「……ん」
目を覚ます。
「……あれ?私寝ちゃったんだ」
昨日は確か……。
思い出して隣を見ると、私を支えにして眠っている竜児が居た。
私も竜児の肩を支えにして寝ていた。
そう、いわば『人』という字の指し示すように、お互いに支えあうことでバランスを保っていたのだ。
それが嬉しく、しかし気付くには遅かった。
片方がバランスを崩せば、もう片方もなし崩し的に倒れる。
私が目を覚まし、竜児の肩から離れた事で均衡は崩れた。
竜児が、フラッと私の方へと倒れてくる。
「へっ!?ふにゃぁ……!!」
ギシッ!!
ベッドが一際大きく軋む。
……例えて言うなら、こんなのも押し倒されると言うのだろうか。
眠っている竜児はそのまま倒れただけ、私の方に。
しかし、急な事と体勢もあって、私は竜児を支えられず一緒に倒れた。
私は今天井を見ている。
「……すぅ……すぅ」
寝息が聞こえる竜児は、私の顔の隣でシーツに顔を埋めている。
体が体で抑えられて身動きできない。
「あ、あ、あ、りゅ、りゅ、りゅ……」
言葉にならない。
昨晩は結局あれから二人して眠ってしまったようだが、なんなら今からでも、とも思ってしまう。
しかし、カーテンの隙間から入る日差しは、否応無くすでに日が昇っていることを指し示している。
「……すぅ……たいがぁ……」
「ひゃあ!?」
ぶるるっと震えて脱力。
耳元でそんな「たいがぁ」なんて……夢でも私を見ているなんて……うふふ。
これが喜ばずにいられようか。
なんかもう、竜児がいれば何もいらない、とか思ってしまいそうになる。
ご飯?トイレ?ナニソレ?みたいなカンジ。
「ん……あ、あぁ……アレ?俺……」
あ、竜児が起きちゃった。
「ふわぁ……よいしょ……!?!?!?」
竜児が両手を使って起き上がって固まる。
今まさに私は馬なりにされてる感じ。
その目つきだけは異常に鋭い瞳がぱちくりと何度も瞬きし、私と視線が絡み合う。
「……た、いが?」
「おはよう」
「……あ、れ?」
「おはよう馬鹿犬、ついでに強姦未遂」
「うぉわぁあああああ!?」
竜児は飛びのいた。何か可愛い。
「わ、悪い!!って俺何もしてないよな?な?な?」
「さぁ、どうかしら?っていうかアレ、覚えて無いっての?」
可愛いから少しからかってやれ。
「ア、アレ?アレって何だ!?一体俺は何をしたんだ?」
「酷いわ、もう私お嫁にいけない」
「うわぁぁぁぁ!?俺は取り返しのつかないことをしてしまったのか!?」
竜児は顔面蒼白になって今にも倒れそうだ。
ちょっと可哀想になってきた。
「冗談よ。『まだ』未遂って言ったでしょ、」
「なんていう事を……へ?冗談?」
「アンタは私の耳元で「たいがぁ」って囁いただけ」
私はそう言いながらギシッと軋むベッドから降りて、竜児に背を向け扉に手をかけて、
「……熱かったわ」
そう、言い残して部屋を後にする。
「〜〜〜っ!?」
竜児の声にならない声が聞こえた気がした。


***


俺って奴は何ていう事をしてしまったんだ、という自責の念は数秒、しかし、結局勘違いだっと安堵し、やっぱり凍りつく。
俺が耳元で「たいがぁ」と囁いただと?
大河は気にしていないようだが、それは実は大問題だ。
俺は今、借り物のキッチンで朝食兼昼食を作っている。
大河は同じフロアにあるテーブルに座って先に朝食を食べていた。
大河の分だけ少しスペシャルな朝食。
罪滅ぼしというわけではないが、これがせめてもの俺なりのけじめだ。
今朝は卵焼きに焼鮭と持ってきた漬物、あとは味噌汁と白米。
しかし大河にだけ豚の生姜焼きを用意した。
「みんなには内緒だぞ」
そう言って出したあいつの好物を、大河は目を輝かせて喜んだ。
その純真な姿を見れば見るほど胸が締め付けられる。
大河の聞いた声。
俺の見た夢。
「はぁ……」
溜息が出る。
俺は夢で大河見ていた。
その、何も纏っていない大河を。
小さいなりにも体つきはふっくらとしていて、胸の先ピンクに染まり、もじもじしながら俺を見つめる大河。
俺は耐え切れず大河をベッドに押し倒した。
『竜児、欲しいの』
大河がおねだりするように俺の頭を抱きしめ、つい、
『たいがぁ』
とだらしない声を出してしまったのだ。
今だに頭から「竜児、……欲しいの」が離れな……え?
「竜児、おかわり欲しいの」
「あ、おぅ」
いかん、現実と回想がごっちゃになりそうだった。
大河にご飯を盛ってやると、みんなが起き始めてきた。
「おはよう高須に逢坂、早いな」「ありゃ?朝ごはん私が作ろうと思ったら出遅れた」「亜美ちゃんまだねむーい」
丁度昼食用の弁当も出来た所だ。
卵サンドにツナサンド、カレーの残りを使ってポタージュ。
うん、まぁいいだろ。今日はみんな朝から海だって言ってたし。


***


照りつける日差し、白い砂浜、そして青い海。
「いえーい、大河、かかってきんしゃい!!」
みのりんはそう言って海の中で私を待つ。
「う、うう……冷たっ」
足をちょこん、と入れて逃げた。
やっぱダメ。恐いし。
学校用のとは違う、ひまわりの柄の入ったワンピース型の水着を着たけど、やっぱあんまり海には入りたくない。
でも、竜児には見てもらいたかったし。
その竜児はパラソルを北村君と一緒に立てている。
と、竜児にばかちーが近づいていった。
ムッ!!
なにあのビキニ。
何か、誘ってるようにも見える。
「ごめんみのりん」
私は竜児の方へと向かった。


***


「ねぇ高須く〜ん」
「おぅ川嶋……ってなんだその水着!!」
ようやくパラソルを立て終わった頃、川嶋が来た、と思ったらその川嶋は真っ白の表面積の少ないビキニ姿だった。
「ねぇ入り江の方にとっても綺麗な洞窟があるんだけど私のとっておきの場所、後で行ってみなぁい?」
「くぉらばかちー!!やっぱアンタきょうりょ……」
「あら、丁度良かった。逢坂さんも一緒にいかなぁい?」
「……くって、……へ?」
大河が意外そうな顔をしている。
午後からは洞窟探検になりそうだった。


***


「へぇ、ここが川嶋とっておき、の……どうくつ……」
そこは一言で言っておどろおどろしい。
いかにも何か出そうなほど中は暗く、昨日あんなことがあった身としては遠慮したいような場所だった。
「こ、ここ、こんなとこに入るの?」
大河も同じようだ。
しかし、
「おお、おお、おおーっ!?いいねいいね雰囲気あるね!!」
櫛枝は乗り気のようだ。
でもここって大丈夫なのか?なんかさっき赤字に危険って書いてる札がその辺に落ちていた気がするんだが。
「さぁ、行こうじゃないか!!」
北村も乗り気だ。
「な、なぁ止めておかないか?」
一応進言してみる。
「何?高須君恐いの?」
「い、いや昨日の晩なんかおかしなことがって……もしかしたら何かこの辺にはいるんじゃ……」
「おかしなこと?」
「あ、あ、あれはオバケよ!!」
大河も強く言うが、
「ぷぷぷ……あーはっはっはっ!!」
川嶋が笑い出す。
「あれはオバケ!!だって!!あーはっはっはっ!!」
川嶋が大笑いする。
「亜美、やっぱりやりすぎたんじゃないのか?」
「「へ?」」
つまりは、そういうことらしい。


***


結局洞窟には入らず、別荘に戻ってすぐ川嶋からの説明が入った。
「主犯はわ・た・し♪」
川嶋が大河の怯えた「オバケよ!!」に笑いながら言う。
「そして共犯は私」
櫛枝はツヤツヤしながら楽しそうにネタばらしする。
「俺はまぁ、途中参加なんだが」
北村は急遽入ったそっち側、ってとこのようだ。
「いやぁ、あーみんがちょっと大河を恐がらせたいって言うから最初は反対してたんだけど、オバケ騒ぎときちゃ話は別さね」
「オバケよ!!くふふふふ……もうサイコー!!」
川嶋はよっぽど作戦の成功が嬉しいのか、それとも大河の態度が嬉しかったのか、笑いっぱなしだ。
「つまり、あれはばかちーたちの仕業なわけね?」
「そうよぉ♪何?言いたい事は一応聞いてあげるわよぉ♪」
「いいえ、別に何もないわね」
「……へ?」
川嶋が意外そうな声をだす。
あれ?ここだけ予定と違う、みたいな。
「私は別に怒っていないし、咎めるつもりも無いわ。まぁアレよね。みんなでの旅行を盛り上げるためのスライスよね」
「それを言うならスパイスだろ……」
「そう、それよ。まぁこの際どっちでもいいわ。とにかく、今夜は楽しく花火でもして綺麗に締めましょ」
「え?あれ……?」
川嶋は今だポカンとして大河を見つめたままだ。
こんなはずじゃ……とか呟きながら。
「おうよ!!じゃあ大河、花火で何やりたいか見繕おうぜぇい!!」
「うん!!」
大河は櫛枝と二人並んで駆け出す。外は随分と暗くなってきていた。


***


「とんでもなかったな、今日は」
そう呟きながら花火を手に持つ。
バチチと音を立てて色鮮やかに火花を散らすその様は、一時のものといえどやはり綺麗。
遠くでは大河と櫛枝が両手に花火を持って遊んでいる。
あれは危ないだろ……。
どんどんと派手な花火は持っていかれる。
俺はまだ売れ残っている線香花火を手にとって火をつけた。
「む、潮風に当たるな」
少し、みんなと離れてパチパチと球状に輝く花火を見つめる。
夏の風物詩。同時に、旅行の終わりを示すちょっと寂しい花火。
花火が落ちるまでに、今回の旅行のことを考えてみる。
まぁ、結局は川嶋の嫌がらせのために計画されたようなものだったが、それなりに楽しめた。
それに、良い思いもした。一日中、大河と居るという良い思い。
一緒に寝るなんて、そうは無い経験。いや前にもあったにはあったけど。
気付けば、大河のことを考えるのが当たり前で、大河が一緒にいるのが当たり前の日々。
線香花火を見ていると、何故か大河のことばかり考えてしまう。
火花が出ている時は綺麗なのに、消えると途端に寂しくなる。
大河も、いると騒がしいが、いないと寂しい。俺は、もう随分前からそう思うようになっていた。
これはまさか、俺は大河のことを必要以上に意識、しているのだろうか。
そして、これまでの行動から、もしかしたら大河も俺の事を……。
「しっかし、いくらなんでも……」
突飛過ぎで、我田引水過ぎると思う。でも、この線香花火を見ていると、自然とそう思いたくなったのだ。


***


あれ?竜児?竜児が一人で離れたところで花火をしてる。
何であんな所で一人でやっているんだろう?
「りゅ……」
近づこうとして、足が止まった。
「……かし、い……でも……」
かし、い……香椎。またあの子の名前。
私は、いつの間にか手に持つ花火を落としていた。


***


駅のホーム。
「家に着くまでが旅行だぞ、みんな気を抜くなよ!」
「このまま実家帰ろっかな……」
「まったねー」
ようやく帰ってきた俺達は口々に別れの言葉で解散する。
「ふぅ、帰ってきたな」
「………………」
「スーパー寄って買い物していくか」
「……疲れてるんだから主婦臭い用事で話しかけないで」
あれ?大河の様子がなんか変じゃないか?
「……何よ」
「いや、何か冷たくなったというか、少し前に戻ったというか……」
「………………」
……どうしたんだ?
「……なぁ、今日特売あんだよ」
「……うるさいっての」
?やっぱり、何か少しおかしい。
最近の大河は買い物にも喜んで着いて来てたのに。
「……行ってあげるわよ」
「お?サンキュ」
?なんだ、気にしすぎだったろうか。
「せいぜい私のためにおいしい夕飯を作りなさいよね」
やっぱりいつもの大河だ。
気にしすぎてただけか。
俺はそう結論付けて歩き出す。
しかし、数歩進んで気付いた。
大河が着いて来ていない。
俺の背中をじっと見ていたようだ。
「……どうした?」
「……なんでもない」
そう言って駆け足で俺に近寄ろうとして、急に足を止めた。
どうやら、大河の携帯が鳴っているようだ。
「……!!ちっ!!」
しかし、大河は携帯の液晶を見て、すぐに鳴っていた電話を切る。
「おい?いいのか?」
「……うるさい、買い物に行くんでしょ」
「お、おぅ」
釈然としないが、しかし特売は大事。
さぁ早く行こう、として、

――――ピキッ――――

背中に違和感……痛みを感じた。
「……?」
何だろう?と思って少し背中を意識したところで、
「何してんの、駄犬。さっさと行くわよ」
大河が俺の前方で俺を急かすように待っている。
「……悪い」
俺はすぐに大河の元へと走り、夕飯の献立に思考を切り替える。
今日特売で何が手に入るかが鍵だが、今日の夕飯は何にしよう。
そうやって別な事を考え始めたせいで、既に痛みが無いのも相まって、先程の背中の事など既に気にも止めていなかった。


***


旅行が終わると同時にあっという間に夏休みが過ぎた。
気付けば新学期。
すでに空気は一年のうちで一番のイベント、文化祭一色だった。
「というわけで我がクラスの展示とミスコン出場者を決めたいと思います!!」
我がクラスきってのアホにして文化祭実行委員の春田が、司会進行をする。
傍らには川嶋。
男子は春田、女子は川嶋が我がクラスの文化祭実行委員なのだ。
「えーっとミスコン出場者のほうは各クラス2名なんですが、これは亜美ちゃんってことで異論は無いと思うんであと一人は誰が……」
「あ、ごめんなさい。それはダメなの。私ミスコンの司会やる事になってて私を選んでくれても出場できないの」
学校では常からの猫かぶりを止めない川嶋。
しかしなんだ、川嶋でないのか。
川嶋はこういうのに出て、
『あっはっはっはっ!!亜美ちゃんの可愛さにひれ伏すがいいわ愚民共!!』
とか心で言ってそうな奴だと思ってた。
「えぇ?そうなの?んじゃあまぁウチのクラスでコイツがいいって推薦ある〜?」
春田が周りを見渡すが、誰も何も言わない。
チクタクチクタクと時間ばかりが過ぎていく。
「えーいラチがあかない!!こうなりゃ誰が相応しいかみんな紙に書いて投票だ!!」
シビレを切らせた春田は投票形式にしたようだ。
ガラッ!!
と、同時に視線が扉に向く。
「高須君はいるかね?」


***


竜児が何故か禿頭に連れて行かれた。
確かあいつはこの学校の教頭先生だっけ。
何の用事だろう?
「はーいさっさとこの袋に紙を入れてねー!!」
そんな事を考えながらボーっとしてると、アホが珍しく手際よく仕事をこなしていく。
「よーし!!んじゃあさっそく開票ー!!」
春田が「じゃん!!」とか言いながら一枚目の紙を袋から取り出す。
「はーい!!まず一票目は……タイガー!!」
はぁ?何で私なのよ、ハッキリ言ってごめんだわ。めどくさいし。
「えーっと次は……またまたタイガー!!」
ばかちーが黒板に私の名前を書いて下にどんどん『正』と書き足していく。
「次は香椎……また香椎……タイガー……香椎……木原……香椎……タイガー……?誰だよゆりちゃんなんて入れたの……次は……」
黒板には私と香椎奈々子の下に『正』の字が書きつづられて行く。
ついでに独身の下にも一本だけ。
「はーいこれで開票おわりー!!」
ザワ……!!
アホが終了を宣言したと同時に、クラスがざわつく。
「タイガーと香椎が同率一位か……」
誰かが呟いた。
「あれ?でもウチのクラスって奇数じゃね?」「ほら、さっき高須呼ばれて出て行ったから」「あーそっか、納得」
「はい、というわけでミスコン出場者はタイガーと香椎に決定ー!!続いて我がクラスの展示を……」
ミスコンについて私が抗議しようとしたその時、後ろの席の奴が大声で挙手して立ち上がった。
「はい!!コスプレ喫茶、どうっすか!?」
キランと眼鏡を光らせる……なんて名前だっけ?ああ、そうだ、確か能登久光。どうでもいいけど。
しかし、こいつのせいで抗議するタイミングを失ってしまった。
ガラ……。
「おぅ、もう展示まで議題は進んでるのか」
急に教室に入ってきたのは竜児……ではなかった。
ややしゃがれた声だが稟としていて、その言葉遣いから女なのに兄貴の尊称で親しまれている生徒会長、狩野すみれ、その人だった。
「今各クラスを回っているところだが、お前等に言っておくことがある!!」
ガラッ。
そう、大声を出して、勝手に教壇を独占した所で、
「……なんだ?なにかあったのか?」
竜児が帰ってきた。


***


俺が教頭先生の呼び出しから戻ると、クラスの雰囲気が変わっていた。
教壇には狩野先輩が鎮座すましていて、その傍らにはいつのまにか北村。
黒板は……大河と香椎の名前の下だけやたらと数が多いな。
ん?何で先生の名前の下にも一本線があるんだ?まぁいいか。
俺を含めずして行ったミスコン出場者投票はすでに終わっていたようだ。
見たところ、香椎と大河の同率一位。
「いいかおめぇら!!今回の文化祭で総合一位になったクラスはすげぇぞ!!心して取り組みやがれ!!」
バン!!と黒板を叩き、北村が黒板に書き終わった文字にみんなの視線を向ける。
「まず、今年度一杯クラスに据え置き冷蔵庫設置!!」
「お、おおーっ!!」
ジュース、冷やしたくね……?などと小声が聞こえる。
「さらに、来年から交換予定の最新型うるおいたっぷり型エアコンを優先的に設置!!」
うるおい、欲しくね……?などと小声が聞こえる。
「現在使用禁止になっているトイレの電源開放!!」
「マジ!?」
アイロン、かけたくね……?などと小声が聞こえる。
「そして、スーパー狩野屋の割引券!!」
「割引券……欲しくね?」
言葉をもらしたのは……俺だけ。
「これは、勝つしかねぇ!!」
一気にクラスが盛り上がる。
兄貴、もとい狩野先輩は次のクラスへと説明の為にすぐに教室を後にする。
何故か北村までついて行ってしまった。
その為、クラスはまるおというストッパーが不在になり、総合一位の権利獲得に向けて異常な盛り上がりを見せ始めた。
大河を除いて。
大河は携帯を開いて、怒ったように閉じた。
「……大河?」
声をかけるも、
「今は話しかけないで」
不機嫌一色だ。
ついでに……。
「……させない。させてあげないから……」
担任にも何故かダークオーラが。
何かペン持って……ん?蓋が開いてるから何か書いたのだろうか。
しかし、こんなんで文化祭(狩野屋割引券)は大丈夫なんだろうか。
櫛枝も鼻血出しながら「おば、おば、オバ……」とか言ってるし。


***


学校が終わって下校。
展示は結局時間がなくなって、春田が先生と話しあうって言ってたけど大丈夫だろうか。
なんかゆり先生の態度がおかしかったような……。
「……あれ?」
大河が不思議そうな顔をする。
場所はコンビニ。
大河が下校途中にお金を下ろしていくと言い出し、寄ったのだ。
しかし、その大河の様子がおかしい。
「変……お金下ろせない。残高0円って……」
「どうした?」
「ありえない……こんなことするんだ……」
「おい?どうしたんだよ?」
「簡単なことよ。随分前に父親から電話がかかってくるようになってた。でもムカツクから無視してたら生活費の口座カラにされた」
「なっ!?」
ぷるぷる体が震える。
いつかのコイツの言葉が蘇る。
『笑っちゃうでしょ?』
一人で、いや、独りでマンション。
俺は笑えなかった。
ただ、許せなかった。
「何だそれ……何だよそれ!!何でそんなことを……!!」
「うっさい、アンタが気にすることじゃない」
まただ、コイツはその件になると途端に拒絶の意を表す。
ブゥゥゥン、ブゥゥゥン。
と、俺達の会話を切るように大河の携帯が鳴る。
俺にも見えた大河の携帯の液晶が示す文字は『クソジジイ』だった。
それが、何故かイラついた。
「……これって、脅しよね。金が欲しけりゃ会えってことよね」
大河が、本当に腹立たしそうに唇を噛む。
こんな姿、最近は全く見ていなかったのに。
最近は何処か、ずっと一挙手一投足で、何をやるんでも一生懸命で、笑顔が絶えなかったのに。
大河をこんな顔にした奴が、許せなかった。
だからだろうか。
常ならば絶対に言わないことを言ってしまった。
「……俺がかわりに会いに行ってやろうか」


***


「そっか、わかった。とにかくウチの娘はここには来てくれないんだね」
目の前には金持ち風な中年の男性。
俺は、駅ビルの中の最近流行のレストランで、向かいあうようにその人と座っていた。
「大河にどうしても会いたかったんだが……」
ピクン。
俺は、今怒りを上手く抑えられただろうか。
どうしても会いたくて、娘の生活資産を奪うのか?
会うために、自分が直接出向くわけじゃなく、待ち合わせ場所まで来させるのか?
「こうなったら、もう何でも好きなもの頼んでよ!!」
中年のおじさんは、悪魔で人のよさそうな態度を取り続けている。
実際、悪気は無いのだろう。
悪気が無い?大河にあんな顔をさせておいて?
おいおい高須竜児、何を考えている?まずはその膝の上に作ってしまった握りこぶしを開いて落ち着かなければいけないな。
「いえ、結構です。これからウチで夕食なんで」
でも、絶対にこんな奴にはごちそうにならない。
「うう……」
どこか、思い通りにいかなくて悲しそうな顔をする。
それが、癇に障った。そんな顔すれば、同情を引けると思っているのだろうか。
「すいません、たった一人の家族の母が待っていますのでせっかくですがご遠慮させてください」
一応頭は下げる。
本音を言うなら、頭など下げたくなかった。
でも、ここは目上の人に対する最低限の社交辞令をしなければ。
「そう、か……。たった一人の、ということはお父さんはいないんだね。何か、あったのかい?」
ピクッ。
肩が震えた。
今まで、父親の事を話すと変に遠慮する奴が居て、そんなに遠慮しなくてもいいのに、とか思っていたが、こうズケズケと聞かれても腹が立つ。
「……すいませんが、家庭の事情ですので」
「あ、ああ、そうだよね。そうだ、はいこれ」
たいして悪びれもせず、目の前の男は分厚い封筒を俺に差し出した。
「お金だよ、大河に渡してくれ。あ、あと、いつも通り口座にも振り込んでおくから」
……結局それだけなのか。
アンタが大河に与えてやれるのはそれだけなのか。
お金以外にはないのか。
「……大河はきっと、今のままなら貴方とはずっと会ってくれないと思います」
だからつい、言ってしまった。
「どうしても大河に会いたいなら、大河の信用を得られるような事をしてあげてください」
「……君は、大河の彼氏か何かなのかい?」
「……いえ」
そうか、と安心したように大河の父親は呟いて、
「もちろんそのつもりだよ。近々今の妻と別れて、大河と暮らそうかと思ってる」
予想外の事を言われた。
胸がムカムカズキズキイライラガタガタギリギリ「……君、高須君?」……はっ!?
「あ、すいません」
「いや、いいよ。突然の事で驚いたろう。学校も転校させるかもしれないからね」
「なっ!?」
ギリッと歯ぎしりする。
この人は……路上の埃ほども大河を気にしてなどいないのではなかろうか!?
ふざけんなよ、大河に聞きもしないで、一緒に暮らす!?転校させる!?
口は、勝手に言葉を紡いでいた。
「……ウチの学校、今度文化祭があるんです」
「へぇ!!そうなのか!!」
「……ええ、ですから……」
「わかった。教えてくれてありがとう、大河の文化祭、見に行くよ」
もし、アンタが本気なら、その思いを大河にぶつけてやれよ。
でも、大河を振り回すだけなら……。
ギュッと握りこぶしを作る。
俺の中に、熱い、小さくとも確かに熱い、火が灯った。


***


「大河」
家に帰って、晩御飯を食べて、大河の背中を見つめる。
大河は俺が代わりに行ったお礼として皿洗いを申し出ていた為、一人で片付けている。
「……何?」
「お前の親父さん、お前と一緒に暮らしたい、って言ってたぞ。近々妻と別れる、とかなんとか」
「……またか」
手を止めず、振り返りもせずに、答えだけが返ってくる。
「お前、親父さんと一緒に暮らしたいか?」
「!?冗談でしょ!!誰がアイツなんかと!!まさか竜児……言いくるめられたんじゃないでしょうね」
「冗談言うな」
「っ!?」
俺は、無意識にすごむような、恐い声を出していた。
「何が、何が一緒に暮らしたい、だ。今まで散々……しかも、お金渡してはいサヨナラ……誰が、そんな奴に大河を……」
「……竜児」
キュッと水がしまる音がする。
「でも」
「でも?」
「もし、お前が親父さんとやり直したいって言ったら、俺には止めることができねぇ」
「だから、そんな……あ……」
「俺には、もう嫌う親父さえいないから……大河には……でも……」
俺は、いつの間にか、大河じゃなくて、自分の中に語りかけていた。
「竜児、いいよ別に」
だから、座っている俺の頭を大河が撫でるまで、大河が近づいてることに気付かなかった。
「……何か、話した?」
「……文化祭、教えちまった」
「来るって?」
「……あぁ」
「じゃあ、もし来たら、少しはあのクソジジイのことを考えてやろうかな」
「!!……たい「だって」……」
「アンタ、そうして欲しそうな顔、してるもの」
実際、俺はそうなのかもしれない。
どんなに嫌な印象でも、大河の父親だ。
だから、出来るなら、家族は一緒にいたほうがいいと、そう思ってるのかもしれない。
けど、大河があんな奴と一緒にいて、傷つくのも、イヤだ。
絶対に、イヤだ。
だから結局、俺は、
「おぅ……」
としか、言えない。
いや、まだ言えることはある。
「でも、もし、そうなっても、いつでもウチに来い。お前は、ウチの一員なんだから」
小さく、泰子も喜ぶし、と付け加えておく。
「……うん」
ほんの少しの、小さな笑顔が、胸に痛かった。


***


文化祭が、すぐそこまで近づいていた。
みんながなんとなく一丸となって、なんとなく必死こいて、なんとなく……こういうのって……悪くない。
文化祭の展示は、何がどうなってそうなったのか、春田がゆり先生に言いくるめられたと言うか騙されたというか、何らかの復讐のあおりをくらってプロレスショーなんてものになった。
しかも、大河が悪役、俺子分。
何が悪の親玉手乗りタイガーとその手下ヤンキー高須だちくしょうめ。
川嶋は正義の味方っていうか、主役らしい。
意外なことに台本は春田が一晩で作ってきた。
人間、何か秀でたところはあるもんだ、配役については納得したくないけど。
大河は最近、よく携帯でメールしている。
相手は……父親。
俺は正直あまり良い気分では無いが、大河は少し嬉しそうだった。
だから、そんな大河を見れるなら良いかな、と思っていたのだ。
文化祭、当日までは。
文化祭前日、珍しく大河から、
『明日は来るって言ってきたよアイツ』
と嬉しそうに言っていたのは脳裏に焼きついてる。
なのに、俺達のプロレスショーが始まっても大河の親父は来なかった。
「きっと、遅れてるだけよ」
自分に言い聞かせながら何度もメールチェックする大河を見て、胸が強く締め付けられていった。
そして、ついに
「いやぁ、最後の公演も上手くいったなぁ!!」
周りが公演成功を喜ぶ中、大河は背中を痛めてまで演技を頑張ったのに、その顔は晴れなかった。


***


ミスコンの控え室で何度もメールチェックする。
別に、期待してるわけじゃない。
でも、しばらくぶりにまともに会話して、少しは反省してるみたいだってわかって、今日は来るって言ったんだから。
特別に、話くらいは聞いてやろうかなって……。
『着信はありません』
もう、今日何度も見た表示。
電池も減ってきた。
私は期待などしていない。
でも、指は勝手にメールチェックをしていた。


***


「長らくお待たせしましたー!!ミス大橋コンテスト、いよいよ開催でーす!!」
とうとうミスコンが始まった。
っていうか、川嶋、お前ミスコンに出なかったのはそういうわけか。
川嶋は超ド派手な格好で出てきた。
なんていうか、「にし●かすみこ」的な……お嬢様スタイル?
網タイツにキワドイ上半身と手袋、そして鞭。
「アイツ、おいしいところ全部持っていく気だな……」
「はーい、ではまずはエントリー1番、一年の……」
どんどんとミスコンは進む。
もう、いい加減大河の親父は来てるんだろうか。
と、俺の携帯にメールが来た。
「次は、手乗りタイガーといえばおなじみ、逢坂大河さんです!!」
大河の番だ。
俺が衣装を仕立てて、後ろに羽根なんかつけて、そんな大河の、今にも、死にそうな顔を見て、胸騒ぎがした。
手元の携帯を見る。
けど、見なきゃ良かった。
俺の中の時間が、音が、思考が止まった。
俺の携帯へ、大河の親父からのメール。
『大河に伝えて欲しいんだけど今日は仕事の関係でちょっと出なくていけなくなってしまった。それと、やっぱり今の妻と仲直りしたんで、大河と一緒に暮らすのも無しの方向で……あと……』
止まった代わりに、俺の中の火が、一気に燃え上がった。
俺は、ミスコン会場である体育館を抜け出した。


***


さっき、ようやく来たと思ったメールには、
『今日は来れない。妻と仲直りした』
っていう文面。
私は期待なんかしてたわけじゃない。
なのに、なんか立ってるのも、つらい。
ミスコンなんてどうでもいい。
「「「おおーっ!!」」」
みんな歓声をあげてるけど、ソレが何?
「タイガー綺麗ー!!」
綺麗?だからなんだって言うのよ。
もう、何も考えたくない。
あれ?竜児が、体育館から出て行くのが見える。
あはは、竜児も私から離れていくんだね。


***


何度もメールをするが、返事はこない。
さっきメール送ったんだったら、すぐ見れるはずなのに。
くそ、こんなことなら電話番号聞いとけばよかった。
「はやく、返事しろよ!!」
イライラしながら待つ。校門前で、何度もメールチェック。
「ええい、もう一回送ってやれ!!」
俺はイラだってもう一回同じ文面、避難し、今すぐ来いとのメールを送……れなかった。
「あれ……?」
もう一度送信するが、戻ってくる。送り先アドレスは変えてないのに。
「……そういうことかよ」
怒りが、頂点に達しそうになる。ふざけやがって。
ガツンと近場の木を殴る。じぃんとコブシが痛むが気にしない。
やっぱり、あんな奴に、大河を近づけるべきじゃなかった。
俺は、体育館に踵を返した。


***


「はーいじゃあ結果発表!!」
なんかもう、ミスコンの集計終わったみたい。
どうでもいいけど。
私は、何処にも視点を合わせられず、ぼーっとする。
「おお!?これは!!」
なんか、盛り上がってる。
「なんと、2−Cの二人が同率一位!!逢坂さん、香椎さん二人ともトップです!!」
ええぇー!?っと、やや批判の声が混じる。
一位が二人いるのがおかしいと思っているのだろう。
私は別に一位じゃなくてもいいのに。
「この二人はクラスでも同率一位で、何か凄いですねー!!」
ばかちーが上手い事場を収めようと……バァン!!!……何?
体育館の扉が一際大きく開かれる。
入ってくるのは……竜児。
「おーっと!?ここでなんと未投票者がまだいた模様です!!」
ばかちーの一言で、みんなの視線が竜児に向けられる。
でも、竜児ならきっとその女を選ぶわ。
何度も、そいつの名前を言ってるの聞いたもの。
「さぁ、高須君、君は誰に票をいれるの?」
ばかちーが、竜児にわざわざ近づく。
「……大河、大河に一票!!」
ほら、竜児は……って、え?
「逢坂さんに一票!!ミスコン優勝者は、逢坂さんに決定!!って高須君?」
竜児がそんなばかちーには気にせず、私の方へと歩こうとして……誰かに足を止められた。



竜児を止めたのは、生徒会長。
「おらぁ!!ミスコンは終わった!!次はミスターコンテスト!!」
マイクを片手に指を舞台に向ける。
そうすると、舞台の天井から、ミスター福男と書かれた幕が下りてきた。
「ミスター福男!!グラウンドにあるコースを走れ!!一番になった奴が優勝者だ!!」
ええぇー!?とブーイング。
文化祭で徒競走とあって、みんなやる気がなさそうだが、
「ちなみに福男の商品は今年のミス大橋にティアラ贈呈、ダンスを申し込む権利、そして私が三年間使用したノートにテストの答案だ!!」
この瞬間、体育館は異常な熱気に包まれた。
でも、そんなことより、竜児は私に、本当に投票してくれたの?
聞きたくとも、今は距離があまりにも遠い。


***


急に足を止められ、狩野先輩は福男の説明を終えると俺に囁いた。
「というわけだ。行きたきゃ自分の力で勝ち取れ!!」
どうやら、今大河の傍に行くためには、これを制さなければいけないらしい。なら、やってやる。
俺は、大河に投票したそのときから、自分の気持ちと覚悟を決めた。
俺は、大河を悲しませたくないんだ。
寂しがらせたくないんだ。
いつでも傍にいてやりたいんだ。
いつでも、傍にいて欲しいんだ。
だから、走る。ああ、走ってやるさ!!


***


生徒会の企画で、徒競走が始まった。
商品の一つであるらしい私は、ゴール付近に用意されたちょっとゴージャスなイスに座らされる。
竜児も、競争に参加してるみたいだった。
心の中で今だ竜児への気持ちがせめぎ合う。
竜児も、やっぱり私から離れるかもしれないという不安。
でも、育ちに育ったこの心を受け止めて欲しいという期待。
もし、竜児が一番だったら、多分ないけど、竜児が一番だったら、その時は……。
「おおっ!!一番帰って来たー!!トップは今のトコヤンキー高須だぁ!!」
「!!」
驚く。竜児が必死な形相で、常なら隠すような恐い顔で走り続けてる。
そんなに必死に走って、……あ、今私と目があった……笑った?
今行くから、そんな幻聴が聞こえた気がした。竜児、がんばれ。


***


もう少し。あと少し。
今日程、自分の顔が恐い事に感謝したことは無い。
いや、一生のウチで初めてかもしれない。
この顔のおかげで周りの奴はみんなビビっていいスタート位置に立てなかった。
一番になる。早く、大河の元に駆けつける。そのためなら何だってやってやるし、何だって使ってやる。
今、大河と目があった。大河が、俺を待っているような、そんな錯覚に囚われる。今行くぞ、大河!!

――――ピキッ――――

あれ?(痛み)何?(背中)おかしいな(痛い痛い痛い)足が上手く(ヤバイヤバイヤバイ)動かない(早くはやくハヤクはヤく早クはやクハやく……)
どんどん地面で視界が埋めつくされて……何も見えない。


***


竜児がゴール目前で転んだ。早く起き上がって、頑張って。
でも、竜児は起き上がらない。嫌な予感がする。
抜かれて数人ゴールする。でも竜児は立ち上がらない。おかしい。
「竜児!!」
私は叫んでいた。


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