「ねぇ、竜児?!わたし、今日浴衣を買ってもらったの…//」太陽は容赦なく
照りつけ、アスファルトから陽炎が、セミが長い人生の中ほんの僅かな時間愛し
い相手を探すことを許される季節が来た。

一般的に高校三年の夏は天王山。大橋高校の生徒達は予備校に夏期講習を受けに
行く者、家庭教師を雇う者、それぞれ勉学に励んでいた。

竜児と大河にとっても同じく今年の夏は天王山である。明智光秀を打ち天下を取
った秀吉。受験で秀吉となるには、この夏が勝負なのである。
と言っても、高須家には予備校や家庭教師などに費やす余裕などない。
竜児は夏休みが始まって二週間、毎日朝から夕方まで図書館に通いつめていた。
と言うのも、「みんな幸せ!!」という竜児の思いと「安定した収入もない君に
大事な娘はやれない。」という大河の新しいお父さん、いや、お義父様の言葉を
しっかりと受け止めた竜児の夢への第一歩であった。
大河はと言うと、夏休み中両親が仕事から帰ってくる夕方まで弟の世話をしなが
ら自宅で勉学に励んでいた。

竜児が図書館からの帰路には大河の新しい家があり、大河を連れて高須家で夕飯
を食べる。時々ではあるが、大河の新しい家でお義父様が作ってくれた夕飯をご
馳走になることもあるのだが。

夕飯後は少し勉強しつつ、2人のゆっくりした時間も持つ。これが、ヒートアイ
ランド現象でハイテク砂漠化した今夏の2人のオアシスなのだ。

今日は大河の家で夕飯をよばれ、二階にある大河の部屋で2人だけの時間をつく
る。

竜児は机の向かいに座り、英文を訳す大河をチラチラ見てしまう。思えば、2人
は数回しかキスをしたことがない。大河は相変わらずミルクいろの肌で、唇はバ
ラの蕾のように美しく、髪はフワフワでいい香りがする。

『――――――あぁ、もうダメだ。触れたい。抱き締めたい。キスをしたい。』
竜児がペンを止め喉をゴクッとならした時だった。

英文に向かっていた大河の頭が上がった。「ねぇ、竜児?!わたし、今日浴衣を
買ってもらったの…//」大河は頬をサクラ色に染め笑顔で言う。

「ぉおう?!そうか。」竜児は少し焦ってしまった。スケベ心に花を咲かせてい
た真っ最中だったからだ。
「何よ?フィ、フィアンセに今の言われてそれだけ?」
「おう!?いや、悪い。じゃなくて、どんなの買ったのかみせてくれよ。」

サクラ色の頬がぷうっと膨らむ。
「このだ駄犬、ぜんぜんちがー『バタン!!!!』





虎が吠え終わらないうちに、大河の部屋のドアが勢い良く開いた。


―――――「竜児君、あなたはほんっとに鈍いのねぇ。」お義母様!!!いや、
鼻血が………

「ちょちょちょっとママ、盗み聞きしてしてしてたの?何で鼻血なんかだしてん
のよ!」大河が叫んだ。


「あらやだ。少しうぶなあなた達見ていたら鼻血がでちゃったわ。」

「お義母さん、すぐにティッシュを!」竜児がティッシュのかどを丸めて渡す。
大河のお母さんはそのティッシュを鼻につめながら、「そんなことより、竜児君。
あなたほんっとに鈍いわね。泰子さんから聞いていたけど、これ程とは…。」
続けて成熟しても尚美しく、猛々しい雌虎は言い放つ。「女の子が浴衣の話をし
たら、ましてや自分のかの彼女でしょ?祭りに誘いなさい。明後日、この街の一
番大きな祭りがあるのは知ってるでしょ?この娘がね、祭りのチラシを見ていつ
も立ち止まるのよ。」

「行きたかったのか大河?」

「だだ、だからこれはそのママが勝手に買ってきた浴衣が着ないと、可哀想だか
ら。べべぼ…ぼ?じゃなくて、別にあんたと行きたい行きたいなんか思ってない
わよ。」
可愛い。反則だ。そして、浴衣姿の大河。反則だ。

よし、行こう。夜からなんだし、夕方まで勉強して行こう。と言いかけた時、大
河ママが話しだす。

「この娘ね、お買い物に行くと必ず同じ店の同じ浴衣の前で立ち止まってニヤニ
ヤしてるの。そこで祭りに浴衣でピンと来たのよ。普段この娘、文句も言わず弟
の面倒みてるじゃない?何かご褒美をってね。あと、浴衣だけど竜児君のも買っ
ておいたから。あとで見てよね。」
「そんな高価なものいただけません。せめて「あなた、私のことも幸せにしてく
れるんでしょ?あなた言ったわ。息子に初めて贈るプレゼントを受け取れないと
いうのね。」…」

「ママね、竜児のこと気に入ってるの。いっつも、竜児の話は興味もつんだよ。」
あぁ、俺はなんて幸せ者なんだろう。義理の母はこんなに自分を受け止めてくれ
ていた。

「ありがとうございます。じゃぁ、喜んで貰わしていただきます。すごく、うれ
しいです。」大河ママは、もう一枚ティッシュをつめこんだ。

「わかったわ。それじゃ、後はさっきの続きを続けてちょーだい。」踵を返して
部屋から出ていってしまった。




――――「大河、俺お前の浴衣姿見たい。お前と祭りに行きたい。恋人になって
初めての夏。お前と花火見たい。………その、一緒に行かないか??」

「竜児がそ、そこまで言うならやぶさかでもないわ。」
顔を真っ赤にして強がる大河。ダメだ。たえらんない。
「おう。大河…。その、何だ。ちょっと、こっち来いよ。」言った。言ってやっ
た。言ってしまった。

「しょ、しょーがないわね。あんたが、くっくっくっつきたいなら、そばに行っ
てやるわよ。」
「おう。くっつきてぇ。」竜児の顔も真っ赤にして言う。

大河はトコトコ竜児の元に歩いて来て、竜児と向き合うように膝の上に座った。
大河は目を点にしてフルフルと震えている。

そんな大河を竜児は優しく抱き締めた。「ひゃっ――//」
「大河、好きだ。」
「ほんとぅ?」
「あぁ、本当に大好きだ。」
「エヘヘ。――わたしも大好きだよ。竜児。」
大河も幸せそうに愛しい人を抱き締めた。



――目を閉じて抱き締め合ったまましばしの沈黙。幸せに浸る中、最初に口を開
いたのは竜児だった。

「大河、ごめんな。今年の夏は何処にも連れてってやれてない。そりゃ、大河も
何処か連れてってほしいよな。気付けなくて、ごめん。」
「違うの。竜児は何も悪くなんかない。わたしは、竜児がわたしを幸せにするた
めに、必死で勉強してくれてるの知ってる。わたしが竜児にお礼を言わなくちゃ。ありがとう。」
「ヤバい。可愛すぎんだよお前。」竜児は言い終わった瞬間、大河のその小さな
唇に自分のそれを優しく押しつけた。

「好き。」
「俺も好きだ。」
「大好き。」
「とろけそうだ。」

しばらく、2人は愛しい唇を求めあった。


――――――「ご馳走様でした。ありがとうございました。じゃ、夜なんでここ
まででいいです。」
「あら、玄関でいいの?」
「はい。あの、浴衣ありがとうございました。」大河のお母さんが用意してくれ
た浴衣は紺色で竜児によく似合った。
「竜児、気を付けて帰りなさいよ。」
「ああ、ありがとう。じゃ、あんまり遅くなると泰子も心配するので、帰ります」

さよならの挨拶をかわして竜児は自分の家に帰っていった。




―――――帰り道。先程見た大河の浴衣姿を思い出してにやけてしまう。大河は
白い浴衣だった。竜児は創造していたのはピンクだった。意外に女の色気がでて
いた。やっぱり、大河には何を着せても似合う。絶対幸せにしてやるぅ。

そんなことを考えながら、家に帰った。



――――――ピピピ、ピピピ目覚まし時計を止めベッドの主はかばっと起き上が
る。高須竜児は目を覚ました。時間は朝の6時半。洗濯機をまわしす。その間に
部屋の掃除と朝食をこしらえる。実に手慣れた手つきで淡々と家事をこなしてい
く。今日は大河と夏祭りに行く約束をした日。まだ付き合っていない相手とのデ
ートの日のように竜児は緊張していた。今日は泰子の充電日だ。充電日とはお好
み焼き弁財天のシフトに店長である泰子の名前がない日である。店にいるもう一
人の社員に指揮を任せ、泰子は寝る。寝る。寝る。寝続けることが充電なのだ。

そんな母親に朝飯を食えと催促をする。

「竜ちゃん、ありがとう。優しい男はモテるんだから、ちゃんと大河ちゃんだけ
を見てなくちゃダメだよ。」などと、ひいき気味なセリフを吐きながら祭りでリ
ンゴ飴を買ってきてほしいとねだったりする。

竜児はわかったと承知し、洗濯物を干すことと乾いたらといれること頼み図書館
へと足を向ける。

図書館では数学を何時間かする。今日ははかどらない。はっと気付くと大河のこ
とを考えてしまう。いかんいかんと頭を振ってまた数学に取り掛かるが、はっと
気付くと大河を思いにやけてしまう。

「何をニヤけてるんだ?」「いやぁ、浴衣大河と今日は祭りデートなんだよ。」
―――――「って、おう??!!北村じゃねぇか。どうしたんだ?お前ソフト部
の合宿は「終わったんだ。」」
「今日は生徒会もないもんでな、図書館にでも勉強しに行こうかと亜美を誘って
きたわけだ。」

「おう。そうか。川嶋は?」

「向こうで勉強中だ。何でも大学もでてない芸能人など、長くは世間に受け入れ
てもらいないとかで、勉強するらしい。」
北村は続けて、「トイレに立ったら高須がなにやらニヤニヤしてるのを見つけて
しまったんだ。」笑みを浮かべて言う。
「べっ別にニヤけてなんかないぞ。」
「それより、今日は夏祭りか。今年はあまり夏らしいことをしていないからな。
高須、俺たちも同行しても構わないか?」
「ああ、みんで行った方が楽しいしいいぞ。」
「ありがとう。ある程度楽しんだら、ちゃんと2人の時間を作ってやるから。し
かし、俺も高須と高校生活の思い出を作りたいんだ。」
「北村、お前。」竜児はこんな目をした奴を良い奴だと親友だと言ってくれるそ
んな友達をもてて幸せだった。
「亜美はお前が来るとわかれば必ず行くし。あと、能登と春田なんか呼んでみよ
う。」ん?何か引っ掛かるがまぁいい。
「おう!じゃ、連絡は「任せてくれ。俺の思い付きでお前のお邪魔をさせてもら
うんだ。俺がするよ。」……おう。そうか。でも邪魔じゃないぞ。お前は俺の親
友だ。大河には俺から連絡しておくよ。」




2人は別れ竜児は机に向かった。大河には携帯でメールを送った。『図書館で北
村に会った。今日少しだけみんなで夏祭りに行こうってなったんだ。ちゃんと後
で2人きりにしてもらう約束もしたから、いいだろ?』
大河から返信がきた『あんた。やっぱり鈍感犬よ。今日は2人で……………バカ
ッ!!まぁでもあんたと生きていくんなら、こんなことも受け入れられるような
女になってやる。ありがたく思え!!バカッ!!』

まったく大河のやつ。『鈍感じゃないさ。俺だってお前と今日は2人きりのデー
トをしようと……でもな、あいつらは、違う大学に行けば会いたい時に会えなく
なる。お前とはいつでも会えるからさ。今日は勘弁してくれ。結婚したら、ずっ
と一緒だから。』

『わかったわ。ただし、ずっとずっと寝る時もずっと一緒にいるって約束して。』

『わかった。約束する。メールでこんなこと送るの初めてだけど、好きだよ大河。』

『保護っちゃった(はーと)わかったわ、、うちで待ってる。』大河からきたメー
ルを見て恥ずかしくなる。
竜児は上がる体温を冷ますために水筒のお茶を一飲みしまた机に向かった。



――――――「高須くぅ〜ん。祐作に聞いたよ。今日はタイガーとデートじゃな
いの!?いいの?」

「あぁ、お前らも大切な存在だからな。一緒に行こうぜ。」
「ふ〜ん。まぁ亜美ちゃんには関係ないけど。高校卒業したらみんな会いにくく
なるしね。今日は素直に行くわ。そうだ麻耶と奈々子も誘っちゃお。女の子の浴
衣って男の子には刺激的だからって高須くん亜美ちゃんに惚れないでよね。」

「俺には大河がいるから充分です。」
「あらぁ、余裕だぁ。かっけぇ〜。」川嶋はつまんなそうに北村の方へ帰ってい
った。

夕方の五時になり、図書館を後にした3人は待ち合わせ場所を確認し、また後で
と別れ帰った。





竜児は大河の家へと足を急がせた。

大河の家に着いたのは五時半。お義父さんとお義母さんに挨拶をし、大河の部屋
気付けをしてやる。

髪を後ろでアップさせてやる。泰子が夏の店のイベントを興じる時に得た竜児の特技であった。竜児は自分の浴衣を着る。
大河はその間に化粧をしに一階におりていった。

大河が再び部屋に戻ってきた時、竜児はポワッと口を開け大河の美しさ、可憐さ、に見惚れてしまった。
時間が止まってしまったことに気付くのに、数十秒をついやしてしまう。
「……竜児。変じゃないかな?」
「………た…いが//変じゃない。……かわいすぎだろう。おまえ」
「……エヘヘ//竜児にがわたしを可愛いって。エヘヘ//」
「行こうか。大河。」

お義母さんが送り出してくれる。
「大河、気を付けていきなさい。竜児君、あなたも今日はきまってるんじゃない。」

「ありがとう。ママ。行って来ます。」
「ありがとうございます。行って来ます。」


2人は祭り会場へと歩きだした



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