「生き返るう〜」
「生き返ったぜぇ」
シンクロする大河と竜児の声。
しきりに生き返ったと繰り返すが、ふたりともゾンビがモルグから這い出して来たのに慄いているわけではない。
その証拠に、ふたりの口調はひどくまったりしたもので、あえて言うならお風呂に入って「極楽、極楽」と言うおばあちゃんの心境に近い。
冷房の良く効いたガラガラなバスの最後尾にある座席に並んで座り、竜児も大河も15ラウンドを戦い抜いたボクサーの様に虚脱状態だった。
それでも勝利の余韻に浸れるのならまだましかもしれない。それは勝利と程遠い不毛な戦いだった・・・。

「もう、やめような、こんなこと」
竜児は息も絶え絶えに、大河に提案する。
「認めたくないけど、その意見に賛成だわ」
「汗、まだ出てるぞ」
「ハンカチ、もうぐちゃぐちゃ」
「あ、これ使えよ」
竜児は保冷バッグからウエットティッシュを大河に手渡した。
「竜児は?」
見れば、竜児も額に大粒の汗。
「俺はこれでいい」とお弁当箱を包んでいた布ナプキンを手にした。
「行儀、わる〜い」
いつも言われ放しの大河はここぞとばかりに竜児の不調法を責める。
「誰のせいでこうなったんだよ、え?」
「竜児だって乗ったじゃない」
「あれは行きががりだ」
竜児はついさっきまで繰り広げられていた真夏のデッドヒートを思い返していた。

最初のうちこそ、竜児の種明かしに注意を払ってじゃんけんの手を出していた大河だったが、勝負が進むにつれそれが怪しくなって来た。
竜児の裏を読み、一時は50メートル近くのリードを得ていた。「ま、私が本気を出せばこんなものよ」と余裕をかます大河。
でも、その後がいけなかった。あっという間に負けが続き、大河はリードを無くした。

「じゃんけーんぽん」
「俺の勝ちだな、ぐりこのおまけっと。これで逆転だ」
竜児は大河を追い越し、にやりと笑う。
「ぬぬう、前科30犯みたいな面して、笑うな」
「なにおう、俺はもともとこういう顔だ」
負けた悔しさから、大河はつい、きついことを言う。
大河の暴言に慣れているはずの竜児もついムキになる。
午後の夏の暑さがふたりをヒートアップさせていた。



「勝負よ!」
大河が挑戦的な瞳で竜児をにらむ。
「おう、望むところだ」
売り言葉に買い言葉で、勝負の内容も聞かないまま竜児は大河の挑戦を受けた。
「先に駅に着いたほうが勝ち」
そう宣言すると、竜児の同意を取り付けないまま大河は脱兎のごとく走り出した。
「ま、待て、大河」
出遅れた竜児はどんどん遠ざかる大河の後姿を見て慌てた。
「あ、あいつ、なんてやつだ」
こうしてはいられん。竜児も負けじと大河を追って駆け出す。
大河はああ見えても足は速い。わずかな遅れでも追いつくのは困難になる。まして今日の竜児は荷物を持っていると言うハンデがあった。
「ちくしょう」
既に大分、先に行ってしまった大河の後姿が小さい。
ふわふわと長い髪を後ろへ流しながら、爆走する大河の姿はまさに草原の虎。
力の続く限り、速度は緩めないと峠の走り屋も真っ青になる疾走で大河は歩道の上を駆け抜ける。
「100メートル走と勘違いしてないか、あいつ」
あの小柄な体のどこにあんなパワーが秘められているのかと竜児は大河のスタミナに舌を巻く思いだった。

大河を追いかけて1キロくらいを竜児は走っただろうか・・・。やがて意外なことに竜児は気がついた。大河の背中がだんだん近づいて来るのだ。・・・俺、追いついてる?
やがて、竜児は大河の歩幅がいつもより小さいのがその原因だと気がついた。
大河が今日、着ている服のスカートはひざ下まであり、そのせいで大河は大きなストロークがとれず、スピードが出ないでいたのだ。
「大河!待ちやがれ」
追いつける。竜児はアフターバーナー全開の戦闘機も顔負けの猛加速で大河をロックオン。
「げ、マジ。駄犬のくせに足だけは速いんだから」
振り向いた大河は猛然と追いすがる竜児に気がつき、そのまま憤怒とスカートのすそを掴んだ。
「ふん。走りにくいのよ。この服」
自分でチョイスしておいてその言い草もないが、すそを切ってしまう訳にも行かず、大河はとっさの判断で、何も躊躇もなく、スカートのすそを捲り上げる。
ひざ上を露にする大河。
「あいつ」と女の子にもあるまじき行動をする大河の行状に竜児は目を伏せたい思いだった。
かなりきわどい部分までチラ見せしつつ、大河は猛然とダッシュを決める。
走り易くなったせいか大河のペースがあがり、竜児は再び引き離され始めた。
「ええい、大河は化け物か」
敵の新型高性能戦闘ロボに遭遇した操縦士の心境で、竜児は走り続ける大河を見た。
既に竜児の限界は近い。
さっきのスパートで余力を使い切り、もはや大河に着いて行くのがやっとと言う状態に成り下がりつつある竜児。
息が少しづつあがり、呼吸が乱れる。
前を行く大河は既に勝利を予感したのか、竜児を振り返って不敵に笑う。
だが、その大河もいっぱいいっぱいな様子が既にありありと現れていた。
テンポ良く動いていた足が時折乱れて、前のめりになる。
それでも、大河はペースを緩めない。




ここで竜児に新たな心配の種が芽を出す・・・あいつ、大丈夫か?
パンツ丸見えとかそういう類の心配を竜児はしているのではなかった。
スカートのすそを押さえたままと言う不自然な姿勢で走り続ける大河に不安を感じたのだ。
稀代のドジ娘と言ってもいい大河の日常を竜児は嫌と言うほど見て来ている。
そんな大河がこのまま無事で済むとは思えなかった。
竜児は暴走する大河の安全を第一に考え、勝負の中止を大河へ提案した。
「大河・・・もういい・・・止まれ!お前の勝ち・・・で」
「何?聞こえな・・・ぎゃあ」
手遅れだった。
悪い予感は得てして当たるもの。いやこの場合は予感以前の問題か。竜児は己の目の前でお約束どおりの展開を見せてくれた大河に合掌。
追い掛けて来る竜児の方を振り向いた大河はバランスを崩し、見事に顔面からアスファルトの舗道へのダイビングを決めていた。
「た、大河!!」
駆け寄る竜児に「いたた」と表情をゆがめながら顔を上げる大河。
「鼻、打った」
赤くなった鼻の頭を抑え、痛そうに大河はゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫か?怪我してないよな」
竜児は服に付いた汚れを払ってやりながら素早く大河を観察した。
ひざを軽く擦りむいた程度で、幸い出血も無く、最大の被害は鼻の強打のみ。
ふう、竜児は大河に聞こえない様に安堵の吐息をもらす。
「良かったじゃねえか、鼻が高いことが証明されて」
「なによ・・・他人事だと思って」
相当、痛かったらしく涙目で大河は竜児をにらんだ。
「ま、怪我がなくてなによりだ」
竜児は荷物の中からお手ふき用に持って来ていたウエットティッシュを一枚抜き取ると、大河の鼻の頭を拭いてやった。
「ひんやりする」
大河は心地良さげに目を閉じた。
「しばらく、冷やしてろ」
「うん・・・ねえ、竜児」
「何だよ?」
「ごめんね、本当は謝りたくなんかないけど、今日は何か、そんなことが言いたい気分だから」
「何を・・・謝るって?」
「いつも迷惑かけて・・・私、自分でドジだって自覚してるんだけど」
「そんなことかよ。いつもことで俺は気にしちゃいねえ」
「損した」と大河は不満顔を作る。
「いきなりなんだよ」
「竜児が気にしないなら謝ること無かった。返して」
大河は右手の手ひらを竜児へ差し出して返却を求める仕草。
「返すって?」
「さっき、私が謝った台詞」
「ごめんね・・・ほら返したぞ」
「心がこもってない!利子がついてない!!そんなに安くなんかない!!!」
階段状に声の調子を上げて大河は叫んだ。
「あのさ、大河」
「なに」
「俺は気にしてないと言ったけど、心配してないとは言ってないぞ」
「・・・心配?」
「そうだ。さっきのだって、そのくらいで済んだけど、もし顔に怪我でもしてみろ・・・傷でも残ったらどうするんだ」
「そこまでは考えなかった」
大河は両手の指を合わせ、モジモジと決まり悪そうにした。
「俺は大河がどうなってもいいなんて思ってないから・・・な」
語尾を優しくしながら、竜児は大河の頭を軽くポンと叩いた。
「さっきの・・・また返す・・・ごめんね」
「いいよ、それくらい。思いっきり迷惑掛けろよ」
「いいの?」
「ああ、お前のドジくらい面倒見てやるよ、これからもな」
大河は竜児を一度見つめ、それからうつむいた。「・・・ありがと」と消え入りそうなつぶやきと共に。



「はあ・・・走ったらのど渇いた。まだ残ってる?」
「麦茶か、ちょっと待て」
竜児が水筒を傾けると、水滴がポタポタと出るのみ。
「わりい、売り切れだ」
「竜児、何か買って来て」
「無茶言うな、こんな何にも無いところで。駅までがまんしろ」
「できない。干物になる」
「そんなに早く、干物は出来ねえ、安心しろ」
「じゃあ、焼き魚になる」
「大河焼きか、焦げ目は少な目でいいぞ」
「そう言えば、おとといのお魚、少し焦げてた」
夕食に出た魚が焦げてたと、出し忘れ証文見たいなことを大河は言い出す。
「過ぎたことをとやかく言う子は嫌いです」
竜児は取り合わない。
「苦情を申し立てるわ。苦かったのよ」
「少しくらい焦げてた方がうまいんだ。第一、人が魚、焼いてる最中に台所へ来て騒いだのは誰だ?」
「そんな人いた?」
「おまえだ」
竜児はびしっと大河を指差す。
「私?何かしたかしら?」
「俺がじっくり弱火で芯まで焼こうと火加減を調整していたというのに、出来上がりが遅いと催促しただろう」
「したかも、ね」
「で、その後 『ちまちま焼いてないで一気に焼きなさいよ。お腹ペコペコなんだから』とか言ってガスレンジの火を最強にしたのは誰でしたかね」
「過ぎたことよ」
澄まして言う大河に竜児は次の言葉が出ない。
・・・これが大河なんだよな。
ふうと息を吐いて竜児は行こうかと大河を促した。




「ねえ、駅まで後、どのくらい?」
「そうだな、かなり走ったから10分くらいで着くんじゃねえか」
「10分!・・・着くまでに溶けるう」
大河はそのままくてっと地面にへたり込んだ。
「さっきの元気はどうした」
「熱中症よ、きっと。頭がくらくらするもの」
夏の終わりとは言え30度近い気温の中、全速疾走したむくいでふたりとも汗だくだった。
流れ出る汗で服が体に張り付く。
大河は重ね着をしているので、なおさら気持ち悪そうだった。
「暑い・・・」
首下から服を掴むとパタパタと襟を動かし、大河は胸元に風を送る。
「あの・・・なあ」
一応、女の子だろう、男の前でそんなカッコするなよ・・・竜児は口まで出かかった声を止めた。
言うだけ無駄だ、淑女なんて言葉はこいつに似合わねえ。
大河は首筋からの送風だけでは不足と感じたのか、今度はスカートのすそを大きく持ち上げて体を仰ぎ始めた。
今の大河を真正面から見たら、恐らく、いや、間違いなく、今日の下着の色を暴露していることだろう。
さすがに人気がほとんど無い通りとは言え、ここは屋外。誰が見てるか分からなかった。
「そのくらいでやめとけよ」
「じゃあ、竜児が扇いで」
「こうか」
手のひらでそよそよと微風を送る。
「弱い!最強風!!」
ポチとスイッチを押す、擬音つきで大河は竜児の鼻の頭を押す。
「お、おう」
竜児は手を激しく上下させ、一個の人間扇風機と化した。
しかし、動きの割りに風は起きず極めて効率の悪い運動だった。
「ちっとも涼しくない。もういいわよ」
「そっか・・・はあはあはあ・・・」
「あんた・・・」
大河が竜児を気味悪げに見る。
「何だよ・・・はあはあ」
「そんなにはあはあして・・・とうとう本物の犬になっちゃったのね、気の毒に」
「う、うるせえ・・・息、息が切れたんだ・・・はあ、はあ」
ハイペースの大河に付いて走るだけでも、消耗したと言うのにその直後に激しい動きをしたため、竜児の心臓はもうバクバク状態。
「こっちが、もたねえ」
竜児はその場にどっかと座り込んだ。
「竜児・・・」
「・・・んだ・・よ」
息も絶え絶えで竜児は満足に返事が出来なかった。
「動かないで・・・」
竜児の首筋に当てられたレースのハンカチ。
「すごい、汗」
竜児の流れる様な汗を大河は丹念に拭き取り始めた。
「ホント、馬鹿なんだから、そこまでしなくても・・・」
・・・いいじゃないと大河は竜児の耳の後ろへ、そよ風のように息を吹き掛ける。
「・・・馬鹿なんだから」、耳元でささやかれる大河の声。
「大河・・・」
「ごめんね・・・こんな私のために・・・りゅうじぃ」
大河のちょっと鼻に掛かった声で名前を呼ばれて、竜児は思わず大河の顔を物も言えず凝視。
少し潤んだような大河の瞳が光を帯びて竜児を捕らえる。
大河の黒目の中に映る竜児の顔・・・それがはっきり見えるくらい・・・大河の顔が竜児に近づく。
「ずっと・・・私・・・竜児のこと・・・」
かろうじて聞き取れるような小さな声で大河は竜児の耳に声を吹き込む。
「た、たいが・・・」
竜児は瞬間冷凍されたみたいに身動きが取れない。



「・・・犬だと思ってる」
突然、素に立ち返り、感情を消した声で大河は付け加えた。
・・・は?
ポカンとする竜児。
「あはははは・・・あんたのその顔・・・ああ、おかしい」
大笑いを始める大河。
竜児は頭がクラクラして来た。
「・・・大河、おまえなあ・・・」
「いったい何だと思ったのよ、竜児は」
「人をからかうのもいい加減にしろよ」
「ばかちーが言ってた」
「川嶋が?」
「うん。竜児に色仕掛けで迫ると面白いって」
「あのヤロー、ろくなこと教えないな」
「あ〜、さてはばかちーにも同じことされたんだ」
「されてねえよ」
「嘘だ、されてる、絶対に」
「どんな根拠だ、まったく」
「試してみなきゃ、ばかちー、そんなこと言わないもん」
「うっ」
絶句した竜児に「ほら、やっぱりされたんだ。竜児のうそつき」と大河は情け容赦ない。
「ね、私とばかちー・・・どっちがドキドキした?」
イタズラ小僧のような顔つきで、自分のお芝居の出来具合を問う。
「どっちもだ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
口とは裏腹に竜児は実際のところ、今の大河の態度に相当あせったことを否定できない。
もし・・・あれが演技じゃなかったら。ふとそんなことを思ってしまう竜児がそこにいた。


「あれ?バスが止まってる」
重い足取りを引きずる様に駅に向かう大河と竜児。
そんなふたりを天が哀れんだのか、空の上からクモの糸がするすると伸びて来た。
バス停にバスが止まっているのだ。
乗らないの?と誘いをかけるように開くドア。そしてドアからは心地よい冷気がすうっと流れ出して来た。
それに引き寄せられるようにふらふらと大河の足はバスに向かっていた。
あろうことか、釣られたように竜児もそのままバスに乗り込んでしまった。



冷気大解放の車内に熱くなった体が冷やされ、クーラーのありがたみをとことん実感する大河と竜児。
ようやく汗も引いて人心地が戻った頃、新たな問題が発生しているのに竜児は気がついた。
窓の外の景色がだんだん寂しくなって来ているのだ。
「なあ、大河?」
「何?」
「このバス、どこ行きだよ」
「さあ、知らない」
「知らないって、お前確かめて乗ったんじゃねえのかよ」
「見てないわよ、竜児が見たんじゃないの」
それが何か問題?と大河は取り合わない。
実は竜児も見ていなかった。
大河が乗ったから、そのまま乗ってしまったのに過ぎない。
「なあ、大河。駅に行くならもう着いてもいいと思うんだが」
竜児に言われて大河も辺りの景色が異様に殺風景なことに気がついた。
「ここ、どこ?」
大河がきょろきょろしている間にバスはトンネルに入った。
ナトリウムネオンのオレンジ色が竜児と大河の顔を照らしては消えを繰り返し、そのままふたりは無言でトンネルを抜けた。
トンネルを出るとそこは完全な埋立地、盛り上げられた土砂がいくつも山を作り、かもめのような海鳥が飛び交っていた。
「つ、次で降りよう、竜児」
異様な景色に大河は途中下車しようと言い出した。
このまま乗っていたらどこへ連れて行かれるか分からないバスに乗り続けるのはリスキーだと竜児も思わざるを得ない。
「そ、そうだな」
降車を知らせる赤いボタンを押そうと竜児が指を掛けた時、車内アナウンスが流れた。
・・・次は終点、クリーンセンターです。



「なんでこうなったんだろうな?」
「さあね」
アンタが悪い、いやお前だとさっきから何回も不毛ないい争いをする大河と竜児。
ふたりがたどり着いたのはごみの終末処理場だった。
巨大な工場の様な建物の前でバスはふたりを降ろして行ってしまった。回送の表示を出して・・・。
そして、竜児が慌てて時刻表を確認すると、次のバスは2時間待たないと来ないという恐ろしい事実が判明したのだ。
「どうりで、ガラガラなわけだ」
竜児はバスが空いていた理由に思い当たり、納得する。
通勤時間帯でもなければ、こんなところへ人が来るわけがなかった。
焼却炉の高い煙突が見える敷地内には人影がまったく見えず、まるでゴーストタウンのよう。
「陸の孤島ってやつだな。いやむしろ無人島かもしれないぞ」
「それじゃなに、私と竜児は無人島に流れ着いたって訳」
「・・・何だよ、その露骨に嫌そうな顔は」
「最悪よ、ロビンソンクルーソー生活があんたとふたりきりなんて」
「言っとくがな、俺以上にサバイバル生活に卓越した奴はいないぞ」
「そうなの?」
「ああ、2−Cでバトルトワイヤルをやっても俺が最後まで生き残るはずだ」
「あんた、みのりん殺れるんだ、へええ〜」
「櫛枝をか・・・ぐお〜、出来ん」
「はい、竜児の負け。ゲームオーバーよ。だいたい竜児がそんな荒っぽいことできるわけないじゃない」
「真っ先に殺られるって言うのか」
「ばかちーに狙われるから、きっと」
竜児はナイフをかざして襲って来る川嶋亜美を想像して寒気がして来た。
・・・死んで、高須くん。
いつもの調子でにっこり笑って来そうだった。
そんなの嫌過ぎると竜児は頭に浮かんだ川嶋亜美の映像を急いで消去した。

「しかし、都内で遭難するとは思わなかった」
「よっぽど不幸の星の下に生まれたんでしょ。何分経った?」
「30分だ」
「1時間半かあ・・・長いね」
「はあ〜」
大河と竜児がため息をかわりばんこにさせていると目の前に黒塗りの高級車が急に止まった。
「何、この車?」
「さあな」
スモークが掛かった後部座席の窓が音も無くゆっくり降りる。
開いた窓から身を乗り出したのは竜児たちと同い年くらいの女の子。
その子は開口一番、こう言った。
「大河じゃない、うそ、大河だあ」
・・・誰だ?大河の知り合いか?
竜児はたった今、名前を呼ばれた無人島生活の相棒を見た。
その大河は表情を硬くして、窓辺で笑う少女を見つめていた。


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