのだ。
逢坂は今朝ウチに来るなり、「朝食は私が作るわ」と言い出した。
なんでも昨日のお礼だとかなんとか。
そんなのいいのにと思いつつ、女の子の手料理というのにも興味があって楽しみにしていたのだが……。
「うひゃあ!?」
結果はこの通り。まぁ誰でも上手く作れるわけじゃないというのはわかっている。
わかっているが、目玉焼きすら焼けない奴がいる、とまでは認識していなかった。
『あいつ』は結構料理が上手いんだけど、まぁ女子にもいろいろいるしな。と思っておこう。
「……もう一回」
危険だ。あらゆる意味で危険だ。
このまま任せてたらとんでもない事になりそうで恐い。
「いや、遅刻しちまうから俺がやるよ」
高須家の食材と家の保護の為にも、そうしよう。

***

今日は家庭科の授業でクッキー作りがある。
今朝は失敗した。中々上手くはいかないもんだ。
お礼、なんて私らしくもないことだが、何故か返してやりたくなったのだから仕方が無い。
だが、あれではとうていお礼などとは言えない。
だから、今日はこれにかけるのだ。
クッキーの調理実習。
かねてからのこれなら、まぁそれなりに普通のものができるはず。
だと言うのに……。
「いいか、まずは無塩バターを……」
そう言って竜児はバターをボウルに入れる。
「何でアンタが私にクッキー作り教えてんの?」
「迷惑か?同じ班だし、俺はもう下準備は終わったからな」
「………………」
迷惑っていうか、手伝われたらあんまり意味ないんだけど……まぁいいか。
「まぁいいわ。まずはバター……竜児、コレ堅い。少しレンジとかで溶かしてからの方がいいんじゃないの?」
「バカモノ!無塩バターは溶かしたらダメだ。仕上がりが悪くなる」
竜児は慣れた手つきで無塩バターをヘラでほぐしていく。
「塩を混ぜたらクリーム状になるまで……」
私は必死にボウルの中身をかき混ぜている。
「砂糖は二回に分けて……バカ!入れすぎだ!!」
スプーンに盛った砂糖を恐る恐る入れてみる。
「卵は卵黄だけを……言ってるそばから白身入れるな!!」
割った卵をそのまま入れようとして怒られた。
「次は薄力粉を混ぜて馴染むように全体をコネるんだ」
一生懸命にボウルの中身をコネる。
粉が舞い上がり鼻がムズムズする。
ぐしっと手の甲で鼻を拭き、もう一度作業に取り掛かる。
「出来たら……これぐらいの大きさにしたものを天板に乗せる」
今回は授業時間の為か、冷やして型抜きする、という工程は省かれていた。
そのため竜児は、普通のクッキーより小さめに手に取った生地を見せる。
「小さくない?」
私は気になった事を聞いた。
「割と膨らむんだよ」
そう言って、竜児はオーブンにクッキーを入れた。
これで後は待つだけだ。
「後は焼けるまで……逢坂」
「……ん?って何よ!?」
鼻にハンカチをあてられる。
「バカ。薄力粉が鼻についてる」
三角巾をしてもその恐さから全く似合わない竜児は、やや腰を屈め私の鼻を拭く。
何故か、どんどんと熱く、頬が熱を帯びていくのを感じた。

--> Next...




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