【これまでのあらすじ】春は三月。親元で一年を過ごし高校を卒業した逢坂大河は、懐かしい
大橋の町に帰ってきた。本来の転居日を前倒して上京、単身暮らしの部屋に家具は無し。かく
して大河は狙いどおりに高須家へと転がり込む。さてさて荷物が届くまでの一週間、大河と竜
児のなんちゃって同棲時代(泰子付き)が始まった!


****


 眩しいなあ、と薄目を開けるとどうやら朝になっているよう。
逢坂大河の寝起きは悪い。むぅう〜んとひと伸び。布団をかぶり直して二度寝、という無意識
の習慣を試みるも。あれ?身体が動かない。む、むう?

 ――なに?金……縛り?
 少しずつ意識が覚醒してくる。何かに座って寝ていたようで、左肩がずっしり重くて足先が
寒い。何なの?毛布で簀巻きにされて爪先が飛び出ているようだ。肩の重さの正体を振り返っ
てみると……えっ、竜児!?

 竜児の顎はぴったりと大河の左肩に乗り背後から髪に頭を突っ込まれてる。寝息が耳の下に
当たる。両の腕は大河の脇の下を通って腹をエックスの字にクロス。つまり竜児は壁にもたれ
て胡座をかいており、大河はそこに横座りして腕でホールドされている。
 そのまんま綺麗なブリッジを描いてマットに叩きつけられる5秒前――。いくぞーっ、うぉ
らぁーっ!!ということは全然なく、揃って二人いっしょに毛布でぐるぐる簀巻きにされてい
る。要するに壁際にでかい筍があり、その中で包まれているのが寝ぼけ頭で把握できた目下の
体勢なのであった。

 とりあえず力の抜けたホールドを外して、自由になった手で竜児の顔を押さえながら肩を抜
く。もそっと身体を回して寝顔を観賞、涎の後が唇の端から顎に流れているから自分の首にも
付いてるか。そんな事はどうでもいい。りゅうじの顔が……か、かぁっこぃぃぃ……。
 目を閉じていれば、なのか惚れた欲目、なのか。それとも高須竜児は誰が見てもかっこいい
男子なのか。真相は分からないが、少なくとも大河は見てぽーっと酔ったようになっている。

 口を頬に寄せてちゅちゅちゅと吸いついて。
 続いて欲望のまま唇を狙おうとするのだが、これはちょっとだけ届かない。
 起こさないようにそろそろと後ずさりをして、畳に膝をつき、毛布に潜って筍の根元の方へ
脱出。いくら自分が軽いからといっても膝に乗せたまま眠ったのなら、さぞ脚が痺れているだ
ろう。ゆっくり丁寧に筍を横にしてやる。小柄だけれど大河はけっこう力があるのだ。
 う〜ん、と竜児が伸びて、毛布の端から毛脛がにょきっと出る。案の定真っ白になっていた。

 さて。大河はぺたんこ座りで悩む。
 この痺れている脚をつついて遊ぶべきか、当初の目的通り唇を奪うべきか。

「……りゅーうじ」
 膝立ちでそっと近寄って、顔の上で囁く。痺れいじめはまた今度にするようだ。

「りゅーうじ、朝だよ。起きないの?」
 爪を引っ込めた前脚で、じゃない手で、ちょいちょいと竜児の頭を揺すって嬲る。

「起きないなら……ぅお、襲うよ?」
 当然ながら起こすつもりなどまっっったくない。

 本当に眠っているのか確かめるだけ。あくまでも優しく、優しく。うぅ〜ん、と竜児が仰向
けに。びくっと固まる大河。新聞配達のバイクが家の前の路地に来て止まり、また走り去るく
らいの静寂がたっぷりと過ぎて。
 またそろそろと竜児に這い寄って顔を近づけ、寝息を確かめる。大丈夫。オッケー。我レ奇
襲ニ成功セリ。トラ、トラ、トラじゃぁーーーっ!

 むちゅーっと襲った。
 竜児の唇をあむあむ弄んで、舌の先でぺろんと湿り気を与えてやる。こんな事をされてはさ
すがに竜児の意識も覚めかけてくる。とは言うものの簀巻き状態で文字通り手が出せない。
何?なんだ?と言おうと開けた口にすかさずベロチュー。

「ん……んんん?ぁにゅっ?」
 大河さまのやりたい放題。思うさま蹂躙したのだけど、単に寝ぼけて驚いている竜児を相手
にするキスに早くも飽きてしまった。

 肩口の簀巻き毛布を緩めてやると腕を抜き出して起き上がろうとする。だーめ!と押しとど
める。うつ伏せに覆い被さってくる大河の肩を下から支えながら、竜児の寝ぼけ頭にもようや
く事態が分かってきた。

「おはよう、竜児。ハァハァ」
「おう……ハァハァて。朝っぱらから激しく起こしてもらってサンキューな。びっくりした」
「面白かったけどさ、意識がないんじゃすぐ飽きる。もうやらない」
「ああ、そうしてくれ。毎朝これじゃ心臓に悪い」
 肩を支えていた手を緩めると、大河の頭がふわんと落ちてくる。それを抱え込んで、改めて
おはようの……と言うにはあまりに濃厚すぎなやつを――。


「ぷはー」
「ぷはーはやめなさい。はしたない。なんか御馳走様ってカンジに聞こえるじゃねえか」
「だってまさにごちそうさまってカンジだもーん。いやーいい目覚めだわ」
 ……ったく!と型どおりぼやいて、ほほほほほーと満足そうな大河ごと抱えて、竜児は起き
上がる。頭をぽりぽり掻いて部屋を見渡し、ああそうか、寝ちまったか、ここで、と。
ん?うぁぁ脚が痺れてる痺れてるあでででででで。

 その間に大河は今どこでこの朝のイベントを楽しんでいたのか、遅まきながらも理解する。
理解したので、固まっている。
 卓袱台?液晶テレビ?じゃ、ここは居間だ。竜児の部屋でもやっちゃんの部屋でもなく。

「居間!?」
「居間だろ……」
「今気が付いたっ!」
 竜児にも昨晩の記憶が蘇ってくる。確かに居間でくつろいでいた。……というよりもひたす
らゆる〜くイチャイチャしていた。恋人同士が二人っきりでイチャイチャする目的は、ふつう
はひとつしかない。
 竜児がキッと卓袱台に鋭い視線を走らせると、それはまだそこに置いてあった。未開封で。
メタリックブルーで商品名が銀箔押しで印刷してあるお菓子のようなパッケージ。

「あああんた。するってえとこの毛布を巻いてくれたのは……」


 ふすま一枚隔てた部屋では、3時間前きっかり定刻に帰宅した泰子が、この騒ぎになんとな
く目を覚ましている。
 ぅわ〜ぉ大河ちゃん意っ外っな情☆熱☆大☆陸〜ぅ♪
 イイコト良いでやんすね〜。かわいっ♪
 でもやっちゃん寝不足になっちゃうからぁ、自分の部屋でしてくれないかなあ〜?ねー竜ち
ゃぁ〜ん?って、こんど起きたら言お〜〜っと。ふわぁぁぁぁ。などと。気を利かして寝たふ
り、寝たふり。
 この借家のプライバシー保護は、ふすま二枚隔ててからようやく完成するのだ。


 ふっふーん♪と鼻歌まじりで、竜児は朝食のしたく。
 そんなとき、前なら居間でゴロゴロするのが定位置だった大河が、今朝は所在無げに台所に
佇んでいる。キンピラ出来たから小鉢とってくれーと指図されて。
 しっ!声がでかい!

「あんた平気なの?やっちゃんにバレバレ……」
 状況から考えれば、寝こけているふたりを簀巻きにしたのは帰宅した泰子しかおらず、しか
もそれはそっちこっちに落ちていたわけでなくひと塊りに抱き合っていた。

「いいから味みろ」と菜箸でキンピラを大河の口に放り込む。
 こりこりしゃくしゃくと、出来立ての温かいキンピラを咀嚼して、ごっくん。大河はぴっと
サムアップ。味付けオッケーらしい。
 でも当面の問題はそんなことでごまかされやしない。
 スウェットの上下だけの竜児は、単に寝ぼけたー、でいいとしても。私は……。大河は腰の
辺りをつまんでみたりしながらしみじみ思う。意気込み満々なフリフリお姫様ネグリジェ。し
かもサテン織のきらきらシルク。いわゆる勝負用ロマンティックナイトウェア。

 うわぁ〜〜。
 寒いからカーディガン羽織っていたけど、寝るだけの人は普通こんなものを着ない。頭を抱
えて悶えまくる。

 竜児は味噌汁の味噌を溶いて、小皿で味見。大河にも回してくる。
 もうちょっと濃いのがいい。
 おう。そうか。

「バレったってなあ。なんかもう」
 顎でくいっと居間を指し示しているその先は、卓袱台に置きっぱの箱。
「いいんじゃねえ?」
 とりつく島がないってのはこのことだった。大河は眉を八の字にした困り顔で、昨夜からの
出来事を思い出す。


 昨夜、この家に帰り着いて大泣きをして、ただいまを言えたあと。ほぼ大河が想像していた
通りの夕食となった。とんかつの付け合わせがポテサラでなく、ツナと玉ねぎの和え物になっ
たくらいの違い。
 家族三人たくさん喋ってご飯を食べた。食後にちょっと休んでから洗いものは大河が片づけ
た。完ぺき。妄想の50%はこれですでに達成。私の人生に一片の悔いなし。
 あとの半分は、竜児にひっ付いていつの間にか眠りに落ちるぽわぽわな幸福だけど。ただ、
こればかりは、独りで達成できるとはかぎらないこと。竜児次第で、激しく爛れて濡れそぼつ
肉欲の嵐渦巻く甘美な坩堝になるかもしれなかった。
 あ……まあそういうのもやってみたいとは思ってるのよ?……い、いずれ。

 そして出勤する泰子が件の箱を卓袱台にトン、と置いたのがゴング?となった。

「じゃあやっちゃん行ってくるでやんす」
「……」
「……」
 置かれた箱を注視して、だだだっと這い寄る大河。
 びく!と居ずまいを正す竜児。そろってぽか〜んと泰子の方を同時に見る。

「別にぃ〜〜、煽ってるわけじゃぁ〜ねーでガンスよー?」
 人差し指を立てて60度にチッチッチと振ったあと、ぴっと竜児を指して。

「備えあれば?嬉しいなっ、てぇゆーんだよ♪」
「う……」
「憂いなし、だろな……」

「それにぃ〜、盛り上がってからコンビニに行くのはぁ〜」
 シュウチ!プレイッ!
 後ろでインコちゃんが受けてくれた。そ〜そ〜、インコちゃんかしこいっ♪ぽよんよんと自
慢の巨乳を揺らして、じゃあねー♪と出勤して行った。

「……」
「おう……」
 大河は卓袱台からひったくるように箱をとり上げて両手で掲げ、いろんな角度からじっくり
眺めてみる。説明書きをじっくり読んで、やがってゆっくりと。鳩が豆鉄砲を食らったような
まん丸な瞳をして竜児の方を見やる。ゼンマイ人形のようにカクカクと。おもしろい顔だ。

「どどどどどどど!」
「落ち着け大河。年度末だけど工事すんな」

 中身……は……十二……個、入り……だと?ここでまた鳩が豆鉄砲を食らったようなまん丸
な瞳で竜児の方を見やる。瞳孔が開きかけてる。

「じゅ、十二回も?」
「……なんで使い切らなきゃいけねえんだ」
「……殺す気かぁ?」
「先に逝くのは俺の方だろ、その場合」
「なんであんたは落、ち、着、い、て、る、の、よ」

 あれ?そういやなんでだろう?真面目な竜児は問われて真面目に考え込んだ。ああ、これは
あくまでも備えだからだな。これがあればいつお前にムラムラしてもとりあえず安心ってこと
だ。だから普通にくつろいでりゃいいじゃねえか。な、大河。
 大河……?

「む、ムラムラムラ?え?」
「……何でそんなにテンパってるんだ?そーいやこんな顔見た事あるな」
「むっしゅムラムラ……りゅ、りゅ」
「おう!北村の前に出ると変なテンションになってた時だっ?」
 ちゅどーーんんっ!大河の頭上に爆発の雲が見えた。……ような気がした。


「茶ー飲めよー。ぬるめに入れてやったぞー」
「……」
「おーい。生きてるかー」
 大河は卓袱台の前で珍しく正座して固まっている。意味不明な事を呟いている。肩を揺する
と、ひっとか言う。頭の上からぶすぶすと煙が上がり続けている、セーラー服美少女。

 竜児は考えた。
 これはほっとくと拗ね始める。この予想は当たっている。たちの悪い事にこの女は、自分に
原因があるときほど尚更ドツボにはまって行くのだ。理由が分からなければそれは避けたくと
も避けようはないが、幸い今回は原因も対処法も分かっている。
 今ごろあのつむじの中では、フヒヒ♪パコパコカーニバルぅ……。などという単語が渦を巻
いてバッファオーバーフローしているのだろう。

 とは言っても。とさらに考える。竜児が真面目すぎるというよりは、あっという間にアホモ
ードやエロモードに大河だけ行ってしまったので取り残されてしまったのだ。あれが壊れてる
以上おれはまともに踏みとどまってないとマズイと思う。まあ結局は真面目なのか。
 やっぱり女だもんな。やらないかとは言いにくいわな。俺としては自然に寄り添っててお互
いにその気になったら、というのが希望だけどな。
 でも一週間限定の疑似ふたり暮らしを楽しみにして来たんだもんな、大河。ようしここは俺
がひと肌もふた肌も脱いでまっぱになってやるとすっか。

「おい、大河」
 その声の変容に、大河はハっと顔を上げて見る。りゅ、竜児が変な目で睨みつけている。あ
の目は見た事ある!この予想は当たってる。

「しゃ、シャワー浴びてこいよ……」
 開きっぱなしだった大河の瞳孔がみるみる光を取り戻してパァァと輝く!

 うわっなんだその芸!メヂカラってのか今時は!いや瞳孔開いてたら死んでるだろ。しかし、
竜児のいかにもな余裕もそこまでだった。大河がにじり寄って、手を取って引っ張る。

「じゃあ!」
 こんなに前向きな大河をいつ見ただろう?
「い、一緒に!!」
 どきどきどきどき。えっ!……おう……。
 おう?

 湯を張っている間。ちょこんとしゃがんで荷物から夜着を選んでいる大河の後ろ姿からふん
ふん鼻歌が漏れている。
 やばい。
 あれは『クワイ河マーチ』だ。戦場にかける橋だ。威風堂々やる気満々だ。
 ……あれは俺がムラっとキターーーーッ!っと思い込んでるわけだよな。ということは?こ
っちが鼻息荒くしてねえといけねえんだよな。これから好きな女とえっちするんだぜ、どうよ
俺?みたいな雰囲気な。
 よしこっちも上機嫌で鼻歌ってやる、と唸りかけて、違う違う。これは『ドナドナ』だろ。
もっと勢いのあるやつ、そう、マーチ。『ラデツキー行進曲』でも。すると大河の鼻歌が呼応
して『双頭の鷲の旗の下に』に変わる。いいねえ、オーストリア・ハンガリー帝国つながり。
俺たち息ぴったりじゃねえか。
 変なところで竜児は楽しくなってきて、ワグナーつながりで『タンホイザー』に変える。な
んだか鼻歌合戦で2DKの古い借家がまるで運動会みたいな雰囲気になる。そうしたら大河は
見た事もないような上機嫌で『ワルキューレの騎行』へと。
 ……『地獄の黙示録』だ。殺戮だ。……そりゃワグナーだけどよ。
 一気に萎えてしまった辺りは竜児もナイーブな男の子であった。

「りゅーじりゅーじぃ〜♪」
 とととっと寄ってきて、とお!と強めの頭突きを胸にかまされた。
 なんだよ?

「脱がせたいでしょ〜?」とバンザイをしている。浮かれまくってアホモードの大河が。但し
可愛い満面の笑みを浮かべて。
 この表情には、竜児は勝てない。どうしても見惚れてしまう。

 うわ何それ。セーラー服を脱がす体験なんて夢にも思ってみなかった。はい、させてもらえ
るなら喜んでー!つか何だ俺、このノリは。ニヤケてんのか?いや、いや、いやいやいや。嫌
じゃねえよ!くそ。萎えるとか思って悪かったよ。なんだその顔、か、可愛いじゃねえか。

 まずタイを解いてシュルっと、おおお!何だこの背徳感。
 あー。やっぱり最初に解いちゃったね。それはね、乙女の純潔を象徴してるものなの。だか
ら白なのよ。でももう着ないもんね。問題ないよねー?あー、純潔をりゅうじに奪われちゃっ
たぁー。遺憾だわー。
 もちろん浮かれまくってるくせに偉そうなこの蘊蓄はウソ八百である。

 そ、そうなのか。事実だからその遺憾の意は甘んじて受けるけどよ。じゃあ続けてトップの
方から……あれ?ホックとファスナーと……ど、

「どこから外すんだ?これ」
「めんどくさいでしょー。ここ、ここ、ここの順」
 言われたとおりに外して、するっとパージ。冬服なのでその下はヒートテックのババシャツ。
これはあんまり色っぽくねえな、と冷やかすと、へへへまだ寒いしとかごまかしている。バン
ザイさせてすっぽん。

「お、……下からニーソ、スカート、……ブラ」
 好きな女がこういうナリでいて燃えない男はいねえだろうな……。
「でも寒さ対策なら、下にキャミとか着こんだ方が良くねえか?」
「分かってないねえりゅーじは」

 ここ、とスカートの締め付け部分を指し示す。ここがさ、臍上でちょうどウエストの一番細
いとこなわけよ。
 へえ。で、トップはセパレーツでこんくらい覆い隠しているわけよ。ほうほう。
 普通の動作だと絶対に見えないけど、思い切り背伸びしたりした時に、隙間からちらっと見
えるわけ。数センチだけ見えるわけよ。この辺が。バスケのダンクシュートのときとか。
 その希少な隙間に地肌でなくキャミが見えちゃったら台無しじゃない?

「どうよ!」と薄い胸を反らして突き上げて、えっへん。
 いやあその態度でいてくれると助かる。その格好で恥ずかしがられたら……ちょっとやばい
かも。なので。

「……鼻血吹きそうだよ。櫛枝の領域に一歩近づいた気がする」と褒めてみる。
 でもそのチラってちょっと離れていないとどのみち角度的に見えねえじゃん。基本、友人関
係より遠い距離のやつを楽しませる現象じゃん?お前のつむじを数十センチで見下ろせる俺に
はどのみち恩恵はねえよなあ。とは言わないことにした。
 あ、でも制服ダンクはカッコ良いかもな。

「じゃあ次はニーソ脱がして?あ……ストッキングの方が良かったら履こうか?」
 これでネタ振りでなく真顔で訊いているのだから、アホモードの大河は恐ろしい。

「いや、これがいい」
 ……このノリだと破いてもいいよ?とか言い出しかねない。そ、そんなプレイはもっと大人
になってからだ!いや、ちげーだろ。やんのか俺!

 膝まづいてするするとニーソを脱がしている途中、これはこれで割とマニアックな事に気づ
いてしまった。なにげに大河の世話をしているようなつもりでいたが、これはやばい。マジや
ばい。このままだと木乃伊取りがミイラになってしまう。

 ブラ&プリーツスカートだけで、ふんっ、と威張ってるのを見上げて上がりすぎたメートル
を戻す。本人は得意げで確かに可愛いポーズでもあるが……色気だけはゼロだからな。
 どぎまぎしながらスカートをそろっと下ろして、脱衣サービスは終了。さすがに恥ずかしく
なったか、大河は着替えをつかんで脱衣所に逃げて行った。

 自分の着替えを持って後から続いて行き、おい本当に入っていいかと一応訊く。とっとと入
れと罵倒を受ける。脱衣所前の台所からつながる廊下でスウェットを脱いでたたんで、Tシャ
ツに手を掛けたところで、

「おいこら」
 廊下と脱衣所を仕切る暖簾から顔だけ出した大河に呼ばれる。
 あんた私を念入りに脱がしたくせに、自分で脱ぐの?良いから入れよおら!と引っ張り込ま
れた。脱衣所と言っても物がいろいろ置いてあってスペースは半畳くらいしかない。ふたりで
入ってしまえば一杯だ。必然的に密着することになる。

 ほらバンザイしろと言われて素直に従う。Tシャツを大河に脱がされて、トランクスを一気
に引き下ろされる。うう……ヤンキーとか鬼般若とか呼ばれた男でも、恥ずかしいものは恥ず
かしい。もっと、その、もじもじ恥ずかしがりながらちょっとずつ、とか、ないのだろうか?
「こんにちはーってカンジ♪」
 大河が妙に甘い声で可愛く表現するけど、それで恥ずかしくなくなるものでもない。

 こっちも仕返しのつもりで、押し黙って肩越しの背中に手を回す。ちょっと苦労しながらブ
ラのホックを外していると、なすがまま、キュウリがパパって言うか俯いて、妙におとなしく
なってしまう。そんなのを見たとたんにどきどきしてくる。

 さすがに恥ずかしくなったのか。胸を押さえながらくるんと向きを変えて、あとは自分で脱
いだ。屈んだ拍子に長い髪がはらっと胸前側に落ちて、白い背中から腰にかけての曲線が露わ
になる。体格の割に、また女子としては発達している背筋に挟まれた脊椎の突起がくっきりと
浮いている。
 ごくっ、と喉が鳴ってしまった。大河にも聞こえたか。なんだか、絶対に触れてはいけない
ようなあの感覚がまた蘇ってきてしまった。
 でもそれで固まっていたのはせいぜいが数秒間。湯船から湯があふれてる音が聞こえ始めた
のをきっかけに、肩に手を置いて浴室へ押しこんだ。


 高須家の浴室は一般家庭と同じく二人で入るには狭い。
 キャッキャウフフの洗・い・っ・こ♪なんかをするには交互に湯船につかって洗い場を空け
るしかないだろう。というわけで。

「まずお前からつかれ。あふれる湯が少なくて済むからな」
「お、おう」
 それは俺のフレーズだろと思いながら、シャワーを出して温度を確かめ、背中からかけ湯を
してやる。その間に大河はくるくると髪を丸めてゴムで留め、しゃばんと湯船に。

 自分にもシャワーをかけて洗い場に座り、ソープを泡だてて身体から洗い始めた。湯につか
った大河は組んだ腕を湯船の縁に乗せ、なんだか興味津々といった顔でこっちを見ている。
 うう……恥ずかしい。
 そのうち鼻歌が出始めた。また『ワルキューレ〜』だよなんか死刑執行を待つ気分だよ。視
線から避けるよう、思わず座りなおして角度を取ると、とたんに鼻歌がぴたっと止まる。

「ねえりゅーじぃ〜ぃ☆」
 それじゃだいじなとこ見えないじゃん。見える向きに座ってよーぉ。
 こっ……こんなときに命令口調じゃなくお願いモード?だ?なんて卑怯な……。しかも表現
がストレートだ。
 北村よ、お前が惚れたこの女の魅力はこういう事でもあったんだぞ?などと眼鏡男の顔を急
に思いうかべてしまう。“はっはっはー。いいじゃないか高須。なんなら俺が代わってやって
もいいんだぞー”とか竜児の脳内北村が明るく言うので、カエレ!と追い返す。いくら親友で
もこの大河は見せられねえ。

「だってよ……恥ずかしいんだよ。俺でもさ」

 恥ずかしいさ、そりゃ恥ずかしいだろうよ。この私にはよっく分かるよ。でもね?
「……りゅうじだってさ、このあと私を、じっくりねっとり目で犯すんだよね?」

「え?」
 妙にもじもじしてる。そ、そうか。いま湯に沈んでいるお前の身体を、あとで俺、見たり触
ったり揉んだりする、ん、だよ、な?

「『しねえよ』って言ってもするでしょ?絶対、間違いなく。……だから私だって見たいもん」
 ……卑怯だ。とか思っていたら、背中をぱぁんぱぁんと叩かれてしまう。
「春なのに紅葉吹雪にしてやんぞ?おらっ!」
 アメとムチ。これが調教というものか。

 羞恥に耐えて湯船の方に向き直って身体を洗っていると、大河は楽しそうに視線を這わして
くる。どこを見てるのか気になるが、少なくとも局部だけを注視してる様子でもなく、さほど
恥ずかしそうな顔をしていない。

「な、どこ見てんだ?」
「ん?普段見れないとこ全部。筋肉の付き方がやっぱり違うねーとか」
 かぁっこいぃ……とか小さく呟いてもいる。かっこいいか?北村の筋骨隆々な身体に比べた
ら相当薄いと思うが。でも。

「まあ、そういうふうに言われれば少しは恥ずかしくなくなってくるな」
 身体が済んだので頭を洗う。もう視線を気にしても分からない。こんな時になると黙りやが
る。ざばあーっと湯をかけて泡を流し、シャワーで念入りに落としていると、遠慮がちな声が
聞こえてきた。

「ねえー?そこぉ……」
 俺の股間を指差している。そろそろのぼせ気味なのか、額につぶつぶの汗を浮かべてピンク
色に上気した顔になっている。
「洗いたいな。だめかなあ?」

 わしわし、わしわし。
 まさか手で洗うとまでは思ってなかった。湯船につかったまま、半身を乗り出して。

「うん……まあ、触りたいだけなんだけどね。痛くないよね?」
 お……おう。
 洗いっこだから、相互主義だからというのでつい承諾した俺って、実はもう自分を見失って
るんじゃねえだろうか。などと思いながらも懸命に洗ってくれる大河の手と細い指の感触が。
気持ち良い。
 それにこちらから見えているのは、大河の頭と肩口、背中。手に合わせて動く肩、筋肉。な
んでこんなに刺激的なのか……。

「むぉ?」
 変な声を上げてこちらを見上げてやがる。あ、もう一度まじまじ見てる。
「……」
 リアクションなんかしねえぞ。
「おー?おぉ〜?」
 股間ふしぎ発見!みたいな顔すんな。ああ上目遣いで見んな。
「りゅーじを洗っていたーだけなのにーたいへんなものを見つけてしまった―」
 それはとっつぁんだ。
「うわぁーこれはー(伏字3字)だぁ〜、むぐっ」
 き、聞くに耐えないっ。思わず手で口を塞ぐ。
「棒読みで恥ずかしいギャグはやめとけ」
「う〜……だって……恥ずかしいもん。それにもう〜〜、限界っ!」

 のぼせるぅ〜。と湯船から飛び出てしまった。
 目の前!目の前!ピンク色に染まった肢体!!一糸まとわぬ大河が、ががが。……が。
 呆気にとられてる場合じゃねえっ!洗い場に下りてぐらっとよろけたのをおうっ!と抱きと
める。すんでのところで転ばさずには済んだが、大河は洗い場に膝立ちで……ぎゅっと抱かれ
ていた。いや、俺が抱いている。身体が熱を帯びている。当たり前だが。

 誰が自然に寄り添ってて、その気になったら、だって?それはいつも突然に来るものだ。
 竜児は、抑えきれずに大河ぁ!と呼んで夢中で抱きしめる。きめ細やかな肌に直接触れて、
竜児の身体のあらゆる部分に一度に信号が送られ即時反応する。とくに泡だらけの部分は鳩尾
の辺りにみっと埋まって大変な事になっていた。
 やばいっ、したいっ、めちゃめちゃしたいっ!!

「あ、当たってるぅ……堅いぃ、刺されるぅ〜、死ぬるぅ〜」
 熱いぃぃぃ。
 湯あたり大河がへなへなとへたり込もうとする。
「ええ?お、おいっ!しっかり!」

 しゃわー。
 桶に冷水を汲んで足をつけてやり、座らせて身体にもぬるいシャワーをかけてやる。ついで
にゴメンナサイとうなだれる自らの股間の泡も洗い流して。

「ふ〜〜〜〜。気持ちいい〜〜」
「大丈夫かあ?熱が取れたら言えよ〜」
「うー、遊びすぎたぁ〜、あはははは」
「湯船に水差して、ぬるめて入っていれば良かったんだよな」
「そーだよねー。むちゅーですっかり忘れてたよ〜」

 なんかりゅーじのエロ心にだけ水差してごめん〜。と、こんな時にうまいことを言う。自分
も恥ずかしいとか思う角も取れて、リラックスしてきたのにも気づいた。

「いや……俺こそ気づかなくて悪かったなあ」
「ぃよっし!もう冷めた。じゃあ気を取り直してりゅーじの視姦タイムに行こう」
 ヘイ!とハイタッチ。
 攻守ところを変え、今度は竜児が湯船につかる。

 あ、大河のシャンプーを買い忘れた。あんたのと同じでいいよ。地元でもそれ使ってたから。
やっぱりこんだけ髪が長いと全体を一度に洗うってできないんだな。へえ、水気を含むとずい
ぶんボリュームがなくなる。頭ちっちゃいんだな。あ、あんなとこにホクロ……。こんなのっ
て、普段は絶対見られないんだよなー。

 結構な時間をかけて洗髪を終えたあと、大河が身体を泡だてる。

「もうちょっと視線を気にして、恥ずかしそうに洗ってくれ」
「……ん」

「いちいちポーズとか要らねえから。自然にしてくんねえといまいち燃えない」
「意外と注文がうるさいな。どうやって視線を気にすんのさ」

 竜児は先刻の大河と同じ姿勢で湯船の縁に腕を乗せ、のぼせないようチョロチョロ水を差し
ながら観賞。湯あたりのリスクなし!これも学習の賜物だ。

「なあ、そこら辺」
 大河がせっかく洗い終わって上げた髪を解いて、背中から前に二つに分け垂らしているのを
指して要求を出す。

「それはそれでギリギリ水着みたいで良いんだが。相互主義を忘れんなよ?」
「分かってるよ。演出ってものがあるんだから」
 演出か。そうならこれはなかなかの趣向かも知れない。密度の低い髪が濡れて泡にまみれ、
両の鎖骨から胸を半ば隠して、そのまま脇腹から腰を通って後ろへ流れている。その隙間から
薄桃色に冷めた肌が切れ切れに覗くのが艶めかしい。日本の古の伝統、垣間見ってやつだ。

「ほーらりゅーじ、いくよー。見逃さないように」
 やがて洗い終えた大河は、桶にぬるま湯を汲むと高々と掲げて、肩口からゆっくり泡を流し
ていく。柔らかい髪がその滝に泳いで、はらっと広がり、閉じる。隠されていた肌がうたかた
に晒される。
 お?おおおおおおおおおおおおおおぅ?!
 思わず拍手。
 大河の細い身体だと、色っぽさよりは格調高さに振れてしまうのだが、少なくとも見たら気
分が高揚してくるのは確かだ。惜しみなく言っとこう。ルネッサ〜ンス!

「受けた受けた!やったー!もう一回みる?」
「もう一回!」
「ぃよーし!」ざばぁ〜
「もう一回!」
「ほいよっとぉ」しゃばぁ〜
「角度を変えて!」
「あらさっ」どばぁ〜
「よしそのままで!」

 座ったままでふう〜と息をついている大河の身体を、竜児はこの際じっくりと眺めてみた。
あらやだ、と腕で隠そうとするので、隠すなようと拗ねる。

「りゅ、りゅーじぃに甘ったれ声を出されるなんて……遺憾ね。遺憾すぎる」
 じゃあ、しょうがないと羞恥に耐える事にしたらしい。おかげでゆっくり。

 スレンダーな印象は変わっていないが、肩と腰の丸みが少し増したかな。と言って、あれは
あれで可愛かったと思ういつぞやのような小デブにまでは至っていない。そのせいか、ウエス
トのくびれがよりはっきり感じられて一段と柔らかな感じを受ける。などと冷静なコメントを
並べてはみたが、そんなことよりひとこと叫びたい。か、可愛いぃぃなぁぁ!

 あーそうか。俺。きっとさっきの大河と同じ気持ちになってるんだ。知ってる誰かと比べて
なんかいない。そもそも比べようなんてぜんぜん思い浮かばねえや。

「たいがぁ〜。お前かわいー。色っぽいー。たまんねえ」
「へっ?なな?な、なに言ってんのっ」
「思ったこと。そのまんまクチに出してみた。そんだけ」
「えっ、そうなの。あ、……ありがと……」
「あああ、真っ赤になるのはいいけどちぢこまるな。見えねえだろ」

 そういえば。おお、乳よ。やはりちょっとだけカップが増している。前が「ほわん」だとす
ると今回は「ふるん」。それはどう違うんだと問われても説明するのは難しいが、さっき触れ
た感触と、もう印象は完全に一致。
 うんうん、と頷いてしまう。乳製品摂取の不断の努力はこうして実を結んでいたのか。こう
して見ると出会った時は相当痩せていたんだな。もともと肩幅が小さいから、乳の形がすごく
綺麗だ。まあ、好き合ったせいで尖った印象が消えたのもあるだろうな。
 さてと。感慨には十分ひたった。

「も、もういい……?」
「相互主義(キリッ」
 キャー。
「存分に触りまくってやるから、こっちへ来い」
 つか俺にも揉ませろ、その自慢の最終兵器。りゅーじのえっちー、キャラが変わってるー。
お前もなー。桶にたっぷり泡を立てて、手を伸ばして念入りに洗ってやった。

 ざばあ、とお湯をかけて泡を流すと、大河がどうしても一緒に湯につかりたいと言う。竜児
が脚をたたんで作った僅かな隙間に、さすがに小柄でするりと入り込んだ。
 とはいうものの、このままだとちょっと離れすぎてさみしくもっと密着したい。いろいろや
ってみて、俺が正座。向き合った大河が腿の上に座る、という体勢に落ち着いた。

「やっぱり、どきどきする」
「ああ。でも可愛いお前。全然哀れなんかじゃねえ。証拠にちゃんと夢中になってる」
 ほんと?と言いながらぎゅっと握られる。痛え痛え。あはは元気だね。
「ていうか、照れくさいこと言うなばかっ」
 お?なんだか調子がいっぺんに戻ったな?
 あのね。なんだかそんなには恥ずかしくなくなってきたよーと。ふにゃふにゃ笑う。

「でもなんつーか、こうして裸で触れあってると触り慣れっていうのかな。なんだか里心みた
 いなもんが湧いてこねえか?」
「うん。エロいのと安心するのと、両方くるね。お湯につかってるから、なのかな」
 そんで時々、エロい波に襲われるのよね。ざばぁんと。
 言いながら竜児の胸に顔を近づけ、通称黒乳首をかぷっと。
「おうっ!!!!電気が走った!びりっと」

 相互主義!と脇に腕を差し入れて持ち上げる。浮上してきた小さめの乳首をちゅるん。
 ひゃんっ!
 どうだ電気?ははは走ったぁ!

 竜児はそのまま胸に頬を擦りつけながら抱きしめ、くすぐったがるのを無視して背中や肩や
脇や尻をゆっくりと撫でまわす。つべつべでもちもちで弾力があって、いまつかったばかりだ
から幾分ひんやりもしていてきもちいい。思い切り甘い声が出る。

「お前……つるんつるんで、俺こうしてるとすげえ気持ちいいよ」
 そのとき大河がどんな顔をしたかを、竜児は見る事はなかったのだけど。
 ただ、珍しく竜児のつむじを見下ろす位置にいた大河は、その頭をぎゅうと抱え込んで、髪
をかき分けて、額とまぶたにちゅちゅちゅちゅ……と、キスの雨を降らせた。

「良かった。嬉しい。……りゅーじも気持ちよくて良かったね」
「おう。ほんとだよ」
 また少しのぼせ気味なのかもしれない。大河も自分も。竜児は見上げて、温まったか?そろ
そろあがるか?と聞く。ん……と、その言い終えた唇に大河のも降ってくる。


 上がって、竜児は大河をバスタオルで拭ってやった。
 熱いのかふーふー息が荒い。もう一枚自分で拭く用のタオルを渡して脱衣所が空くのを待つ。
自分も洗い場で水気を拭い、やがて空いた脱衣所でスウェットを着る。居間に戻ってみると、
大河は肩口と胸元に大きなフリルがついたネグリジェ姿になっていた。

「えっへっへ。やっぱりね、こういうのが好きなのよね」
 照れくさそうに頭なんかかいているし、声の調子にも邪気がない。加えて子供っぽくもない。
なにか普通っぽい。普通だと変な気がする。湯あたりか?

「おう、いいなそれ。似合ってて可愛い。型もミスコンのときの衣装に似てて俺も好きだな」
 ん?何だ?ここはちょっとズレたツッコミをしてふくれっ面が返るのが会話の盛り上げって
もんだろ?なんのひねりもない。俺もどうかした?

「そうそう。あれに似ていたから買ったのよ。気づいてくれて嬉しー」
「よ、ヨーグルトドリンク飲むか?」
「うん」
 タンブラーに注いでストローをつけてやる。

 ドライヤーひとつしかねえから、お前がそれ飲んでる間に乾かしてやるよ。え?りゅーじ湯
ざめしちゃうよ。短かくてすぐ済むんだからあんたから先にやろう。お、そ、そうか?ほらあ
っち向いて。襟あしを乾かしてもらい、こっち向かされ、前髪のくせもブラシでつけてもらう。

「はいおしまい。じゃこんどはこっちやって?」
 大河は背中を向けてペタンと座り、タンブラーを両手でかかえてじゅぅー、と飲み始める。
「お、おう」
 何だろう、これは?明らかに前のような小粋な(笑)会話じゃねえ。言葉どおりで裏がないな
んて、思い出してみても互いにキレたときぐらいじゃねえか?

 髪が傷まないよう、絡まないよう気を付けて手櫛併用で乾かしながら、竜児は不思議な思い
がしている。そうしているうち、ストローからちゅぽっと口を離した、大河の歌うような台詞
も聞ける。

「んはー、気持ちいいよう〜♪梳いてもらってるの」
 思ったことがすぐ口をついて出て、裏の意味とかはなくてそのまんま通じる。何だかずっと
抱き合ってるときが続いている感じでこういうのも悪くない。きもちいい。

「なあ大河。やっぱシャンプーとコンディショナー前のに戻さねえ?」
「りゅーじと同じ匂いなのに〜?」
「俺はお前の匂いをあっちで覚えちゃったからさ、少しもの足りないんだよ」
「あー、そっかー。そうなんだね」
 明日買いに行こうぜー。うんー。洗髪用のブラシもな。泰子のやつ使っても気になんねえだ
ろうけど、専用の置こうな。妙に間延びした会話を交わしているうちに、だいたい髪も乾いた。
うーん、サラッサラ。はいおしまいと、ぽんと背中を叩く。

「りゅーじもなんか飲まないの?持ってきてあげる」
「冷たいのよりお茶がいいな」
「じゃー入れるよ。冷えるとやばいから私も飲も」
「ん、あーそのカッコじゃ湯ざめしちゃうな。ちょっと待ってろ」

 泰子の部屋に入り、クローゼットをごそごそと。あったあった。ほら。お前がうちに脱ぎ捨
ててそのまんま忘れてる服がいくつかあんだよ。虫干しはしてるから痛んでないだろ。ラベン
ダー色の手編み風カーディガンを渡す。

「あーそれそれ。ないなないなーと思ってたんだよ」
 そっか、ここに忘れてったんだねと呟きながら。
「はい、お茶入ったよ」
 これねー、ラベンダーの香り付きってのに釣られて買っちゃったんだよ。でも私アレルギー
持ちじゃん?もう匂いきっつくて。袖を通しながら機嫌よく話す。

「でクリーニングに出したらほど良く落ちてさ、それからお気に入りにしてたの」
 襟をつまんで伸ばして匂いを嗅ぎながら、色もちょっと落ちてその具合が良かったと嬉しそ
うだ。竜児もツッコミを入れる気は起きずに、相槌を打ちながら聞いているとその嬉しさが伝
染してくる。

 それは、大河の本質が素直な少女であるという、竜児もよく知っている事に過ぎなかった。
感情の起伏に伴ってその表現はくるくる変わるから、今まではそれを翻訳して理解するのが習
慣となっていた。違和感はそこから生まれてくるのだろう。
 おそらくは湯あたりのせいか。そうしたタガが外れて、今夜はだだ漏れになってしまっただ
け。そして竜児は、存在だけはずっと知っていた、その少女に逢えた。

 ねー、と。大河が傍らに体育座りをして竜児に寄りかかってくる。
「最初からね?ご飯終わったらこうする予定だったから」
「おうそうか。遠慮なく寄っかかれ」
 お茶をすすり終えたら温まって、竜児の胸にじんわりとした幸福感が広がる。互いにキレか
けて、心の深奥から真実を叫ばねば逢えなかった少女に、今夜は簡単に逢えた。これからの暮
らしの中でもたびたび逢えると思えると嬉しくなる。
 だって、いつも幸せに満たされた大河を見ていたいから。

 竜児は半身を向けて、自分に笑いかける大河の耳元にちゅっとキスをし、驚いてる隙にひざ
裏に手を突っ込んで。っしょっ!と持ち上げる。
 きらきらサテンのシルクネグリジェに包まれて波打った猫っ毛がほわほわ。おまけにこっち
に向かってニコニコ笑いかけてる。その、まるで幸福の塊のようなのともっとくっつきたい。

「ぅおうっ!?」
 そのまま自分の胡座の中へすとんとはまり込ませた。きっと、もっと幸せが広がって伝わる
と思って。お前お姫様みたいだからお姫様だ〜っこ!とか、普段の竜児だったら絶対言えない
ような恥ずかしいせりふまで、ぽろっと。
 大河も意味が分かると照れ笑いになる。

「へ?えへへ、へへ〜」
「気持ちいいだろ?たいがぁ」
「うん、とってもりゅーじぃ」
「俺もだよ。……てかお前温けえな、熱いくらいだなぁ」
「もわーっと。いきなり体温高くなるんだよね。私」
「それか。大喰らいの理由は」
 ほかほか。ほかほか。大河が体重をかけてくると、竜児もあえて支えようとはせず。ゆっく
り後ろへ倒れ込む。とん。

 とんと、肩が壁にぶつかって止まった。
 竜児座椅子がリクライニングして座った位置が辛くなったのか、大河はちょっとずれて横座
りになる。はぁ〜〜〜っふ、と長い欠伸。背中がほかほかする。
 肩越しに回ってた竜児の手が一旦解かれて、するんと脇下から回り込んでくる。空いた肩を
枕にされる。
 こんな体勢でしばらくいれば、こども同士じゃないんだからムラムラしてきて結ばれるに決
まっていた。かっこいいと思っていて、可愛いと思っていて、互いに恋していて、一年も離れ
ていて、やっとまた逢えて、ふたりだけになった時間で、なんの邪魔もされないで。
 ただ、今夜ふらっとこのうちに立ち寄った神が、たまたまエロースでなくヒュプノスらしか
った、というだけのこと。

 お腹ほかほか、肩もほかほか。
 大っきなりゅうじの身体に包まれて、ぴったり抱かれてとっても幸せ。小っさく可愛いたい
がをくるんと包み込んで、柔らかくて温かくてすっごく幸せ。

 このままじゃ落ちる。ふたりとも落ちる。落ちる落ちる落ちる。ふと目がとまる。
 メタリックブルーの箱。未開封。
 あーーー、そういえばーーー。目的……パコパコカーニバル〜?
 んん?目的……りゅーじに触れていようって……あれ?……どっち……?……だっけ?

「……りゅーぅじ」
「……たぁーぃが……ぁ」
「……りゅーぅ…………」


 泥酔中にもかかわらず、足音を立てないようゆっくり階段を上って、泰子が帰宅した。
 ――あらぁ〜、まだ灯りついてるよぉ
 やっぱりぃ〜細かいことがいちいち楽しいお年ごろぉ〜?やっちゃんも覚えあるよぉ〜♪

 でもしょーがないかぁ〜。ちょっと乱暴に鍵を回し、わざと物音を立てながら扉を開ける。
ロスタイムも終わりだしぃー。これで中がドタバタしたら、逃走時間を与えてぇ、ゆっくり踏
み込めばぁ〜。
 ……ドタバタしないなあ?静かに開けて入る。一歩、二歩、玄関から、台所。
 居間。

 ありゃまぁー。
 冷蔵庫のモーターが立てるぶ〜んという音しか聞こえてこない深い夜。卓袱台へと目を落と
せば、未開封。ふぅぅ〜〜ん?イイコトする前に落ちちゃったのかなあ〜?ふたりとも段取り
にはうるさそうだしねー。
 それでもこれじゃあ、ほっといたら風邪を引いてしまう。泰子は少しよろけながら自分の部
屋に行き、毛布を取ってきた。壁際の、よだれ垂らして幸せそうなオブジェをふたついっぺん
にぐるぐる巻きに。
 まあ酔っ払いのやることだから多少ぞんざいなのは致し方なかった。
 んっふ♪ホタテマン?

「まあなるようになるガンスないガンスよ。ふぁ〜〜」


 時間は今朝に戻って来た。大河と竜児は卵焼きとキンピラで朝ごはんを終えたところ。卵焼
きには刻んだハムとミルク入り。もちろん大河は三杯飯。

「――と、いうのが私たちのゆうべの物語なわけよ?」

 寝ている泰子を起こさぬように声をひそめてキレる大河の芸はなかなかだ。
「なっげえ回想だったなあ、おい」
「アレを開封もせず」
 ぴしっと箱を指差して。

「貴重な私たちの夜をいっこ無駄にしちゃったわけよっ!」
「無駄?無駄じゃなかったろう?すっごく気持ち良かったってお前も言ってたぞ?」

「そ、それはそんな覚えもあるけど……いっしょに入ろうって振ったのも私だけど……」

 そこを指摘されると弱い。そもそもさほどの不満があってキレてるわけでもないのだ。
 ただ仲良くイチャイチャしてたらいつのまにかロマンティックに盛り上がってしちゃいまし
た。てへ。という、見えてた結果を得られずに寝落ちした自分に腹が立つ。
 きらきらサテンシルクの汎用人型決戦ネグリジェは褒めてもらったからいいとして、その下
に着こんだ装備の報われなさときたら。竜児に見てもらえなかったブラとショーツの無念さは
察するにあまりある。
 かつて虎とまで呼ばれた粗忽女がエエッこんなカワイイのを!っていうギャップで萌えろ作
戦。おじゃん。おじゃんでございますっ。

「何であんなにギリギリに全力を尽くしたのに寝落ちしちゃうわけ?何で何で何で!」
 やっぱり湯あたりは良くないね。長湯はだめだね。と瞳孔を開いて大河はぶつくさ。

「そうか?俺は実に充実した。お前が可愛くてたまんなかったしさ。湯あたりのおかげかな」
 平然とお茶をすすりながら竜児も変な慰めに出る。
 む……と大河は赤面する。

 じゃあどこが不満なのかちょっと確認してみっか?
 ちょいちょい、と手招き。もっかい座ってみ?と胡座をかく。大河は仏頂面のまま腰を下ろ
して、ちょっとずれて横座り。昨夜と同じ体勢になる。脇下から腹に手を回されーの、肩に顎を
乗っけられーの、首筋に顔突っ込まれーの。

「あーーたいがー。俺ーしあわせだぁ〜。お前にもおすそ分けしてやりてえ……」
 入浴中と同じ声を耳元で囁かれて、それはみごとに大河をフニャフニャにしてしまった。

 なあ?イイコトちゃーんとしたろ?
 騙されてる気がする!うまいこと操縦されてる!
 また入ろうぜ。なんなら今夜も。
 う……。そ、それは。それなら。

 朝っぱらから竜児の腕の中にいられるんだから、仕方ないかなとも思うのだ。




――END


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