それは、梅雨の残り雨が降り続く7月の始めのある日。
4時限目が終わり、辺りは思い思いに昼食の準備に取り掛かっている。

「お〜い高須っちゃん!お客さんだよ〜!」
「お客…??」

竜児は春田の声に教室の入り口に目を向ける。
そこにはいかにもおとなしそうな女生徒がいた。

やや落ち着かないその挙動は下級生のように見受けられる。ボブに纏めた髪に、大きな瞳はいかにも「可愛らしい」と言った面持ちだ。

「誰?」
「ん〜?女の子だよ〜。」
「…それは見ればわかる。どちらのどなた様だと聞いてるんだが…。」
「さぁ〜?」

春田に問い詰めても埒が明かないと判断したのか、竜児はやれやれと腰を上げる。
そこに大河がいつものように近づいてきた。

「りゅうじ、お昼っ!」
「ああ、ちょっと待ってくれ。なんか俺に用事だって言うんだ。」

竜児は目線で入り口の女生徒を指して言った。
瞬間、ヒヤリと冷たい物を感じる。

「…誰?アレ?」
「さ、さぁな。誰なのかもなんの用なのかもわからん。ほ、ホントさっぱり。取り敢えず話を聞いてくるから、先に食べててくれ。」
「…。」

フェンシングの剣のような鋭い視線がグサグサと背中からつきささるのを耐え、竜児はその女生徒の所まで重い足を引きずって行った。

「お〜い、大河ぁ!」

今日も今日とて元気印の櫛枝実乃梨。
この元気さと明るさで大抵は大河の毒気も骨抜きにされてしまうのだが。

今日は勝手が違っていた。

「今日はあーみんも誘ってきたぞぉ!」
「なぁんでこ・の・亜美ちゃんまで…」

そう亜美が言い掛けた所で、大河が野獣のような目付きで睨み付けているのに気付く。
目線の先を追って二人が振り向くと、竜児と、おどおどとした様子の女生徒。

傍目にはまるで竜児が脅しているかのような構図だが、もちろんそんな訳はない。

「なんか犯罪臭のする絵ね。」
「あ〜みん…。しっかし誰だろね、あの子。下級生…かな?大河知ってるかい?」
「…知らない。」

憮然としたその顔は、明らかに不機嫌そのもの。

それもそうだろう。女生徒と竜児は、見た感じ割と楽しそうに話していた。
亜美は獲物を見つけたかの如く、不適な笑みを浮かべる。

「おーおー、愛しの高須くんが取られちゃったかなぁ?まー無理もないか、かたや従順そうな子犬ちゃん、かたや獰猛な手乗りタイガー!」
「こら、あーみん!!」
「はいはいすいませぇん。櫛枝大先生ぇ〜。」

そう言ってべろを出し、まるで反省の色はない。
それもいつもの事。ただ、違うのは大河の方がそれに反応しない事だ。

「全くもう。大河、あ〜みんのお馬鹿チンの言う事なんか気にすることないぜぃ!高須くんが浮気なんかする筈ないって!」
「ていうか、そんな甲斐性ないっつーの。」

そんな二人の会話にも、大河はほとんど耳を貸さない。
相変わらず鋭い目付きで睨み付ける標的は、教室の入り口の二人。竜児と、女生徒だ。

女生徒は竜児が一つ頷くと飛び跳ねて喜んで見せ、頭を下げて教室を後にした。
それを見送ってから、竜児が戻ってくる。ややその顔が引きつっているのは、決して生まれつきいかつい目付きのせいだけではないだろう。

「お、おぅ。待っててくれたのか。お、今日は川嶋も一緒か?」
「まぁね。あんまり乗り気じゃなかったんだけど、気が変わっちゃった♪亜美ちゃんとお昼一緒できるなんて超〜幸運ね、高須くん。」
「竜児、お弁当。」

にやにやと底意地の悪そうな笑顔を浮かべる亜美を無視するように、大河がずいっ、と手を伸ばして竜児お手製のお弁当を要求してくる。
その目は完全にすわっていた。

「あ、あぁ…ほ、ほら。」
「ん。」

恐る恐る渡す竜児から無造作に受け取ると、いつものように隣に座り、包みを広げ始める。
てっきり一から十まで問い詰められると思っていた竜児は、返って気味悪さを感じて自分から切り出した。

十中八九、返り討ちになるのは目に見えているのだが…。

「な、なぁ大河。い、今の子は別に何でもなくてだな…。」
「何?今の子って?あぁ、あのわざわざ上級生の教室まで来てアンタを名指しで呼び出したあの気の弱そうなボブカットの女の事ね。何でもないんだ、ふぅん。何でもないならわざわざ言う事ないんじゃない?私、お腹減ってるの。」

いきなり一撃必殺のクロスカウンター。ジャブもボディーもありゃしない。
早くもKO寸前の竜児だが、これでめげてる訳にも行かなかった。

「い、いや…何でもないというか、大した用事じゃないと言うか…その、な。」
「大したことない用事はあったんだ。何でもないんじゃなかったっけ?ま、別にいいけど。全然全くこれっぽっちも気にしてないし。」

ま、負けるものかと必死に一歩踏み出そうとするが。
残念ながら百獣の王と並び証せられる虎の牙には、旗色が悪い。

傍で聞いてる亜美と実乃梨の顔まで引きつってきていた。

「う…。と、とにかく話をだな…。」
「話?大したことないんでしょ?それってお昼御飯より大事なの?ねぇ、アンタがあの女と話しこけてる間ずっと待っててお腹がすいてるって言ってるのに、それよりも大事な話なの?」
「い、いや…。」
「そ。じゃあ別に聞く必要ないわね。」

取り付くしまなくノックアウト。
所詮竜は竜でもたつのおとしごクラスの竜児では、太刀打ちできる相手ではなかった。

(うーわ、タチ悪ぅ…。高須くんからかって遊んでやろうと思ってたけど、何かかわいそうになって来たわ…。ちょっと実乃梨ちゃん、何とかしてよ。とてもご飯食べる雰囲気じゃないわよ?)
(うぅ〜、アタシは男女の機微というやつにはとんと疎くてねぇ…。あ〜みんの方が得意でしょ?)
(馬鹿言わないでよ、アレに巻き込まれるなんて、冗談じゃないわ。)

実乃梨の後ろに周って、背中を押す亜美と、それに抵抗する実乃梨。
大河は目線も合わさずに二人に言葉を投げかけた。

それはもう、穏やかに。

「何コソコソ言ってるの、二人とも。お昼、食べないの?」

思わずビクリと一歩下がって、亜美と実乃梨は乾いた笑いを浮かべる。

「あは、あはははは、そ〜だねぇ!あああーみん、それじゃアタシたちも頂くとしようかねっ!」
「そ、そーね。」

逃げ出したい。その言葉が喉下まで来ているのを必死に飲み込んで、諦めて席を合わす二人。

「何してるの?竜児も早く座りなさいよ。それとも立って食べる気?」
「…あぁ。いや…。」

しずしずと座る竜児。
結局4人は、まるで砂を噛む様な昼食を味わう事になった。


「二度と一緒になんか食わねぇから」と亜美が言うのも、無理はなかった。


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