+×+×+×+


哲学の世界に幸せの考え方について対称的な二つの学派があった。
一つは理性に従い欲望を制御することが幸せとし、もう一つは欲望を追求しそれを得ることが幸せとした。

今の私は後者の理論で動いてるのだろう。

学校からの帰り道、吹けない口笛を吹いて顔はニヤニヤしてる。
これでスキップでもしてたら立派な不審者の出来上がりだ。

『ホントは私、隣に住んでます』
正直に言ってみようかなぁ。

この時間なら買い物だろうし、もし高須君に偶然会ったらホントの事を言おうかな、どうしようかなぁ。

今まで一度もないのに、買い物中に会うのも不自然かな。

でも、私も夕食を買いに行くのは本当だし。

一回だけ。一回だけ高須君が行くスーパーの前を通ってみよ、決めるのはそれからだ。


  +×+×+×+


もう少しでスーパーに着く、自然に、自然に。
 『あっ、高須君もお買い物。偶然だね』
一度、スーパーの前を通って確認。顔は正面、目だけで中を見れば自然に出来る筈。
 『何だ、高須君も居たの。偶然だね』
高須君がスーパーの中、確認して私が中へ、そしてセリフ。
シュミレーションもした、セリフも幾つか考えた。

高須君、居るかな。
もう少し、もう少しで、スーパーの前だ。


えぇっ!!どうしよう、どうしよう。先に高須君が出て来た。
これは予定外だ、想定外の事態だ、シュミレーションもしてない。

……ダメだ、頭の中が真っ白になった。

高須君はスーパーから出ると一つ息を吐いて左肩のバックと右手のエコバックの位置を直し、こちらを見た。

やっぱり無理だ。

身体は勝手に回れ右、私は気がついたら一目散に走っていた。


  +×+×+×+


今日は窓も開ける事も出来ない。

自己嫌悪。ベットの上で繭を作り、私は動けないで居た。

私に気づいたかな、目が合ったかな、底知れず湧き上がる後悔の念で縛られた。

何で逃げたんだろ、一言『こんにちは』で良かったのに。
何で最悪の選択をしたのよ、私。

もう、明日からどんな顔して会えばいいの。





  +×+×+×+


得意な筈の料理も今日はリズムが狂って台所は惨事だ。
焦がす、零す、間違える。
駄目だ。
久しぶりだな、こんな気分になるのも。


  +×+×+×+


「ねぇ、リュウちゃん。何かあったの」
「何が」

「今日のリュウちゃん元気ないもん」
「何でもねぇよ」

「そんなことない。やっちゃんはお母さんだから解るの。」
「でもね、言ってもらわないと解らないこともあるんだよ」

「悪かったよ。心配すんな、ちょっと考え事をしてただけだよ」

仕事には気持ち良く行ってもらいたいのに、悪いことしたな泰子に。

明日は気分転換に手の込んだ料理でも作るか。






  +×+×+×+


こんなに学校に行きたくないのは久しぶりだな。
昨日は何時に寝たかも解らない、目覚めは最悪。
気のせいか櫛の通りも悪い。
でも高須君に確かめたい、昨日のこと。

朝食も適当に済まし、寝不足と不安で重くなった身体を引きずり学校へ向かった。


  +×+×+×+


「おっはよう、大河」
「おはよう、みのりん。今日も元気だね」

「朝練でしっかり目は覚めてるゼ。大河は何してたの」
「ううん、何でもない」

案の定、教室の前で躊躇していた私。
下駄箱で高須君が来てるのは確認済み、ドア越しに高須君が居るも確認済み。
あとは私が挨拶をして雑談、そして昨日の事を。

「おっはよ、北村君、高須君」
「おはよう、櫛枝」

「何してるの、二人で」
「新入生歓迎会の準備を高須に手伝ってもらってるんだ」

「あぁ、来週の新歓ね。なら私も手伝うよ、大河は」
「うん、良いよ」

「助かるよ。正直、手が足りなくて困ってたんだ」
「同じソフト部の仲間じゃないか、任せなさい」

「それなら昼休みに生徒会室に来てくれ」


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高須君のお弁当は美味しそうだった。
みのりんは『高須君の卵焼き、食いてぇ』と言って卵焼きを貰い、大絶賛していた。
私は『美味しそう』の後の言葉が出せずにパンをかじった。
みのりんの大胆さが羨ましい。

「食事が済んだら、これを順番に揃えて留めていってくれ」

食事を終え高須君の正面に陣取り、話すタイミングを伺いながら黙々と印刷物を揃えている。
でも、何と言えば良いんだろう。
高須君が居たから逃げた、とは言えないし。

私、言い訳がしたいのかな。
ううん、違う。私の行動で高須君が気分を害したかもしれないから誤りたいの。

今しかない、ちゃんと話そう。



「あのさ、高須君」
「なんだ、逢坂」

「昨日の放課後だけどさ」

「昨日の放課後。昨日はスーパーに買い物に行ったな」

「うん。そのスーパーの所でね、私を見かけた」

「いや、見てないけど。逢坂居たのか」

「うん、居た。でも見てないなら良いの」
「私も高須くんかなぁ、と思っただけだから」

「それは悪かったな、気づけなくて」
「ううん、良い。私も何となくだったから」


  +×+×+×+


安堵と喜びで午後の授業の内容は何処かに吹っ飛んで行った、気がつけばホームルームも終わり放課後だ。

今日も高須君はスーパーに寄るって言ってたし、私も夕食を買いに行くから会えるかもなぁ。
どうしようかなぁ、スーパーの方に行こうかなぁ。


  +×+×+×+


私の身体は正直者だった。
頭はどうしようかなと悩み、身体はスーパーへと向かっていた、顔は多分ニヤケてる。
これじゃストーカーみたい。

いいえ、今日はちゃんと高須君に挨拶をするの。そして少しお話し出来たら嬉しいかな。

でもどうしようかな、もうスーパーに着くけど。
とりあえず高須君を確認して、あくまで偶然だから
昨日みたいに少し離れた所から歩いて来たことにしよう。


  +×+×+×+


まだかなぁ。
高須君は中に居たし、今日は小細工もなし、後は出てくるのを待つだけ。

…………来た。

スーパーから出た高須君は昨日と同じ様に左肩のカバンの位置を直そうとした、それを合図に私もスタート。

でも、駆け出そうとした右足は止まり、振ろうとした左手はお臍の辺りで止まった。

高須君は私が動きだすより一瞬早くこちらに気づき、
少し驚きの表情を見せ、伏し目がちに私とは逆の方向に足早に行ってしまった。

私は夕焼けのオレンジ色に消えてゆく高須君を茫然として見送った。









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